おったまげるとそこは沼だった

「なんで、コイツに知られなきゃならないんだよぉ……」

 実靖さんはマスターに例の映像の存在を知られてしまったことに凄く頭を抱えていた。

「そういうところが甘いから周囲からツメが甘いといわれるんですよ」

「うぐぅ……。それはそれ、これはこれだ!」

「説明になっていないですねぇー」

 やれやれといわんばかりにマスターがため息を付いた。

「よし、思い切って話題を変えよう! 裕也くん、あんなヤツの契約なんてすぐに破棄して、私と契約しよう」

 嫌な話題からさっさと逃げようと、実靖さんは例の契約の話を持ってくる。

「でも、僕、契約と言ってもそんな大層なお金持っていませんよ?」

「何っ!?」

 実靖さんはビックリしたような顔で僕を見た。

「コイツの依頼料の高さはあの界隈で有名だぞ? まさか、ソレすら払っていないのか! コイツめっちゃケチなのに!?」

「何気に酷いことを立て続けに言いますね、アナタは」

 実靖さんの怒涛の悪口にマスターの眉がピクリと動く。

「この喫茶店に通い続けるっていうことを条件にしてもらっているんです。飲食代を依頼料として昇華するような感じで」

 僕はもじもじとしながら説明をすると、実靖さんがハッとした様な態度を示す。

「ま、まさか、そう言って徐々に毒を盛っていっているんじゃないだろうな!」

「それは……」

 マスターが会話を途中で中断した。え? 盛ってるのやっぱり徐々に毒を盛ってるの!?

 マスターの不穏な発言で僕の不安が募っていく。

「マスターさんって、そんなことをする人なの?」

 高木くんが目をきょとんとして訊ねる。

「まさか、そんなことはしませんよ。実靖が私と裕也くんとの契約を破棄したいというのであれば、アナタが残りのこの額を支払ってもらいましょうか?」

 マスターは内ポケットから紙切れを一枚取り出して、僕たちの前に見せた。


 そこにはとんでもない金額が書かれていた。


「ひょっ!!」

 あまりの金額の大きさに僕の目玉が飛び出しそうになった。

 え、ちまちま飲食代として支払っていたら何百年もかかりそうな値段だった。

 え、支払い終わる前に死んでしまうんじゃ僕?

「こ、こ、こんな金額を高校生に払わせようとしているのか! 鬼!」

 同じく金額を見てしまった実靖さんはマスターを怒る。

「裕也くんには金額は提示していませんでしたけどねぇ。ちまちま払ってくれるのでそこいらの依頼人よりは良心的でいい。で、実靖はこの金額払えるんですか?」

「無理に決まってるだろ!!」

「では、横取りは諦めてもらいましょうか?」

「ちくしょー!!」

 実靖さんはそう言ってマスターがいれたコーヒーをぐいっと一気飲みをした。

 さっきまで毒が入っていると頑なに飲まなかったのに。それだけ、あの金額がショックだったんだろうなぁ。僕もビックリした。

 僕がそう考えている間に、実靖さんはすっかり居眠りを始めたのだ。

 ……もしかして、マジで何か盛られていたパターンか。

「伯父さん、ちょっと、おじさーん」

 高木くんがゆさゆさ揺らしても起きる気配は無い。

「話を聞こうって言ったのは伯父さんのほうなのにいきなり居眠りだなんて失礼だと思うな」

「きっと疲れているんでしょう。ちょっと、奥の部屋に移動させますので、裕也くん、彼を運ぶのを手伝ってください」

 例の後処理部屋に運ぶことを察した僕は熟睡している実靖さんの足を持って部屋へと運搬する。あの部屋に向かうのは二度目だなぁ。

「よいしょっと」

 マスターはやや乱暴に実靖さんをベッドへ放り投げたが、彼が起きるようなことは無かった。

「マスター……」

「なんでしょう?」

「……何か盛りましたね?」

「……」

 僕の質問にマスターは答えない。

「ちょっと油断するとこうなるから、実靖は裏社会に向いていないんですよ。それなのに、カッコつけているから危ないことになってしまう。いい加減懲りて欲しいんですけどねぇ……。ここに寝かしておけば暫くしたら目を覚ますでしょう。裕也くんはお友達さんと先に帰っておいてください。私が後から彼を家へと送り届けます。家は知っていますから」

「でも……」

 大丈夫かなぁ、この後の展開が不安すぎて仕方無い。

「大丈夫ですよ。あと、例の金額ですが。彼を欺くための嘘なので安心してください」

 そういうマスターがフフフと怪しい笑みを浮かべていた。本当に嘘なのかどうか凄く不安だ。

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