俺は彼女に殺され続ける

花果唯

殺人事件発生

 白いシャツに黒のズボン、黒髪に黒縁眼鏡の男が吊るされている。

 単身者用マンションの一室、ロフト部分の木の柵から垂れ下がったロープはピンッと張っていて、その先にぶら下げているモノの重みを伝えているようだ。

 ロープが巻かれているのは首。

 頭が前に倒れていて、表情は読み取れない。

 眼鏡がずれ落ちそうなことは分かる。

 シャツは血で染まり、足元には大きな血溜まりが出来ている。

 出血箇所は心臓。

 死因は心臓を一突きにされたことによる失血死だろうか。

 刺された上に吊るされているのだから、深い憎悪を感じる。

 動機は『怨恨』の線が濃厚だ。

 正面から心臓を一突きにされていることから、油断していた可能性も考えられる。

 被害者の体格は細身、二十歳前後の男性。

 部屋に置かれた書類には、『金田』とサインがしてある。

 彼の名字だろう。


 頭の中で犯人像を描く。

 被害者は細身ではあるが、身長はそれなりにある成人男性だ。

 吊るすには力がいる。

 女性単独犯という可能性は低いように思える。

 加害者は男性か複数犯、そう考えるのが妥当だ。


「いや、待てよ。それが犯人の狙いかもしれない」


 力のない女性でも、殺した上に吊るせる方法があるかもしれない。

 もしくは、吊るしてから刺した?

