僕の青春はラグってるかもしれない
加賀美紅
第1話 周回遅れでやってきた
信号機は女だ。
もちろん、これは無機物に性別があるとかそういった類の話ではない。交差点には大きな道と細い道がある。信号機は片方の通りにより多くの時間青を示す。それはその道のほうに需要があり、安全を示す価値がよりあると確信しているからだ。
日々交通整理に尽力なさっている彼女たちの在り方は、教室内の女子と変わらない姿に思えた。高校入学後女子の間では男子の選別が意識下と無意識下で行われ、細い道に選ばれると、青信号を示してくれる時間はその分減ってしまう。
そういう意味でやはり信号機は女だと、蒼太は大学へ通う道すがら、交差点の信号に目をやりつつ思った。
でも、だからといって高校時代を有意義に、言い換えるなら恋人がいて、少女漫画とまではいかなくとも、当事者となると他に形容し難い甘酸っぱさを享受してきた彼彼女等を恨んだり、妬んだりはしてはいない。その経験を得るには必ずしも容姿の良し悪しが条件になるわけではないし、そもそも自分が一歩踏み出して、恥ずかしい気持ちを吐露する勇気があるかないかの方に重点が置かれることを蒼太は理解できていた。
「まぁ、入学早々こんなこと考えててもしょうがないよな」
本日、四月八日月曜日は蒼太がこれから通うこととなる大阪大学の講義初日だった。
勉強は得意ではなかったが、高校時代自分の相手をしてくれる数少ない存在が勉強だった。
スマホゲーで星五キャラを当てて叫び喜んだ日も、お友達とペアワークをしてくださいのコーナーで一人になった日もやつだけは相手をしてくれた。それに受け身ではなく模試ではフィードバックまでくれたのだ。
蒼太の高校生活を支えてくれたのは勉強なのである。
と、そんなこんなで蒼太は旧帝国大学の一角に入学することができた。母校からは創立九十二年史上二回目の快挙だそうで、おかげでその時ばかりは生徒や先生から羨望の眼差しを向けられた。まじで勉強ありがとう。
阪大に通うには主に三つのルートがあるが、蒼太は長い坂のあるルートで通っている。通称阪大坂だ。ここを登るのにだいたい十分くらいかかる。
ふと周りの大学生を見ると、初日だというのに緊張感もなく坂を登っている。おそらくは上回生だろうが、私服だから一回生との区別は正直つかない。
坂沿いの木々はこの時期に想像するような桜ではなく、多くが銀杏で、本音を言えば桜舞い散るなか登校したいが、銀杏は阪大のモチーフなのだから仕方ないだろう。
そんな事を考えていると坂も登りきり、大学初の講義室に到着した。
初回の講義は社会思想史で、これまた退屈そうなものである。なんでこれとったんだ僕。
この講義は選択なので、一週間前の自分がなぜこのような行動に出たのか素直に疑問に思った。おそらく大学生ぽい講義を受けたかったのだろうが。
これとその後の講義も全て終え、蒼太は一度帰宅した。
コーヒーを淹れ、コンビニで買って帰ったドーナツを食べる。一息ついたところで、蒼太はスーツに着替えた。
その日はまだ用事があった。バイトである。
駅まで五分ほど歩き、未だ慣れない阪急電車に十五分ほど揺られ梅田駅に到着した。今から遊びに行くといった感じの若者や、両手に紙袋を持った中国人夫婦、仕事終わりの男性など、日本有数の都会の雑踏のなか、蒼太は予備校へと向かった。
目的地に無事到着し、足を踏み入れる。受付で今日から担当する生徒のことを聞かされ、初授業前の出迎えの時間となった。
そして出会った初めての生徒。
この日から、蒼太の青春は周回遅れでゆっくりと動き始めた。
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