奥様の血は妖魅の血

津月あおい

奥様の血は妖魅の血

 昭和初期――。


 その頃日本は、関東大震災に始まり、東北の大凶作による間引き、満州事変からの度重なる戦争などにより、死者やその遺族たちの怨嗟の声に満ち満ちていた。


 必然、その負の念からは魑魅魍魎ども――いわゆる「妖魔」たちが生まれ、人知れず陰の世界ではびこることとなった。



 これはそんな時代の、とある一族のお話――。




 ●




 月の出ぬ夜の山道を、一組の男女が歩いていた。


 真っ黒な着物に紅の羽織の妙齢の美女と、黒いスーツ姿の無精ひげの男である。二人は道中言い合いをしていたせいか、今となってはお互いに無言を貫いていた。


 周囲には木が鬱蒼と生い茂っており、ときおり風がその枝葉を大きく揺らす。百メートルごとに佇む電柱の灯は、点滅していてやけに頼りなかった。あたりには人っ子一人おらず、不気味なほどの静けさに包まれている。


 ふと男が顔を上げ、半歩前を行く女に声をかけた。



「奥様。ちょいと一服したいんですが」


「あら有明ありあけ。これから――“妖魔”が現れるの?」


「ええまあ、そんな気がしましてね」



 女の従者であるらしい有明という男は、ぎょろりとした目を左右にすばやく動かすと、スーツのポケットから一本の煙草を取り出した。火をつけ、ふうと長い煙を吐く。



「ああ、これをやっておかねえと、どうにも調子が狂っていけねえ」



 それは一時的に己の力を倍にする薬草が混ぜ込まれた煙草だった。

 最後にめいっぱい煙を吸い込むと、その勢いのままぷっと道端にそれを吐き捨てる。

 彼の主人であるらしい女は、夜会巻にした髪を押さえながら、眉をわずかにしかめた。



「有明、火をちゃんと消しなさい。山火事にでもなったら大変よ」


「ああ、そうでした――」



 しぶしぶといった様子で足元の赤い光を踏みつぶそうとした瞬間、有明は持っていた仕込み杖を抜き放った。見た目は、持ち手だけが銀になっているただの黒い杖だ。だが中には鋭い日本刀が隠されている。



「ハッ、ようやく来やがったか! 待ちくたびれたぜ!」



 一歩踏み込み、仕込み杖の刃が切り結んだ先には、長い爪があった。その爪は異様に伸びた腕の先に生えている。有明の眼前にはまるで高足蟹のような奇怪な生物がいた。それは、平たい胴体から十もの腕を生やし、人の首をその真下につけている。「妖魔」だった。



『ソノ血ヲ……ソノ女ノ血ヲ喰ワセロォォォ!!』



 妖魔の血走った緑の眼からは猛烈な殺気が放たれている。有明は強靭な腕力でその凶爪を払いのけると、背後に向かって声をかけた。



「奥様、下がっていてくだせえ。今からこいつを片づけますんで」


「ええ、気を付けてね。有明」



 その言葉に闘志を燃やした有明は、仕込み杖の刀を構え直すと、べろりと舌なめずりをした。



「おい、お前。奥様の血を狙うなんざ、百年早いぜ。いますぐ冥府に逝きやがれ!」


『ウガァァァッ!』



 挑発された妖魔は幾本もの腕を同時に有明へとふりかぶる。



「遅い!」



 だがそれらを、有明は刃を一閃させただけですべて叩き切った。瞬時に大絶叫が山中に響き渡る。妖魔は怒りで瞳を赤く燃えあがらせながら、今度は残った腕ごと体当たりしてきた。



「――月食つきはみ零式ぜろしき



 そんな声を発したかと思うと、有明はすでに妖魔の背後に移動していた。妖魔は有明の姿を見失ったが、目の前に目的の血の女を見つけると歓喜して突き進んだ。だがすぐに、どうと地に倒れ伏す。混乱する妖魔。その体はいつの間にか有明の手によって二つに割断されていた。



