21.失った情熱を取り戻さない。

 水神みずかみ綾瀬あやせの顔を覗き込み、


「クリスはなんて?」


 綾瀬は一瞬はぐらかそうかとも思ったが、もう日常茶飯事だろうと思い。


「メイド服なら予備がいくらでもあるってよ。そんなこと俺に言われても困るっての」


 包み隠さずに語る。それを聞いた水神は首を傾げ、


「……観月みつきは、メイド服が好き?」


「はい?」


「だから、メイド服」


 水神と目が合う。その視線は割と真剣だった。綾瀬は視線を泳がせながら、


「あー……まあ、嫌いではない。ただ、特別好きってわけでもないけどな」


 何でこんなことを答えているんだろう。


 水神は何かに納得したようで、


「そうなのね。分かったわ」


 何が分かったのだろう。まさか水神の頭の中で綾瀬がメイド服好きの男になっているのではなかろうな。


 訂正しなければならない。


 綾瀬はそう思い、


「あのな、水神」


「それじゃ、行きましょ!」


 聞けって、人の話。


 と、突っ込みたかったが、当の水神は既にメインストリートへ向かって小走りだ。


「……まあ、いいか」


 諦める。何も水神だって本気で綾瀬のことをメイド服フェチかなにかだと思っている訳では無いだろう。


「待てって」


 綾瀬は水神を呼び止める。水神は足を止めて振り向き、


「なにかしら?早く行きましょ?」


「いや、それは良いんだが、どこに行くつもりなんだ?」


 水神はこてんと首を傾げ、


「さぁ?」


「さぁって……」


 綾瀬はひとつ息を吐き、


「取り敢えず、漫画とか見て回ろうぜ。発見があるかは分からんけど」


 水神は一つ頷き、


「分かったわ。それで、どこに行くのかしら?」


「そうだな……」


 綾瀬は記憶を二年ほど巻き戻し、


「……ついてきてくれ」


 水神を先導する。


「行きたいところがあるの?」


「行きたいところ……っていうか。かつての俺が辿った道って感じだな」


 綾瀬は語る。大通りを天井の無い、二階建ての真っ赤なバスが通り過ぎていく。


「二年位前かな。俺がまだ秋葉原……アキバによく来てた頃の、まあ、お決まりのコースだ」


「よく来てた……ってことは、今はあまりこないのかしら?」


 水神が疑問を呈する。綾瀬は過去を吹き飛ばすように鼻で笑って、


「まあな。なんていうか。発見も無いし、リアルの店舗で買い物するのもそんなに旨味ないし。まあ、いいかなーってなっちゃったんだよな。一応、特典が付いたりするんだけど、そういうのって結局後々になってみればゴミには出来ないけど、別に何かに使うわけでもない、なんとも扱いづらい感じになっちゃうしで、それだったらネットとかの方が楽でいいかなぁって」


 なおも語る。聞き取ることもできない外国語を話す観光客が横を通り過ぎていく。


「今思うとさ」


「ええ」


「今思うと、さ。前兆だったんだなって」


「ぜんちょう?」


「そ、前兆。興味が無くなるさ。ああいう店舗特典みたいなものの実用性とか、ゴミになるならないとか、そういうことを考え始めた時点でもう、俺の中の熱はとっくに覚めてたんだろうなぁって。それからも一年ちょっとくらい、未練たらたらで漫画の続きとか買ってたけど、結局殆ど読んでないもんな」


 沈黙。


 普段なら「そうなのね」とか「それは悲しい話ね」くらいの相槌を返してくれるはずの水神が無言だ。何故だろう。少し語りすぎたのだろうか。綾瀬は足を止めて、


「なあ、水神」


「…………」


 次の瞬間。水神が無言で横を通り過ぎていく。綾瀬は強めに、


「おーい。水神さーん」


 流石に気が付いたのかはっとなり、足を止めて振り向いて、


「な、なにかしら?」


「いや、何って……」


 違和感。


 今はなしていたのは何でもない、綾瀬のちょっとした昔ばなしのはずだ。面白くないことはあっても、動揺するようなことは何もなかったはずである。それとも、あまりのつまらなさに、意識がここに無かったのだろうか。取り敢えず綾瀬は、