 ……そうかもしれない。

 彼の足下にある血溜まりを見るとかなりの量だ。

 他の場所で刺さされ、血が流れていたとしたらもっと少ないはずだ。

 部屋に飛び散っている飛沫血痕の形状を見ても、ここで吊るされた後刺された可能性が高い。


 ロフト部分は就寝スペースになっていた。

 恐らくここで眠っている彼の首にロープを巻き、突き落とした。

 そして吊るしたところで刺した。


 この部屋には、女性の気配がある。

 化粧水や歯ブラシなどの日用品、男女対の食器があることから寝食を共にしていることが分かる。

 どうやって眠っているところを刺したかは謎だが、恋人なら合い鍵を持っているかもしれない。

 一番疑わしいのは『恋人』。


「と言うことで犯人は『君』だ。……そういう設定でいいのか?」

「合格」


 舞台は俺、金田晃汰の部屋。

 同じ大学に通う彼女が入り浸り、半同棲となっているが、二人で過ごすには手狭で困っている。

 それに単身者用のマンションなので、現状がバレたら追い出されるかもしれない。

 中々スリリングだ。


 そしてここは、度々殺人現場となる。

 決まって犯人は彼女、鳳城麻紗子。

 歴史上のあの人物と読みの音は同じだだ。

 字は違うが、腕を組み『よくやった、褒めてつかわす!』と偉そうな視線を投げてくる姿は『尼将軍』と呼んでも支障がなさそうだ。

 無駄に容姿が整っている分迫力が増している。


 被害者は俺。

 いや、正確には俺の姿形を模して作った彼女お手製の人形。

 名前は『殺され金田』を略して『コロカナ君』。

 可愛いさの中に狂気が潜んでいる素晴らしいネーミングだと思う。


 全長四十五センチで髪型も服装も全く同じ、細かい装飾、眼鏡まで再現されている。

 重りも入っていて、吊るされていた時の姿もリアルだった。

 完全に才能の無駄遣いだ。


 しかし、こんなに良く出来ているのに何回も殺されて可哀想だ。

 今も血糊替わりのケチャップまみれだ。

 毎回汚れや破損は、彼女が魔法のように修復はするのだが。

 案外本当に魔法使いかもしれない。

 どちらかと言えば『魔女』か。

 今の長い黒髪に黒のワンピースという出で立ちに足りないのは箒くらいか。

 いや、赤い大きなリボンがあれば尚良い。


 異世界から来た魔女が尼将軍に転生したのかもしれない。

 ……複雑だな。


「で、今回はどういった理由で殺されたんだ、俺は」


 事件発生頻度は週に一度くらい。

 俺に対して不満が出来ると、彼女は俺の代わりにコロカナ君を殺す。


「自分の胸に手を当てて聞いてみろ!」


 吐き捨てると、犯人はどかどかとキッチンに向かった。

 と言っても、部屋が狭いのですぐ近くにいるのだが。


 仕方ない。

 これ以上彼女の機嫌が悪くならないうちに、犯行動機の解明に取り掛かろう。




 この連続殺人(正しくは殺人形)事件が始まった当初、俺は全く相手にしていなかった。

 変なことをするな、と思っていただけだった。

 何となく言いたいことがあるのは分かっていたが。

 元々性格が変わっていたことは知っていたし、特に何の感想も抱いていなかった。


 そんな俺の心境が変化したのは、三度目の事件の時。

 それまでの二回はコロカナが殺されていても『またやっているな』と放置していただけだったのだが、その日は妙に気になり観察した。


 血に模したケチャップの海の中、割れた花瓶が転がっている。

 その近くにあるラックの下に大きな置き時計も電池が抜け、針が止まった状態で転がっていたのだが何か意味があるように見えた。

 被害者コロカナ君に目を向けると、彼は頭から血を流して倒れていた。


 死因は後頭部を鈍器で殴られたことによる脳挫傷とでも言いたいのだろう。

 割れた花瓶は凶器で、置き時計は争っていたときに落ちた。

 『そういう設定か』と、単純にそう思った。


 無駄なことに労力を使い過ぎだろう、笑いがこみ上げてきた。

 彼女の奇行に和みつつ、更に観察を続けた。


 この転がった電池は、落ちた拍子に抜けた? ということは、今針が指している時間が『犯行時刻』か。

 だがその時間は、彼女は大学で講義を受けてるはず……あれ、もしかしてこれ……『アリバイ工作』のつもりなのだろうか。


 それが分かった時、妙な感動を覚えた。

 現場を演出しているときに既に感心していたのだが、アリバイまで……。

 恐ろしい徹底振りだ。

 『面白い』と思った。

 それからは、彼女が用意したミステリーを解く探偵をするようになった。


 それに――。


『大正解! やったあああ! 分かってくれたんだ!?』


 何より、彼女が用意した設定に俺が気づいたと知った時の『あの笑顔』が忘れられない。

 あれを見てしまったら……もう、探偵をやるしかないのだ。

 ……最近面倒になってきてはいるが。


 さて、現場検証だ。

 カレンダーには丸印がついている。

 黒のインクが滲んでいて、かなりの筆圧で書かれたことが分かる。

 そして丸の終点がピタッと止まるのでは無く払われているのだが、疾走感を感じる。

 この重み、線の太さ、速さ……感じ取るのは激情。

 この黒い丸印に、殺意が篭もっている。

 油性ペンだという点も、悪意を感じる。

 おい……下の再来月分にまで滲んでるじゃねーか。


 OK、この日に俺は何かやらかしたんだな。

 ポケットからスマホを取り出し、自分のツイッター画面を出した。

 殺意の丸がつけられた日付を確認する。


「ああ、『久しぶり』な面子で遊んできた日か」


 その日は高校時代よく遊んでいた奴らと集まり、遊んだ。

 二年ぶりくらいだったが、もっと長い間会っていなかったような気がして懐かしかった。

 野郎連中の外見はあまり変わってなかったが、女子の変化は凄かった。

 『何か弄りましたか?』と聞いてはいけない質問をしたくなったくらいだ。

 それが原因、女子がいたからか?

 いや、集まる連中については一通り話したし、女子がいることも伝えた。

 特に気にしている様子は無かった。

 だったら何だ、遊びにいったことではないのか?


