23.我観測ス、故ニ世界アリ。

 ゲームセンターのゲームといっても、そこには様々な種類が混在している。先日水神が狩人と化していたクレーンゲームの他に、レースゲームや、クイズゲーム。ガンシューティングに、パズルゲーム。果ては競馬に麻雀にメダルゲーと、カップルや友達同士の遊び場から、賭けごと大好きなおっさんどもの暇つぶしまで何でもござれだ。


昨今はスマートフォンゲームの台頭の影響もあってか不況の波が押し寄せているようで、定額制などで年寄りを集客しようなんていう取り組みもあったりするらしい。栄枯盛衰。衰えてきてから尻に火が付くのはどこも一緒らしい。


 そんな総合遊戯施設ことゲームセンターだが、ある程度のフロア数を持つ場合、ゲームの配置にも工夫がされていることが多い。早い話が「万人受けしそうなものは下の方の階に置いておく」というスタイルだ。


クレーンゲームや、プリ○ラのような「カップルとかがふらっと立ち寄って、散財してくれそうなもの」は一階に。大型の競馬ゲームや、プレイする為には専用のメダルを必要とするメダルゲーム類は一番上の階に置かれるといった具合である。


 そんな中で一種類、同じフロアに纏められがちなものが存在する。


 音楽ゲームである。


 その詳しい内容は種類によって様々だが、全てに言えることは「音楽に乗せて流れる譜面を、何らかの形で”演奏”していくゲーム」である、ということだ。ここでの演奏はギターや太鼓のようなリアル楽器のこともあれば、オリジナルの筐体を使うこともある。


 そして、当たり前の話ではあるが、これらの筐体は当然大きな音を発する。そもそもゲームセンター内自体が騒々しいことも多いのだが、これらのフロアは基本的に、輪をかけて五月蠅い。その為、他のゲームをプレイするときに妨げになる可能性があるからなのか、一つのフロアに纏められていることが多いのだ。余談ではあるが、そんなこともあって、これらの音楽ゲームにはイヤホンジャックが設置されていることも多かったりする。


 そういった一連の仲間たちの中でも。ひと際異色な存在がいる。


 それがダンスゲームである。


 いや、ホントは異色ではないのかもしれない。ただ、少なくともこのゲームセンターでは明らかに一つ離れた場所に設置されていた。その理由は明らかだ。他のゲームと違って、プレイヤー自身が縦横無尽に動き回るため、非常にスペースを必要とするのだ。


 しかもこの手のゲームには大抵「次にプレイしたい人が順番を待つゾーン」が設置されており、その更に手前に通路があるものだから、他の音楽ゲームとはやや離れた場所に筐体がぽつんと存在しているような感じが出てしまっているのだ。それだけのスペースを必要とするゲームなので、当然綾瀬あやせたちが訪れたような「徒歩圏内」のゲームセンターにはあまり存在しない。従って、


「………………」


 これである。


 常に綾瀬に話しかけながら歩いていた水神みずかみが一切喋らずに、筐体を見つめて歩みを止めてしまったのだ。そんなに珍しいものなのだろうかと思う反面。その視線の先にいる、一人のプレイヤーを見て、綾瀬は思わず「ああ」とこぼす。


 ダンスゲームに先客がいたのだ。


 それもただの先客じゃない。


 超ハイレベルな先客だ。


 近くで見ていた、制服姿の学生が小声でその感動を共有する。


「なあ、あれってさ」


「一番ムズいやつ」


「だよな?俺前にちょっとだけやったことあんだけどさ」


「あれを?」


「いや、あれじゃなくて。でもなんか、難しいヤツ。データ無いから人ので」


「出来た?」


「全然。まあ、初心者だったし。けど、あいつもあれはムズい。クリアすんのがやっとって言ってた気がする」


 綾瀬は意識をダンスゲームの筐体に向ける。一昔前に流行ったものとはうって変わって白基調でパステルカラーの光に彩られたそれの中央に位置する画面には、譜面と思わしきものが流れては消えていった。その隣に三桁を超えるコンボ数を残しながら。


 プレイヤーに視線を移す。決して派手な動きはしないが、観客を意識したような、最低限以上の見せるステップ。体力を消耗しそうな動きだが、息は全く上がっていない。すらっとした体躯の割にはパワフルだ。服装は黒基調の、明らかに激しい動きをするには不向きと思われるもの。それとは正反対の、透き通った白い、


「……あぁ?」


 白い、肩ほどまで伸び切った、髪。


「マジかよ……」


 後ろからなので、その顔はほとんど見えない。ただ、その姿に綾瀬は嫌という程見覚えがあった。金髪、茶髪程度なら「似た感じの別人」という可能性の方が高い。ただ、ここまで綺麗な白は、そういない。


 やがて、白髪のプレイヤーが動きを止める。筐体から「フルコンボ」というボイスと、おめでたそうな効果音が鳴り響く。離れたところからすげえすげえという感想が聞こえてくる。依然、水神は見入ったままだ。プレイヤーはそんな鑑賞者には全く意識も向けず、横に無造作に放置されていた荷物と上着を手に取り、筐体を操作して、ゲームを終えて、後ろを振り向き、


「あ?」


「……やっぱりか」


 苦笑い。


 そこには思い浮かべた通りの顔があった。驚くほどに白い髪に、栄養でも足りないのではないかと思われるくらい色素の薄い、ホスト顔負けの整った顔。間違いない。獅子堂ししどう怜王れお。綾瀬の、今となっては数少ない、大学の友人だ。


