17.まっすぐな言葉は思ったよりも心に響く。

 綾瀬あやせはクリスの冗談をガン無視し、


「それで、これから俺はどうしたら良いんですか?多分、ここに住むことにはなりそうですけど」


 クリスは無視されたことを全く気にもとめずに、


「そうですね。特に問題が無ければ綾瀬様にはこのお屋敷に住んでいただく、ということになります」


「それは何で?」


 ちらりと隣に座っている水神を見る。足をぶらぶらさせながら暖炉を眺めていた。なんかこのお嬢様凄い暖炉にご執心だから早く薪を調達してあげた方が良いと思うよ?


 クリスも一瞬だけ水神みずかみに視線をやったのち、


「そうですね……お嬢様がここをご希望なさった、というのがまず第一の理由にはなりますが、綾瀬様に関係する部分で言いますと、ここの方が監s……お世話が楽、というのがございます」


「ちょっと待て、今不穏なワードがはみ出かけたぞ」


 クリスは綾瀬の異議申し立てを「無視」という形で却下し、


「それ以外で言いますと、綾瀬様のお住まいは私を含めた三人で住むには少々手狭になるということがありまして、どのみち引っ越して頂くのであれば、やっぱりより良い家に住んでいただくべきだろうという思いもございました。本当はそこも過去の思い出を再現するべきかなとも思いはしたのですが、なにせ十年以上昔の話ですので、かつて住んでいた場所を確保することは出来ませんした。従って、お嬢様のご希望もあって、ここがよろしいかな、と。後はまあ、このお屋敷、厨房がかなり充実していますので、個人的にもここが良いと感じた、というわけです」


「だから不穏なワードが……三人?」


 綾瀬の思考がクリスの言葉に引っかかる。


「ええ、三人でございます」


「え、っていうことはクリスさんもここに住むってこと?」


「そういうことになりますが、」


 クリスははっとなって手を口に当て、


「まさか綾瀬様。二人きりのお屋敷で何をしようと思っておいでだったのですか?風呂場ですか?トイレですか?はっ、まさか厨房。なるほど、分かりました。そうですよね、裸エプロンは全男性のロ」


「違うっての」


 相変わらず勝手にそっちに流れていく人だ。帰ってきてくれ。


 クリスは全く悪びれもせずに、


「違うのですか?」


「違うって。そうじゃなくて。俺、てっきり、クリスさんはここに住むわけでは無いのかなとか思ってたから」


「迷惑ですか?」


「いや、むしろ嬉しい、かな」


「嬉しい……」


 クリスは考え込み、


「妻妾同衾?」


「そうじゃないです。と、いうかそっち方向から離れてください」


「それでは、何故?」


「いや、何ていうか、俺、ずっとこう、一人暮らしだったんですよ」


「はあ、そうですね」


 何で知ってるんだよ、という突っ込みはこの際心の奥底へとしまい込んでおく。


「だから、こう、皆でワイワイ、みたいなの割と好きで。昨日までは水神と一緒に遊んでましたけど、そこにクリスさんも増えるんだなーっておもったらなんか、ちょっと嬉しくて」


 クリスは目をぱちぱちした挙句、


「……言っておきますが、私は攻略対象キャラではありませんよ?」


「いや、意味わからないです」


 綾瀬にも聞こえないような小さな声で、


「やはり、お嬢様の選択は正しかった、ようですね」


「何ですか?」


「何でもありません。ありがとうございます。大したことは出来ませんが、最低限のお世話はさせていただきますので、よろしくお願いいたします」


 座ったまま一礼。その所作すらも絵になるのは流石といったところか。


 やがて頭を上げて、


「それで、ですね」


「はい」


「早速なのですが、綾瀬様には付き合っていただきたいことがございまして」


「付き合って……って何にですか?」


 クリスは暫く沈黙したのち、


「……お嬢様の服選びに、です」


 今の間は何だったんだ。まさか冗談を考えていたんじゃなかろうな。と、いうか、


「服選び?」


 綾瀬は再び水神に視線を移す。水神もまた綾瀬をみつめ、


「そうなの。服を着ていくための服がないの」


「いや、着てるじゃん」


 どっから仕入れたそのボケ。まあ大方その想像は付いているが。


 綾瀬はクリス仕入れ先に視線を戻し、


「服選びを手伝うのはいいですけど、俺大した知識ないですよ。専門家でもないですし、高級ブランドの着こなしなんて絶対無理です。ましてや、女性ものなんて、正直俺がいても役に立たないと思いますけど……」


 しかしクリスは首を横に振り、


「そんなことはありません。女性ものでも男性ものでも、重要なのは綾瀬様が選ぶということなのです。例えるならばそうですね……ちょっと仲良くなった女子と海に行く話になったとき、その子が良い水着を持っていなかったとしましょう。そんな彼女が、最近仲良くしている、頼りになると思い込んでいる男子に「水着選ぶの手伝って?」という、あれです。要は知識やテクニックでは無いです。相手の男子からささげられる「似合ってるよ」の一言が欲しいのです。ええ、そういうことなのです」


 力説されても困る。


 ただ、言いたいことは分かった。


「つまりは俺が選ぶことに意味があるってことですね」


「そういうことです」


 ただ、


「でも、それにしたって知識が無いのは確かですよ。流石に高級な服を選ぶのは、」


 クリスは自信を携えた笑みで、


「その点はご安心を。お嬢さまが御所望なのは、綾瀬様もよくご存じの店、なのです」


「そうなんですか?」


「ええ。それなら大丈夫ですか?」


「まあ、どこの店か分かりませんけど、それなら……」


 クリスはそんな返事を聞き終わる前に、


「それでは出掛ける準備をいたしましょう。私も同行いたします。と、言っても諸事情がありまして、数時間しかご一緒できないのですが」


 立ち上がる。綾瀬は思わず、


「別に服を選ぶだけなら俺と水神の二人だけで大丈夫なんじゃないですか?」


 口走ってから気が付く。これは格好の餌だ、事あるごとに冗談線直通下ネタ駅に迂回したがる相手からすれば、機会をうかがっていたら相手からそっちに切り替えてくれたようなものだ。ところがクリスはいたって真面目に、


「いえ、それでは駄目なのです」


「え、なんで?」


「恐らく、車が必要になると思われますから」


 ポケットから取り出した鍵を人差し指でくるっと回して、そう言い切った。


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