感覚と物理は似て非なるもの
ゾワッ。
下校中、急に悪寒に襲われて僕は後ろを即座に振り返る。しかし、特におかしいことが起こるはずも無く、いつも通りの通学路がそこにはあった。
「何も……ないよね?」
また前を向いて首を傾げる。
あれから3日。僕の周辺では少し不思議な出来事が発生し始めていた。
外へ出たら僕の周囲だけ超局地的なゲリラ豪雨になってずぶ濡れになったり、朝起きたら部屋中に変な呪文が書かれたお札が貼られていたり、一番多いのは誰かからの視線を感じることだ。
誰かから監視されている、そんな感覚。チクチク刺すような視線を受けているように感じた。
ただ単に僕の気のせいだといいんだけども、なんだか怖くておどおどしながら日々を過ごしていた。
「うわっ、どうしたのゆうやん。そんなやつれた顔をして」
次の日、げっそりしている僕の顔を通りかかったクラスメイトの高木くんが見て、ぎょっと目を見開いた。
「ちょっと色んなことがあってねぇー。昨日なんて、真夜中に僕の部屋の前で黒猫が合唱コンクールを開いていてさー。あはは……」
深夜2時に猫が大群で押し寄せて、部屋の前でにゃーにゃーと大合唱を始めていた。さすがに煩くて寝付けるはずもなく、合唱が終わる深夜4時までずっと布団の中で丸くなっていたのだ。眠くて仕方が無い。
「ゆうやんの家、動物園か何かなのか?」
「いや、違うんだけど、最近変なことばかりが頻発してて。なかなか心休まらないっていうか、なんというか……」
「心が休まらないねぇー。なんというか、どんまい」
哀れんだ目で僕をみる高木くん。
「あまりにも酷かったら警察かなんなりに相談するのも手だと思うよ。俺の伯父さん何でも屋してるし、もし必要があるなら連絡先教えるし」
「ううっ、ありがとう高木くん。あまりにも酷かったらそうする」
「無事解決するといいね」
「うん」
始終眠い目をこすりつつ、なんとか学校を終え、あくびを漏らしながら下校する僕。
今日はもう宿題を終わらせたら早く寝よう……。そのためには足早に家へと帰らねば。
チクッ。
まただ。刺す様な視線で誰かが僕を見ている気がする。すごく背中がチクチクする。
「もう、一体なんなんだよぉ……」
だんだん参ってきて、僕が後ろを振り返ると……。
チクッ。
程よくとがった石のような物体が僕のおでこにヒットした。
えっ、今日は視線でチクチクしていたんじゃなくて、
「まさかの物理!?」
いやいや、ツッコミを入れるのは後からにしよう。謎の攻撃は発射元の特定は難しく、それにまだまだ終わる様子が無い。ここはどうやってこれから逃げ切るかが先決だ。
よし、急いで家へ帰ろう。そうすれば変な攻撃なんてやってこないハズだ。
僕は駆け足で家までの通学路を走り抜けることを決心し、駆け出す。すると、
チクチクチクチク。
さっきより攻撃量が多くなってるのは気のせいですか!? 気のせいじゃないっすよね!?
これは家に無事帰れる自信がなくなってきたぞ。
少しバテテ息が乱れ始めた僕の視界に、“喫茶店”という看板が見えた。
イチかバチか喫茶店に逃げ込めば助かるかもしれない。でもなぁ……。
この状況をどうやって説明するのか、考えるだけでも頭痛がしそうだ。
しかし、背に腹は変えられない。今はあの救いの扉に飛び込むしかない!
僕は、喫茶店のガラス扉を勢いよく開ける。カランカランという軽快なドアベルの音が店内に木霊した。
パタンと扉を閉めると、僕は入り口前に座り込んでしまう。幸いにもあのチクチクとした執拗な攻撃は店内に入ると収まっていた。
「た、た、助かったぁ……」
僕が安堵して息を吐いたあと、顔を上げると、其処には僕を見てちょっと驚いた顔をする、白髪がちらほら目立つ男性の姿があった。
「だ、大丈夫かい?」
オーナーさんらしい男性の方は僕が入り口に座り込んでいるのを見て心配そうな表情をする。
「あ、だ、大丈夫です!! さっきまでちょっと追われてて」
「追われていたって、何か事件にでも巻き込まれたんじゃ」
「あっ、違うんです。事件とか、そういうのじゃなくて……なんというか……」
ダメだ、説明するたび危ない方向に進んでいるような気配しかない。
僕がパニックで説明に困っていると、
「まぁ、こっちにお座りなさい」
そう言ってオーナーらしき男性は僕に目の前のカウンター席に座るように促す。
「あ、ありがとうございます」
「今日は珍しくお客さんが来ていないから、気持ちが落ち着くまで店内に居ても構わないよ。私はこの喫茶GrowSeedのマスターで影山実(かげやまみのる)。君の名前は?」
「渡理裕也です」
影山さんから名前を聞かれて、僕は素直に答える。
「裕也くんかぁ。君、コーヒーは飲める方かい?」
「えぇ、好きな方ですけども」
「じゃあ、ちょっと待ってておくれ」
影山さんはそういうと、サイフォン式のコーヒーメイカーに入っていたコーヒーをカップに入れて、それを僕に差し出した。
「はい、どうぞ。これは私からのサービスってことで」
「えっ! いやいや、お代なら払います」
「客も来なかったし新しいコーヒーのブレンドを試していたんだ。試飲的な意味で飲んでくれないかな?」
だから、サービス。と影山さんはニコリと笑った。
試飲という意味なら、と僕は恐る恐るカップを手に取り、口をつける。なんだか、変わった香りが鼻の中を通り抜ける。オリジナルブレンドって言っていたのできっと香りも変わっているのだろう。
ぐびっと飲むと、コーヒーのほろ苦さの後からちょっと甘い後味が口の中に広がった。結構美味しいかもしれない。
「そんなに苦すぎ無くて美味しいです」
カップを置いて感想を影山さんに伝える。影山さんは嬉しそうな表情になった。
「そうか、それは良かった。気に入ってもらえて何よりだよ。さて……」
影山さんは自らの腕時計を確認する。
「……そろそろかな?」
影山さんのその言葉がまるで合図かのように、急に僕の体がまるで力を失ったかのようにガクリと脱力する。
「ひぇ?」
口も全く言うことを聞かず、気の抜けた声しか出すことが出来ない。
なんで、どうして、動かないんだ? そんな考えとは正反対にどんどん脱力していって、やがて僕は店内の床に転がり落ちてしまった。
「毒入りスペシャルブレンドのコーヒー、気に入ってもらえて何よりだよ。暫く眠っていておくれ、起きていることには全てが終わるから」
そう冷たい瞳を僕に向けて呟く影山さんを眺めながら、僕は気を失った。
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