第45話 エンド ロール①




「思ったより、ずっと元気だったね」

「はい。もうすぐ退院で良かったです!」


 JINプロへと向かう道を、未羽と歩く。


 春休みが終わって四月に入る。あれから一週間と少し経った。

 つぐみは未だに入院中だ。精神的な消耗が戻らないって診断が出てたけど、それでも近日退院だとさっき本人から聞いた。


 たか子さんも一命を取り留めた。

 どこかの病院で療養している……らしい。

 その辺の情報は規制されているけど、紙谷さん曰く「完治したら改めてお礼を言いに行く」とだけ伝言を聞かされた。


 私たちの高校デビュー時に顔を合わせたかったようで……

 本当にそう思ってるかは別にしても間に合わず、梅雨明けか夏ごろの役職復帰になるみたい。詳細はよく知らないが。


 紙谷さんは……けっこうな重傷なのに包帯とギプスを付けて、次の日から公演監督や指導をしている。初日の打ち上げでお酒を飲もうとしてたのは、みんなが止めた。上機嫌……ってわけでもないんだけど、生き生きとしているのが分かった。


 JINプロで起きた今回の騒動は、一切新聞や記事に出ていない。

 現実離れした部分はあるが、マスコミに目も向けられていないのは、JINプロの闇……ああいやコネとかパワーのお陰だろう。


「つぐみちゃん、お見舞いがたくさん来ててびっくりしました!」

「うん。学校の子たちとも仲良さそうに話してたし」

「……もしかして妬いてます? つぐみちゃんのいいところ、分かるのはあたしたちだけじゃないんだな、って」

「まあちょっと、それは思うよ」


 お互いに顔を見合わせて笑う。

 つぐみは口が正直過ぎるから誤解されやすいし、好き嫌いが竹を割ったように分かれるけど、一緒にいて気持ちのいい性格をしてる。いくら自分に近寄らせない態度を周りに取ったって、結構バレてるんだよな。

 もっともっと自分の境界線を広げていいと思う。

 つぐみは自分で思ってるよりも、愛されてるんだから。


 受かったオーディション3つのうち朝ドラマの方は降板になった。

 入院したことで、読み合わせの詰めや長丁場の体力面の心配からだ。

 本人は残念がっていたけど、その分2つのCMに向けて全力で休んでいる。


 檻の中に閉じ込められていたことで、暗い場所にいられなくなったという。恐怖症というものらしい。《人をのむ呪い》を使えばすぐにでも無視できるのに、つぐみはそうしなかった。もう日常で呪いに頼ったり使ったりしない、って私に宣言していた。


 嘘はついていない と思う。


 つぐみは今も続く恐怖と戦っている。

 自分一人だけで、克服しようと頑張っている。


「人をのむ呪い……」

「ひなちゃんは呪いから解放されましたけど……心残り、ありますか?」

「なんで、あやね――七瀬あやねさんは《呪い》に頼ったんだろう? あんなすごい芝居を打てる人が何を願ったんだ? ……正直、私たちと同い年の時、あやねさんには演劇でかなわないって思うくらいなのに」


 あの才能に無自覚だったはずはない。

 マツキさんとは種類の違う演技の才能。

 なにか舞台への目標があったとしても、いつか届くはずだった。

 彼女を呪いへと駆り立てた衝動はどんなものだろう?


 私はずるい。

 彼女あやねを使って、間接的に未羽やつぐみが《呪い》を自ら望んだ理由を聞こうとしているんだから。演劇の悩みや、オーディションへの焦り。それは本人の口から偽りなく出てこなければ分からない。

 呪いが解けた私は、面と向かっては聞けないし確かめられない。


 つぐみならきっと違う聞き方だ。

 覚悟を決めてまっすぐに聞き、思ったことを言うだろうな。


「そうですね……きっと、あの人には目指していた場所があったんです。それもずっと近くで、遠くなっていって届かなくなるかもって焦りが、あったんだと思います」

「目指した場所?」

「あの人は、マツキさんに並び立ちたかった。たぶん……ひかりさんもそう。輝くきれいなものを、ずっと隣で見ていたかった。いつか離れていくとしても、その時をほんの少しでも長くしたかったんですよ」


 その気持ちは痛いほど分かる。

 隣にいるのに、遠いなんて嫌だ。

 私も、状況がそうなら《呪い》の誘惑に耐えられなかったかもしれない。

 違うのは《呪い》なんかに頼らなくたって、あやねはそこへ行き付けたんだろうなってこと。


「あたしは……つぐみちゃんと同じ理由です。なんだか分かりますか?」


 足を止めて、じっと私の顔を見てくる。

 つぐみと未羽が目指したもの?

 な、なんだ?


 マツキさんか?

 んん、でもなんかしっくりこないな。

 二人には当てはまらないような気がする。

 もっと近くて、少しでも距離を感じたくないものだきっとそれは。


「分かりませんか?」

「ううんむむ」

「……分からないかなぁ」


 なんか未羽が生暖かい目をしてる!

 こ、こんな視線を向けてくる未羽を見たことが無い。


 しょうがないなぁひなは。まぁそれでいいんだけどさって感じの。

 バカにしたような、呆れたような……でも優しい目だ。

 小悪魔的な未羽もすごくアリだな。今後開拓しよう。


 ……うう、お互いに焦ってたってことか? 

 未羽はつぐみが主役に選ばれたとき、すれ違うような気持ちになったとか? 一緒に並んで立つには差がついてしまったって感じたのかな。そこからつぐみも似たような勘違いを――


「半分正解です。当たってます」

「……え」


 え、今私の心を覗いた?


