12.「なんでもいいよ」で乗り切れない。

「いやぁ、遊べるもんだなぁ、ゲーセン」


 既にすっかり暗くなった空を眺めながら綾瀬あやせはぽつりと呟く。


 一応、当初の予定としても、それなりに時間が潰せるつもりではいた。元々、ゲームセンターは金銭的な余裕がなくなるか、単純に飽きるかしない限りは閉店までずっと遊べる場所ではある。


 前者に関しては綾瀬単体でも昨日出ていくはずだった金が残っている以上多少懐に余裕はあったし、それ以前に(クレジットカードしか持っていない為、多少遊び方に工夫は必要にはなるが)水神みずかみの使える額が無尽蔵に近そうな気配があった。


 後者に関しても、綾瀬はともかく水神が簡単に飽きることは無いと見ていたのだが、それでも潰せるのは二、三時間で、もうひとつ何か考えなくてはいけないと思っていたのだが、どうやら杞憂だった様だ。


 水神は大きく伸びをし、


「んー……楽しかったわ」


「そりゃ、まあ、な」


 当たり前といえば当たり前である。


 結局あの後水神はものの数回で景品のぬいぐるみをあっさり獲得すると、それで完全にコツを掴んだのか、「あれも欲しいわね」の一言と共にゲームセンターという戦場を所せましと動き回り、次々に景品という獲物をしとめていったのだ。


 余りにやることの無かった綾瀬は「実はこの店の設定が良いんじゃないか」という幻覚を見せられ、手ごろそうな筐体に挑み、無事に小銭を吸い込まれるだけに終ったのだが、その景品も最終的には水神が「私がやるわ」の一言で取って見せてくれた。


 流石にこれだけ取りまくられると、店としてもよろしくないのではないかと思ったし、途中から店員の目が気になって仕方が無かったのもまた事実である。しかし、最終的に持ち運びきれなくなった景品を預かってもらいに行った時に、それとなく聞いたところ、


「大丈夫ですよ~。まあ、みんながみんな、こんなにバンバン取っちゃうと流石に厳しいですけど、そんなことは無いですしね~。それに、今日はなんだかクレーンをやってる人が多いんですよ。きっとお嬢さんがいっぱい遊んでくれたおかげなんだと思います~」


 とのんびりしていた。案外、そういうものなのだろうか。


 そんな訳で、当初数プレイでやめることになるとばかり思っていたクレーンゲームでかなりの時間を使った水神は、それ以外のゲームも概ね一、二回でコツを掴み、楽しんで見せた。


 当の綾瀬はと言えば、そのプレイを横で眺めているか、余りに簡単にクリアしてみせるので「実は簡単なゲームなのではないか」と勘違いを起こして無事に死亡するか、同じく勘違いを起こして水神に対戦を挑み、ボロ雑巾のようになるかの三択だった。正直、後半はいる意味が見いだせなかったのだが、そんなことをそれとなく水神に聞いたら、「そんなことないわよ?観月がいるから楽しいんじゃない」と一蹴された。横にいるだけのモブと化した男に一体どんな効果があるというのだろうか。


「さて……これからどうしようかね」


 綾瀬は投げかける。そして、投げかけてから気が付く、


「観月に任せるわ」


 この答えが返ってくるだけだということに。そうだった。彼女はここまで全ての選択権を綾瀬に委ねている。


 それこそクレーンゲームでどの景品を狙うかとか、レースゲームでどの車種を選択するか(大抵一番難しそうなものを選んでいた)とか、クイズゲームでどうこたえるか(綾瀬の知っていることは大体水神も知っていた)といったことは水神自身が選択していたが、次に何をやるかといったことに関しては必ず一回意見を求められたし、水神自身が「あれをやってみたい」とは一切言わなかったような記憶がある。


 別に、本人がそれで満足ならいいのだが、綾瀬としてはそろそろネタ切れ感がある。そもそも、休日とはいえ、こんなに目いっぱい遊んだというのは最近だとちょっと記憶にない。ここ最近の綾瀬は、家で寝ているか、ネットサーフィンをしているか、友人に呼ばれて飲み会に参加しているかといった塩梅で、


「うーん……」


 綾瀬はさんざん悩んだ挙句、


「取り合えず、腹が減ったかな」


「それもそうね!」


 不思議なものだ。確かに、時間にすれば昼飯を食ったのは大分前のことではある。ただ、そもそも昼食自体を取ったのがやや遅めであったことや、その後ずっとゲーセン内にいただけということを考えると、正直そこまでのエネルギーを消費した感じは無いのだが、何故か腹は減っていた。かなり長い時間ゲームをしていた水神はともかく、綾瀬に関しては途中からほとんど観戦しているだけだったはずなのだが。


