本筋は引きちぎっても構いません

 僕の目の前にはこの世の地獄を詰め込んだかのようなどす黒いスープが置かれていた。臭いも大きく息を吸って嗅ぐと鼻の奥をやられそうなほど刺激が強くて、僕は涙目でガスマスクをして装備が厳重すぎるマスターに訴えかける。

「この刺激物は一体なんですか」

「見て分かるでしょ? 黒いスープだよ」

 シューコーとガスマスク越しで息をしながらマスターは答える。

 どう見ても食べられるスープには到底思えない。

「激辛ブームの昨今、どれだけ辛いものを入れたら人は突然死するかなぁとおもって開発した一品だよ。スープに手が触れただけでもただれてしまうのが難点だけど、味は美味しいと思うよ」

 そんなバイオテロのようなスープはスープとは言いません。

「裕也くんはスコヴィル値というのをご存知かね?」

「スコヴィル値?」

「辛さの単位だよ。タバスコが2500スコヴィルくらいだと言われているが、このスープの辛さはタバスコの約2000倍の500万スコヴィルにしてみたんだー。凄いでしょ?」

 大層ドヤ顔で言っている所大変恐縮なのですが、そういうのはスープではなく兵器だと思われます。今すぐ始末してください。

 と言いたいのだけども、口を開くと刺激臭が喉に入り咳き込んでしまう。

 何故僕にはガスマスクが用意されていないのか、甚だ疑問なんだけれども。

「マスター……ギブです。これ……しまって」

 凄く片言しか離せなくなってしまったが、もう臭いをかぎ続けるのは限界に近かったので、下げさせるように懇願する。

「どうせなら、一口味見してみないかい?」

 断固! 拒否します!

 僕は必死に首を横に振った。

「仕方ありませんねぇ……片付けますか」

 マスターは残念そうにそのスープを片付ける。

 毎度思っているんですが、マスターとは命を護ってもらう契約をしていますよね? すぐ抹殺するような契約なんて結んでいませんよね? マスターがひっそりと僕の命を狙ってるってことは、本当にないですよね!?

「もちろん、裕也くんの命の保障はするよ。ちゃんとコンスタントに来てもらっているし、私の他愛の無い遊びにも付き合って貰っているし」

 マスターはガスマスクを取ると嬉しそうに笑った。

 少々老いた男性がクシャっと笑うと世間の女性はときめくだなんて統計があるらしいけど、僕には全くときめくどころか寒気が走りそうになる。

「胡散臭い」

 僕はマスターをじっとみて、そう呟いた。

「ん? 何のことだい?」

「コチラの話なので、お気になさらず。というか、僕の命が一つしかないんですから、ほどほどにしてくださいね」

「うん、重々承知してるよ」

 本当かなぁ、この人。と僕はマスターを疑いの目でしか見ていなかった。

 その時、ドアベルの音がカランカランと鳴る。

 店にやってきたのは和装姿の金髪の男。腰には何やら刀のようなものが刺さっていた。

 凄く目立つ。怪しい。

 どうやら、僕の元に新たな刺客がやってきたらしい。

 金髪の男は鋭い眼光で僕とマスターを睨む。瞬時に空気がピリッと張り詰めた。

 僕がゴクリと生唾を飲んだ次の瞬間。


「ちーっす。お前らを始末しに来たっしょ。よろしくー!!」


 凄く軽いノリで暗殺宣言をしてきたので、僕はカウンターの椅子から崩れ落ちた。

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