そっちのベクトルは予想外
「ここは……」
術士エリスが目を覚ましたのは、それから一時間後のことだった。
僕とマスターは彼女が倒れた後、二人で店内の裏にある部屋へと連れて行き、そこに置かれていた簡易ベッドに彼女を寝かせた
「ここはマスターの自室?」
「いいや。ここはもしものときに使う部屋だよ」
「もしものとき?」
僕は頭にハテナマークが浮かぶ。
「もしも、店内で毒か何かの要因によって誰かが倒れたらそれを隠すのに使う部屋」
「マスター……」
もっとマシな理由はないんでしょうか? というツッコミはするだけ疲れるのでやめておいた。
ベッドに寝かせた彼女はうなされながら眠っていた。
「すっごくうなされてますけど、大丈夫なんですかね?」
「起きたら理由を聞けばいいさ。まだ起きるのに時間がかかりそうだし、私は店の片づけをしてくるよ」
「はい、僕はここで見ておきます」
そして今に戻る。
「マスター、彼女目を覚ましました」
僕は店の方にいっているマスターに知らせるように声を出す。
「ここは……?」
エリスはむくりと起き上がると、周囲をキョロキョロと落ち着かない様子で見ていた。
「えっと、ここは……」
文字通りの(人を)隠し部屋とはすっごく言いにくいっ! えっと、ここは……、隠し部屋でもなく、寝室でもなく、えーっと……、あ、そうだ。
「喫茶GrowSeedの中にある仮眠室ですよ。あのあと、倒れられて僕とマスターでここまで運んできました」
「わたくし、何故倒れて……あ!」
彼女は自分の倒れた理由を思い出し、また顔が青白くなる。
「わ、わ、わ、わたくしの命綱を壊されて……」
カタカタと震える彼女。
「命綱というのは、こいつのことかな?」
マスターは部屋に入ってくるなり、穴の開いた容器を彼女に見せ付けた。
「それです! 私はソレがないとダメなんです」
涙目で彼女が訴える。そんなに大事なものだったのなら、それを壊しちゃったのはすごく罪悪感がある。
マスターは穴の開いた容器を彼女に返すと、彼女はその容器をまるで自分の子供を慈しむかのように優しく胸に抱いた。
「片付けついでに簡易的にではあるが中身の液体について検査をしてみた。ゾンビたちを強化するような成分は入っていなくて、脱臭とか消臭とかの役割を果たす成分とあとは香り付けのアロマオイルが検出された。つまりは、あの液体はただの消臭剤だ」
マスターは懐から紙を一枚ぺらっと取り出した。
貴方、何時の間に簡易検査なんてしたんですか、有能すぎません?
「つまりは、一定時間置きに消臭していたってこと?」
「はい、そうなります」
「でも、どうして?」
「わたくし、ネクロマンサーとしてゾンビたちを従えていますが、その、えっと……」
エリスは急に顔を赤らめてもじもじとし始めた。
「ゾンビちゃんたちの、臭いといいますか、腐臭がどうしてもダメで、10分置きに消臭剤を撒かないと耐えられない体になってしまったんです!」
彼女はそういうと恥ずかしさで手で顔を覆った。
ゾンビ使いが腐臭を苦手って致命的じゃないか! だから、ゾンビたちはやけに良い匂いがしていたのかと納得する。
「だから、この特別製の消臭剤が使えなくなったら、私は臭いに耐えられなくなって倒れてしまうんです。ゾンビちゃん達にはもし私が倒れたら自動的に自然に帰ってもらう自爆効果を付与しているので、倒れた後は臭いがしなくていいんですけどね」
自然に帰る自爆機能なんてパワーワードが備わっていたから、消えて行ったのか。アフターサービスまで完璧だね、と僕は乾いた笑いしか出ない。
「そんな、大事なものを破壊してすみません」
僕は一応彼女の大切なものを間接的にではあるが壊してしまったので、ぺこりと頭を下げて謝罪をする。
「大丈夫ですわ。向こうに戻ったらまだ調合レシピはあるので作ればいいだけですもの」
調合レシピあるんかーい!
「まぁ、それでも貴方がたに敗北したのは間違いありませんわ。ここは大人しく帰って依頼人に失敗を報告するだけです」
「でも、報告したら消されるんじゃ……」
マスターもそうであったように、依頼人は恐らく依頼した刺客たちを消す算段をつけているんだと思う。このままノコノコと戻ったらエリスさんは間違いなく処分されるのでは、と僕はそう考えた。
「そこらへんは安心してくださいませ。伝書ゾンビを使いに出すので、わたくしには危害が及びませんわ」
ゾンビを小粋に鳩代わりに使うな。と全国のお茶の間はそう思ってしまうことだろう。
「わたくしもまだまだ未熟ですね、精進しなければなりませんわ」
彼女はベッドから降りるとフリルが舞うスカートを軽くポンポンとはたいた。
「もっと強いゾンビを作らなければですわね」
強いゾンビ云々よりはまずは臭いの克服をしたほうが良いよと僕は心の中でわりと強めに念じるのであった。
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