「コロカナ君、お風呂に入りましょうねえ」


 真剣に悩んでいる横、彼女はキッチンのシンクで、血液という大役を果たしたケチャップに別れを告げていた。


『食べてあげられなくてごめんね、美味しいのは知ってるの。ポテトには君がいなくちゃね~バーベキューソースになんか負けないで~』


 謎のメロディに乗せて送別の歌が聞こえてくる。

 集中力を削る効果もついているようだ。

 お前、ポテトを食べるときはいつもバーベキューソースだろうが。

 ケチャップなんて、オムライスを作るときにしか見かけない。

 それなのに箱買いとか、勿体無い。

 どれだけ俺を殺すことに力を使っているのだ。

 お前の悪行は神様が見ているからな。


「ん?」


 テレビを置いているラックに違和感がある。

 何かが足りない。

 写真だ。

 俺は写真を飾るなんて大嫌いなのだが、彼女が『同棲してる感が良い』と言って飾っていた写真立てが無くなっているのだ。

 やめたのならそれでいいが、昨日までは置いてあったのだから何か意味があるのだろう。


 もう少しヒントを得るために、ツイッターに目を戻した。

 自分のツイートだけではなく。

 あの日一緒にいた友人のツイッターも覗いてみた。

 特に気になるようなツイートも無かった。


「……おかしいな。いつもくだらない理由なのに」


 『漫画を俺の方が先に読んだ』とか、男友達と彼女の三人でいた時に『友達の方に多く話し掛けてた』とか、どうでもいいような些細なことばかり。

 そんな理由で俺は、というかコロカナ君は殺されるのだ。

 哀れ。

 子供のアニメで、普段女の子に殴られているぬいぐるみが夢で復讐にくる話があったが、お前もそういう夢を見るべきだと思う。

 五、六回はコロカナ君に殺されてやってくれ。


 話がズレたが、いつも『犯行動機』は、些細な理由過ぎて察することが難しい。

 ただ、ツイッターや手近なところを調べるとすぐに分かる。

 だから今回もすぐに分かると思ったのだが……。

 今回はこれだけではすまないらしい。

 もう一度部屋を見渡してみた。

 写真以外に変化はないだろうか。

 ……ない。

 写真だけで何とかするしかない。

 いや、無理だ。

 というか面倒だ。


「ヒントをくれ」

「タダではやらぬ」


 今まで何度か、ヒントを要求したことがある。

 『探偵が犯人にヒントを求めるなんて、何事ぞ!』と怒鳴られたが、物であっさり買収出来た。


「今度は何が望みだ?」

「自分で考えて」


 このパターンは初めてだ。

 前回は、『十五分以内に、栄養ドリンク十本セットを買ってきて』だった。

 自転車を飛ばし、近くのドラッグストアに走ってなんとかヒントを得た。

 この辺りを参考にして、彼女が喜びそうなことと言えば。


「カップ麺一ケース」

「安っ! 駄目」


 即答だった。

 こちらを見ようともせず、コロカナ君をタオルで拭いている。

 及第点に届かなかったようだ。

 最近同じカップ麺ばかり食べ、『嵌った』と言っていたから、良い線だと思ったのだが駄目だった。


「前回は栄養ドリンクだっただろう? そんなに値段は変わらないじゃないか」

「グレードは上がっていかなきゃ。同等と格下げは論外」

「じゃあ奮発して、もうすぐ出る新作のゲーム」

「はい駄目。もう予約してるし。まだ安い」


 彼女が欲しがっていたゲームは七千円程だ。

 たかがヒントに七千円は破格だと思うのだが、まだ駄目なようだ。


「はあ? 何が欲しいんだよ」

「甘ったれんじゃないよ! 自分で考えな!」


 腰に手をあて、俺を指差しながら言い放った。

 恐らく、何かのアニメのキャラクターの真似だろう。

 声もおばあちゃんっぽさを出そうと努力していることは分かるが。


「何の真似かも分かんねえよ……」


 おかしいな、ヒントが欲しかっただけなのに。

 ヒントを貰うために何を献上すればいいのかという謎が増えた。

 もういい、写真だけでなんとかしよう。

 写真……カレンダーの丸……。


「あ」


 思い当たることがあり、もう一度ツイッターを開いた。

 写真は無かったと思ったが……あった。


「プリクラか」


 友人の一人のプロフィール画像が、あの日撮ったプリクラになっていた。

