26.フォーマットに拘らない。
「ここだ」
バンッという効果音が付きそうなくらい勢いよく広げられたその手が指し示す先にあったのは、
「エロゲっすか」
エロゲだった。
それはもう間違いなくエロゲだった。
もっと正しい表記で、万人が理解できるような表現を用いるのであれば、「成人向け」で「PC」で「恋愛アドベンチャー」なそれだ。
それでも分からない人でも分かるように説明するのであれば、主に主人公の一人称視点で進む物語の中に存在する、いくつかの選択肢を選んでいく事で、特定のヒロインと恋人同士になったり、イチャイチャしたり、エッチなことをしたりしなかったりしようっていうアレだ。
それでもまだ分からない人は詳しい人にでも聞くか、「月に寄りそう乙○の作法」ないしは「俺たちに翼○ない」あたりを買ってプレイするといいだろう。へそかん!
「なぜまたエロゲ?」
「まあぶっちゃけエロゲである必要は無いんだけどね。ただ、特に昨今はちょっとしたきつい表現を見るだけで、居もしない仮想の子供の教育に悪いなどと言っていちゃもんをつけたりする輩とか、そうでなくとも、ちょっとでも主人公が辛い目にあうシーンがあるだけで酷評する、創作を自分の欲求を満たすための道具としてしかとらえていないような輩が多いからねぇ。そういう言わば一般の人々の目に触れず、アングラな世界であるからこそ生まれる創作というものがあるのもまた事実で……ん?何の話だっけ?」
「や、エロゲである理由」
「ああ」
獅子堂はぽんと手を打って、
「要は、俺のお勧めがたまたまエロゲだったってだけ。綾瀬は別にエロゲってだけで度のきっつい眼鏡かけたみたいに視野が狭まっちゃうやつじゃないでしょ?」
「まぁ、俺はそうだが……」
視線を少し離れたところにいる
「一応、あいつもいるんだが」
獅子堂は、それこそ性格を知らないやつが見たら恋にでも落ちそうなくらいいい笑顔で、
「あっはっは。でも、問題なさそうだよ?」
「まぁなぁ……」
実のところ、そんな気はしていたのだ。水神という人間は、こういった類の、それこそ八割がたがエロシーンな作品だって、全く嫌悪感も先入観も偏見も無しに見るような人間だろうとは思っていた。
ただ、それはあくまで綾瀬の予想だ。実際に本人に聞いたわけではない。だから途中で向かっている場所が分かった時に、それとなく、水神だけを切り離そうと画策していたのもまた事実である。しかし、そんなあまりにも浅はかな意図はあっさりと見破られ、
「別に、どんなものでも面白ければそれは素晴らしい。でしょ?」
などということをさらりと言いきられてしまったので、ここまで三人で来ることになったという次第なのだった。
ちなみに平日と言えどもそこそこ時間が遅くなったからなのか、店内にはちらほらと他の客が見える。そして、そのほぼ全てが少なくとも一度はこちらをそれとなく確認していたのを綾瀬は知っている。そりゃ、まあ、目立つもんな。白髪のイケメンに、金髪の(見た目は)未成人っぽい子となれば。
ただ、そんな綾瀬たちの元に(というか水神の元に)店員がやってきて注意することは無かった。時間が時間だからだろうか。レジには人が常駐しておらず、フロア内にもいないようだ。在庫の整理でもしているのだろうか。
綾瀬は改めて、
「んで?お前のお勧めってのはどれだ?」
「っと、そうだったな。こっちきてよ」
くいくいと指で呼びつけられる。綾瀬は水神の方を一度だけ眺め、何やら真剣に棚を眺めているのを確認し、あえて声をかけずに獅子堂についていく。
獅子堂はやがて一つの棚にたどり着き、
「えーっと……あったあった。これこれ」
一本のソフトを取り出し、
「ほら。これだよ、これ」
「ふれんぞくせいろじっく……?」
聞いたことのないタイトルだった。
綾瀬は別にそこまでこの手のゲームに詳しいわけでは無かったが、それでも獅子堂を通じていくつかのお勧めを教わったし、それが外れたことは一度たりともなかったが、その時にプレイしたどのゲームとも全く違う絵柄だ。メーカー名も覚えがない。
「これがお勧めなのか?」
「お勧め。最近だともう、ここくらいかな。俺がお勧め出来んのは」
「へぇ……」
綾瀬は差し出されたパッケージを手に取って眺める。発売年は2015年。今が2019年なので、最低でも四年は前の作品だ。
「結構前のなんだな」
「まあね。でも、それが最新。それ以降、このメーカーから新作は出てないんだよね」
「出てない……何で?」
獅子堂は肩をすくめ、
「俺が聞きたい。多分、ネットにもそういうやつは多いんじゃないかな。今でもファンは多いし、その評判を聞いてやってみたってやつはちょくちょく見る。だけど、新作は出ない。っていうかそもそも会社自体が休止してるみたいだし、もしかしたらもう新作なんて出てこないんじゃないんかって話から、最悪ライターが死んだんじゃないかって噂まであるくらい」
「なんでまた」
「んー……まあ、全く信ぴょう性の欠片も無い自称親族の書き込みだと、ずーっと失踪してるって話になってるね。まあこれもただのほら吹きって可能性の方が高いと思うけど。ただ、それを抜きにしても、まあ屋台骨がいないから新作が出せないって可能性はあると思うけどね」
「そんなに凄い人、なのか……この、えーっと……」
綾瀬はパッケージに書いてある名前を読み上げ、
「かんなづき……何?」
止まる。獅子堂が当然という感じで、
「
「そうか……で、この人が凄いってこと?」
獅子堂は何故か自慢げに、
「天才だね」
「そんなか」
「まあ中には「とんでもない話を書いておけば受けると思ってる」とかそういう意見もあるみたいだけどね。けど、そもそも物語っていうのは日常系の四コマとかでもない限りは非日常の、いわばとんでもない出来事の集大成な訳であって、それを「とんでもない話」だからという理由で忌避するのはあまりにも創作の何たるかを理解していないっていうか……あれ?何だっけ?」
綾瀬は自然な流れで、
「この神無月って人がどんだけ凄いのかって話」
「ああ。まあ、どれくらい凄いのかは、やってみたら分かると思うよ。これまでを見る感じ、綾瀬には見る目がありそうだから、きっと気に入るよ。俺が太鼓判を押してあげる」
「マジかぁ」
もう一度、手元にあったパッケージをしみじみと眺める。表に裏にとひっくり返し、その表面から情報を読み取らんとしていく。細かな内容は分からないが、取り敢えず一応は学園物だということと、絵柄が好みであるということと、一番のメインヒロインが可愛いということだけは分かった。ちなみにその子の髪の毛は肩ほどの長さで、明るめの茶色をしていた。
獅子堂は再びきょろきょろと店内を見まわし、
「後のやつは……流石に無いだろうなぁ」
「他にもお勧めがあるのか?」
「うん。そのメーカーの過去作。それが三作品目だから」
徹底していた。相当好きらしい。獅子堂が店内を物色するように歩き回る。綾瀬もそれに従って後をついていく。周りには二人の身長よりやや高い棚に、所せましといった感じでゲームが陳列されている。どれもみんな18歳未満は対象外だと警告する。
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