幕間 醜いセカイと同級生のコト ⅩⅩⅢ・Ⅰ
「はぁああああぁぁ~…………」
ため息。
もう何度目か分からない。
だけど、その後はもう駄目だった。
もちろん、疲れたというのもある。
本当は仕事の関係上時間的に厳しかったのを無理やり切り上げてきたから当然心も体も疲れ切っていたし、お酒自体、強い方ではあるけれど、それとは別に同窓会のあの空間が駄目だった。
年齢的に最短で就職していたとしてもそんなに時間は経っていないはずなのに、まるでもう何年も勤め上げたかのように「社会の大変さ」を語ろうとする空気がどうしても馴染まなかった。
そりゃ、私だって社会人だし、その自覚は持たなくちゃいけないとは思う。
けれど、それとこれとはやっぱり話は別だし、久々に会った同級生が昔と全く違う感じになってたら、やっぱり嫌な気持ちにくらいはなると思う。
そんな中で、やっぱり綾瀬くんだけは変わってなかった。時折連絡を取っていたときも感じたけど、彼は良い意味で変わってない。だけど、昔よりもちょっとだけ、意思が弱くなったような気はした、かな。
「はぁあああああああああああぁぁぁぁぁ…………」
再びため息。
近くを歩いてたおじさんがこっちを見てびくっとしていた。そんなことが恥ずかしくて思わず早足になる。
けれど、暫くして、その足取りは重くなる。
誰だってそうだと思うけど、やっぱり行きたくないところへ向かう足取りは重くもなるし、ずっと楽しみにしていたようなところに行く時はスキップの一つだってしたくもなっちゃう。ただ私の場合、その「行きたくないところ」が「帰る場所」だって、ただそれだけの話で、
「はぁ……」
今度は小さくため息。
元々、今日の同窓会にもあの人は反対していた。
理由は色々あるんだろうけど、その根幹にあるのは「自分が家にいてほしいと思っている時にいないのが嫌だ」という気持ちなんだと思う。今日は……誰だっけ。誰かを呼ぶって話。だから娘も紹介したいし、隙あらば相手方の息子と縁談の一つでも結びたい。それが本心。つくづくどうでもいい話。
正直、この寒空の下に、あの状態の綾瀬くんを放り出すのは嫌だった。
あれだけ飲んで、吐いた後だから、体調的にも心配だってのはあるんだけど、多分彼のことだからタクシーを呼んで、それに乗るだけの手持ちが無かったとしてもそれを申し出ることはしないんじゃないかと思う。昔からそう。私の前でだけかは分からないけど、そういうところでカッコつける癖がある。だけど、そういう時に限って大体ピンチなのも私は知ってる。
だからホントは、彼を家に招いて、一晩泊まってもらいたかった。
その方が安全だっていうのも、ある。
だけど、それ以上に、今日はあまり一人になりたいとは思わなかった。
別に彼と大人な一夜を過ごしたいって訳じゃない。ただ、隣にいてくれたらいいなって、そう思っただけ。極端な話、私の部屋にあるベッドの隣に布団を敷いて、そこで爆睡しててくれるだけでも良い。それでも、いつもよりはきっと、目覚めがいいんじゃないかって、そんな気がする。
◇
かなりゆっくり歩いたつもりだけど、それでもやっぱり見えてきてしまった。出来れば帰りたくない、帰らなければならない場所。
本当は、目途が立ったらすぐにでも出ていくつもりだった。
最初は会社の社員寮か何かに住めたらいいなって思ってた。けれど月日が経つごとに、そんな選り好みをしている余裕は無くなっていった。
途中から痺れを切らしたのか、就職浪人なんて駄目だってあの人が言い出した。母は必至で説得してくれてたみたいだけど、あの人はそんな言うことを無視出来る人だ。
結局、私の就職活動は、一つの、先輩から「そこはやめた方がいいよ」と言われていた企業へと収束していった。そこの給料は、一人暮らしが出来るほどでは無かったけれど、まあまあ良かった。
だけど、その数字は全く役に立たないものだってことを入ってから知った。若者が活躍する職場は離職率が高いだけだっていうのは、本当のことだって実感した。