 獅子堂は綾瀬と水神を品定めするかのように見比べた上で、


「綾瀬」


「なんだ?」


「幼女に手を出すのは二次元の中だけにしておいた方が良いと思うよ」


「……第一声がそれかよ」


 獅子堂が心底意外そうに、


「違うの?」


「違う。色々言いたいことはあるが、水神はこれでも同い年だぞ」


 弁明する。ところが獅子堂は、


「と、いう設定ね。なるほど、分かった。確かにこれまでには、どこからどうみても小学生にしか見えないようなキャラクターを大人だと言い張る作品がいくつもあったよね。学園ものなどと銘打っている作品はどれも、基本的に「どれくらいの年代の話なのか」ってところはぼかしてる。どうみても高校生にしか見えなくてもさ。それが暗黙の了解だったってわけ。なのに最近は「見た目が幼いものは駄目だ」とか、そもそも「実際には現実の人間は全く被害にあっていないけれど、不快に思う人間がいるのだからやめるべきだ」なんてそれっぽく喚いて、表現を規制しようとする自称「正義の味方」がうじゃうじゃいるんだよね。児童を守るためとか言ってるけど、それはつまり自分の中に抱え込んだ小さな常識へんけん……んん……?何の話だったっけ?」


 綾瀬は既に慣れたという感じで、


「彼女。水神は俺と同い年だって話。関係性としては幼馴染で」


「幼馴染」


 獅子堂は突如反復し、


「綾瀬。幼馴染って、なんで負けヒロインになっちゃうんだろうね?」


 疑問を投げかける。


「さぁ……?」


 正直、あまり興味は無かった。確かに、幼馴染というのは負けヒロインというレッテルが貼られがちなのは綾瀬も知っている。しかし、


「理由なんてあるのか?」


「あるよ」


 即答だった。


「そもそも、幼馴染という存在は基本的に主人公とずーっと一緒にいることが多いだろ。一緒にだよ?小さいころからだよ?それこそ場合によっては一緒に風呂に入っていたりもするくらいさ」


「……お風呂」


 途中何か聞えたが綾瀬は無視を決め込む。一緒には入らないからね?


 獅子堂は続ける。


「そんな状況にずっといた、いわばヒロインの中では絶大のアドバンテージのあるキャラクター。そんなのが、並み居るヒロインを押しのけて主人公とくっついたらどう思うよ。他の奴らはそいつとくっつくためのかませ犬になるじゃん」


 綾瀬は思ったことをそのまま、


「でも、それって逆でもそうなんじゃ」


「その通り。幼馴染はいわば「メインヒロインの恋のライバル」としてかませ犬になっちゃうんだよ。構図は逆でも良いはずなのに。なんでだろうね?」


 間。解答を期待したのだろうか。無言の後獅子堂が続ける。


「答えは簡単だ。その方が面白いからだよ。考えてみなって。最初からアドバンテージのあったキャラがそのまま勝ったって面白くないじゃん。才能あふれる敵キャラよりも才能のない、努力でのし上がったキャラの成功を見たいっていうのは、いつの時代でも……あれぇ?」


 獅子堂が呆れるぐらい気の抜けた声で、


「何でこんな話してたんだっけ?」


 綾瀬はそれも慣れたという感じで、


「要は、彼女は幼馴染で、同年代だって話」


「ああ」


 獅子堂は薄ら笑いを浮かべ、


「つまり、あれだ。ライバルってこと?」


「はぁ?」


「いや、その子。俺のライバルってことでしょ?今日もこの子といたから綾瀬と連絡が付かなかったって訳でしょ?ふーん。なるほどねぇー。幼馴染ってのはアドバンテージがあるからねぇー」


 舐めるように水神を見つめる。そんな視線に水神は全く動じずに、


「ライバル……貴方は私のライバルなの?」


 獅子堂は首をゆらゆらとさせながら、


「んー……そう、だねえぇ。まあ、ライバル、だよねぇ。君、さっきまで綾瀬と一緒にデートしてたんでしょ?」


 綾瀬は否定しようと、


「いや、デートって訳じゃ、」


「ええ」


 おいこらそこの記憶喪失少女。


 獅子堂はくっくっくっと、この状況を楽しむように笑い、


「そうか。それじゃあ、ライバルだ。ねえ君。俺と勝負してよ」


「「いいわそんなの」って、ええ……」


 綾瀬が止めに入るよりも早く、水神が承諾する。獅子堂は満足したようで、


「よし。それじゃあ、これで勝負しよう」


 びっ、と指し示した先には先ほどまで獅子堂がプレイしていたダンスゲームがある。綾瀬は苦笑しながら、


「それじゃ、お前の圧勝になるんじゃないのか?」


 水神が振り返り、


「あら、分からないわよ?」


 その自信はどこからくるんだろう。少し分けてほしい。獅子堂は肩をすくめて、


「綾瀬。俺は別に「スコアの優劣を競いましょう」とは一言も言ってないよ」


「え?じゃあ何を競うんだ?」


 獅子堂は得意げな笑みを浮かべ、


「まあ、見ててよ」


 それだけ言って、誰もプレイしていない筐体へと戻っていく。水神もそれについていき、基本的なプレイ方法を教わる。これから戦うライバルに聞くことではない気がするのだが、意外にも獅子堂はあっさり、そして丁寧に教えていた。


 やがて、準備が整ったのか。二人が横並びになる。どうやら二人でプレイするモードもきちんと存在するらしい。

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