第14話 たくらみ

 一人はアラルコスが逃げないよう見張るため。一人はエドアルド・バジェの寝室前の護衛。そして残った一人が仮眠するという風に、ナギル、サレハ、そしてクレメンテの三人は引き続き交代制で警護をしながら、夜を明かした。


――一刻も早くアラルコスを警察隊に引き渡すべきだろうか?


 暗殺者をひとり倒した後、クレメンテとサレハは相談をした。特に意見のないクレメンテは、暗殺者アサシンが狙っていることもあるのだから、今夜は大事を取って屋敷の警護を離れないほうがいいのではないかという、サレハの意見に従うことにした。


「お前たちが暗殺者を雇ったのか?」


 部屋に連れて行く途中、サレハがアラスコスに尋ねたが、アラスコスは心当たりが全くないようだった。首を傾げて


「そんな話は、オレは聞いていない……。もしも暗殺者を雇っているのなら、今夜オレが自分でこの屋敷に忍び込むこともないだろう?」


と言った。


――そうすると、この暗殺者を雇ったのはいったい誰なのだろうか?


 クレメンテは思った。

 先ほどアラスコスは海賊たちがもはや一枚岩ではなくなろうとしていると言っていた。アラスコスたちのグループに反対する海賊たちが差し向けたのだろうか?それは何のために?

 そもそも暗殺者はエドアルド・バジェを狙っていたのだろうか?ナギルとサレハに初めて会った夜と同じく、狙いはナギルとサレハだったということはないだろうか?




 暗殺者を殺してしまった今となっては調べようもないことを、仮眠とは名ばかりの短い時間をぼんやりと考えているうちに、夜が明けた。

 バジェが起床するまでの間、朝食を食べることにしたが、ほとんど寝ていない状態のクレメンテは、朝食をモリモリ食べる元気もない。ナギルもそれと同じような心持だったようで、皿に盛られたハムをフォークで弄んでいる。その横ではサレハが何事もなかったかのようにいつもと同じくあっという間に朝食を完食していた。


 エドアルド・バジェは、毎朝七時に目を覚ました。ゆっくりと朝食を取った後、コーヒーを飲みながら新聞を読む。

 ナギル、サレハ、クレメンテの三人はその時間に、昨夜アラスコスという名の海賊と、暗殺者一名が侵入したこと。この二名には関連性があるのかは不明であることを報告した。


「賊が侵入しただと!?お前たちはなぜそれを早く言わんのだ!!!それでその賊はどうした!?」


 エドアルド・バジェの口から雷のような怒鳴り声が響いた。その声に怖気づいたクレメンテの言葉が詰まる。サレハが横から冷静に助け舟を出した。


「アラスコスは我々の寝室に捕縛し、ナギルが見張っています。暗殺者はその場で処分し、その亡骸を庭に安置しています」


 バジェはどうやら考えるよりも先に感情的に口が動いてしまったようだ。サレハの回答を聞くや、それきり黙ってしばらく思案し、扉の所に控えていた老執事に


「……アドローヴァー、ズィゴー隊長を呼べ」


と言いつけた。


「……ズィゴー隊長に暗殺者の死体を見分をしてもらおう。アラルコスについては……スハイツ!スハイツはいるか!?」


 バジェは離れで朝食の後片付けをしていた黒ひげを蓄えた熊のような下男を呼んだ。


「アラスコスには……ひと働きしてもらおう。サレハ、クレメンテ。アラスコスをスハイツに引き渡してくれ」


 アラルコスをどうするのか、クレメンテたちには教えられることはなかった。ただ何かいい考えが浮かんだらしく、三人の目の前の老人は、その特徴的な赤ひげを撫でながら、ニヤニヤと笑って、椅子を立ち、窓際へと歩を進め、窓の外に広がるどこまでも青い海を眺めていた。