「さ、行きましょうか。奥様」


「ええ」



 仕込み杖の納刀音だけがやけにあたりに響き渡る。有明にうながされ、女主人はまた歩みを再開させる。だがふと後方を振り返った。そこにはすでに灰となりつつある妖魔の死体。一瞬、憐憫の情を抱きかけた女主人だったが、すぐに手にしていた紙袋へと意識を向ける。



「ああ、やっぱり重たいわ。ねえ、やっぱり少しだけ持ってくれない? 有明」



 男は「人形焼」と書かれた大きな紙袋を見つめると、深いため息をついた。



「はあ……。だから、何度も言った通り、俺ぁ警護中なんでいっさい持てませんよ」


「少しも? 妖魔が来たらそこらへんにすぐ置いたらいいじゃない。だから……ね?」


「ね? ではなく。俺ぁ奥様の身の安全を第一にしてるんです。悪いですが警護に支障をきたすんで」


「そんなこと言って。ただ面倒なだけなんじゃないの?」


「だから、あいつらに土産なんていいって言ったんですよ」


「はあ、そう……わかったわ。じゃあやっぱりこの苦行はわたし一人で負います。みんなの笑顔が見たいから、買ったのに……。意地悪な貴方にはあげないわ」


「まあ……俺ぁ甘いモンはあんまり好きじゃねえんでね。別に、いいですよ……」



 そう面白くなさそうにつぶやく有明を、女主人は別に気に留めない。


 これから向かう山の上には、彼らの住まう屋敷があった。そこは有明以外にもまだ使用人たちがたくさん勤めている。女主人――籠野朱鷺子かごのときこは、その者たちの顔を早く見たいと思い、歩む足にまたひとつ力を込めた。




 ●




 籠野家の女は総じて、初潮を迎えると同時に『妖魅の血』というものを発現させる。


 それは、妖魔を引き寄せる魔性の血であった。


 さらに、その血を喰らわば妖魔は万倍の力を得、この国の天下を取れるとさえ言われていた。ゆえに、この籠野家がある山――籠野山には常にいろんな妖魔がおびき寄せられてくる。



 政府はひそかにこの一族のことを把握し、管理下に置いていた。どのような天災、飢饉、争乱が起ころうとも、それによって生まれた魑魅魍魎どもをこの一族に対処させようとしたのである。よって、籠野家は毎年多大な給金を政府から配されていた。



「あ、お帰りなさいませ、奥様!」


「お帰りなさい」


「お帰りなさいませ! 良かった、ご無事でしたか」



 屋敷の門を開けると、嬉しそうな声たちに出迎えられた。


 ここは籠野家の本宅である。


 門構えや玄関まわりだけは純日本風であるが、奥にそびえる二階建ては洋風という和洋折衷の豪邸だった。その玄関までの小道にて、朱鷺子はスーツ姿の使用人たちに取り囲まれる。



「遅いので心配していたんですよ、奥様」


「そうですよ。これからふもとの方まで、ちょっと見に行ってみようかなんて話し合ってたくらいなんですから」


「あらあら。遅くなって、それに心配をかけてごめんなさいね、みんな。はい、これお土産」


「あっ人形焼!」


「ありがとうございます、奥様!」


「やった、人形焼だ!」



 手にしていた紙袋を使用人の一人に渡すと、わっと歓声があがった。朱鷺子はそれを見て満足そうに微笑む。玄関の戸をみなと一緒にくぐり、さあ上に上がろうと履物を脱ごうとした際、誤って夜会巻にしていた髪からかんざしが抜けおちてしまった。それを、すぐ後ろにいた有明がさっと拾い上げる。



