27.プレミアになるのは良いことか悪いことか。

 やがて獅子堂ししどうが、


「よ。なんか良いものあった?」


 水神みずかみだった。彼女は一つの棚を眺めながら、


「えっ……と、よく分からないわね」


 そりゃそうか、と綾瀬あやせは思う。ここに並んでいるのは全て、男性用のものだ。男性の主人公が、女性のキャラクターと恋愛したりしなかったり、あれやこれやを何回かやったりやらなかったり……いや、こっちは確実にやるわ。ともかくはそんな作品ばかりだ。


 世の中には逆に女性の主人公が男性のキャラを”攻略”したり、男性同士、女性同士でなんやかんやする作品も存在しているらしいが、その辺りは綾瀬も詳しくない。ちなみに『月に寄り○う乙女の作法』は女装した男と、女の子の恋愛というこれまた一風変わった関係性を持っている。へそかん!


「どれどれ……」


 獅子堂は水神の隣に行き、


「あぁー……」


 ちょいちょいと綾瀬を呼ぶ。綾瀬もその横に行き、


「何?」


「ほら、あれ見てよ」


 獅子堂が、ガラスケースの棚に奉られている一本のソフトを指さす。先ほど手に取り、今なお綾瀬が小脇に抱えているソフトと比べると簡素な作りのパッケージだが、絵柄が似ている。獅子堂が見世物でも見るように、


「二万ねぇ……流石にプレミアついてんな」


 言われて初めて気が付いた。あの明らかに簡素なパッケージをした作品が、二万円を超えている。この手の作品は生産数が少ないこともあって、人気が出るとプレミア化してしまうなどということもそんなに珍しくはないのだが、それにしても二万は結構な値段だと思う。獅子堂はにこやかに、


「ちなみにあれが一作目」


 綾瀬は思わず手元のパッケージを指さし、


「え、ここの?」


「そう」


 改めてガラスケースの中を眺める。言われてみればどこか近いものを感じる。獅子堂がぽろりと、


「ま、あれは俺が貸すよ。中古なんか買っても意味ないし」


「ああ、ありがと……」


 綾瀬はそこで言葉を切って、


「や、持ってるなら最初から言えよ」


 獅子堂は全く悪びれのない笑いを混ぜながら、


「あっはっはっは……いや、ごめんね。ホントはね、三作全部持ってるの。だけど、なんか綾瀬買ってくれそうだったし」


「まぁ……」


 綾瀬の言葉はそこで途切れる。確かに、今日はある程度散財するつもりで来ていたのは確かだ。その背景には水神の存在もあるにはあるのだが、それ以前に、もし買うだけの価値を見出せる作品があったのなら、そこに投資をすることを厭いたくないという気持ちもあった。何せ綾瀬が惰性以外で何か創作物を購入するのなど、それこそ一年くらいは遡る必要があるくらいなのだ。それくらいはしておきたい。


 そんな気持ちを知ってか知らずか獅子堂は、


「ま、極端な話、綾瀬が金を出すことが重要じゃなくってさ。もし金が無いってんなら、そん時は俺が買って、プレゼントくらいはするつもりだったんだよね」


「マジか」


 獅子堂はにこやかに、


「あ、別に金に困ってないならやらないよ?っていうか、多分困ってないよね?」


「う」


 図星だった。獅子堂はにやにやと楽しそうにする。


 やがて、そっと何かに語り掛けるようにガラスケースに手を添えて、


「俺はさ。今でもずっと、神無月かんなづき極夜きょくやがシナリオを書いた新作を待ってるんだよね。だけど、彼か彼女かは分からない天才ライターさんは、何かの理由で新作を書けてない。もちろん、それが金銭的な理由じゃないだろうなってことは、俺も分かってる。けどね、綾瀬。俺はそれでも何かしたいんだよ。だからこうやって綾瀬に勧めたし、そのソフトだって新品がおいてそうな店をあえて選んだ。それを買うことで、何が変わるって訳でも無いんだけどね」