 エドアルド・バジェの屋敷に不審者が侵入したと通報を受け、ゼラノーギ・ズィゴーがやってきたのは午前九時半を過ぎた頃だった。いつも引き連れている二人の部下に加え、死体の見分をする部隊を引き連れ、馬車五台でやってきた。


 暗殺者アサシンの遺体を庭で検死して運び出すのと並行して、ズィゴーの尋問は食堂で行われた。食堂の奥の椅子にはバジェが座り、その右隣にナギルが座っていた。そしてそのまた右にアラルコスが腰に紐を巻き、手錠をかけられた状態で座らされている。その後ろには、右からスハイツ、サレハ、クレメンテの順に立ってアラルコスが逃げないように見張っていた。アラルコスの腰の紐はスハイツが握っている。


「アラスコスがこの屋敷に侵入したと気づいたのは何時頃だ?」


「午前三時前だったと思います。サレハかナギルか……どちらかわかりませんが、警笛を鳴らしていることに気づいて、回廊を走って庭に向かっている時に、街の聖堂の鐘がつなったのを聞きました」


 クレメンテたち三人は、ズィゴーが経緯について取り調べする質問に正直に答えた。その間アラルコスは立たされた位置から一歩も動かず、俯いたまま唇を真一文字に結んで黙っていた。


「……なるほど。アラスコスを捕らえた直後に、暗殺者の侵入に気づいたサレハが賊を討ったということか」


 詰問する隊長の隣で、書記係であろう警官がメモを取ってペンを走らせる音だけがサラサラと響いた。


「暗殺者とアラスコス、お前の関係は?」


 ズィゴーがアラスコスの方に向き直って質問をした。


「……暗殺者なんて知りません。オレはひとりで来たんだ」


「ふん……」


 ズィゴー警察隊長は頷きながら、後ろに控えている部下に命じた。


「アラルコスを連行しろ。後は署で話を……」


「……動機は?動機は聞かないんですか?」


 クレメンテが横から口を挟む。ズィゴーが早々に尋問を切り上げようとしたのを不思議に思ったのだ。


「……というと?」


「アラスコスがこの屋敷に忍び込んだ動機ですよ!」


 質問の意図を理解する様子も見せず、ただ無表情に問い返すズィゴーに、クレメンテは少し苛立って声を荒げた。


「……だから、それは署で聞く。連れていけ」


「ちょっと待っ……!!!」


 ズィゴーの後ろに控えていた警官二人がスハイツからアラスコスを縛っている腰縄を取り、一方的に連行しようとしているのに、クレメンテはなんだか許せない気持ちになって声を掛けた。不法侵入したアラルコスは悪いに違いないが、それにだって理由がある。アラスコスにだって、ホセ=ビアンテ・ルビナスの生存を確認し、できることなら助けたいという、この屋敷に忍び込んだ正当な理由があったのだ。エドアルド・バジェがルビナスを拉致監禁しているかもしれないという疑惑について、警察隊に知ってもらい、解明してもらいたいという気持ちもある。

 アラルコスという悪党以上に、エドアルド・バジェがさらなる悪党なのかもしれないのだ。ゼラノーギ・ズィゴーが物事の本質をついてくれないことに、クレメンテは苛立ったのだった。


「ちょっと待ってくれ、ズィゴー隊長!」


 オレが警官を制止する声が虚しく途切れたのに被せて、エドアルド・バジェの太いガラガラした声が雷鳴のように大きく響いた。


「アラルコスはこの屋敷で預かろう。こいつを使ってピラールの小娘をおびき出してやるのはどうだ?」


 バジェが顎に蓄えた豊かな赤ひげを撫でながらニヤリとズィゴーに笑いかける。


「――ピラールを捕らえてアイツの目の前で殺してやると脅してやれば、ホセ=ビアンテのヤツも口を割るかもしれん。……どうだ?」


 額の刀傷を歪ませ、燃えるようにギラギラと瞳を輝かせて、嬉々としてその企みを述べるエドアルド・バジェの表情は、まさに悪党そのものだった。

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