第43話 輝きの中で生きる夢




《アア、舞台が……舞台に、戻らなくちゃ。この……役と、あの輝きに……》




 誰もいない暗がり。観客席の先。

 薄明りの灯るステージをかいぶつは目指している。

 どうあっても譲れない気持ちが彼女にもある。


 かいぶつを解き放つことはできない。

 でも舞台に戻りたいのなら

 彼女なりにやるだけやって、果てるんだったら。

 せめて役だけは全うしていけるように。


 そして私には見えている。《私の歩く道の先》が。


 すうっと息を整える。

 私が役に入るときの動作。

 それだけだ。それだけでいつものスイッチがかちりと入る。


「ボクには仲間がいる。心も泪もあたたかい仲間たちが。背中を押し合い、手を取り合い、支え合う。ケンカや言い合いだってするけど……どんな時だって疑いなく信じられる」

『疑いなく、信じられる……ってのは、イイなぁ……それ……』

「キミは一人で、たくさんの願いを叶えようとした。檻の果てに捨てられていった夢。消えていく思いを、一人にしたくなかったんだよね。それじゃあ最後の最後まで残った、キミの願いは、なに?」

『ボクの……願い? ボクだけが願う、叶えたい……モノ、は……アァ』


 かいぶつが息を吐き出し、

 無数の手が、何かを求めるように空間をさまよう。


 か細い腕の影は、蒸発するように次々と消えては生まれ、

 やがて精いっぱい伸ばした手が、私の顔に触れた。

 何の裏表もない、ただ納得するためのアドリブだったが、私は受け入れた。

 背後でアキラとミツが、私には見せないヤバい表情を浮かべているのが分かる。でも怖いので黙っておく。二人がかいぶつに手を出さないのは、私が許可しているからってだけだし。

 かいぶつは顔中を口にした後で……小さく口端を上げた。


『笑っていたい……ずっと……と、友だち、と……』

「そう。ならその願い――」

『あ、待って待って。ダメだ。私消えちゃう。消える前に、聞きたい』


 思わずずっこけそうになる。

 凄いアドリブもあったもんだ。


『このままキミと役を続けていたい、。人は何のために生きるの? ってボクのセリフが第九にあるけど、明確な答えは作中にないよね? ずうっとずっと考えてたんだ……教えてくれない? ひなでもあやねでも、他ならないキミだけの見解でいいんだ』

「え、ええと、生きる意味ってことですか?」

『そう。キミは何のために生きる? 幸せをつかむこと? 夢を目指すとか、誇りを持つこと? 何かを生み出すこと? 誰かに託して死に向かうことや託されて生きること? どれも正しいように思うし、これだ、と選べる確信までは持てないままになってる』


 どうしよう。考えたことないや。

 というか彼女が生涯かけて出せなかった答えが、私に出せるわけないじゃん。


 時間がない。

 私だけじゃ無理だ。二人の知恵を借りる。

 

 あんまり対立した意見じゃないといいが。

 二人なら……二人なら。


「い、生きててよかった! って思うために生きる、です!」

『……』 


 かいぶつが、ぽかんと口を開けた気がした。

 呆れた雰囲気が何となく伝わってくる。

 ……っていうかアキラとミツも同じリアクションしてるだろこれ。

 だって幼稚でも仕方ないじゃない。まだ高校生にもなってない年だぞは!

 文句なら私が聞く。


『ふふ、なんだそれは。本当に――』


 面白いなァ。

 かいぶつはそう呟いたかと思うと、子どもみたいに笑った。

 笑う端から亀裂が走り、ボロボロと崩れていった。


 黒い影が残らず霧散する。

 すべてが輝きとなって、舞台会場全体が星空みたいに光った。


 私との茶番が、かいぶつの最期を早めた結果になった。お互いにアドリブの多いやりとりだったが、彼女の思うことは《覗かず》に分かった。かいぶつらしくは無かったが……いや、あれが本来作り上げた素の人格だったのかもしれない。


 門を緩やかに閉じる。

 かいぶつのなれの果て……精神の部品が、空間を漂っている。

 自然に消えていくものと、私たちの方へ流れてくるものがあった。

 輝きは確かな方向性をもって飛来する。




 かちり。かちり。かちり。




 アキラやミツの無くしていた精神が、埋まっていく。

 かいぶつが大事に残していた部品は、私たちの魂の形のまま取って置かれていたようだ。これで何をしたかったかは別として、失った精神がそっくりそのまま戻ってきたことは幸運だ。幕を下ろすとしては申し分ない。


 私の目の前に、集まった輝きがある。

 そのほとんどが日野陽菜の精神……魂だと分かる。

 そうか。七瀬あやねが混じった分は、もう自分には入りきらないってことか。

 ずっとそこに居られても困るな。

 後悔は薄れているのに、名残惜しさを感じちゃう。


「あれ」


 私の影が勝手に動いて、輝きを取り込む。

 日野陽菜の魂は、影とともに私の魂へと融け合っていく。

 いやでも、やっぱり入りきらない。

 コップから溢れ出る水みたいに、輝きは弾かれて飛び出してしまう。


 痛い。なんだ……すごい痛い!

 身体の中にひび割れが走ったみたいな激痛で、

 力がふっと抜けて倒れそうになる。

 後ろから二人が支えてくれた。


「いっ……うう、すみません」

「おい、どうした?」


 その心配そうな声に返事をしたかったが、

 痛くてうまく言葉がまとまらない。

 目の前の輝きが揺れ動き、その精神、魂の形に変わっていった。




『痛みはその、我慢してください! アレです、ちゃんと生きてる証拠です!』




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