24.偶然の集まった先には。
筐体から音楽が流れだす。直後、二人はほぼ同時に動きはじめる。どうやらゲームが始まったらしい。パッと見、二人の踊りは似ているが、その間には決して超えられない壁……いや、崖がある。
上にいるのは当然獅子堂だ。先ほど同様、こなれた感じで、遊びを入れながら踊りをこなしていく。画面のコンボ数は途切れることなくどんどん積み重なっていく。しかし獅子堂は、そんなことなど全く興味がないとでも言わんばかりのキレのあるポーズを連発する。その動きは、本当に一流のパフォーマーがダンスを披露しているようにも見える。
一方。崖下にいるのは水神だ。綾瀬は初見からある程度出来るような気もしていたし、実際(恐らくは)初心者離れをした動きをしているのだろう。ただ、それはあくまで「初心者としては上手い」という動きだ。バリバリの経験者であろう獅子堂には遠く及ばない。コンボ数も頻繁にリセットされている。
ただ、それでも水神は諦めない。
いや、そもそも諦めるという感情すらないのかもしれない。
ちらりと見えたその表情は間違いなくこの時間を楽しむものだった。そのお陰かは分からないが、後半になるにつれて、段々と水神のミスが減ってきた。それでもなお、右隣のライバルとの間にはスコアも。それ以外も大きな開きがある。にも関わらず、水神は楽しそうにステップを踏み、手をかざし続ける。その踊りからは徐々に硬さが取れていく。びっくりするほどの成長速度だ。
「……!」
「!」
譜面が終わり、音楽が止まる。二人は揃って最後のポーズを取る。獅子堂は相変わらずだが、水神はやや肩で息をしている。あまりこういうゲームには慣れていないのだろうか。
暫くの間筐体を眺めていた二人だが、やがて向き合い、お互いの健闘を称えるような笑顔を浮かべ、握手を交わす。それで満足したのか、二人の対戦は一ゲームで終わりをつげ、綾瀬の元へと帰ってくる。
開口一番獅子堂が、
「綾瀬。この子、なかなかやるね」
「そうか?まあ、コツを掴むのは上手いなと思うけど」
獅子堂が悪戯っぽさを含んだ笑い方で、
「ふっふっふっ……そういうことじゃないよ。綾瀬」
「あん?」
「さっき言ったでしょ?別に何もスコアの優劣を競いましょうって訳じゃないって。俺は最初からこの子と勝ち負けを競うつもりなんてないよ。まあ、そもそも、あのモードは協力モードだから優劣を決めたりはしないの」
「え、マジで?」
「マジ。大マジ。まあ、いちおースコアを見比べることは出来るけどね。だけど俺が見たかったのはそんなことじゃなくて、もっと深い。ふかーいところ」
良く分からない。獅子堂は続ける。
「要は、どういう反応するかなって見てたの。普通、こんな意味わかんないやつにいきなり勝負とかライバルとか言われたらドン引くでしょ?それが普通。だけど、彼女はそれが無くて。この子、一体なんなんだろうって思って。だから、まあ、一緒にダンスでもしてみようって思ったってところかな」
「それで、なんか分かったのか?」
「んー……」
獅子堂は首をゆらゆら揺らしながら、
「取り合えず良い子だなってのは分かった、かな。幼馴染、なんだよね」
語り掛ける。水神は「ええ」と肯定し、
「幼馴染よ。ただ、記憶喪失なのだけど」
「きおくそーしつ?」
「ええ」
獅子堂は再び綾瀬に、
「どういうこと?」
「あー……実はだな……」
仕方ない。
綾瀬はここまでの経緯をかいつまんで獅子堂に語る。水神が幼馴染であるということ。その彼女は記憶喪失であるということ。その記憶を取り戻すには、思い入れのあるものや人と触れるのがいいのではないかという仮説。そして、その対象が綾瀬であること。今日もそのために一緒にいる、ということ。
「っていう感じなんだわ」
全てを語る。その間、獅子堂はずっと目を閉じ、俯いていた。一見そうは見えないが、これは彼が「人の話を真剣に聞いている証拠」でもある。何でも「視覚的な情報を絶っておきたいんだよね」とのことだそうだ。本気かどうかは分からない。
