思い出すのは容易いことではない

 僕が目を覚ますと、見知らぬ場所で拘束されていました。

「お目覚めはどうかな?」

 影山さんは僕に向かってニッコリと笑いかける。

「えっと、昨日眠れなかったので、スッキリしま……した?」

 僕は率直な感想を述べる。そういえば、どうして僕は寝てしまったんだ……け?

 今までのハイライトを脳内で思い出す。学校終わって帰っていたら、謎の攻撃にあって、喫茶店に逃げ込んでそれから……

「あーーーーーー!!!」

 影山さんに出されたコーヒーがなんと毒入りで……。

「影山さん、貴方悪い人だったんですね! この紐解いて下さい!!」

 僕は椅子ごとぴょんぴょんと跳ね、解放してくれるように影山さんを説得する。

「おやおや、あまりウサギみたいに跳ねていると、バランスを崩して転倒してしまうよ。それに……」

 影山さんはジャケットのうちポケットをゴソゴソと探って何かを取り出した。


 それは、掌サイズの小型の銃のように見えた。


 その銃の銃口を僕に向ける。

「ちょっと、大人しくしてくれないかな? 騒いで近所から通報なんてされたら、私の店に人が寄り付かなくなるだろ?」

「ヒィッ」

 武器を突きつけられて僕は動きを止める。

「さて、静かになったから改めて自己紹介でもしようか? 私の名前は影山実で、この喫茶店GrowSeedを営んでいるマスター。でも、これはこの“表”での姿だ。私の本当の職業はとある界隈で暗殺専門の仕事をしていてね、アサシングロウと異名を持っているんだ。今回はとある依頼人から、君を処分してくれないかという仕事を頼まれてね、君をこうして捕らえたわけだよ」

 そう影山さんは僕に向かって少しずつ近づいていって、僕の額に銃口を押し当てる。

 なんかこれハードボイルド系の刑事ドラマで見たことあるやつ! 見ている分だとハラハラドキドキするのに、実際やられるとただ単に生きた心地がしないだけのやつ!

「でもね、私には分からないことが一つある」

「な、何がですか?」

「君の処分を依頼されて、君の事を悪いが二日間ほど観察させて貰った。でも、どうしても君があの界隈から暗殺を依頼されるような人間には思えないのだよ。決して関わるようなことがない“表”の君が、あの世界から狙われるような理由が。君自身何か心当たりはないのか?」

 二日ほど観察させて貰ったって、もしかして誰かから見られているような感覚の正体は影山さんが僕を監視していたからなのか、視線の正体がわかって一安心したけれども、僕は何故命を狙われているのかいくら考えても見当がつかない。説明を求められたって答えられるわけが無いですよ!

「分からないですよ。僕だってここ数日不思議なことが起こっていて困っているんですから」

「きっと、君は何かをしていると思うんだ。思い出せ」

「と、言われましても」

 僕はうーんと唸りながら考える。しかし、答えは一向に出てこない。

「ちゃんと真面目に考えているか? 撃つぞ?」

 痺れを切らしたらしい影山さんは僕の額に押し当てている銃口をぐっとさらに力をいれる。やめてください! 跡になっちゃうから!

「ちゃんと真面目に考えてますから! 撃たないで下さい! 死にたくないです!」

「不思議なことが起こる前に何か君がしたことはないのか?」

「僕がしたこと……。本屋に行って本を探し回って、道中に杖をついたおばあさんをぶつかって、おばあさんが車に轢かれそうだった助け……」

「杖をついたおばあさん……」

 僕があの日起こったことを順序だてて話していると、影山さんが何かに気がついた。

「もしかして、そのおばあさんって、この人か?」

 影山さんはズボンのポケットからガラケーを取り出してピッピと電子音を鳴らしながら携帯を操作し、一通り終わると、僕に画面を見せてくる。

 画面にはシックな黒いジャケットを着ている影山さんと、その隣に一人の女性。少々派手なドレスに身を包んでいるが、確かにあの時出会ったおばあさんの姿が映っていた。

「この人です。このおばあさんです!」

 僕がそういうと、影山さんはガラケーを再びポケットにしまう。

「……なるほど、アイツの計画が分かったぞ」

 影山さんはボソリと何かを呟くと、押し当てていた銃口を放し、僕の背中の方向へと回った。

 そしてなんと、括りつけていた紐を解いたのだ。

「え?」

 僕を処分する為に拘束していたのに、どうして紐を解いたのだろうか?

「やはり、この暗殺は私の美学に反する。だから、私は君を殺さない」

「それは、気が変わったという意味で考えていいんですよね? 僕は死なないんですよね?」

「あぁ。私は君を殺すことはしないよ。だから、逃げなさい。あそこの扉から出れば店の裏手の方に出られる」

 影山さんはそう言って後方の扉を指差した。

 やった、これで解放されるし、誰かから監視されることもない生活が再び始まるんだ! と僕は内心ウキウキで心が躍った。

「ただし……」

 扉へ向かおうとする僕をいきなり影山さんが制する。

 僕が扉のほうを見ると、何やら白いうねうねとした物体が隙間からまるではみ出るかのように入り込んでくるのが見えた。なんだ、アレは!?

 僕がその奇妙な物体にガタガタと震えている中、影山さんは何処か楽しそうな表情でその物体を見ていた。

「君が逃げられるのは、無事この状況を生き延びればの話だが」

 嗚呼、どうやらまだまだ波乱は続くみたいです。

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