大海のように素直に

「契約って……」

 ちょっと前に流行ったアニメで聞いたようなセリフが影山さんの口から放たれて少々困惑する僕。

「なんだか変な商法の誘い文句みたいな言い方ですね」

「こういう状況のときも営業はしないといけないと思ってね」

 そういう影山さんは余裕そうかと思いきや、表情には焦りが出ていた。

 いわゆる、絶体絶命の大ピンチというヤツというこの状況。

 僕に即決性があるのであれば、すぐにココで影山さんと契約して助けてもらうという選択肢が一番なのだろうけども、僕はどうするか迷っていた。

 その理由は二つ。

 まず、僕を監視して僕の命を狙おうとしていた張本人が心変わりをして僕を助けるといってもそう簡単に信用するということが出来ないこと。

 あと、もう一つが、

「僕、影山さんにお支払いできるようなお金が恐らく持っていないと思いますが」

 そう。一番大事な金銭面の問題である。

 映画なんかで見たようなイメージだと、大きなスーツケースにドーンと大金が積まれているような感じがする。そんな大金を高校生の僕が臓器を売るとかしない限り支払えるわけが無い。そもそも貧弱な僕の臓器が売れるかどうかも問題ではあるけども。

「あー、報酬の問題かぁ。それは困ったなぁ」

 影山さんはハハハと軽快に笑う。

「そういえば、先ほどコーヒーは好きと言っていたね」

「あ、はい。喫茶店やカフェに行くのは元々好きだったので、大好物の部類ですが、それが何か?」

「そうか、喫茶店は好きか。では、こうしよう」

「ん?」

 僕は首を軽く傾げる。影山さんは話を続けた。

「君のボディガードとしての成功報酬は、君が私のこの店にコンスタントに訪れたときの飲食代として払ってもらおう。君は一回に支払う料が少なくて済むし、私は自分のテリトリー内で君を護衛することが出来るから一石二鳥だ」

 そう言って影山さんの我ながら名案だろうと言いたげに僕に向かってウインクをしてみせた。

 確かに喫茶店に入ることが好きだから僕にとっても良い条件だとは思うけども、僕の脳裏にはある懸念が残っていた。

「僕が支払う金額が少なくていいって言っていますけど、値段をいきなり吊り上げたりする、ぼったくり行為なんてしないですよね?」

 僕の発言に影山さんはまるで時間が止まったかのように固まって、しばらく後に目線を逸らした。

 あ、値段を吊り上げようと考えたんだな。と僕はすぐに察した。

「いいかね、裕也くん。いちいち細かいことを気になり始めたらキリがないことだ。素直に時代に乗ることが人生を生き抜くコツというものなのだよ」

 いきなり人生観を語り始める影山さん。怪しさのレベルがどんどん高くなっていくのですが、それは。

「まぁ、怪しむのは仕方の無いことだが、今の状況は非常に最悪なものだ。私はここから逃げ出す術を一応持っているから、裕也くんがどうしても私と契約するのが嫌というのであれば無理強いはしない。私だけここから即座に逃げて、君を置いていく。そういうことが可能ってことを考えてから決めることだね」

 影山さんの口から出たのは、僕に対するはっきりとした脅し文句だった。

「それは完全なる脅しだと思うんですが」

「裏社会ではこういう言葉を使うのが普通だからね」

 やっぱり、僕の考えている怖いおじさんたちが巣食うところとなんら変わりないじゃないか。

 僕は大きなため息をついた。

「わかりましたよ。契約しないと僕の命が危ないですから。契約すればいいんでしょ! お願いします。僕を助けてください!」

 僕のややぶっきら棒なお願いに影山さんの口角があがる。

「お願いの仕方はあまり頂けないが、この状況だったら仕方ないし……か。いいでしょう、君の命、私が預かりましょう。交渉成立だ」

 影山さんはそういうと、小型の銃をうねうねとした物体に向けて発砲した。

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