 今のプリクラはシールで出すだけではなく、データも送れるのかと感心したのを覚えている。

 写っているのは、本人の部分だけを切り取ったものだったが、その日のツイートに『集まった全員でも撮った』という発言があった。


 俺は写真があまり好きではない。

 何より嫌いなのは、写真に写ることだ。

 レンズを向けられると逃げる。

 だから今まで、彼女がプリクラを撮りたいと言っても断固拒否した。

 なのに友人達とは撮った。

 それが『犯行動機』か。

 ……やっぱりつまらない。


「やっと分かったか」


 拭き終わったカナコロ君をタオルの上に寝かせ、鋭い視線をこちらに向けた。


「プリクラなんて、撮られる上に妙に加工されて気持ち悪いから一生しないんじゃ無かったっけ?」

「そうだが、あの場で自分だけ抜けるというのは盛り下げそうだったから……。折角集まったんだから、無粋なことはしたく無いだろ?」

「デートだって『撮りたくない』って断固拒否されたら、盛り下がるんですけどねえ!?」


 仰るとおりで顔を上げられない。

 でも嫌いなものは嫌いなのだ。

 俺だって、大好きな恐怖映像の番組を我慢している。

 本当は見たいけれど、彼女が嫌いだというから見ない。

 我慢はお互い様だ。


 それを言うと更にキレた。

 恐怖映像とプリクラは同レベルではないらしい。

 後者は乙女心が絡んでいるから尊いとか、なんだそりゃ。

 恐怖映像だって怖がっている可愛い彼女が見れるという男心が入っているのだが。

 このやり取りは不毛だ。


「別に、プリクラなんて取らなくても、楽しめることは他にもあるだろ」

「例えば?」

「カ、カラオケとか」

「歌わないじゃん!」


 自分の口から『カラオケ』という言葉を発したのに驚いた。

 苦し紛れの答えだったのだが、俺は歌うのも嫌いだった。

 言い出しから動揺して噛んでしまった。

 予想通りのツッコミが入った。


「……頑張って盛り上げるよ」

「本当? 全身を使ってタンバリンを奏でるくらいしてくれるんだね? ダンシングタンバリンしてくれるんだね? 楽しみ〜」

「そこまではちょっと……」


 俺は陽気なタイプではない。

 やるとしても、真顔でやるぞ?

 それはそれで彼女は笑いそうだが、自分ではあまり考えたくない。


「解決したからもういいだろ?」

「よかない!」


 引かないには理由があるはず。

 そういえば、今日はヒントでも要求があった。

 もしかしてこの事件は、『最初から何かを俺に要求することが目的』だった?


「何が目的だ」

「慰謝料を要求する!」

「はあ?」


 何に対しての『慰謝料』だと聞いたら、『精神的苦痛!』と元気な声が返ってきた。

 嘘じゃねえか。


「と言っても、お金じゃ駄目。ほらほら名探偵さん、考えて。何だったら良いのか、私を見て、推察して」


 俺の目の前で、両手を挙げてくるりとターン。

 ……体に身につけるものということか。

 装飾品かな。


 …………、……何と無く分かったけど。


「ほらほら、寂しいところがあるでしょ! どこかに輝きが足りないでしょ!」


 アピールが過ぎるポーズをする始末。

 それ、芸能人の婚約会見で見るな。


「綺麗な手ですね」

「そんなこと聞いてないし」

「さっぱり分からん」


 分かったけど、欲しがっていたことは薄々気づいていたけれど……恥ずかしいんだよな。


「このポンコツ探偵! 『一』書いて出直してこい!」


 お決まりの台詞と共に、追い出された。

 苗字の『金田』に『一』を足すと、名推理が出来る人になるという意味でいつも言われるのだが、上手く言ってんじゃねえよ。

 というか、俺が契約している部屋なのだが。

 仕方がない。

 ご所望の品を持ってこない限り、納得してくれそうにない。


「……指輪買いに行って来るか」


 サイズとか分からないけど、適当でいいか。


 なんとなく、『初めて貰った指輪が入らないという』理由で、また俺は殺される予感がした。

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俺は彼女に殺され続ける 花果唯 @ohana

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