第46話 エンド ロール②




 私たち三人の出演したCMは、

『ともに つながる』ってコンセプトの携帯電話会社のものだった。

 学生や社会人、家族、いろんなグループが短いカットごとに

『繋がってなさそうで、繋がっている会話』を繰り返すって内容だ。


 台本通りバッチリ決めたとこは使われなくて、

 慣らしで何分か茶番してたところを抜かれた。


 収録は楽しかった。

 三人のちょっとした掛け合いは、局地的な流行になったり、

 思いがけない反応を生んだりしたんだけど、それはまた別の話。


 ……このあとすぐ、JINプロ内を騒然とさせた『手作りお弁当事件』や

 一時期松木さんの体型が大変なことになってしまうのも、

 人には語れない、劇団JINの怪である。







 *  *







 JINプロのスタジオ内は、いつも騒がしくて出入りが激しい。

 誰かに会うたび挨拶をして、私に軽口を交えてくる。

 みんな知っている顔。歩きなれた廊下。


 それも、何回かの公演でお別れ。

 他でもない私が決めたことだ。


 人やかいぶつ。そのどちらでもないもの。

 巡り巡って、混じりっけなしの日野陽菜を取り返し、ただの15歳に戻った。

 あと少しの公演で、私はすべての肩書を外し高校生としての生活が始まる。


 ちょっと信じられないな。

 あの輝きと影が入り混じった劇場から、新しい教室の席へ。

 自己紹介なんかもするだろう。

 それで私は……心の中を少しも覗けないクラスメートに、

 


 これからのことに、胸が震える。

 わくわくしているし怖い気持ちもある。

 そして――


「よう。ひな。忘れモンか?」

「はい、ええと、そんなようなものです」


 休憩室に、松木さんはいた。

 お椀いっぱいのご飯とふりかけ。午後から詰めの舞台練習をするんだろう。

 JINプロ団員の日常茶飯事なスタイル。箸を置いてこちらを向く。

 なんでもない視線に、気後れしてしまいそうになる。


 昨日、劇団JINも公演初日を迎えていて、松木さんの熱演がスタジオ内で噂になっていた。主役の見事さが際立ち、また一つ殻を破って新たなステージへ、みたいなニュースも携帯で見た。大ケガを押しての出演、なんて記事はない。それは私たちだけの秘密だ。


 一夜明けても、役者松木アキラの放つオーラは抜けてない。

 。諦めてこなかった松木さんのまぶしさが。

 この人がどれだけの悩みや痛みに耐え、頑張っていたか。

 それを想うだけで胸が苦しくなる。


「公演もあと少しだな」

「は、はい」

「ひなは初日より表現が良くなった。間の取り方も」

「観てくれてたんですか!?」

「……ってミツが言ってた」


 ひかりさんは変わらず照明役で役者を引き立ててくれている。

 JINプロのキャップはそのままだけど、髪形を短くしてイメージが変わった。

 ずっとポニーテールの髪形にしていたのは、

『あやねが戻ってきたとき必ず自分だと分かるように』ってことだったらしい。

 よく私にちょっかいをかけるようになり、遠慮なく笑うようになった気がする。


 私の顔は次々と変化したらしく、

 意地悪そうに松木さんが笑い声を漏らした。

 なんかさ、あんま変わってないのかも。

 松木さんはどこまでも、松木さんだ。


「ふくれんなよ。ひな……緊張してるみたいだったから、ついな」

「緊張なんかしてませんよ」


 嘘だ。

 私は、松木さんに会いに来た。

 あと何回、こうやって話せるか分からない。

 劇団を辞めたら、理由なしにスタジオには来れないんだから。


「俺を問い詰めないのか?」

「……マツキさんを?」

「俺はひなを殺すところだった。みうもつぐみもだ。なにかひとつボタンを掛け違えば、舞台にいる全員を手にかけてもおかしくなかった」

「でも、そうなってないじゃないですか。みんな、戻ってきましたよ」

「俺を責めようと思えば出来るはずだ。その資格もある」

「マツキさんに文句を言うなんて気にはなりません」


 松木さんは、責任を感じているらしい。

 自分を失っていた時の、そうするより他に方法のなかったことを。

 逆に責める人がいたなら、私が止めるんだけど。

 この話は私たちしか知らないことだしな。


「俺に出来ることなら何だってする。ひな」

「……それ、あんまり人に言わない方がいいですよ?」

「本気だ」

「そうですか」


 なんでも、ねえ。

 ふふまったくもう困った松木さんだ。

 その純粋な言葉に一喜一憂して振り回される身なんて、

 少しも分かってはくれないんだから。


「あんまり困らせないでくださいよ?」

「ああ、すまない」

「……」

「……」


 会話が途切れても、私を待ってくれている。

 松木さんは、呪いによって無くしていた精神を取り戻して、

 忘れ物とか奇行とか、だらしない部分が一気に抜けた。

 これが本来の松木さんの性質。

 言っちゃ悪いけど、ぐっと大人びた感じだ。


 松木さんが笑った。

 変態じみたところが消えた分、

 目まいがするくらいビシッと決まっている。


「スタジオじゃ誰かに会うたび引き止められるだろう? 一度決めたことだってのに。たか子さんがいたなら、ひなを放っておかなかったかもな」


 つぐみがこの間辞める時、誰かが残るように言えば。

 案外なにもかもひっくり返して、つぐみは児童劇団に留まったかもしれない。

 つぐみは知っている人の言葉を、疑いなく信じる傾向がある。

 あの時は心残りの言葉を敢えて出さないで、つぐみの進む道へみんなして背中を押していた。そう解釈している。


 私の場合は、誰もが退団を惜しんだ。

 そのたびに『決めたことだから』と断りを重ねた。

 きっとそれが、一番私がここを離れるためにいいとみんなが思っていて……それは当たってる。私はその方が決意が固まるタイプだ。

 つくづく、私のことを私より知ってる人ばかり。


「マツキさんは辞めるな、とか言わないんですね」

「そしたらここに残ったか?」

「……さあ。声をかけられてないんで分からないです」


 素っ気ない言い方になってしまった。

 違う。そうじゃない。

 なんで愛想も愛嬌も振舞えないかな?

 未羽を見習え。


 私は松木さんに、引き止めて欲しかった。

 決意が鈍るくらいの、何かを言って欲しかったんだ。

 それだけで私は、ここで勇気を振り絞らなくて良くなる。

 退団をなかったことにして、松木さんと一緒にいられるのに。


 松木さんはそんな私の心持ちを見抜いたうえで、甘い言葉を口にしないんだ。軽口冗談はいつも出るけど、無責任なことは言われたことがない。

 きっとそれが、松木さんの性分なのだ。

 つぐみが好きになるわけだ。


「長いこと役者をやってると、分かるんだよ。舞台に魅せられた奴とそうでない奴が。人の感動が拍手と共に降り注ぐ瞬間を味わっちまうとな……」

「どうなるんですか?」

「もう辞められないんだ、演劇を。少なくても人の反応が常に無いと物足りなくなる。教師とか、インストラクター、照明裏方。変わり種で医者になったのもいたな。もちろん全員がってわけじゃない。でも分かるんだ……ひな。お前はこれからも人と向き合うことをやめられない。あの輝きに魂を焼かれたのさ」


 まるで呪いだよな、と松木さんは笑う。

 舞台に魅せられた役者の熱。

 そんな思いが松木さんの心からにじみ出ているような気がする。




「劇団を抜けたって、俺たちの繋がりは断たれない。離れても、どこかでまた重なるんだ。誰かを楽しませ続ける仲間である限り」




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