 その視線はあまりにも寂しげで、


「すごい」


 突然、だった。


 心の底から出た、本音の感想。


 獅子堂と綾瀬はその声の主に視線を向ける。当の本人水神はといえば、


「あ……」


 口に手を当てている。まるで今出てしまったのは何かの間違いだと言わんばかりに。


 獅子堂は慈愛に満ちた目で、


「ありがとな。そう言ってくれると嬉しい。やっぱアンタはいいやつだな」


 水神はまだ少し戸惑いながら、


「あ、ありがとう」


 綾瀬は純粋に、


「そういえば、水神はなんでここにいたんだ?探し物か?」


「え?」


 水神は一瞬視線をガラスケースに向け、


「あの、ほら。特別なケースに入っているから、気になって」


 獅子堂が続けて、


「ああ、そうだね。こういうのって気になるよね。どんだけエグい値段ついてんだろ、とか。

確かめて笑いたくなるよね」


「いや、ならないが」


 否定。獅子堂は「えー」と不満たらたらで、


「綾瀬はもっと色々なことを楽しんだらいいと思うよ」


「そうかぁ……?」


 綾瀬は首筋をぼりぼりと掻き、


「まぁ、いいわ。取り敢えず、これ。買ってくる」


「ん。そうしてあげてくれ」


 レジへと向かう。その後ろで、ぽつりとこぼされた、


「……やっぱり必然なのね」


 という一言には、決して気が付くことは無かった。



               ◇



「さて」


 獅子堂が切り替えるように、


「お勧めも教えたし、今度こそ俺は退散するわ。次は……年明けかな?」


「ああ、」


 綾瀬は見送ろうとしかけ、


「そうだ。アパートなんだけどさ」


「アパート?あの風通しのよさそうなとこ?」


「そう。そこなんだけど、多分暫くはあそこに戻らないと思うんだわ」


 獅子堂は目をぱちぱちとして、


「え、何。綾瀬引っ越すの?」


「あー……まあ、そんなところだな」


 曖昧にぼかしていたら水神が、


「館に引っ越すのよ」


「ん?館?何それ?」


「館は館よ。ちょっと古いけど、広くていい所よ。暖炉もあるし」


 どうやらこのお嬢様は余程暖炉がお好きらしい。綾瀬は補足するように、


「説明すると長くなるんだが、大体は水神の言った通りだ。館……洋館って言ったら良いのかな。そこに住んでる」


 獅子堂は「こいつは面白い話を聞いた」とばかりに、


「ええ?何、綾瀬そんなとこ住んでんの?なんか面白そうだから、俺も行っていい?」


「あー……」


 綾瀬は断ろうとして思い出す。そういえば豪華な夕食を用意しているというクリスの弁を。張り切りすぎたらしく、その量にはある程度の余裕があることも。


「そうだ。獅子堂。今日、時間あるか?」


「今日?なんで?」


「いや、実はだな……」


 綾瀬はある程度の経緯をかいつまんで説明する。獅子堂はその間なんとも楽しそうにしていたが、


「と、いう訳なんだが。どうだ?」


 そう提案すると、


「行く行く。え、何、その面白そうな状況。綾瀬いつのまにエロゲ主人公になる技術を身に着けたのさ」


「いや、別に俺が何かしたわけじゃないんだがな……とにかく、そういう事だ。来るならえーっと住所を」


「ちょっと待って」


 水神がスマートフォンを操作し、画面を獅子堂に見せ、


「住所はこれ、みたい」


 覗き込む。どうやら連絡先に登録されているらしい。シンプルに「洋館」と書いてあった。綾瀬はその登録名が「愛の巣」などといったトンデモなものでなくて良かったと心の中で胸をなでおろす。


 獅子堂はそれを自らのスマートフォンのカメラでパシャリと撮影し、


「ん。分かった。ここに行けばいいんだよね。一回家戻ってから行くわ。何時くらいまでに行けばいい?」


 綾瀬が、


「確か夜の八時……二十時までには帰ってきてほしいって言ってたな」


「りょーかい。んじゃ、それくらいまでには着くようにするわ」


 獅子堂はそれだけ言うとスマートフォンをポケットにしまって翻り、


「んじゃ、今度こそ俺は退散するわ。また、後でね~」


「あ、ああ。またな」


 駅へと向かおうとして、足を止めて振り返り、


「そうだ。もしそこに引っ越しちゃうんならさ。さっきの、なんだっけ。なんとかちゃん。その子にも教えてあげた方が良いんじゃない?」


「え?でも、別に絶対行くみたいな感じじゃなかったけど」


 獅子堂はあははと笑い、


「綾瀬は相変わらずだなぁ。あのね。多分彼女は絶対あのアパートに行くはずだよ。なんなら、何か賭けてもいいよ」


「マジ?」


「マジ。大マジ。これは俺の勘だけど、多分間違ってないと思うよ?それじゃ」


 それだけ言って獅子堂は足早にかけていく。十二月の冷たい風が吹く。打ち捨てられたパンフレットがひらりと宙返りをする。

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