好物は即保存

「術士エリスといったら、裏社会界隈では有名なネクロマンサー……ですね」

「よくご存知で。アサシングロウの耳にもわたくしの名前が入っていて光栄ですわ」

 エリスは深々とお辞儀をする。そして、シュッシュと香水的な霧を自らに向けて吹き付ける。

「マスター。ネクロマンサーって……」

「死霊術士のことだよ。まぁ、よくもこれだけの死体を集められたものだ。これも彼女の実力というものかな」

 マスターはうんうんと感心しながら彼女を眺めていた。

 いやいや感心している場合ではないのでは? 僕たち命を狙われているんですけども?

「もし、アサシングロウを仕留めることが出来たらわたくしのコレクションにしようと思っていましたところですの。だから、安心して死んでくださいませ」

 彼女はニコッとそう言って笑った。ヒエッ、死んだら彼女のコレクションとして働かせられるなんて僕はごめんだよ!

「あ、少年はわたくしのストライクゾーンの範囲外なので、必要ないですわ。さっさと処分するだけですわ」

 僕はすぐに処分するんかーい!

「ハハハッ。これは傑作だ」

 僕とエリスのやり取りを見て、マスターはいきなり噴出した。

「マスター、笑っている場合じゃないって!」

「あーそうだな。悪い悪い。幸いにも普通の客は誰一人居ない。私も存分に暴れることが出来て嬉しいよ」

 マスターは準備運動を始める。

 ちょっとまって、普通の客、ここにいるから、僕は一般人だから!

「ガーーーー!」

 僕の突っ込みはゾンビたちの群れの声にかき消される。まるで雪崩れ込むかのように迫り来るゾンビ。パニックホラーだったら、甲高い美人の悲鳴が木霊するところなんだけども、この店内に響き渡るのは……、

「ギャーーーー!!!!」

 少々野太い僕の悲鳴のみだった。


 パンッ。


 襲い掛かってくるゾンビの頭目掛けてマスターが銃を発砲する。勢いに押されてゾンビは倒れるが、再び起き上がってコチラのほうへ向かってくる。

 一般的にはゾンビはヘッドショットで死ぬという定説があるんだけども、ソレが通じてない。

「チッ。頭を射抜いても死なないゾンビですか」

「わたくしの可愛いゾンビちゃんは特別製ですの。そう簡単にヘッドショットしただけじゃ死にませんわ」

 シュッシュとまた彼女は匂いのする液体を撒き散らす。店内にフローラルな香りが強まって行った。

 僕はマスターやゾンビの攻撃に当たらないようにすばやくカウンターの裏へと回り込んだ。

「マスター、ゾンビにヘッドショットが効かないって絶体絶命ですって。どうするんですか!」

「いや、何処かに突破口があるはずです。よく考えてください」

 ゾンビを攻撃しながらそう僕に伝えるマスター。今はなんとか食い止められているけども、数が多すぎるのでどんどん押されていって、総攻撃されるのは時間の問題だ。

 突破口といわれても、特に変わった様子なんて……、恐る恐る彼女の方向を見る。すると、シュッシュとまた何かを吹き付けていた。よく観察すると結構な量を吹き付けていた。

 あれ、もしかして、アレがゾンビたちに何か関係しているのか……?


 イチかバチか、それに掛けてみるしかないようだ。

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