第37話 悲劇を拒絶する夢




「ギオォォォォオオオッ! アアアァァァァ!」





 かいぶつが大きな口を地に這わせ、叫び声をあげる。

 怒りと、耐え難い何かに抗うような……

 劇場ごと震わせる咆哮に私は目を細める。


「なんてこと……!」


 なんてことしやがる。

 彼女のノドを使ってるんじゃないだろうな? 影の中に深く取り込まれているが、あんな声を出したら、一度で舞台仕事はおしまいだぞどうしてくれる。


 恐怖はない。ただ苛立ちだけがある。

 睨みながら覗き込むと、彼女自身は眠ったようにぐったりとしていた。

 ああ、なら疑似的な声帯でも作ったのか?

 焦らせやがって。意味なく叫ぶなバカ。


 翼。蛇のしっぽ。馬? いや猫。

 キメラだっけ。それかヌエかスフィンクス。 

『第九番のキセキ』に出てくるかいぶつ……の、初版バージョンにそっくりだ。

 パクリみたいなカッコしやがって。近くで怒鳴るなっての。


「パ、パクリィ? 失礼ナ! 失礼な! コこ、こっちが本物オリジナルだぞ!」

「どっちだっていいよ。偽物フェイクには違いないでしょ?」


 性格が変わった?

 本当にかいぶつ役の話し方みたい。

 一見怖そうに見えて、案外コミカルで愛嬌がある……

 その顔が、膨れるように大きくなり、牙と爪が同時に迫る!


「っと!」


 影を閃かせて、逸らすように躱す。

 またたく間に、かいぶつは目の前から消えていた。

 脳裏によぎったのは、

 《私の後ろ、舞台袖で丸まって、弓矢のように自身を引き絞って放たれる》

 先読みから確定した、かいぶつの繰り出す直前の動き!


「はやっ!」


 爪だか牙だかに引き裂かれ、影が千切れた。

 脇目もふらず避けようとしてこれだ。

 もし呪いや、影が無かったとしたら――

 バラバラになっていたのは私だ。


 切られた影が、煙のように元に戻る。

 意のままというか、どうやって動かすか思考がまとまる前に

 反応してくれるって感じがする。


 先読みで動く前にこっちは行動できる。

 速い攻撃は、何度繰り返しても当たらないし通用しない。


 かいぶつの攻撃が当たるとしたら至近距離からだが、

 そこまで詰めたら私の影で握りつぶせる。

 二度の攻防では掴みとる余裕はなかったが、

 もう少し慣れれば、それすらも出来てしまうだろう。

 あとは……


「ギオォォォォオオオッ!」


 ほぼ元の立ち位置に戻ったかいぶつが、

 翼を広げて振るわせる。

 無数の手が、弧を描いて伸びてきてこっちに向かってくる。


「なんか映画で観たことある!」


 ロケットだかミサイルの雨。

 古いエンターテイメントに寄ったアクション映画のワンシーン。

 場面は似ているが、こっちは軍人でも特殊部隊でもない。


 無数の黒い手が迫る。

 いくら覗き込んでも、減るわけじゃないし数えきれない。

 こっちも影を振るって凌ぐ。


 叩き、流し、切り抜け、躱し、打ち、薙ぎ払う。 


 時間差で、次々に! 矢継ぎ早に飛ばしてるし、

 後ろからも、逸らした分が狙いと勢いをつけて戻ってくる。


 確かにこれをされたら、掴み取ることは出来ない。

 選べないだけで、可能ではあるけど。せいぜい十数個まとめて掴み、力を込めて砕くその数舜のあいだに……他の手が私の身体を突き破るだろう。


「ドウダどうだ! 防ぐだけで、イッパイいっぱいだろ!?」

「いま、それ! 考えてんの! ああ、くそ!」


 かいぶつに悪態を付いたが、

 私はちょっとした驚きと発見に気を取られていた。

 この、言ってみれば矢や弾丸が全方位から飛び交っている状況で……

 思考がまとまっている。追い詰められてないんだ。


 影は反射や自動で動いている訳じゃない。

 あくまで自分の意志で操り、無数に近いかいぶつの攻撃を凌いでいる。

 でも二つの考えが、お互いを邪魔してない。


 主観と客観。

 鳥目と虫目。

 防御と攻撃。


 それらが呼吸をするみたいに、

 息がぴったり合っている。

 一人分の要領や演算が、

 ぜんぜん減らないし無くならない。


 料理をしながら携帯を肩と首に挟んで話し舞台の立ち位置を足で確認しTVのクイズ番組の問題を解いているみたいな感覚。あるいは、マルチコアCPUのパソコン? 