「あー……なんか、すまん」


「え?」


「いや、だって、つまんなかったろ。俺の話」


 水神は全力で首を横に振り、


「そんなことないわ!」


「そ、そうか?」


「ただ……」


「ただ?」


「持っていたはずの情熱が失われるのは、とっても、悲しいこと、だとは思ったわ」


 なんだ。ちゃんと聞いていたんじゃないか。それなら考えることは無い。綾瀬は水神の隣まで行き、


「まあな。でも、もしかしたら、そんな失った情熱が取り戻されるかもしれないぞ」


 水神が様子を窺うようにして、


「そ、そう?」


「そうさ。と、いう訳で着いたぞ」


「え?」


 水神が視線を移す。その先には一つの建物。その全館がアニメや漫画、そのグッズ類を取り扱う専門店である。秋葉原駅から徒歩一分もない場所に位置するこの店は、かつての綾瀬が「なんか新しい物出てないかな」とチェックするのに立ち寄る、いわば第一チェックポイントのような店なのだった。開店が他店舗よりも(一回部分だけではあるが)早く、一階フロアが新刊本コーナーとなっているので、一括でチェックしやすいのもありがたい。


 綾瀬は隣で珍しい生き物でも眺めるような目をしていた水神に、


「ここでいいか?」


「ええ」


 返事こそあったが、その意識は概ね店舗の方に向けられていた。大体店舗:綾瀬で8:2くらいだろうか。一応これ、デートってことになってるんですけどね。


「んじゃ、入ってみますか」


 綾瀬が足を踏み入れる。水神もそれに追随する。もしかしたらこの手の店は初めてなのかもしれない。


 時間が中途半端だったこともあって、店舗内にはそこまで人がいない。どうやらゆっくりと回ることが出来そうだ。と、いっても、一階フロアはそこまでの面積は無いが。


「色々あるのね」


「そうだな」


 綾瀬はそう言いつつ、平積みとなっている本を眺める。出版業界の斜陽が叫ばれて久しい昨今。ジャンルを問わず、まず重要になってくるのは「作品を知ってもらう」ことだ。そこには広告を打ったり、人気作家のお勧めであることを銘打った帯を付けてみたり、その手法は様々だ。


 そんな中のひとつに「商品として魅力的にする」という手法がある。分かりやすく言えば「表紙で買わせる」ということだ。例えばライトノベルの類なら、期待度の高い大賞作には有名絵師を付けてみたり、その他アマチュアでは分からないようなプロのそれこそ比喩でも何でもない、血のにじむような努力が込められているのが、表紙なのだ。しかし、


(表紙買いって当たんないんだよなぁ……)


 綾瀬は一冊の漫画を手に取る。やたらにタイトルが長く、異世界というワードが入っていることから察するに、昨今の流行りである「異世界転生もの小説」のコミカライズだろう。この手のものも随分と多くなった。別に人気作品を、コミカライズを含めたメディアミックス展開していくこと自体には全く反対では無いのだが、


「それが気になったの?」


 隣から水神が覗き込む。綾瀬は手に取っていたそれを平積みの本棚に戻して、


「いや、何となく手に取ってみただけ」


「そうなの?」


「そ。そもそもそれ、一巻じゃねえし」


「あら、そうね」


 水神が平積みの棚を眺める。つられて綾瀬も視線を巡らせる。


「しかしまあ、多いなぁ……異世界がなんだって話」


「流行りなのかしら?」


「多分な。前そんな話を知り合いから聞いたよ。その成り立ちとかについても色々」


「好きなのかしら」


「いやぁ……」


 どうだろう。少なくとも好きではなさそうだった気がする。歴史を含めてやけに詳しかったが、その言葉の節々にはかなり明確な悪意を感じた気がする。


「そうでも無かった気がするな」


「そうなの?それじゃあなんで詳しかったのかしら?」


「さあな。分からん。調べてく過程で嫌いになったとかじゃないか?後は、嫌いな作家にそういうのを書くやつがいるとか」


 そこまで言った上で、


「……や、ねえな。そんな優しい感じじゃないわ。うん」


 水神は「そうなのね」と納得し、


「その人とは仲が良いの?」


「そうだな。仲は良いと思うよ。少なくとも俺は」


「少なくとも……?」


「相手がどう思ってるかは分からんってこと。アイツ、考えてることが全く読めないからなぁ……」


 水神はそんな綾瀬を興味深げに見つめていたが、


「大丈夫よ、きっと」


「あん?」


「その人も、観月と仲が良いと思ってるわよ」


「そうかねぇ」


「そうよ、きっと」


 満面の笑顔。その自信が一体どこから出てくるのかは分からないが、何となく説得力がある。綾瀬は肩をすくめて、


「ま、そういうことにしとこうかね」


 それだけ言って、平積みの棚に意識を戻し、


「しっかしまぁ……なんていうか」


「?」


「こう、ピン!とくるのがねえなぁ……」

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