幕間 四、五人ばらと寄つて取卷いた時①

※時系列では一年ほど前の話です。

(過去の話)




「ひな、みう……ウチは納得できないな」

「ど、どうしたんですか? つぐみちゃん?」


 つぐみのうめくような低い声が、レッスンルームに響く。

 日曜の稽古が終わり、居残りの練習もだいぶ重ねて一息ついていた時。

 私はタオルで汗を拭いていたが途中で止めて、つぐみ達のほうに顔を向ける。


 確かに今日のつぐみは一日中、動きや演技がどこかぎこちなかったけど。

 心ここにあらず、だっけ? そんな感じ。


 今回の劇、つぐみは主役に選ばれている。

 ついに私達三人の中で初めて主役が出た。

 その辺の――まだ私が体験したことのない重圧や緊張があるのかもしれない。


「レッスンの出来……じゃないね。どうしたの?」

「えっと、なにかあったんですか?」


 みうと同時に声をかけた。

 普段通りなら、一時間くらいおしゃべりが続き、

 カラオケかファミレスに流れるパターンなのだが。


 誰が一番最初に主役になるかって、繰り返し何度も話したな。


 ……初の主役はつぐみだった。

 未羽もどんどん演技が上達して来てる。

 たまたま今回はつぐみが選ばれたけど、劇によっては未羽の方だったかも。

 粗削りで尖った部分だらけの方向性。得意不得意な場面や役もみんな違う。

 

 頑張った分、必ず報われるわけじゃない。

 それなら誰だって諦めたりしないんだし。 

 

 でも私だって。

 目標があるし、努力もする。願うし、叶いたいって思う。

 主役の座を勝ち取る。二人に続く。はやく追い付かなくちゃ。


 いつでも会えて、いつも近くにいてくれるのに。

 私だけ手が届かなくて舞台袖に立ったままなんて絶対に嫌だ。


 つぐみの不満げな顔をもう一度みる。

 なんとなく、不満の方向が演劇とは別のところのような感じがした。

 とは言ってもつぐみのテンションが大きく揺らぐのは、その時の気分ではない。

 いつだってちゃんとした、つぐみなりの理由がある。


 ……私や未羽の方がその場の感情で物を言い、抑えられないくらいだ。だから、この場合はなだめるというよりも話を聞いて、考えがあればはっきり言ったほうがいい。そんなケース。お互いの性格を理解しているからこそ、先を促してみる。


「ここじゃ言いにくいことなら、場所変えようか?」

「いや、あのさ、あの……サイン帳のこと、なんだけど」

「サイン? あっ! プロフィール帳の……」

「朝、そんな話してたね。そういえば」

「同じ団員に渡して交換し合うのはいいよ。ウチも二人以外からも貰ったし、書くこと自体楽しいしさ。……コレクションみたくたくさん集めようとは思わないけど。まあ、それはいいんだ」


 日曜の稽古が始まる前に、JINプロ児童劇団の全員分プロフィール帳が集まったね、

 ってことを言ってたな未羽と。


 あ。ちょっと思い当たる点があるかも。

 つぐみが機嫌を損ねそうなとこ。


「……ひなもみうも、マツキ先輩にも渡して、今日書いたヤツをもらってたろ。ずるいよそういうのは」


 嫉妬、ってよりは、私だってしてみたい! という気持ちがすごく伝わってくる。

 でも、そんなの自分らしくない――少なくても本人はそう決めつけてる。


 松木明さんは才能ある役者として、いくつもの公演で成功をおさめ、

 劇団JINの中でも急激に有名になりつつある。

 何かと理由を付けて個人情報がどうとか、JINプロの決まりとかなんとかって

 そんな回りくどいことをつぐみは言わない。

 ただ純粋に自分が出来ないことをやっている私達を羨ましがっているのだ。


「ずるい、ですよね。ごめんなさいつぐみちゃん。でも……」

「こっちにも理由があるんだよ。ほら、年賀状とか、みうが去年書きたい人に書けなかったってのがあったでしょ? まあ、マツキさん自体に書いてほしいなって気持ちもあったけどさ。それは分かってよ」

「年賀状ぉ? ……ホントに、みうはそういうところ、マメだよなあ。ウチはメールとか電話で済ませちゃうし。ひなだってウチと同しかなって思ってたんだけど?」

「あ、あたしも実はちょっと思ってました!」


 何だよ二人して。

 私は……確かにお手紙とか面倒だなってなるタイプだけど。

 思えば両手、十本の指で数え終わっちゃうんだよね。

 ママのおばあちゃんのところには出してる。パパのところも。

 あとは……つぐみと、未羽に。去年自分から出したところは、あとは――


「小学校の先生に、一人だけ毎年出してるよ。四年生の時の。他の担任だった先生にもお世話にはなったけど、その先生だけ」


 つぐみと未羽はじっとこちらを見つめている。

 あまり語ることじゃないんだけど。第一その先生だって、たまたま私に、教師としての情熱とかを傾けるタイミングだったり、その時、親身になってくれたってだけかもしれない。