 私の中にいるが、助けてくれている。

 端役に押しやられ表に出れなくなっても、けなげに支え続けている。


「ハハハはははッ! 回ル! 廻る! キミも! ボクも! 檻の外でマワリ続けるメリーゴーラウンド! 永遠に止まらない永遠に楽しめる。無限なんだボクたちは……この世で人が願う限り!」


 かいぶつがさらに羽をふるわせ、雨のように黒い手が降り注ぐ。

 影の迎撃に加えて、私も防御に意識を傾ける。迫りくる手を先読みで回避し、影が一番動くのに適した場所へと自身と敵の攻撃を誘導する。


 ありったけの手数で来ても。余裕がある。

 いっぱいいっぱい、処理し切れないようにするには、

 ……ちょっと足りないんじゃない?


「だからサァ! ハハハはははッ! 使えるモンは全部使ってやるッ!」


 かいぶつの前脚が、近くに転がってた照明を蹴りあげた。

 かなりの重量を持つ照明器具が、さっき落下してきた時とは比べ物にならない速度で飛来する。私の動き終わりを潰すように狙いも正確で、右にも左にも躱せない。


「このっ!」


 無意識の声に反応して、ひなが打ち払う。

 私を守りながら広がり、照明は今度こそ粉々になった。

 完璧。

 傍に倒れているつぐみ達に、その粒さえ当たらない徹底した仕事っぷりだ。


 合わせるように、無限に近かった攻撃がさらに強まる。

 照明に影を向かわせる直前からだ。

 その意味を、考える間は無かった。


 ほんの一瞬。

 こっちの処理を上回り、追い付かなくなった影の包囲網をすり抜け、黒い手が細く鋭くまっすぐに突っ込んできた。打ち漏らしたわけじゃない。初めから隙間を縫うことを向こうは前提としていた。

 つまり私を殺す方法は、ハナから決まっていたのだ。


 束ねられた黒い手。

 私の真ん中、心臓目掛けて!

 影は使えない。躱せない。


 胸の前にあった左手に力を込める。

 手のひらで《しるし》が鈍く輝く。


「うあぁぁぁぁアアアッ!」


 そのまま左手をかいぶつの影と衝突させる。

 歯車同士で噛み合わず火花が散ったみたいな光と鈍い音がした。


 左手が弾かれ、腕と肩の骨が軋む。

 なめらかなヤスリを掛けられたみたいに、手のひらの皮が《しるし》の部分を残してキレイに削られていた。血がぷつぷつと噴きだして、真っ赤になる前に《しるし》が爛々と輝いてのみ干していく。


 かいぶつの影は、私の服と脇腹をちょっぴり破って突き抜けた。

 たぶん手と似た傷口になっているはず。

 ――先読み通りなら。


「紙谷リョウジと同じマネを!」

「あれと同じにしないで。向こうは先読みなしの職人業だよ?」


 逸らして反発した勢いを、そのまま走り出しの加速にする。

 彼女までの最短距離。

 このまま《しるし》でタッチする。

 それで終わり。めでたしめでたしだ!


 《しるし》から無数の檻へ門を繋ぎまくり、彼女が避けきれない数の暴力で追い詰める。最初はその方法を選ぶはずだった。

 でもしなかった。


 今の私ではコントロールが上手くいかず、

 一番小さく開いても、この劇場ごと檻へ削り飛ばしてしまう。

 地球まるごと……なんてのも夢物語じゃない。

 半径数キロは余裕で包めてしまう。檻の中に納まるかは別にして。


 先読みで見た結果の中では、彼女を傷付けずに解放するという条件ではこれが最良だと思ったからだ。多少の痛みは目をつむろう。


 すでに山場は越えた。


「このコノ! ちょこザイなッ!」

「無駄邪魔蛇足……しゃらくさいよ」


 後ろから追ってくる幾つもの影を、私の影が叩き落とす。

 ここまで、セリフも行動も結果も、台本通りだ。


 この状況。 

 お前はそばに立つ影を失った、ただの間抜けな《かいぶつ》だ。

 彼女の表情を見る。

 三日月を張り付けたみたいなにやけた口。


 ――待て。


 先読み通りなら。

《顔中を口にして、牙を使った悪あがき》が残っているはずだ。

 舞台の奈落に踏み込んだ一歩から、とっさに前に行くか迷ってしまう。

 ……それが狙い?


 私はそれでも立ち止まる以外の選択をとった。

 そのはずだった。







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