見えなくとも確かにそこにある
「おっとぉ? 俺の挨拶のかっこよさに少年は腰砕けってかぁー。結構結構!」
金髪の男はそんな僕の様子を見て、ケラケラと笑う。
かっこよくは全くないと思う。むしろ、軽すぎる。
男の格好はどこからどう見てもジャパニーズサムライそのものであるけれども、そもそも侍って僕のイメージでは礼儀と礼節を重んじる感じだったと思っていた。時代は移り変わるとこうも様式は変わるものなのかなぁ。
「裕也くん大丈夫ですか? 立てますか?」
「マスター、大丈夫です。アイツのあまりのギャップにビックリしただけです」
よいしょっと声を出しつつ、僕は何とか立ち上がる。
「その腰に下げている長物、今度の刺客は侍ってわけですか。それにしてもよくも警察が見逃してくれましたねぇ。私でさえ商売道具を運ぶのには苦労するというのに」
たしかに、あの長さの武器は明らかに職務質問をかけられる長さだ。なのに、どうしてあの男は普通に腰にさしているのだろう?
「あ? もしかして、これのこと言っちゃってる?」
男は自分の腰につけている刀を手で持つと、自身の目の前に掲げる。
「はい、それのことですよ」
「はーん? 君たち、これが刀に見えちゃってる訳ねぇ。あー、確かに形的に刀サムシングだもんなぁ。ポリスメンたちも俺っちの格好とこいつで声掛けてきたから、やっぱ、俺っちのオーラっていうの? そういうの漏れ出ちゃうんだよねぇ。カリスマ性って怖いわ」
うわー。チャラい。こいつ、めっちゃチャラい。
金髪の男はキャピキャピ話をするので、なかなか、その長物が一体何なのかの説明を始めてこない。
僕は虚無の目をして男をただただ見つめる。
「おっと、説明するの忘れてたわ。メンゴメンゴー。これ、こういう奴だから」
男がいきなり長物を引き抜くと、其処にはレインボーに輝く棒が見えた。
「凄く色鮮やかで毒々しいレインボー!!」
僕は咄嗟に叫んでしまう。凄く着色料のバーゲンセールだ。
「カッチョいいっしょ? この間シブヤ散策してたら見つけたんよねー。レインボーキャンデー」
男はそう言って再び鞘をおさめる。ようはただただ自慢したいがために腰に刀の形状で下げているのだ。
ん? その刀が武器じゃないとなると、彼は侍じゃないのだろうか? その格好さえもまさかハッタリということでは?
「おやぁ? これが武器じゃないってことを知って安心しきってる感じぃ? 油断みえみえー。どんだけー」
そういうと、男は右手を背中に回す。
「……! 伏せて!」
ドサッ。
何かを察知したマスターが僕を床へと叩きつける。僕は一瞬何が起きたのか分からなくて、床にしりもちをついた瞬間、舌を噛みそうになる。
その刹那、僕の真横にサッと風が凪いだかと思うと、
サラサラと僕の髪の毛の一部が舞い、床へと落ちた。
「へ?」
何が起こったかイマイチ理解できなかった。
「おっしー。もうちょっとだったのに」
金髪の男はニヤリと笑う。
一体、一体、何が起こったんだ。僕の頭は真っ白で何も考えることが出来ないでいた。
「あの男が、裕也くんに向けて斬りかかったんですよ」
「斬り……かかった?」
ドッドッと心音が煩い中、金髪の男をみる。しかし、彼は何も武器の類は手に持っていない。
「私が裕也くんを床に落とさなかったら、今頃裕也くんは心臓を抉られていて死んでいたかもしれませんね。彼は間違いなく刀を使った暗殺者の類だ。あんな格好していながら、技術は一級品だ」
マスターの言葉に血の気がさっと引いた。
「うっそー。俺っちアサシングロウに褒められたじゃーん。マジすこうれぴ」
彼は通常運転でチャラいまんまだ。
「そんな侍が裏社会にいたなんて、私も驚きだよ。名を聞かせてもらえないか?」
「ちょいちょいちょーい、裏社会で名なんて一番大事なもんしょ? どうしても知りたいっていうなら、冥土の土産ってことで」
男はそう言って再び右手を背中に回した。
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