「奥様」


「……ああ、ありがとう有明」



 金の、鳥をかたどったかんざしを受け取り、朱鷺子はそっと目を細める。



「貴方には人形焼をあげないと言ったけれど、今日一日付き合ってもらったからそのお礼はしないとね。あとでわたしの部屋に来なさい」


「……はい」



 使用人たちはそのやりとりをひどくうらやましそうに眺めた。そして、朱鷺子が一部の使用人たちを引きつれて廊下の奥に消えていくのをじっと黙って見送った。



「なぜお前だけ」



 誰からともなく批判の声があがった。


 それは当然、まだ靴を脱いでいない有明に向けてのものである。



「奥様の近衛だからって調子に乗るなよ……。もし何かひどいことをしたら、お前をくびり殺してやる」


「そうだ。奥様のあれは、ただの“お礼”。あくまでも旦那様がおられることを忘れるな」


「身の程をわきまえろ。そうなれないのであればお前は、クズだ」



 罵詈雑言を次々と浴びせかけられるが、有明はうっそりと口元を三日月形に歪めて言った。



「ハッ、ガタガタ喚くんじゃねえよ、雑魚どもが。悔しいなら早く俺より強くなりやがれ。奥様は“強い”お子を欲しがられている。妬んでる暇があったら、とっととこっちで示せ」


「……」



 そう言って腕を叩いた有明に、誰も何も言い返せそうとはしなかった。やがて数々の舌打ちとともに彼らは散っていく。


 使用人たちの中で一番強いのが有明だった。誰よりも妖魔を切り伏せた数が多いのが有明だった。その地位は、彼がこの屋敷でのし上がってから一度たりとも変わったことはない。


 有明は荒く髪をかきむしると、朱鷺子の待つ部屋へと向かった。




 ●




 有明がこの屋敷にやってきたのは、もう五年ほど前になる。


 それまで、有明はとある一門の剣士だった。だがある日、さらなる強さを求めて旅に出ると決めた。全国津々浦々の強者どもをあたりながら、偶然出くわした妖魔たちとも剣を交える日々。やがて妖魔退治の剣士として名を馳せるようになった。ある日、有明はひょんなことからこの籠野山のことを耳にした。



 その山にはなんでも、妖魔を呼び寄せる女がいるという。



 有明はそれは面白そうだと一も二もなくその話に飛びついた。そうして訪れたその山には、果たして化け物――妖魔どもがうじゃうじゃといた。


 有明は腕が鳴るとばかりに毎晩その妖魔どもを切り伏せ、飲食も忘れて戦闘に興じた。当然屋敷を襲う妖魔が一体もいなくなり、これはおかしいと籠野家の者たちに気付かれてしまったのだが……。



 そうして初めて、有明は朱鷺子に引き合わされた。



 絶世の美女だった。これは妖魔どもも必死に追い求めるはずだと、当時の有明は妙に得心したものである。そして、この家の実質の主人が女であるということも、その時に初めて知った。妖魅の血という存在のことも。この時たまたま彼女の夫である「成雅なりまさ」とも引き合わされたのだが、彼は――


 ただの軍人であった。


 明らかに、政府から監視目当てでひっつけさせられたというだけの、形式上の夫だった。夫婦の間に情が通じている節はなく、擬似的な関係であることは容易に察せられた。それでも、成雅の立ち居振る舞いから剣の腕はかなりのものだと一目見てわかった。



「手合わせを願いたい」



 そう有明が進言すると、周りの使用人たちが諌めるのも構わずに成雅は快く引き受けてくれた。


 彼の得物は日本刀、一方有明は旅に出た時から携え続けていた仕込み杖だった。このご時世、警察や軍人以外は帯刀していると職務質問を受けてしまうので、こうした形で武器を携帯していたのだ。


