幕間

醜いセカイと幼馴染のコト

 クリスマスは恋人と過ごすものだなんていったい誰が決めたのだろう。


 少なくとも最初はそうじゃなかったはずだ。赤い服を着こんだ鬚面のおっさんが、トナカイにソリを引かせることで各地を回り、「クリスマスプレゼントを配るため」などともっともらしい理屈をつけて家々に不法侵入するというこのイベントはどちらかといえば家族のものだったはずなのだ。


 と、いうか、今でも欧米ではクリスマスというものは家族で過ごすものだと認識されていたはずで、つまるところ恋人と過ごす時間でも無ければ、彼氏彼女が居ないことを嘆くような日では無いはずなんだ。


 だから、


「はぁ……」


 ため息。


 こんな事を考えてしまうのは、やっぱりちょっと寂しさを覚えているからなんだろうか。


 少なくとも去年までは、クリスマスに誰が何をしていようが、勝手にすればいいと思っていたと思うのに、こうやっていざ、誰とも会えないクリスマス(今日はまだクリスマスイブだが)を迎えてみると、急に誰かに会いたくなってくる。

 

 一応これでもさっき、表にいたスーツ姿の人(確か名前は木下とかいったと思う)に聞いてはみたのだ。クリスマスイブくらいは実家に帰っちゃだめですか?と。結果としては見事に断られた。その理屈はこうだ。



「申し訳ございません。上からの命令でして。代わりと言っては何ですが、一流シェフにディナーを作らせますのでそれでどうかご勘弁を」



 上からの命令。


 私がここに来てからずっと使われ続けている魔法の言葉。最初の頃はそれがなんなのか、そもそも上って誰なんだとか、そんなことを聞いたりはしていたのだが、今はそんな気にもならない。なんせ聞いたって意味のある答えなんかかえってきやしないのだから。


「よっ……と」


 立ち上がって伸びをしてみる。いや、別に必要なんて無いんだけど。いってしまえば習慣みたいなもんだ。長い間机に座って書き物をしていたら普通は体が凝ってくる。つまり、この椅子と机は普通じゃないってこと。見た目は正直シンプルだし、その質なんて詳しいことは私には分からないんだけど、多分凄く高価なものなんだと思う。正直いって天国みたいな快適さだ。だけど、



「やっぱ落ち着かないなぁ……ここじゃ」


 これは正直な感想。だってそうでしょ?今まではその辺のホームセンターとかネット上の通販サイト(しかもセール品)で買った、庶民的な、それでもちょっぴり背伸びをして買った、椅子と机で作業してたんだもの。一日の半分以上の時間をそこで過ごすことも珍しくなかった。いわば私の戦友。どんなに質で劣っていたとしても、やっぱりあっちの方がしっくりくるのは仕方のないことだと思う。


 この部屋だってそう。なにやら特別な部屋らしくって、最新の技術が詰め込まれてるらしいんだけど、正直その半分どころか八割がたは使ってない。だって使い方も良く分からないし。


 いまのところ一番良く使うのはトイレのウォシュレット。次点がお風呂のジャグジー機能で、三番目がサウナ。こうやって考えてみるとお風呂回りばっかりだけど仕方ない。作家っていうのは何かとリラックスする時間が大事なんだ。特に私はそうしてないと未だに気持ちが持っていかれそうになっちゃうくらい。だからこれらの施設だけはありがたかったし、そのことは今度会ったら、あの偉い人にも言っておきたいなって思ってる。


 だけど、それ以外は正直いらない。どこで売ってるのかも分からないテレビとか、ちょっとした生態系が作られてそうな、引くほど大きい熱帯魚の水槽とか、どう考えても一人暮らしには必要ないソファーの数々とか、使われることはまずなさそうな客間らしき部屋とか、コーラを冷やすという用途があまりに役不足に感じる業務用冷蔵庫とか、本格中華だって作れそうなくらいの火力を出せるキッチンとか、そんなものは正直いらない。


