Ⅲ.胎動
31.キリの良いところまでプレイして寝不足。
「体調不良?」
「そうなの。ゴメンね?折角来てくれたのに」
最初のころは「そういう日もあるんだな」と思っていたのだが、日に日に「どうしてそんなに体調不良が多いんだろうと不思議になった。
綾瀬はこれまでも何度かそういう「生まれつき体が弱くて、しょっちゅう体調を崩す人」を見てきた。
けれど、綾瀬と会う時の彼女――
頻繁に面会謝絶のような恰好になる割には、会って遊ぶ時は全くそんな素振りは見せない。もちろん、体調が特別優れる日にしか会っていなかったという可能性は否定できない。ただ、そんな可能性も彼女にはどうしても馴染まないように感じた。
だから、調べた。
最初は「生理」という女の子特有の体の機能に行き当たった。
けれどこれは彼女の年齢からしたらまだ早い。その可能性を綾瀬はすぐにねじきって捨てた。
それから様々な可能性を当たってみた。
生まれながらに持っている、何らかの持病。体というよりは心の問題。あるいは彼女ではなく、それ以外の家族が抱えている重篤な疾患。そんな様々な事象に綾瀬は思いを巡らせた。
その根底にあったのは「何か抱えているのであれば力になりたい」という純粋な親切心だったような気もするし、彼女を友達以上の存在として認識するが故の、「彼女の気を引きたい」という背伸びした少年心でもあったような気がするが、本当のところがどうだったのか今でも良く分からない。
ただ一つだけ確かなのは、そんな涙ぐましい努力は、彼女の体調不良をなんとかするためには全くと言って良いほど役に立たなかったということだ。何故なら体調不良の原因は……………………
◇
「…………ぅおっと!」
綾瀬が目を覚ましたのは他でもない。思わずずり落ちそうになってしまったからである。
それもベッドからではない。
机からである。
目の前にある操作する者を失ってスリープモードへと移行したPCのディスプレイには、きっちりとキーボードの跡がついてしまった顔が映し出されているし、ワイヤレスのマウスは綾瀬との陣取り合戦に敗北し、無言で床に転がっている。
綾瀬が起き上がったことを「操作された」と勘違いしたのか、PCが鈍い音を立てて動き出す。
やがて寝不足な男の顔を映していたモニターは一つのウインドウを表示する。その上に記されているタイトルは「不連続性ロジック」。先日獅子堂からお勧めされ、購入したゲームのタイトルだ。
画面は幸いその手のシーンではなく、日常の一パートだった。別に誰かが見に来るという訳ではないので、どんな画面が広がっていたとしても困る道理はないのだが。
「今何時だ……?」
目をこすり、マウスを拾おうとしながらPCで現在時刻を確認、
「げ」
思わず漏れた声。
そこに表示された時間は、朝食の時間をちょっとだけ過ぎていた。
◇
そんな訳で、既に朝食を取り終わり、一服している面々と適当に会話を交わしながらの朝食となったのだった。ちなみに、そんな一部始終を説明すると、
「はっはっはっ」
「何してんのよ全く……」
「そんなに面白いの?」
「昨晩はお楽しみでしたね」
という四者四様の反応が返ってきた。誰が誰なのかは想像にお任せしよう。もっとも、約一名全く隠し切れないわけだが。
綾瀬はそんな平常運転な反応は無視し、他の三人に一括で、
「まあ、うん。流石に寝落ちはどうかと自分でも思うよ。でも、それくらい面白いんだってこれがまた」
そんな感想に
「いやぁ、やっぱ綾瀬はよく分かってるね。なるよなぁ、あれは。やめどき、俺も分かんなくなったもん。後少し。後三十分。っていうのが永遠に繰り返されていく感じ。ああ、面白い作品ってこうだよなってなるもんなぁ」
しみじみと語る。水神が、
「そんなに面白いのね。私もやってみようかしら」