綾瀬が語り終えてなお、目を伏せていた獅子堂はやがて、ゆっくりと元の体勢に戻り、目を開き、
「一つ、聞いていいか?」
「ああ」
「今の話を聞く限りだと、二人がここ……秋葉原に来たのは、思い付きに近いってことだよな?」
「えっと……」
綾瀬は視線を水神に移す。水神はにこやかに頷き、
「ええ、そうよ。さっき、決めたの」
獅子堂が、
「ってことはだ、綾瀬。お前、俺が送ったメッセージは見てないってことだよね?」
「あん?送ったの?」
「ああ。そうだな……説明するよりも見てもらった方が早いだろうな。確認してもらっていいかな」
その口調には冗談の色が無い。綾瀬は軽く頷いて、スマートフォンを取り出し、メッセージアプリを立ち上げる。二桁を超える新しい着信がある。その大半は広告の類だが、それ以外に二人からメッセージが届いていた。
一人目は
二人目は
〈アパート。来てみたけど居ないみたいだから帰るわ。アキバ寄ってくつもりだから、もし来るようなら連絡ちょーだい〉
「これって……」
綾瀬は思わず獅子堂を見る。
「一応言っておくと、俺は元々今日秋葉原にいくつもりだったし、思い付きではないよ。だけど、そのことは誰にも言ってない。そのメッセージにだけ書いたこと、なんだよね」
単なる偶然だ。
一面だけを捉えればそうなる。
綾瀬とは違い、獅子堂はそれなりに秋葉原に訪れる機会が多い。今でこそ綾瀬は行かなくなったが、少し前までは、二人で街を歩くということもそんなに珍しいことではなかった。だからこそ彼が今日、秋葉原にいるのは、正直珍しいことでもなんでもないのだ。
水神の行動だってそうだ。秋葉原という場所を提示したのは、過去の思い出にその場所が含まれていたからだというのはクリスも言っていたことだ。それを抜きにしても、綾瀬の趣味を考えれば候補の一つになってくるのは全く不自然ではない。
ゲームセンターという場所だって同じだ。水神は昨日の楽しかった記憶が残っていたからこそ、行きたがったのだろう。それだって、
「……実はね。私がここがいいなって思ったのって、直感なの」
違った。水神はぽつりぽつりとこぼすように語り出す。
「もちろん、昨日ゲームセンターに行ったのは楽しかったし、また
沈黙。
やがて獅子堂が何か遠い過去の記憶を掘り起こすように、
「……シンクロニシティ」
「シンクロ……何?」
「シンクロニシティ。日本語に訳すと「共時性」とか「同時性」って言われてるけど……まあカタカナの方が一般的だろうね」
水神が、
「それは一体、何を意味する言葉なの?」
「概念そのものは俺も詳しくないんだけど……まあ、大雑把に言うなら「虫の知らせ」みたいなもんだと思ってもらういいかな。お互いが示し合わせることなく、一つの場所に集まったりとかね」
「それが起きたってことか?」
獅子堂は両手を「降参」という具合に上げて、
「分かんない。ただ、まあ、面白い偶然だとは思ったけどね」
どこか遠くを見るような目で、
「……いい偶然だといいけどね」
「悪い偶然……ってことがあるのか?」
「さあね。さっきも言ったけど、俺は専門家かなんかじゃないからさ。ただ、まあ、そういう概念もあるってのをちょっと思い出したってだけ」
「ふーむ……」
考え込む。
シンクロニシティ。共時性。虫の知らせ。
確かに、ここまでのことを思い起こしてみれば、都合のよいことが多すぎたように思う。お互いが違和感を持つことなく行先として決定された秋葉原。暫くそこに留まることを決めていた獅子堂。数あるゲームセンターの中で、獅子堂のいる店舗を直感で選び取った水神。全てが偶然の上になりたっていたとしても何も不思議はないくらいの一致ではあるが、これだけの数が連なると違和感は拭い去れない。
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