 いや、いらないんじゃない。


 そんなものよりももっと重要なものが欠けてるんだ。


「元気してるかなぁ……」


 地上を一望できる大窓を撫でながら、思わずぽろりと気持ちが漏れる。だってしょうがない。もうずっと人とは(見張りと思われる黒服の人たちを覗けば)会っていないんだから。


 一応定期的な連絡は出来てるし、もし万が一皆に何かがあれば、真っ先に伝えてくれるという約束になっている。その時の為に、ここの屋上には常にヘリと操縦士が待機しているっていう話も聞いた。そんな「もしものとき」のことなんて想像もしたくないけれど、ともかくそんな体制のお陰で、仲間たちがいつの間にか死んでいたなんてことは無いし、そこだけは安心していいんだと思う。


 けど、


「あの子……どうしてるかなぁ……」


 思い浮かべる。あまりしゃべるのが得意でなかった。けれど凄く賢くて、面白くて、それでいて優しいあの子。確かお偉いさんの一人娘だって話。物語の中から飛び出てきたみたいに綺麗なお姉さんと一緒によく来てくれてたけど、最近はなかなか顔を出してくれない。


 もちろん、向こうにも事情があると思うから、あまり無理強いは出来ないけど、もしもうちょっと待って遊びに来ないみたいだったら、それとなく事情を聴いてみようかな。キノシタさんに。他の人だとちょっと……や、かなり話にくいし。あの人くらいだもんな。お願いとか質問が出来るのって。ちょっと前にいた男の人は怖かったなぁ……名前なんて言うんだったかな……カタカナだった気がする。外国の人だったのかな?


「はぁ……」


 再びため息。こんなことに意味があるわけじゃないってのは分かってるんだけど。それでも出てしまうものは仕方がない。よく「ため息をつくと幸せが逃げる」っていうけど、逆なんじゃないかって思うんだよね。ため息をつくと幸せが逃げるんじゃくて、幸せじゃないからため息が、



 ピーンポーン。

 


 ん?誰だろう。もしかして本格ディナーとやらを届けに来たのかな?どれどれ、


「はい」


 インターホン越しの会話。そこに映っているのは知らない男性。誰だろう。


「どなたですか?」


「はい。ディナーをお届けに参りました」


 なるほど。言いたいことは分かった。けど、それだけで開けるほど私の貞操は軽くないぞ。


「そうですけど……あの、貴方は一体?」


 突然、


「あの、木下ですけど」


 お、聞き覚えのある声だ。キノシタさんは男性の代わりにカメラに映り、


「先ほどお伝えいたしましたディナーをお持ちしたのですが……シェフに上がっていただいても大丈夫でしょうか?ニ、三、召し上がる前に行いたい作業があるとのことで……」


 ほう。なんとも本格的だ。興味が出てきた。こんな時だってお腹は減るものだ。

「あ、大丈夫ですよ。今、開けますね」


 開錠は……これか。よっと。



 ガチャン!



 お、開いたみたいだ。良かった良かった。これでディナーが、


「うっ……」


 何?これ?頭が……痛い……何だろう、これ。景色が、見える。これは……暖炉?


「お待たせしましたー……だ、大丈夫ですか?」


「すみません。先に私が……水神みずかみ様?」


 シェフとキノシタさんが入ってきた。私を見てなんだか心配そうだ。そんな顔は見たくない。


「……大丈夫。ちょっと疲れただけ」


 手をひらひらさせる。大丈夫。私は平気。別になんともない。


 キノシタさんが、


「そう、ですか?」


「そうそう。だからご飯食べて元気になるよ」


 力こぶを作るようなポーズ。キノシタさんはそれでもなんだか不安そうに、


「……分かりました。ただ、何かありましたら遠慮なくお申し付けください。どうか、お願いいたします。貴方は、」


 言葉を切って、


「シナリオライター・神無月かんなづき極夜きょくやは、この世に一人しか居ないのですから」

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