獅子堂が「仲間を見つけた」という感じで、
「いいんじゃない?きっとハマるよ」
久我がやや呆れ気味に、
「何を勧めてるのよ何を……」
「えぇ~?」
獅子堂はぐりんと視線を久我に向けて、
「エ・ロ・ゲ(はぁと)」
ありもしない愛情をたっぷりこめて、恋人にでも囁くような口調で言ってのける。
久我の眉間にしわが寄り、
「……なんでもいいけど。いずれにしても寝落ちした上に寝坊なんて良くないわよ?」
その言葉は綾瀬に向けてのものか、獅子堂に向けてのものかが分かりにくい。
だから、
「あっはは。久我ってなんか人生損してそうだよね、色々と」
「はぁ?」
明らかに言葉に怒りの色が混じるが獅子堂は尚も続ける。
「や、だってそうじゃない。寝落ちも寝坊も、それだけ何かに夢中になった証拠でしょ?それを否定するってことは、そういうものが無いってことじゃないの?」
久我が口角を引きつらせる。
ピキッという音がしたような気すらする。
「そういう意味じゃないでしょ?ただ、単純に、そういう節制を持って行動することが大人としての」
「それはあくまで必要な場合のみでしょ?ねぇ、メイドさん?別に綾瀬がちょっと寝坊したくらいで怒ったりはしないよね?」
クリスはそれはそれは爽やかな笑顔で、
「ええ。それを含めてお世話をするのが私達の仕事ですから」
言質を得た獅子堂はにやりと笑い、
「ね?だから別に必要はないの。今の綾瀬に必要なのはむしろそういう寝落ちしちゃうようなものを見つけることなんじゃない?それを邪魔して何がしたい……あぁ、そうか」
一人で納得し、うんうんと頷く。久我は全くついていけずに、
「何よ」
獅子堂は肩を震わせ、
「くくくくく……いやぁ、面白いなぁ」
「な、何がよ」
「や、だってさ。要は久我が気に入らないのって、綾瀬がエロゲなんかに夢中になることでしょ。それなのにデートに誘うってことはつまり、「どうして私に目を向けてくれないの!?」ってことだろ?いやぁ面白いなぁ」
「なっ……!?」
久我の顔が真っ赤になる。獅子堂は尚も攻撃の手を緩めない。
「しかも久我さぁ。今日、本来は休みでも何でもないんでしょ?どういう手を使ったのかは知らないけど、わざわざ休みまで作って男誘って、その上そいつがエロゲやってたら文句付けるってそれもう答え出てるじゃん」
最後に久我に向けてサムズアップし、
「ナイスビッチ」
「~~~~!!!!!」
久我が言葉に詰まる。そんな光景を眺めながらクリスは、
「平和ですねぇ」
水神は呑気に、
「クリス?これのおかわり貰っていいかしら?」
と、自らの持っていた空のティーカップを差し出す。クリスはそれを受け取って早速おかわりを、
バンッ!
振動が伝わる。震源は久我だ。彼女はキッと綾瀬を見つめ、
「綾瀬くん!」
「は、はい!」
思わず両手を膝の上に置いて姿勢を正す。何故こちらに怒りの矛先が向くのか。勘弁してほしい。
「なんなの!この人!」
ビシッという音がしそうなくらい清々しい勢いで獅子堂を指さす。ちなみに当の本人はといえば、
「メイドさんって、もしかして美味しいコーヒーも入れられたりする?」
「ええ。お望みとあらば。獅子堂様はコーヒー派でしたか?」
「うーん……どっちも好きなんだけど、最近は朝にコーヒー飲むのが習慣なんだよね。お願いしてもいい?」
「かしこまりました。明日の朝までには仕入れておきましょう」
「うわぁ、凄い。一流のメイドさんって感じ」
「そんなことはありません。当然のことですよ、獅子堂様」
「そっかぁ。これは明日の朝が楽しみだな」
「ふふふ……期待に応えてごらんにいれましょう」
あははははは。
キッ!
「綾瀬くん!」
「はい!」
流石に理不尽だと思う。
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