 結果は接戦ではあったが、わずかに成雅の方が上というものに落ち着いた。


 有明は悔しさを覚えるとともに、さらなる向上を求めてここに居させてほしいと頼み込んだ。籠野夫妻はそれを二つ返事で了承してくれた。



 ただひとつ、朱鷺子への絶対の忠誠を誓わされて――。


 以来、有明はこの屋敷に留まっている。




 ●




 そうしたことをつらつらと思い出していると、有明はいつの間にか朱鷺子の部屋の前にたどり着いていた。軽く声をかけると、中から返事がある。



「どうぞ」


「失礼します」



 そう言って大きな衾をすっと開けると、そこには寝間着に着替え終えた朱鷺子がいた。真っ白な木綿の浴衣を着て、髪を解き、高級そうな布団の上に座している。



「いらっしゃい。ではお礼をしましょう」


「いいんですか? 俺ぁずいぶん汚れてますよ」


「わたしだってそうよ。いいじゃない。どっちみち湯には明日入るわ」


「……それもそうですね」



 有明は仕込み杖を横に置くと、締めていた黒ネクタイをゆるめた。



「奥様は奇特な方ですね。お子を作るために、俺のような者とも寝るとは」


「男子は軍にとられるの。だったらなるべく強い子がいいじゃない? あの人は忙しいし、子ができるなら誰とでもいいそうだから。でももう三人もとられたわ」


「寂しいですか」


「そうね。産まれてすぐに里子に出してしまったからなんとも言えないけれど、この家を継ぐのは女子だけだから。早く産んでしまいたいわ」


「……」



 現在、朱鷺子は二十八。出会った五年前にはすでに二人を産んでいた。三人目が有明との子だったのか、成雅との子だったのか、今となってはわからない。だが、女を産むまでこの営みを止めるわけにはいかないのが辛いところだった。


 有明は、朱鷺子を悲しい女だなと思いながら、枕元に置いてある金の鳥のかんざしを眺めた。




 ●




「敵襲! 敵襲!」



 そんな怒号とともに屋敷の半鐘が絶え間なく鳴り響く。有明は仕込み杖を手に取ると、ワイシャツ姿のまま身構えた。もう煙草を吸っている暇はない。



「妖魔が来たのね」


「ええ。他の奴らが仕留めててくれりゃあいいんですが」



 朱鷺子は構えている有明の耳元に口を寄せると言った。



「吸わないの?」


「そんなことを今してられませんよ」


「じゃあわたしが点けてあげる」



 そろそろと布団を這い出し、枕元の有明の上着を探ると、空っぽの煙草の箱が見つかった。朱鷺子は白い目で有明を見る。



「駄目じゃない。ちゃんと替えを補充しておかなきゃ」


「ええ、さっきそうしようと思ってたんですがね。奥様に呼ばれたら忘れてしまいました」


「ま。それだけ期待させてしまっていたということかしら……」


「どうでしょうね」



 朱鷺子がするりと近寄って、有明の頬に手を添える。



「それじゃあ、わたしの血を使いなさい、有明」


「え?」


「抜きなさい、剣を」



 そっと有明の武骨な手を取って、仕込み杖を抜かせる。刀身が薄闇の中できらめく。朱鷺子はそこに手を当てて、自らの親指の腹を傷つけた。赤い血が、妖魅の血がぷっくりと玉を作る。それをそのまま有明の口に突っ込み、強引に舐めさせた。



「奥様、何を――」


「あの煙草にはわたしの血が混ぜてあったのよ。気付かなかった? 妖魔に力を与える血は、人にも力を与える……。そして、この血は――妖魔を呼ぶわ」



 ぎゃああああ、という断末魔が外から聞こえてきた。使用人の誰かがやられたらしい。直後、大きな影が朱鷺子たちのいる部屋の窓を破壊して飛び込んできた。



『グモオオオーッ!! 血ダ、血ノ匂イダ!!』



 わずかな灯に浮かび上がったのは、醜悪なほど肌をただれさせた牛頭の妖魔だった。全身じゅくじゅくと膿んだ体は不快な臭いを発している。



『ア“アアアア! 喰ワセロ、喰ワセロォォォ!』



 朱鷺子の側に寄り過ぎると、どんな妖魔でもこうして狂乱してしまう。それは彼女の血が成せる技であったが、自動的に本能が暴走して自制が効かなくなってしまうのだった。仕留める側としては冷静さを欠いた妖魔はより倒しやすくなるという利点しか生まれなかったが、有明もいま酩酊したように朱鷺子の血にあてられている。体中が熱くなり、視界は歪み、武者震いがとまらなくなった。