「そんなこと、もうしませんよ。でも、ひなちゃんのことは、他の人よりも分かってるつもりです……友だちだから」

「みう……」

「あたしは置いていかれたくなかった。つぐみと……ひなに。ひなは自分で気付かないかもしれないけど、すごいんだから。みんながいれば、みんなを支えて、持ち上げて。一人だったら、もっともっとすごいのに!」


 未羽の言葉が槍のように突き刺さり、胸に大穴を開ける。

 それは痛みとともに、淀んだ暗い気持ちを吹き飛ばすセリフだった。


 初めての台本読みや練習、初公演でやりきった解放感。

 それは三人で肩を寄せ合って輝きを感じた場面に、塗り潰されていたもの。

 私はそのきれいなものだけを見ていた。

 他の光を目指したり、目を広げることはなかった。

 思えば私だけが足を止めて、成長する場面を見送っていたのかもしれない。

 そのせいで、二人を。


「それが嫌だった。ひながあたしたちの心配なんてできないくらいにお芝居が上手になって、ようやく追いつく。そう思ってた。頑張って、頑張って。頑張ってもダメで、舞台や演劇を……みんなを嫌いになる前にあたしは……自分に呪いをかけたんです」

「ご、ごめ――」

「謝るのはあたしですひなちゃん。本当にごめんなさい。呪いの誘いに乗って……みんなを巻き込んで。死ぬかもしれないようなことを……弱い自分のせいで」

「待って待って。それは三人で結構謝り合ったから、いい。もうなし。自分のせいってのは言ったし聞いたからさ。私も言わないから、みうも言わないでよ?」


 改めて念を押す。

 私も知らないことや二人が抱えていたことを聞くたびに、口からそれが出そうになるけども。お互い様だ。

 少なくても私たちの間に、いちいち置いておくものじゃない。

 そんなの重たくてうるさいだけだ。


「ありがとう。私を大切に想ってくれて……みうとつぐみといてさ、いろんなものが好きになったんだよ。みんなのことも、自分もさ。本当にそう思ってるから」

「……ふ、二人がいたから! あたしは夢中になって、楽しくて。その気持ちが、最後まで残っていて。呪いで消えそうな自分を、ぜんぶ取り戻せた!」


 未羽の言葉は、涙が出そうになって途切れる。

 ありがとうって言ってるのはよく分かった。




 *  *




「JINスタジオ行く前に、どっか寄る?」

「いえ。今日はドラマの台本の読み通しをします。なので帰ります!」


 気持ちがお互い落ち着いてから切り出したが、断られる。

 ……てっきりお見舞いのあとはJINプロで台本読みすると思ってたけど。


 つぐみの勝ち取ったオーディションのうち、二つのCMは通常通り。

 変更があるとしたら、CMの一つに児童劇団の何人かをエキストラで使うくらい。


 降板した朝ドラの役は、当然再オーディションがあり、

 JINプロからは本人の強い希望で、未羽が自薦した。

『第九』公演は私が代役だったが、千秋楽まで途中復帰はない。空いている身体をねじ込むためと……つぐみの気持ちを汲み取ったのだろう。

 再選考は空いた枠を埋めるためのものではなく、あくまで人員を確保して脇役端役を揃えるためだったが、未羽のズバ抜けた演技で再びつぐみのポジション、重要な役へと抜擢された。


 きっと呪いなんかなくても、つぐみは自力でオーディションを勝ち取れた。

 みうだって、いらない痛みや悩みを抱えずに済んだんだ。

 いつだって私を前に進めてくれる。


 二人がいたから。今の自分が在る。

 私が、そう思って見つめるように。

 二人の見つめる中で、そう思わせる私でいたい。

 ――友だちって、本当にすごいんだから。


「みうに負けないくらい、最後の公演までつっきるよ」

「あたしも、ドラマ頑張ります! つぐみちゃんのCM共演も全力です!」

「え、CM? ああ、エキストラみう出るんだ?」

「ひなちゃんも出演ますよ? 私たち三人で!」

「……んん?」


 聞いてないぞ?

 そもそも高校入学式までにJINプロ退団するんだけど。

 

「あ、つぐみちゃん言い忘れてますね……」

「いや、まあ、全然やるけど」


 お互いの携帯がびびびっとふるえる。

 チャットには、つぐみからのCM共演のお願いと、お見舞いのとき言えなかったことが手短にバンバン飛んできた。


 公演もCM共演も、一切手を抜くつもりはない。

 私たちは役者で……JINプロ児童劇団の団員だし。


 劇でも、ほんの少しずつ上達している実感があった。

 三人で舞台にいなくたって……演劇が楽しい。

 さいきん急にそう思えた。身体が軽い。心も。

 あやねが私の中に混じったことは、呪いじゃなくてキセキなんだと思う。


「もうあたしは二人に遠慮しない。だから――今日は帰るね」

「うん。お互い頑張ろう」

「それ分かって言ってる?」


 いつもより意地悪な面がにじみ出てない!?

 それも未羽が一方的に知ってて、私がやりこめられちゃうタイプの。あの悪いことは見逃せない未羽はどこへいった?

 私たちと一緒にいるうちに変わっていく部分も、あるってことだ。

 

 にっこりと笑う。まぶしい笑顔。

 ……未羽の後ろでしっぽがゆれてるんじゃないだろうな。

 小悪魔のかわいい黒しっぽが。


「今日はその役を譲るけど、今回だけ。あたしは負けないよ」

「な、なんのこと?」

「分からない?」

「うん」

「……ひなちゃんには、ひみつです!」




 人差しゆびを唇に。蠱惑なかわいらしさを見て思った。

 小悪魔もアリだな。



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