怪しむうちにめり込む
「むむむ……」
喫茶GrowSeedの店内で、コーヒーカップに睨みをきかせる実靖さん。
とりあえず、立ち話はなんだし座って話をしようということになったんだけども、マスターがいれてくれたコーヒーを飲みもせずにひたすら見つめているだけ。
そのうち念力でコーヒーカップが浮いてしまいそうな感じだ。
「伯父さん見つめすぎだよ。コーヒー冷めちゃうよ?」
高木くんはそういいながらマスターが用意してくれたアイスティーを飲んでいた。
「アイツが何を混ぜているか分からないものを飲むわけにはいかないからな」
「もう、神経質すぎるよ。ねぇ、ゆうやんからも何かいってあげてよ」
高木くんからそう言われた僕だけど、実靖さん、そう勘ぐる気持ちは僕にも重々よく分かりますと高木くんがこの場にいなければ実靖さんとがっしりと握手を交わすところだった。
「た、多分何も入っていないと思いますよ」
「いや、アイツはそう安心させたところでトドメを刺すような男なのをよく知っている。油断すると寝首を掻かれるぞ」
実靖さんの言葉に僕は心当たりがありすぎてグサッと矢が刺さる。
そういえば安心しきったところで毒入りコーヒー飲まされたんだよなぁ……僕。
「そんなに、ここのマスターさんと伯父さんって昔から知り合いなの?」
「アイツとは、かれこれ20年くらいの付き合いだ。出会った最初のことなんて忘れたけどな」
「最初の出会いを忘れただなんて酷いですねぇ」
実靖さんの背後に人影が見えて僕が見上げると、そこにはお皿に盛られたケーキを持ったマスターが立っていた。
「安心してください。ケーキに危ないものは入っていませんよ?」
そう言って置かれたのはガトーショコラだった。
「好きでしたよね。ガトーショコラ」
ニコリと実靖さんに微笑みかけるマスター。
「それは昔の話だ。今は別に好きという部類じゃない」
「そうですか、それは残念です。では、下げますね」
マスターがそう言ってお皿を下げようとすると、すかさずそのお皿を実靖さんが掴んだ。
「いやいや、折角出してもらったのだから食べてやろうじゃないか」
「最初から食べたいとそういえばいいじゃないですか。素直じゃないですね」
「お前のそういう態度が気に入らないんだ」
お皿の攻防戦が一時繰り広げられた後、実靖さんはガトーショコラを口の中に入れて幸せそうな表情を浮かべる。あ、今でも好きなんだな、ガトーショコラ。
「実靖との出会いは、とあるヤボ用を頼まれて某有名企業を訪問したときに入り口で止められている不審者が彼だったんですよ」
マスターは仕事がアサシン家業ということを一切伏せて説明を始める。
「どうやら強行突破しようとしていたんですが、警備員に止められてしまったらしくて。そこで私の同僚ですと嘘を付いて助けたのが始まりですね」
「ケッ。あと少しで入れると思ったのに警備員が許してくれなかったのがそもそも悪いんだよ。お前の助けなんて借りたく無かったよ」
実靖さんはそういって悪態をつく。
「伯父さんとマスターの出会いってそんなかんじだったんですねぇ。伯父さんの詰めの甘さは今も昔も変わってないのか」
「うぐっ……」
高木くんの言葉の右ストレートが綺麗に決まる。
「それからも何度か会う事があって、何故か実靖は私のことを勝手にライバル視しているみたいですが、私は特に何も思っていません」
「はがっ……」
マスターの言葉の左ストレートも華麗に決まった。
「べ、別に私もお前をライバルだなんて思ってないし! 今の仕事が軌道に乗りすぎて忙しいからお前のことなんて考えてる余裕ないし、どうだ、うらやましいか!」
「伯父さん、子どもの喧嘩じゃないんだから」
「そうですねぇ。アレだけ寒いハードボイルド映像を撮影できる辺りは羨ましいですかねぇ」
マスターの一言に実靖さんの顔がカァっと赤くなる。
どうやら、マスターは例の映像を何処かで観たようだ。
「ってめぇ! その映像を何処で見やがった! 今すぐ消せ! 脳内から抹消しろ!!」
実靖さんはいきなりマスターに掴みかかり、ぶんぶんと振りはじめた。
「いくら振っても記憶なんてそう簡単に無くなりませんよ。恥ずかしいなら撮らなければ良かったのに」
マスターはド正論を述べた。
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