第15話 win-win

 ――ピラールを捕らえてアイツの目の前で殺してやると脅してやれば、ホセ=ビアンテのヤツも口を割るかもしれん。


 この言葉を聞いて怒りと後悔で血の気を失ったアラスコスはもちろん、事情を何も知らないクレメンテたち三人の目の前であることもはばからず、エドアルド・バジェは悪党の本性を剥き出しにしてニヤリと警察隊長に笑いかけた。

 バジェの相談には応じないまま、ズィゴーは冷徹に光るその切れ長の瞳で、目の前の赤毛の老人をグッとにらみつけ、口元を引きらせて沈黙している。

 バジェの口ぶりからは、ズィゴーがホセ=ビアンテ・ルビナスのことを知っていたことが分かる。ルビナスが突然消息を絶った経緯いきさつに、バジェのみならず、ズィゴーも一枚噛んでいるということだろうか?


「ズィゴー、部下が邪魔なら今すぐ追い払え!オレは建設的で率直な話をしたいと思っているんだ」


 ズィゴーは自分の部下の処遇についてまで指図するバジェの物言いが気に入らなかったのか、苦虫をかみつぶしたような顔をしていたが、不安そうな顔をする部下たちの目を、「オレを信じろ」と言わんばかりに頷きながらじっと見て、この場から席を外すように淡々と命じた。


「お前たちにも出て行ってもらおうか?」


 部下たちが扉を出ていくのを見送って、ズィゴーがクレメンテたちの方に向き直った。


「オ……オレたちにもその計画を手伝わせてもらえないでしょうか?」


 咄嗟に悪党たちの手伝いを申し出たクレメンテの言葉に、この場の空気が凍り付く。

 アラルコスは絶望したように虚ろな目を向けた。

 捕らえた海賊を人質にピラールを誘き出して捕まえようという卑怯な手口はサレハの信条に反するのかもしれない。サレハの目からは驚きを通り越して、怒りの念が伝わって来る。温厚なナギルの視線にすら悲しみと軽蔑が込められているようだ。

 ズィゴーは、厄介なヤツだと言わんばかりの表情をして、ため息をついた。

 バジェが扉の方を指さして「出ていけ」と言葉を発そうとする前に、クレメンテは早口にまくし立てた。


「バジェさんの警護が終わらない限り、オレたちはモヘレブから出航できないんでしょう?オレたちは一刻も早く新大陸へ行きたいんです。襲われる前に、バジェさんを襲う海賊を根絶やしにすることができれば、オレたちは警護から解放され船に乗れる。……そうですよね?」


「あ……ああ」


 クレメンテが息もつかず一気に話す勢いに飲まれて、バジェは若干後ろに仰け反りながら、曖昧に呻いた。


「こちらは人質を取っているとはいっても、ピラール率いる海賊たちは多勢ですし、一人で来いと脅したところで、本当にひとりで来るとは限りません。相手は非道な海賊だ。加勢はいくらいても困ることはないでしょう?」


「そ、そうだな……」


「オレたちはこの街では部外者だ。バジェさんがどんなことをしでかそうと……それが犯罪であっても知ったことではありません。どうせ海外へ逃亡する身です。秘密は守ります」


 思ってもみない優男から、予想外の勢いで、想定のなかった提案をされ、咄嗟に理解が追い付かないようだ。バジェの目はしばらく泳いでいたが、五分もすると頭の整理が進んだようだ。


「……確かにそうだ」


「エドアルド!」


 落ち着きを取り戻したバジェがクレメンテの言い分に納得して返事をしたのに、ズィゴーが非難の声を上げた。しかし、それは無駄だった。この老人は一度決めたことを覆すことがない。


「こいつらはどうせ海外に逃亡する身だ。手伝わせてもオレたちに害が及ぶことはないだろう。お前たちはオレが海賊をるのを手伝う。オレはお前たちが逃亡するのを手伝う。……これでオレたちはwin-winだ」


 不満そうに眉根を寄せるズィゴーを横目で見ながら、自分の方にニヤリと笑いかけるバジェの言葉に、クレメンテは黙って頷いた。




 昨夜捕らえたアラルコスを人質に女海賊ピラール・ルビナスを誘き出す計画は、とても単純なものだった。

 アラルコスの命が惜しければ、一月十五日の深夜0時にピラール・ルビナスひとりでエドアルド・バジェの屋敷に来くるよう記載した手紙と共に、捕らえたアラルコスの髪をひと房切り取って送り付けるというものだった。