 でも、私は憶えている。誰も助けてくれなかったときに手を差し伸べてくれたことを。

 ずっと忘れることもないんだと思う。


「少しだけ最近のことや聞きたいことが書いてあってさ。元気にしてる、とか、部活はどう、とか。それに毎年答えて書いての繰り返しで……」


 きっと毎年、大人になっても書き続けるんじゃないかな。

 私にとって、お手紙というか年賀状は、そんなものになっている。

 ずっと続くものだ。途中で送らなくなるってことはない。断言できる。

 先生に過去にしてもらったことは変わらないんだから。


 つぐみや未羽、二人にだってそう。

 児童劇団の稽古、居残り練習、茶番、公演。

 今日一緒にいて、同じ目標に向かっている輝きは、私の中で無くなったりしない。


「素敵ですね。ひなちゃんが続けてるのって、すごくいいやりとりです」

「……ウチだって届いた人には書いてるよ。二人にもちゃんと送ったし」

「ごめん。話が逸れた。それで、プロフィール帳のこと、つぐみはどうしたいの?」


 え? あ、うう。

 急に話題を戻されて、つぐみは喉の奥で潰れた声を出す。


「結局アレですよね。要はプロフィール帳を……」

「アレだね。つぐみが正直に言えば、私達はなんだって協力できるよ?」


 多少の意地悪さを込めて、私達はつぐみに笑顔を向ける。

 実際に微笑ましいのだ。いじらしいその心を、隠さないでいてくれるから。

 つぐみは耳まで真っ赤になりながらも、いつものようにまっすぐこちらを向いて言う。


「……マツキ先輩のプロフィール、ウチも見たいです。お願いします」




   *  *




「今日はどこに行きましょうか?」


 プロフィール帳のことで盛り上がり、あっという間に夕方前だ。

 私達の他に誰かいたら、うるさくて迷惑だっただろうな。


「どこでもいいよ」

「それだとカラオケかファミレスだぞまた……」


 って言ってるつぐみも、肯定的な声だ。

 二人となら、どこでも楽しいし。

 話してるうちに行きたい場所が、いつの間にか『そこ』になって。

 練習に熱が入って時間が経てば『ここ』になる。

 それって何気にすごいことじゃないかな。


 まあスタジオの周りはさんざん遊びまわったから、定番どころに落ち着くんだよね。

 今度早めに居残り練習が済んだら、ぶらぶら活動場所を探しながら遊ぶのも面白そうだ。


「今日は交換日記、三人書きの回ですしゆっくり座れるところで――」


 レッスンルームから出る前に、入り口近くの椅子を見た。

 未羽もそうしたようで、声が途中で止まった。その椅子は大道具を運ぶとき、ドアを開きっぱなしに固定するために使う時があるのだが、そうで無い時は誰かの忘れ物を置いて、本人に持って行かせるようにしている。