「う、うう……」



 酒には強いと自負していた。


 女の体にもこれほど入れ込んだことはない。


 だが有明は、いま朱鷺子の血を全身で享受し、渇望していた。その兆候はあった。今思えば、あの煙草に依存しはじめていたのがなによりの証拠だった。



「奥、様。これは俺にゃあ、ちょっと強すぎますぜ……。後戻り、できなくなっちまいます」


『グォォォォ!! 血ヲ寄コセエエエエ!!』



 ダンッと強く畳を蹴った牛の妖魔が、頭から突っ込んでくる。しかし有明は仕込み杖の刃でそれをなんなく受け止めた。普段なら受け流すところを、血で強化した足腰がしっかりと支えていた。みしり、と床が鳴る。



「――月食つきはみ弐式にしき



 小さな呟き声が聞こえ、牛の二本の角が瞬時にボトリと落ちた。続いてすばやい足さばきで妖魔の背後を取り、次の技が繰り出される。



「――日食にちはみ拾式じっしき



 足を軸にしてその場で回転しながら十の斬撃が叩きこまれる。それはまばたきをする一瞬のことであった。悲鳴さえあげる間もなく、妖魔の体はバラバラになっていく。畳の上に崩れたそれはすぐに灰塵へと帰した。



「はあ……興が乗って、日食まで使っちまった」



 有明は仕込み杖を納刀すると、そう言ってため息を吐いた。


 彼の流派は日月流といって、「日」と「月」、二種類の型がある。主に使われるのは一瞬で切りつける「月」の型だったが、稀に回転しながら切りつけるという「日」の型も使われていた。後者はどうしても疲労度が高くなることもあり、あまり使用されることはなかった。だが今、朱鷺子の「妖魅の血」によって力が増強した有明は、危なげなくそれを扱うに至ったのだった。



「奥様」



 有明はやおら朱鷺子の前に跪くと、その怪我を負った指をとって口に含んだ。朱鷺子の目が驚きに見開かられる。



「こおひなひと、まはひょうまがひゃっへひまふよ(こうしないと、また妖魔がやってきますよ)」


「……っ」



 ちゅうと吸われる感覚に、朱鷺子は思わず顔を赤らめる。


 有明は、今までこの女主人に心を動かされることはなかったが、この日初めてその様子を「可愛い」と思った。それが「妖魅の血」を直接摂取したからかどうかはわからない。だが、有明はもう少しこの顔を眺めてたいと思――



「あっ、こら、有明! 何してんだ、テメエ!」


「奥様、大丈夫ですか!」


「うっわ、ひどいな……」



 どたどたと様子を見に来た他の使用人たちが、現場の惨状に言葉を無くす。だが、それ以上に妙なことをしている有明を非難する声の方が多かった。



「あんだ、お前ら。邪魔すんじゃ――」


「大変だ、お怪我をされている。おい誰か救急箱を!」


「奥様、もう他に妖魔は来ていません。さあ、今のうちにお手当てを」



 朱鷺子に次々群がる使用人たちに突き飛ばされ、有明は抗議の声をあげる。だが甲斐甲斐しく手当を受ける朱鷺子は、相変わらず頬を染めて呆然としたままだった。有明はケッと悪態をつくと、やってられねえと自分の上着と仕込み杖を持って部屋を退散する。



「ったく、俺ぁ甘いもんが苦手だったのによ……」



 血止めをされれば、もうそうそうあの甘露な味にありつくことはできない。がっくりと肩を落としつつ、有明は自らの部屋へと向かった。次の妖魔がやってくるまでは、少しでも体を休めていないといけない。



 妖魔来たりなば、朝遠からじ。


 奥様の血は、妖魔を引き寄せる魅惑の血。

 今宵、夜明けの別名を名乗る男もまた、その虜となってしまったのだった。






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