 一月十五日の夜は、港をはじめ船が着岸できそうな場所の警備強化と、夜の十時に屋敷にやって来るように、バジェはズィゴーに依頼した。ズィゴーはバジェに余程の弱みでも握られているのだろうか。それは依頼というよりもほぼ命令に近いように傍で聞いている分にも感じられるほど横柄な口ぶりだった。ズィゴーは俯き、それを黙って聞いていたので、表情は分からない。ただ横で聞いているクレメンテたちのほうが冷や冷やした表情を浮かべていた。


「オレたちはピラールを絶対に取り逃がしてはならん」


 バジェは言葉を強くしてオレたちに念押しした。


「ピラールを捕まえたら、ホセ=ビアンテ・ルビナスとの対面ですね……彼は今一体どこにいるんですか?」


 クレメンテは周りの空気を再び凍り付かせながら、ホセ=ビアンテ・ルビナスの居場所を尋ねてみた。エドアルド・バジェの手助けを買って出てでも、彼はその居場所を明らかにしたかったのだ。

 クレメンテも、人質を取ってまで女性を陥れるような卑怯な真似に加担したいわけではない。クレメンテの目には海賊であるアラルコスのほうが、元海賊であるエドアルド・バジェはもちろん、警察隊であるゼラノーギ・ズィゴーよりもずっと善良であるように映っていた。

 アラルコスの言うように、『ルクタの秘宝』を巡ってバジェがホセ=ビアンテ・ルビナスを陥れ、殺したか、今もどこかに監禁しているのか?

 その真偽を確かめること。すなわち、ホセ=ビアンテ・ルビナスが今どういう状況にいるかを確かめ、あわよくば、本人に確かめてみることが必要だと思ったのだ。

 アラルコスの話を信じるならば、ホセ=ビアンテ・ルビナスの状況さえ確認できれば、海賊だって襲ってこないのだから、バジェの警護だって必要なくなるだろうし、そうすれば、自分たちは――少なくともナギルとサレハは、約束通りエラム帝国から船で脱出させてもらうことができるだろう。すべては平和に解決するはずだと、クレメンテは考えていた。


 しかしながら、クレメンテ・ドゥーニの考えはいつも甘い。

 クレメンテの口からホセ=ビアンテ・ルビナスの名前が出たとたん、俯いていたズィゴーが、ハッと顔を上げ、無表情な顔に怪訝の色を浮かべた。同じく、機嫌よくピラール捕縛計画を話していたバジェも、目の色を変え、ピシャリと言った。


「それはお前には関係ない!ピラールさえ叩けばもう警護もいらんからな!!!

 計画は一月十五日に決行だ!それ以外、お前たちは知る必要がないだろう。話は終わりだ。

 ……スハイツ!この薄汚い海賊を離れに連れていけ!!!」


 三人はホセ=ビアンテ・ルビナスの安否の確認と、今どこにいるのかという情報を得られないまま、女海賊を捕らえる計画だけを話して、バジェとズィゴーだけをその場に残して、食堂を後にした。




「お前は一体何を考えているんだ!?よりにもよって卑怯な脅迫の手伝いをオレたちにしろとはどういった了見だ!?バジェの護衛を引き受けたものの、アイツはとんだ悪人じゃないか。人質を取って脅した女ひとりを寄ってたかって捕まえろとは……元海賊が、おかにあがって極悪非道な山賊になったというわけか?やられる海賊の方にオレは同情するぞ」


 食堂から部屋へ戻る途中、サレハは堰を切ったようにクレメンテに小言を言い始めた。クレメンテは黙ってそれを聞いていた。ホセ=ビアンテ・ルビナスの居場所も聞き出せず、バジェ極悪人の手先として脅迫の加担をすることになってしまったのだ。クレメンテには返す言葉もない。ナギルやサレハのことも巻き込んでしまって、申し訳ない気持ちにもなっていた。


「でも……」


 サレハが一頻ひとしきり怒りを発散したところで、ナギルが恐る恐る口を挟んだ。


「クレメンテがあそこに残ると言ったから、アラルコスがこれから連れていかれる場所も分かったんだ。そこは良しとしようよ。

 クレメンテは、バジェが本当にホセ=ビアンテ・ルビナスを捕らえているのか。捕らえているのであれば、それはどこか実際確認したかったんだろう?……屋敷の中にそうそう何人も囚人を捕らえておける場所はないだろうから、アラルコスのいる離れを調べてみようか?

 一月十五日まではまだ日がある。僕たちなりにやってみよう」

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