18.街角ファッションショー。

 突然だが皆さんは「ファーストフード」というものをご存じだろうか。ちょっとした駅前にならば確実に存在している、基本的にはハンバーガーが連想される、あれだ。


安い早い美味いではないが、とにかく手軽さを意識したこの手の店は得てして創作物のお嬢様にとっての「食べたことのない未知の美味しいもの」として描かれたりもするほどで、いわば「庶民の食べ物」である。


もっとも現実問題として今身近にいるお嬢様こと水神みずかみがこの手のものを食べたことがないかと言われれば結構怪しいところがあって、なにせラーメン屋ですらあの塩梅である。ライス大盛で脂多めを全く苦にしない彼女ならば、その辺のファーストフード店に連れて行っても喜ぶこと間違いなしだろうし、なんなら「これとこれが好きなのよね」と好みの品があっても全然驚くことはない。


 ただ、そんなお嬢様然としない水神であっても、着るものの値段は文字通り一桁違う、と綾瀬あやせは見ていた。本人やクリスに聞いたわけでは無いが、現に今日着ているものも恐らくはちょっとしたブランド品で、綾瀬が贈答品として買うにはとても憚られるような値段がしているに違いないと思うのだ。


 そんな彼女が御所望の店はといえば、


「ユニ○ロっすか……」


 ユニ○ロである。正直全く予想もしていなかった。ユニ○ロを含めた一部のブランドがファストファッションと呼称されるのは、その語源に「ファーストフード」があるからなのだが、要はそういった「手軽さ」を売りにしたブランドなのだ。


 ないがしろにしている訳では無いと思うのだが、やはり、高価格なブランド品相手に、質で戦いを挑むのは正直言って無謀な点がある。


 従ってこの手の店が商売のターゲットとするのは、そこまで金銭的に余裕のない一般庶民であり、彼ら彼女らに「手軽に楽しめるファッション」を提供することによってその版図を広げてきたという歴史がある。つまるところ、確かに綾瀬にとってはそれなりに馴染みのある店なのだが、


「え、マジでここなんですか?」


 思わず隣にいたクリスに疑問を投げかける。その服装は爽やかな私服に変わっていた。髪は頭の後ろで一つに縛ったポニーテールで、やはりというべきか、かなりの長さだった。


 ここまで運転をしてくれたのは彼女なのだが、良い駐車場が見当たらなかったのか、綾瀬と水神の二人を店舗の前におろして、自身は先ほどまで車を止める駐車場を探していた、という経緯がある。


 「若者の街・渋谷というだけありますね。車を止めるところが少ないです。若者の車離れは深刻です」などと文句を垂れていた。もっとも半分は、とても路上になど止めておけない車のチョイスにある気がするのだが。一体いくらするんだろう。あのスポーツカー。趣味か。


 そんな彼女クリスは自信たっぷりに、


「ええ、その通りです。だから言ったでしょう。綾瀬様もよくご存じのお店だと」


「いや、そりゃ言いましたけど」


 もう一度、目の前にそびえたつビル。そこに堂々と掲げられる店名の看板を眺める。勝手知ったる我が家と言うレベルに馴染むロゴだ。一部にはここの服で揃えるのはダサいという風潮もあるらしいが、そんな事も無いと思うのは綾瀬のセンスの問題なのだろうか。


「それにしたってここは流石に想定外ですよ。なんでまた……」


 ずっと我関せずだった水神が会話に加わり、


「思い出の場所、らしいの」


「思い出」


 クリスが補足する。


「お嬢様は記憶こそ思い出せない状態ですが、何も過去を記録する手段はそれだけではない、ということです」


「何かに記録してたってこと?」


「そういうことです。あれは……なんでしたでしょうか」


 問われた水神は淀みなく、


「日記よ」


「そうです、日記。日記に書いてあったのです」


「書いてあったって、ユ○クロって?」


「そういうことになります。ただ、店舗に関してはこことは限らないのですが、この辺りで大きめの店舗となるとここだろうということで。まあ内装などはかなり昔の話ですので変わっているでしょうから、同じ場所でなくとも大丈夫でしょう。要は雰囲気の問題です」


