15.ちなみに二階の各部屋は防音となっております。
時間は戻り、現在。
つまり
ちなみに、ここに至るまでに「いつの間にか用意されていた、一流レストランのビュッフェもびっくりのフルコース」や「
「さ、入りましょ」
水神はそう言って扉の前へと歩みより、明らかに後から備え付けたと思われる、カメラ付きインターフォンのボタンを押す。ピーンポーンという今日聴いた中では一番親しみやすい音が鳴り響く。やはり中にメイドさんがいるのだろうか。綾瀬も後ろからそっと覗き込む。
やがて、ブツっと音がし、
「はい」
残念。流石にこちらから向こうの様子はうかがえないらしい。声だけが聞こえてくる。インターフォンと電話なので、少し印象は違うが、同じ声で間違いないと思う。メイドさんだ。
水神が明朗な声で、
「私よ。開けて頂戴!」
「かしこまりました」
どうやら水神とはおふざけは無いらしい。それともこういった状況だからだろうか。再びブツっと通話が切れる音がし、送れるようにしてガチャリという音が響く。
「さ、入りましょ!」
水神がすぐにドアノブを掴み、扉を開く。その側面は、とても外壁からは想定できない程最新式の鍵が備え付けられていた。オートロックなのだろうか。
「あ、ああ」
綾瀬も、おそるおそる館の中に足を踏み入れ、
「……わお」
声が漏れる。綾瀬も一応、外観からある程度の想定はしていたつもりである。しかし、内装はそれ以上の驚きがあった。
メイドさんが頑張ってくれたのか、古めかしさとは対照的に綺麗に保たれているその内装は、時をざっと200年ほど遡ったようなものだった。
流石に回転ダイヤル式の黒電話が備え付けてあったりはしないのだが、正面上手。一階と二階の間にある壁に備え付けられた巨大な時計はかなり年季を感じさせる。さらにその上には手すりがあり、奥にも廊下が広がっている。どうやら二階建てのようだ。
手前には木製の、これまたシックな螺旋階段がある。手すりに手を置きながらゆっくりと降りてみたくなる造形だ。
一階も広そうだ。奥まで全て見渡せるわけでは無いが、少なくとも広さが尋常でないことは一瞬で理解できる。綾瀬の住んでいるアパートからそこまで距離があるわけでもないのに、都会のど真ん中に、こんな広い、しかもいい意味での年季を感じさせる洋館など、よく残っていたなと感心する。もしかしたら旧華族のお屋敷だったとか、そういう歴史があるのかもしれない。
「クリスー?」
水神が館内に向かって呼びかける。ほどなくして一階の最奥から、
「少々お待ちを。今迎えにあがります」
声がする。やがて、一番奥の扉から一人のメイドが姿を現し、歩いているようにしか見えない姿と、走っているような素早さで玄関までやってきて、
「大変お待たせいたしました。かなりのお時間を頂いて申しわけございません」
すっと、お辞儀をする。その所作は余りの美しさで「いえいえ、こちらこそ申しわけございません」と、何もしていないのに謝ってしまいそうになるほどだった。
水神は全く動じずに、
「大丈夫よ。観月の部屋で過ごすのも楽しかったわ」
メイドは姿勢を正し、
「それならば良かったです。これでもかなり急いだのですが、流石に長年使っていなかった当館を使えるようにするにはそれなりの時間がかかりますね」
「私、ここには来たことが無かったらしいけど、クリスが来たときはどんな感じだったの?」
クリスは口に手を当て、
「それはもう、荒れ放題という感じでした。元々ここは、物置のように使われていた場所ですからね。まあ、大体が必要もないのにずーっと女々しく保管しているだけの、不要なものだった訳なのですが、ご主人様に確認をしたところ、全て必要なものだということだったので、それを保管するスペースを現在探しているところでございます。ええ」
「それでは、まだこの館に?」
「大方は移動させましたが、一部はまだ残っております。まあ、それに関しましてはおいおい。それよりも、」
クリスは視線を綾瀬に向け、
「綾瀬
「え、ええ、まあ。そうでいらっしゃいます」
我ながらどうかと思う返事が飛び出てくる。しかしクリスはそんなことは気にもとめずに、
「対面では初めまして。私、
再びお辞儀。綾瀬もつられて頭を下げる。
そして思う。びっくりするほど綺麗な人だな、と。
もちろん、立ち居振る舞いは完璧だ。背筋もピンと立っている。今でこそメイド服を着ているが、それこそファッションショーのモデルも務めているんですと言われれば「ああ、だろうな」と納得してしまいそうなほどのスタイルの良さが服の上からでも分かる。
髪は珍しい銀色。その正確な長さは分からない。ただ、メイド家業の邪魔になるからか、後頭部に丸めて纏めているところをみると、それなりの長さではあるようだ。
顔も整っている。パーツの配置もそうなのだが、ひとつひとつが彫刻のように洗練されている。美人という言葉はまさに彼女のような人の為にあるのだろう。ともすると冷たい印象を受けがちな顔だが、メイドとしての「表情を作る技術」が完璧なのか、むしろ親しみやすさすら感じる。もっともそれは、事前に行われた「コミニュケーション」とやらのせいかもしれないが。この顔であんなこと言ってたのかこの人。
クリスは姿勢を正し、再び水神に、
「どうしましょうか、お嬢様。兼ねてから御所望であった”あの件”。今ならちょうど手すきでございますが」
水神は首を横に振り、
「それは後回し。今はまず、ここの案内をしてくれるかしら。私もだけど、特に観月は、ここのことを全く知らないわけだから」
首肯。
「かしこまりました。それでは、お嬢様。それから……」
クリスは観月の方を向き、
「綾瀬様。と、およびしてよろしいでしょうか。それとも余りの猫かぶりっぷりに背筋が寒くなるような声で「ご主人様ぁ」とお呼びした方がよろしいでしょうか?」
何を聞いてるんだこの人は。
綾瀬は相手にせず、
「……普通にお願いします」
クリスはふっとほほえみ、
「かしこまりました。それでは「綾瀬様」とお呼びいたします。綾瀬様。これからこのお屋敷内を案内させていただきます。なお、」
口に人差し指を当てて「静かに」というポーズをし、
「なにぶん館自体が古い建築でございますので、部屋によっては、あまり欲望に任せて激しいことをなさりますと聞えますので、ご注意ください」
とんでもない注意をする。考えとらんわ。そんなこと。
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