「今日はタオルだけですか」

「いつもよりは少ないな」


 とは言っても、忘れ物なんてほとんどが松木さんのものだ。

 しかもほぼ毎日、何かしら忘れるんだ。レッスンルームに人が多い時は気に留めないけど。

 帰り際は一応チェックするからね。


 ちなみに練習の終わった松木さんがその日取りに戻ってくることはない。

 明日でいいや、の精神で大抵は済ませるって言ってたし、そうしているみたい。


「それくらい練習に集中してたって言えば、いい話で終わるのにね」

「おサイフを忘れてた時は、驚きましたよ……それも最初のうちだけでしたけど」

「下着も平気で忘れるからなマツキさんは。着替えの予備とか」

「でも携帯とかは一度も置いていきませんよね?」

「さすがに仕事に関わるモンは忘れないだろ……」


 つぐみが、何気なく椅子の上のタオルを取ってみる。

 たまにライターやタバコが隠れていたりするから、確認したんだろう。


「えっ」

「あっ」

「んん?」


 台本。 

 ……台本!? ものの見事に商売道具だ。

 それもJINプロの舞台台本じゃない。珍しく松木さんが他劇団の助――助っ人出演するやつ。


 仕事に関わる重要なそれが、ほんのり汗に濡れて置いてあった。

 自分達がレッスンルーム来る前に、松木さんは台本読んでて……そのままって感じだ。


「こ、これってここにあっていいのか?」

「え、えっと。……読み合わせっていつでしたっけ」


 とっさに台本を開いて目を走らせる。ほんとは駄目だけど。

 こういうことは緊急ってことで仕方ないよね。

 松木さんのもので間違いないな。で、スケジュールは……

 後ろの方に綴じてある日程表をめくる。


「ひなちゃん、なんて書いてますか?」

「読み合わせ、明日の朝一からだ。……うわ、場所は劇場近くの映宝ビル」


 マジか。どうすんだ。

 JINプロのスタジオかプロダクション本社の一室なら、朝ここに寄ってから向かうとか出来たのに。それは無理か。……連絡しないと。松木さんにもだけど、ひとまずは――


「ひかりさん、今日はもう帰ってるよね?」

「はい。いつもより早いですけど、用事があるって急いでました」

「じゃあまず、紙谷さんに相談だな。この時間、出てないといいけど」


 読み合わせのキャストはこのスタジオには来てないだろうし。それが一番いい。

 問題は、それができるならだけど。今日は間が悪く早抜けが多い日だ。

 なんとなく嫌な予感がする。


「いなければ劇団JINの誰かを見つけて話そう」




   *  *




 嫌な予感はぴったり当たってしまった。まず松木さんが携帯に出ない。

 周りにあまり頓着しない松木さんだが、携帯の着信はすぐに気付く。マナーモードでもそうだ。

 仕事に関わるものは本人なりに意識しているんだろう。

 繋がらないとなると、何か用事か出られない事情があるって可能性が高い。


 そして何よりも、台本について任せられる人が、スタジオにも事務所にも見つからない。


「……困ったな」

「ど、どうしましょう?」

「紙谷さんにもひかりさんにも繋がらないし……連絡待つか?」


 いまスタジオにいる事務員さんだと、単なる忘れ物扱いで、

 松木さんが電話に気付かなかったら明日の読み合わせは間に合わないな。


 まあ台本無いなら無いなりに、誰かに借りたり原本刷りでやるだろうけど。

 この公演は他の劇団から引っ張って来てる役者も何人か確認できた。

 読み合わせで自分のイロを付けた台本を持って来ないとなると、

 松木さんと劇団JINの信用に関わってくる。


 つぐみの言う通り、連絡をここで待っていた方がいいかも。

 頼りになる人達には着信を入れてるから、誰かしら気づいた人に判断してもらおう。

 そう言おうとして二人を見た。未羽はあたふたとした気持ちが顔に出てる。普段ならそれだけで話の種になるけど、今は落ち着かせた方がいいな。私も冷静になり切れてないし。つぐみは何か思い詰めているような……違う、何か考えているみたいで、それを私達に言おうかどうか迷ってる感じだ。


「つぐみちゃん?」

「……いまから、直接マツキさんの家に届けに行こう」

「ちょっと、つぐみ」

「それは……そこまで緊急ってわけじゃないですよ? マツキさんがあたし達の着信に気が付けばいいんですから。それかすでに連絡してある紙谷さんかひかりさんと繋がればもっと話は早いです」

「でも、もう今日一日ずっと携帯を触らないかもしれない。仮に家にいなくても、夜のどこかで帰ってくるだろうし、ドアのポストに入れておけば、朝メールや留守電に気付いても持っていけるだろ?」

「……そうかな? みうの言う通り、これはそこまで深刻な話じゃない。マツキさんはどこかで電話に気付くだろうし。紙谷さんか光さんに話が出来れば、マツキさんの行動を把握してる誰かに連絡を繋いでいって、伝えられる話なんだ」


 ううん。

 本当に時間が押しているときや非常事態なら、それもアリかもしれないが。

 つぐみの案は、いくつかの段階を飛ばした動きなんだよね。

 それくらい分かってるはずなんだけど。


 ウチは、とつぐみがつぶやく。


「……マツキさんの家に行ってみたい。台本を届けるって理由があるなら、行けるし」

「つぐみちゃん。それは、ちょっと違うと思います」

「でも……いや、ウチだって間違ってると思う。けどさ、そういうことに、しちゃってさ」

「悪いと思ってるのに、してみたいんですか? ……親切な心を利用してまで」


 あ、ヤバい。

 未羽の声が冷えた。

 大抵のことは笑顔で許してしまう未羽だけど、許せないこともいくつかある。

 人のやさしさや助けようとする気持ちにつけこむような真似。

 それを未羽は我慢できないんだ。


「みう。それこそ深刻な話じゃないじゃん」

「本当にそう思ってます?」

「怒んないでよ。ちょっとしたことで――」

「ちょっとしたことですか? なら聞きたくないです」


 未羽が視線を外して、後ろを向く。

 ……少しは私達の関係も大人っぽくなっちゃったのかな。

 半年前なら大喧嘩になってたかも。

 演技や動きの表現。アドバイス。その違いで衝突したことは何度もある。

 つぐみは顔を赤くして。未羽は涙を浮かべながら。


「聞いたら、つぐみちゃんにひどいこと言っちゃいそうだから。どう伝えれば、分かってくれるかな? ……ひなちゃん」


 やっぱ来た。

 ど、どうしよう?

 これは両方の肩を取り持てないケースだ。一番私のお腹が痛くなるやつ。

 二人のうちどっちかに乗っかるしかない。

 延々と言い合いになると判断したら、私にお鉢が回ってくる。いつもと同じだ。

 そのパターンが思ったより……早い。


 でも、こんなとき『どちらが悪いのか』なんて考えたことはない。

 公園のシーソーの真ん中に立ってどちらかを傾けるように、

 ただ自分の直感と打算。その心のままにしゃべるだけだ。


 間違いじゃないし無駄でもない。

 しまったって思ったらそこからまた三人で考えればいい。

 いつもと同じだ。


「……忘れ物が習慣みたいになっちゃってるのは確かだし。児童劇団の私達で届ければ、少しはマツキさんも懲りて直そうとしてくれるかも」

「ちょ、ひなちゃーん!?」




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