「はあ」


 納得したような納得しないような感覚。


 だが、言いたいことは分かった。要は昔を再現したい、ということなのだろう。それなら話は簡単だ。


「つまり、俺はここで水神の服選びに付き合えばいいってことね?」


「そういうことになります」


「私をコーディネートしてちょうだい」


 綾瀬は苦笑いする。コーディネート、はちょっと厳しいかもしれない。なにせ女物の服を選んだことなど皆無なのだから。彼女がいたときも、そんなところまでは発展しなかった。久我相手でも、選んであげたのはせいぜいが手袋とかその程度のもので、全体を見て、なんてことはしなかったと思う。


 それでも、やってみよう。素直にそう思った。そこにはもちろん、水神自身にとって重要なことだからという理由も存在したし、概ねそれが決定打だったことは間違いない。しかし、その奥に、純粋にこの「水神の服を選ぶ」というイベントを楽しんでいる自分がいることに綾瀬はまだ余り気が付いていなかった。



               ◇



 そこから先は大変だった。


 季節が冬ということもあって、アウターからインナーまでその選択肢は様々で、しかもそれら全てに水神が興味を示すのだ。


 流石に全てを着て回ることは出来ない以上、数を絞らなければいけない。綾瀬とクリスでそう説得をして、ある程度候補を絞ったのだが、それでも両手で抱え込むだけでは済まない量になった。しかも水神はそれら全てを試着するというのだ。


 綾瀬は、最初選び始めた時点では正直「まあせいぜい数着選んで終わりだろう」という程度の発想でいたのだが、とんでもない。彼女は冗談抜きに、今日、この場で、日々の生活で使う装いを全て揃える気持ちで来ていた。


 と、いう訳で、


「どうかしら?」


 後半は完全に水神をモデルとしたファッションショーの様相を呈していた。時間帯がまだ早かったこともあってか店員さんも手すきだったようで、手伝いをしてくれていた。


 着るものの組み合わせは様々だ。流石にインナーなどは試着しなかった(されても綾瀬が確かめるわけにはいかない)が、それ以外については大体一通り試したと思う。


 カジュアル、フォーマル、アウトドア、ルームウェア、厚手のダッフルコートから、薄手のトレンチコート。フレアスカートからジーンズ。暖色系から寒色系まで、それこそ縦横無尽に遊びまわったといっていい。


 つき合わされた店員さんは大変だったかもしれないが、見ていた側としてはこれ以上なく楽しかったし、これだけ色々な組み合わせを試してもらえるのであれば、デザインした側も報われるのではないだろうか。


 そんな彼女の服選びだが、正直な所どれを取っても綾瀬からすると「似合っている」としか言えなかった。手抜きをしていた訳ではない。本当にそう思っていたのだ。


 もちろん、彼女自身がいくつも選んだ中から二つに絞った上で委ねられた、「この二つならこっちかな」という最終決定を下したのは綾瀬で間違いない。無いのだが、正直この最終決定を任された時点で答えは出ているといって良かった。


 彼女の選んできた選択肢はどちらも甲乙つけがたいもので、正直言ってセンスを感じざるを得なかったし、そこに綾瀬の判断を混ぜるのはどうかとも思ったのだが、クリス曰く「綾瀬様が選んだ、という過程が大事なのです」というので、その通りにしていた。


 その結果として生み出されたのは、何でも着こなせるお嬢様による、試着室という狭い空間で催されるファッションショーだったのだ。正直、一連の流れを動画にとって、編集したらいい宣伝になりそうな気がした。モデルの方にウエイトが乗りすぎているかもしれないが。


 そんな訳で、全ての試着を終えて、会計を済ませようというころには、品物の量は到底持って歩けるレベルでは無くなっていたのだった。

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