「何食べるかなぁ……」


 綾瀬は試しに、


「なあ、水神」


「なにかしら?」


「何食べたい?」


「観月に任せるわ」


 知ってた。知ってたよ。それでも何故か聞かずにはいられないのは何故だろうか。取り敢えず相手にパイをあずける習慣がついてしまっているのだろうか。悲しきかな、現代人。


 さて。


 任せる、と言われても難しいものがある。


 綾瀬が日ごろ食べているものと言えば、自分の欲望と、健康を考える真面目な心が格闘した末の選択となることが多く。昼にがっつりとラーメンを食べておいて、夜は健康に悪いからと豆腐と野菜サラダのみで済ませ、寝る前に結局腹が減ってカップ麺に手を付けてしまい、後になって後悔するといった塩梅で、不安定だ。


 時間や、やる気が無いことも多く、外食やコンビニ弁当などで済ませることも少なくない一方で、時折やる気に満ち溢れて、気合の入った自炊をすることがあるのだが、大抵そのやる気は三日すら持たない。


 そんな訳で、改めて「食べたいもの」と言われても困る、というのが正直なところだった。既に「お気に入りのラーメン屋」という選択肢が潰されているのも痛い。題材を変えなければ、いくらでも選択肢はあるのだが、流石に昼夜両方ラーメンというのは綾瀬一人でもなかなかやらない。水神も一緒なら猶更だ。


「食べたいもの……食べたいもの……」


 迷った綾瀬は参考にしようと、


「ちなみに、なんだけど」


「なにかしら?」


「水神って普段どんなもの食べてるんだ?」


「どんなもの……?」


 首を傾げてしまう。そんなに悩む質問だったかな。あ、もしかして、それも覚えていないって事か?


 やがて、絞り出すように、


「クリスの作ったもの……?」


「……はぁ」


 我ながら「聞いておいてその反応はないだろう」という声が出てしまう。ただ、正直そう反応するしかなかった。クリスというのは水神のメイドだという話だが、やはり家事全般を担っているのだろうか。


「クリスはね、凄いのよ。何でも作れるの」


「ほう。何でも」


 綾瀬は少し興味がわいて、


「何でもってことは、こう、難しいのでもか?」


「ええ、多分。と、言っても今は最近作ってくれたものしか分からないのだけど」


 ほう。少し興味がわいてきた。綾瀬は駄目元で、


「ちなみにその人に作ってもらうってことは……」


 水神は「うーん」と困り顔で、


「今日は難しいと思うわ。忙しいって言ってたから。でも、後で、だったら大丈夫だと思うわ。今度頼んでおくわね!」


「あ、ああ」


 忙しい。


 そのフレーズが何となく引っかかる。クリスという彼女はいわば水神の従者のような存在の訳で、その彼女が水神のもとを離れるほど大事で忙しい用事とはいったいなんのことなのだろうか。記憶喪失をすぐに治せる名医でも探しているのだろうか。そもそも、それが従者の仕事であるかどうかは分からないが。


「後は……」


 再び思考を巡らせる。食べたいもの。そんなに難しい問いではないはずだ。既にひとつ選択肢が消失しているとしても、いくらでも答えられるはずだし、なんだったら消去法でもいいはずだ。もし迷うことがあれば、それは選択肢が多すぎてひとつに決めるのが難しい場合だけのはずなのだ。


 なのに。


 今、綾瀬は必死に答えを探している。何も相手は久我ではない。状況だって前とは違う。食べ物一つに遠慮の必要なんかありはしないのだ。パッと思いうかんだものを言えばいい。いくつかで迷うなら水神に選んでもらうのも手だ。それくらいはしてくれるだろう。


 それなのに。


 綾瀬は未だに候補すら提示できずにいる。今食べたいと思ったものを言う。たったそれだけのことが出来ない。適当な答えでお茶を濁すことは出来るし、それでもこの場は”なんとかなる”だろう。ただ、それは水神が求めている答えでは間違いなく、ない。


 綾瀬はさんざん悩んだ挙句、


「……取り敢えず、帰ろうか。家に、なんかあったかもしれないし」


 真っ赤な嘘である。それでも水神は全く疑う様子を見せずに、


「分かったわ!それじゃあ、帰りましょ」


 歩き出す。そんな後ろ姿を、綾瀬は暫く追いかけることが出来ずにいた。

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