思惑と美学は交差しない?

 ギィと重い扉が開かれる。

「私を呼び出したのは貴方か」

 やってきたのはスーツ姿の初老の男性だった。

「待っていたよ。こちらへ座ってくれ」

 初老の男性を呼び出した張本人はニタリと笑いながら目の前のソファへと彼を誘導する。

 彼もその誘いに乗り、ソファへと腰掛けた。

「それで、私を裏にまで呼びつけて何のようだ? わざわざ足を運ばせたからにはそれ相応の対価も支払って貰わないとな」

「あぁ。今日は、仕留めてもらいたい奴がいるんだ、アサシングロウ。伝説の暗殺者と言われたお前に」

 依頼人の言葉を聞いて、アサシングロウと呼ばれた初老の男性は目の色を変える。

「ほう? 私に暗殺の依頼を。それで、それはどんな奴なんだ?」

「コイツだ」

 依頼人は一枚の写真を彼に差し出した。

 それは紛れも無く、渡理裕也の姿が納められている写真だった。

「どう見ても、高校生のこどもに見えるが?」

 アサシングロウは目を細めながらそう言った。

「あぁ、このガキの名前は渡理裕也。表のごく普通の公立高校に通っている16歳の少年だ。お前の今回のターゲットはコイツだ」

「こいつは何か裏社会に関わっているのか?」

「直接的には関わっていない。詳しいことは教えられないが、コイツがいることで俺たちの状況は非常に危ういものになりつつある。だから消して欲しい」

「私も随分と舐められたものだな。こんな表に住む一般人を簡単始末する仕事がくるだなんて」

 アサシングロウはやれやれとため息を付き、ソファの背もたれに向かってのけぞった。

「お前なら仕事が速いから頼んだんだ。なぁ、伝説の暗殺者さんよぉ?」

 依頼人はニタニタしながら彼を煽った。そして、依頼人が手を叩くと、何処かからかスーツケースを持った男が二人やってきて、アサシングロウの前に1つスーツケースをドンと置いた。

 そのカバンを開くと、かなりの額の金額が詰め込まれていた。

「前金としてこのカバンごと差し上げようじゃないか。成功すれば後から後二倍の報酬をお支払いすることを約束しよう」

「随分と気前が良いんだな」

「これも計画には必要経費なんでね」

 フンと鼻を鳴らして、アサシングロウはそのスーツケースを閉じて、自分の傍へと置いた。

「前金を貰った以上働かないといけないな、だがしかし、この依頼は私自身の美学からは逸脱しているものだ。お前には悪いが、ここは1つ、私の考えで動かせてもらうぞ」

「クックック。ご自由に。俺はこのガキが始末できればそれでいいですから」

「了解した。では、私はこれにて失礼する」

 彼は傍に置いていたスーツケースを持つと、部屋から出て行った。

「いいんですか? 好きにさせちゃって」

 横で話を聞いていた手下がボスに話しかける。

「いいさ。成功しようがしまいが、アサシングロウはこれでおしまいだ」

「……と、言うと?」

 話の状況が読み込めず、手下はボスに聞き返した。

「アサシングロウの動向を見張れ。そして、あのガキに対するアクションが終わったあと、アイツもろとも消せ。そうすれば、倍の報酬なんて払わなくて済む」

「さすが、ボス! やることが汚いっ!」

「クックック。最高の褒め言葉さ。ハーッハッハ!」

 その部屋は、ボスの笑い声で充満していたのだった。

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