22.尖りが見つからない。
ピンとくるものがない。
それが、ずらりと並べられた新刊本たちを、ざっと俯瞰した
もちろん、全てに目を通したわけではない。手に取ったのは先ほどの一冊だけだし、それだって内容をきちんと確かめてはいないし、それ以外の有象無象に関しては言うまでもない。
ただそれでも、綾瀬は目の前に陳列されている作品群から、なんとなくの「不作臭」をかぎ取っていた。決して理屈などではない。言葉では説明しきれない、曖昧な「あ、これは駄目っぽい」という感覚。それが概ねどの作品からも感じられた。大体なんなんだあのタイトルは。クソほど長いくせして内容がこれっぽっちも伝わってこないじゃないか。
「駄目?一つも?」
「うーん……一つもって訳じゃないんだけど」
綾瀬は適切な言葉を頭の中から探し出し、
「なんていうかな。赤点未満の平均点以下って感じなんだよな。こうやって本になってるわけだから、流石に赤点みたいな作品は無いんだろうけど、それだけっていうか。成績優秀かっていうとそうじゃなくて、全教科赤点を回避しただけ、って感じなんだよな」
「それだと駄目なのかしら?」
「駄目……うーん……まあ、駄目なんだろうな。事実ピンとこないわけだし」
言葉を切って、
「例えばさ。他の教科はてんで駄目だけど、運動神経だけは抜群にいいやつがいたりするじゃん。そういうやつはもちろん、筆記試験なんかだと赤点を連発しちゃうわけ。でもさ、もしそいつが……そうだな、野球のピッチャーをやってみたら、どえらい球速の球を投げたりするわけ。そうなったらこいつはプロのスカウトからすげー注目される」
間。
「だけどさ。全部が平均点未満だと、そういう売りはないわけ。そりゃ、学校のテストでは分からないそいつの魅力があるかもしれない。だけど、この時点では一芸のあるやつの勝ちだし、多分生涯で手に入れる金もそっちの方が多い。そして、そっちの方が、多くの人間の目に止まる」
一つ息を吐き、
「俺はさ、平均点未満の部分を持ってるならそっちの方が見たいわけ。だけどまあ、最近はどうも「赤点」を嫌う傾向があるみたいでな。結果として、赤点取ることにびくついたみたいな、何一つ平均点を取れない作品が並んでる……ってのはまあ、殆ど
水神は黙って聞いている。綾瀬は付け加えるように、
「……でも、まぁ。そんな的外れなことは言ってないと思うんだよな。事実、ピンとこないわけだし」
水神がぽつりと、
「多分、間違ってないよ」
「え?」
何だ、今のは。
その声色は今までのどの言葉とも違、
「それじゃ、ここには余り発見は無さそうかしら?」
同意を求める。その声は今まで通りだ。綾瀬は思わず水神をじっと見つめる。その視線の先には無邪気に首を傾げる、いつも通りの彼女の姿があった。
「……そう、だな。上もあるにはあるけど、移動するか。取り敢えず」
「そうね。行きましょ?」
話は決まったとばかりに、水神はあっさり店内を後にする。その後ろ姿を眺めながら綾瀬は暫く立ち尽くす。雑踏が遠くに聞こえる。背中を一筋の汗が伝い落ちる。
◇
それから暫くの間。綾瀬と水神は似たような行動を繰り返した。すなわち、一つの店に入って適当に物色をしたのち、目ぼしいものはないという結論に至った上で退店するという一連のルーティーンである。
なにも綾瀬だって、延々と同じことを繰り返そうとしていた訳ではない。どの店でも出来る限りフラットな目で「何か良いものはなかろうか」という探し方をしていたのは確かだし、そこに「どうせなにもないだろう」という諦めは出来る限り混ぜないように努力をしていたつもりである。
それでも途中から「さっきの店で見たやつ」を見かけることが多くなり、入店から退店までの時間も短くなっていた。別に各店舗がオリジナルの作品を展開しているわけではないのだから、こうなることは分かり切っていたはずなのだが。
そんな訳で、かつて綾瀬が使っていたルートも巡り終わり、今は取り敢えず目についた店に入ってみるという行為を繰り返していた。ちなみに、ここに至るまでに水神が、メイド喫茶に二回、一体何を扱っているのかも不明瞭なお店に一回足を踏み入れそうになったのを綾瀬が文字通り首根っこを掴んで止めたというやりとりがあったことも添えておこう。
さて。
「どこ行くかねぇ……」
呟く。この問いを水神に投げかけたとしても、返ってくる反応が一種類なのは分かり切っているので、独り言だ。
ところが水神が、
「そうだわ」
「ん?」
「あそこ行きましょ」
そう言って対岸の建物を指さす。
「ゲーセン?」
「ええ」
綾瀬は水神の指さしたそれと、水神自身を二、三度見比べ、
「え、そんな気に行ったの?」
ところが水神は、
「うーん……」
何故そこで迷う。やがてかなり歯切れが悪い感じで、
「ゲームセンター自体は好きよ?だけど、それとはまた別なの」
「なんじゃそりゃ」
水神は居心地が悪そうに、
「……駄目かしら?」
「いや、駄目ってことはないけど」
綾瀬は首筋を掻きながら思う。
珍しいな、と。
水神はお嬢様でありながら基本、自己主張が少ない。もちろんそれは綾瀬相手が限定なのかもしれないが、クリスを相手にしても、無茶ぶりをするようなことは殆ど無かったような気がする。強いて我を通そうとしたと言えば、館の暖炉と、ついさっきの、
「あー……」
気が付く。
そういえば行き先として秋葉原を指定したのも水神だ。そして、秋葉原のゲームセンターは比較的大きな店舗が多い。綾瀬は一人で納得し、
「分かった。んじゃ、あそこ行くか。気分転換にもなりそうだし」
瞬間。水神の顔に安堵の色が広がる。良いことをしたと、一人充足感に浸った。
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