潰れたすみれに雨の降る

みちる

霧雨の中でプロローグ

鼻をつく線香の匂い、耳に流れ込むお経、いやでも目に入る遺影、そして涙。お葬式だから当たり前なのだが、みんなが泣いているのは少し異常に思えた。

この葬儀の主役は、白名 すみれ。昨日の朝、事故に巻き込まれて命を落とした、17歳の同級生。ぱっちりとした二重と、淡いピンク色の頬が印象的な少女。

そんな彼女は遺影の中で、この世界の全てを愛していると言わんばかりに微笑んでいた。

たくさんの友人とクラスの中心で笑い合っていた彼女は、きっと世界を愛していたし、愛されてもいただろう。

輝いていた同級生のくせに、私が彼女について知っていることは少ない。分かるのは、こうして涙を流してくれる友達がたくさんいること、吹奏楽部だったこと、成績が優秀だったこと。それから……いや。

きっと、希望に満ちた未来を見ていただろうと思う。

「まさか、娘がこんなに早く、亡くなる、なんて…まだ、信じられない思いです。悪い夢を見ている、よう、です…」

涙ながらに話すすみれの母親は、娘を失った悲しみから、一生逃れられないんだろうか。

そんなことを考えていると、空いていた隣の席に影が落ちた。気配がなかったので、驚いて見上げる。

「失礼、」

左目にガーゼ素材の眼帯をつけた少年が、こちらを見向きもせずにそう呟いて腰を下ろした。

服装はブレザーだったが、うちの学校の物とは違う。そして、近隣の高校でもないようだった。

彼から目を逸らして、私はまた、すみれの遺影を見つめた。考えていたのは、隣の彼とすみれの関係性について。

我ながら低俗な人間だと自分を詰りながら、考えることはやめなかった。






「あの!」

すみれの母親に頭を下げて会場を後にしようとしたところで、強く肩を引かれた。

心臓が跳ねるほど驚いて、慌てて振り向くと、霧雨の浮くガーゼが目に飛び込んでくる。

さっきまで隣に座っていた、眼帯の彼だった。

なにか落としたんだろうか。そんなに荷物は無いはずだが。

「……あの。あなたは、すみれの、なんですか?」

それは、私自身が彼に投げかけたい質問だった。

戸惑いながら、「ただの…クラスメイトです」と告げる。

「本当に?『ただの』クラスメイトだったんですか?」

強調された言葉。その響きには、何か確信めいたものが潜んでいる気がした。

「…あなたこそ、誰ですか?」

返した声は震えていた。怒りや戸惑いではなく、恐怖だった。

この人、何者なんだろう。

もしかして、「私とすみれの事」を知っているんだろうか。知っているとしたら、どうしたらいいんだろう。

知られるわけにはいかないのに。

「僕はすみれの相談に乗っていた者です。」

相談?

オウム返ししか出来ない私に、彼はにっこりと微笑んだ。晒されている右目がきらりと光る。それはきっとこの霧雨のせいだけど、私には好奇心で光っているようにしか見えない。

「ええ。ネッ友ってやつですよ。僕は他県に住んでいるんですが、すみれが死んだと聞いてここに来ました。」

ネッ友。そうか、ネット。

すみれは目立つ容姿をしていたから、現実に友達は多かった。けれど、見かけで判断されることを嫌ってもいた。

だからネットで、自分の心を吐き出していたのかもしれない。…私の知らないところで。

また、すみれについて知らないことが、できてしまった。

「ねぇ。すみれは僕に、なんの相談をしていたと思いますか?」

なんとなく想像はつく。

私は、ふう、と息を吐いた。

「…私の事でしょ?」

彼はにっこりと笑ったまま答えない。

私も諦めて笑った。

「多分そうだよね。友達の多いあの子が、顔も知らない友達に相談することなんてそのくらいだもの。…隣に座ったのもわざと?」

ええ、と彼は頷いた。

「あなただけでしたからね。その制服を着ていながら、会場で泣いていない少女は。しかも同じ制服の集団よりもずっと後ろに、あなたは一人でいましたから」

説明されてしまえば、なんて事ない。

わかり易すぎたのだ、私は。

クラスメイトは騙せても、彼は騙せなかったのだ。


「あなたはすみれの恋人のカイリさんですね?」


彼の声が、妙に私の頭に響く。

「…元、だよ」

呟くと、ええ、と穏やかに返される。


「…大丈夫。僕はすみれの肩は持てません」

しばらくの沈黙の後で、彼はそう放った。

「白名 すみれは何かを隠している。そう確信したからこそ、僕はこうしてあなたを追いかけたんです」

顔を上げる。

眼帯の彼は、やっぱり微笑んでいる。

「カイリさん。すみれは一体、何を隠していたんです?」

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潰れたすみれに雨の降る みちる @mitiru_tear

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