「……おかえりなさい」
前まで来て漸く気が付いた。
母が、出迎えてくれていた。
「……ただいま」
取り敢えず最低限の受け答えだけして、家に、
「待って」
止められた。
「……何?」
「あの人が起きちゃうとまずいから、裏から……ね?」
「……はぁ……分かった」
「ごめんね……」
もう一度ため息をつきたくなった。
けれどそれをしたら、謝罪とため息の連鎖反応が起きるだけだ。無駄な時間。私がぐっと飲み込んだ方がいい。
「……行こ。風邪ひくよ」
それだけ投げかけて、玄関口を後にする。こんな時の為に、裏口の鍵はいつも持ち歩くようにしている。背後から声にならない謝罪が聞こえるが、聞こえないふりをする。
慣れた足取りで裏口に回って、鍵を開けて入り込み、靴を持って家に上がる。強盗に忍び込むような抜き足差し足のまま、玄関へと向かう。
その道すがら、一筋の光が見える。リビングからだ。そっと覗いてみると、
「…………ぐぉ」
寝ていた。
ソファーに、ふんぞり返ると言うよりは雑に放り投げられたような状態で夢の世界へと旅立っている。その脇には、一体どれだけの人数で飲み食いしたのだと問いたくなるよう酒瓶と、食事の皿が残されたままだ。これから母が一人で片付けるのだろうか。正直なところ手を貸してあげたい。ただ、それをすると、むしろ心の負担になってしまうのは自分が一番良く知っている。
そんな光景を尻目に、玄関口へとたどり着く。客人は既に帰った後のようで、玄関に大量の靴が脱ぎ散らかされているということは無かった。私は心の中で安堵の息を吐き、そっと持っていた靴を揃えておく。これが揃っていないとまた五月蠅いのは目に見えている。相手によってはそんなこと言いもしないのも含めて、もう慣れた。
ゆっくりと立ち上がり、廊下を引き返す。明日も早い、とっととお風呂に入って寝よう。そんなことを考えながらゆっくりと廊下を歩いていると、再びリビングの横を通りかかる。その中を確認することは敢えてしない。一瞬見えた光景は、相変わらず散らかった食器を片付ける母の姿。
そこまでする必要があるのか、と問いたくなったこともある。だけど、そんな話をするたびに、問題の解決を心から望んでいないことを感じ取ってしまい。踏み込むのをやめてきた。今回だって同じこと。解決を望んでいないのにこじ開けるようなことをするべきじゃない。そう心に言い聞かせる。その奥底にはどこか踏み込まなくてよいことにほっとする自分がいるのもまた、良く知ってる。
早くここを出たい。出来れば母も連れて。二人で平和に暮らせるのであればそれでいい。それ以上のことなど何も要らない。
それでも世の中はままならないもので、それすらも叶てくれない。仲の良かった(と向こうは思っていたはず)男子に、ぼかしながらそんな話をしたら、「頑張って働いて、貯金したらいい。今の仕事が駄目なら、違う仕事にすればいい。それで解決だよ」と言われた。そんなことが出来たら苦労はしないと怒鳴りつけてやりたい気持ちは全部沈めて「そうかもね」と笑った。
本当は、綾瀬くんにも聞いてもらいたいと思った。だけど、綾瀬くんに、こんなことを話したくないとも思った。もし彼にも同じようなことを言われたら、きっと立ち直れないと思う。僅かでもその可能性がある以上、どうしても踏み出せなかった。
そんなことを考えていたせいか、気が付いたら綾瀬くんにメッセージを送っていた。普段はこんなに安否を確認したりはしない。だけど、今日ばかりは確認したくなった。無事に帰りついたと言って欲しかった。なんならスタンプ一つでもいい。そんな反応が今は欲しかった。
自室について、扉を閉め、そこに寄りかかる。暫く風呂に行く元気は起きなさそうだ。
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