あの頃は若かったのだ

「ん?」

 僕はその落ちた入れ物に目を取られる。

「名刺……いれ?」

 名刺入れらしき入れ物を僕は男が倒れて気付いていないうちに拾い上げ、ポケットにしのばせる。

「ってぇ……、いきなり飛び込んできたから油断したし」

 男が目を覚ましそうだったので、僕は急いで奥のほうへと引っ込む。男は立ち上がると、ポンポンと自分の身の回りを触りながら何かを確認する。

「よーし、飴も無事だし、他に落としたものは……あれぇ?」

 何かに気付いたらしく、男の顔が目を見開き引きつった。

「俺っちの一番大事なモンがないじゃん!? どこだ? 何処行った?」

 男は焦って周囲を確認するがどうやら見つからないらしい。もしかして……、

「もしかして、こ、これですか?」

 僕は手を若干震わせつつ、物陰からそっと、彼が落とした名刺入れを掲げてみせた。

「あぁ! 俺っちの大事なモンまさしくそれだし! ……中身は見てないよな?」

「まだ拾ったばかりなので、中身までは見てませんが」

「いいか? そっちまで取りに行くから、大人しくしとけよぉ? 中身は見るなよ? 絶対に見るなよ?」

 ドスの入ったような声でソレを中身を見ずに返せと念を押す男。

 先人の言葉にはこのような良い言葉があるのですが、


 『押すな! 押すなよ! いや、ここは押すところだろ!!』と


 そう、念を押されたら中身を見ろと言っているようなもんだと僕は考えるのですが、実際に見て斬りかかられたら困るしなぁと。

「そうやって僕に近づいて油断させたところで斬りかかるつもりじゃないでしょうね?」

「しない! そんなとこは絶対にしない! サムライ嘘つかなーいし」

 嘘をつくインディアンみたいなことを言わない!

「いいか、それは俺っちの名誉に関わることだからさぁ? お願いだよぉ、それを返せ」

「ほぉ……名誉に関わることですか?」

 男のその言葉を聞いて、マスターがいきなり男に向かって飛び出していく。

「それは良いことを聞きました」

 マスターは男を床に倒れこませると、両手首を床に縛り付ける。男がもぞもぞと拘束を解こうとするが、なかなか上手く行かない。

「あっ、こら、アサシングロウ、離せ!」

「いいえ、離しません。裕也くん、その名刺入れの中身を暴きなさい。恐らく彼の名誉というのは名前を知られないことです」

 見るなー! と男は更に暴れ始める。

「さぁ、私がここで彼を捕まえている今のうちに、彼の名前を!」

 マスターにそう言われて僕はいそいそと名刺入れのふたを開けた。中身は名刺が数枚入っており、僕はその中の一枚を取り出した。

「こ、これは……」

 僕はそこに書かれている言葉に戦慄を覚える。その名刺には、


【裏社会の必殺仕事人 ぽんぽん丸】


 というとてつもない字面の名前が書かれていた。

「ぽん……ぽん……まる?」

 改めて声に出して読んでみると、言葉の暴力に僕の脳内に宇宙が広がってしまう。

「見たなぁぁああああ! 俺っちのヒミツをぉぉおおおおおお!!!」

 男、改め、ぽんぽん丸は僕が彼の名前を知ったという事実に悶絶していた。

「へぇ? 貴方、ぽんぽん丸っていうんですか?」

 マスターはニヤニヤとした表情でぽんぽん丸を見ると、

「だから、知られたくなかったのにぃー!! うわーーーーん!!」

 突然、赤子のように号泣し始めた。

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