第6話 帰り道1

さて、これからどうしようか、と美希子は思った。夫の和夫は遅くなると言っていた。もしかしたら、朝まで帰ってこないかもしれない。会議が長引くようなことを言っていたような気がするが、美希子は半分疑問に思っている。納税の日は決まって遅く帰ってきたり、会社に泊まりだと言ったりするのがここ最近の常だった。以前、納税の日にその様子をしつこく聞いてきたり、夜寝室で手を伸ばしてきたりしたことがあったが、疲れていた美希子に一蹴され、その後しばらく険悪なムードになった。それでも和夫としては、納税後の妻が気になって仕方がないようだった。ただ、美希子があまりに機嫌を悪くしたので、それに懲りた和夫がなるべく当日には顔を合わさないようにしているようだった。

実際納税センターに行った後は気だるく、家事も休んでダラダラしたいと思っている美希子にとっては、夫がいないことはむしろありがたかった。今日は久しぶりに街の中を散歩してお茶でも飲もう。出来合いのものを買って帰り家で食べながら映画でも見ようと思った。

繁華街に出て行き、オープンテラスのある喫茶店に入りコーヒーと小さなケーキを注文した。外の景色が見れるところに座ってケーキを食べながらしばらくぼおっと人や車が行き交うのを眺めていた。納税の後はやたらと甘いものが食べたくなる。美希子も30歳をすぎて代謝が落ちたような気がして、カロリー数には注意するようになったのだが、納税の後だけは制限なく、食べたいものを食べていた。もともと細身なので、そんなに目立つ体型の変化があるわけでもなかった。ケーキを食べ終わってコーヒーを飲んでいると、学校帰りの女子学生たちが3、4人ほどチョコレート飲料とパンケーキの乗ったトレイを持って歩いてきた。制服から突き出た白い脚の上で、プリーツスカートがチラチラと舞っていた。美希子の近くの席に座って、パンケーキの写真を撮影したのち、賑やかなおしゃべりを始めた。話は部活動の後輩のことから、バイト先でこの前あったことの顛末、数学の教師が意地が悪くて気に入らないといった感じで、途切れることなく続いていった。若い女の子たちのややもすると驕慢な話ぶりを聞くでもなく聞いていた美希子が、そろそろ立ち上がっていこうかと思った時、真ん中に座っていたロングヘアの女子学生が、クラスの男子学生について話し始めた。

「ぶっちゃけさあ、丸山ってキモくない?」

「うん、めっちゃ思う。あいつヤバイよね」

「そうそう、もううちらのクラスじゃダントツだよね」

「なんかうちらのクラスって平均的には男子結構まともじゃん?丸山だけやばいっていうか」

「大江は?いつも丸山とつるんでない?」

「え、なになにただならぬ関係?」

驕慢な少女たちの笑い声が響く。「大江君はちょっとオタ入ってるけど、親切なトコあるからね、あんまり悪くいったら良くないよ」

「この前の委員決め結局引き受けたしね」押し付けたんじゃない?ともう一人の子が言ったことにまたみんなが笑った。

「ねえ知ってる?だいたいクラスの男子のうち10パーから15パーが将来受給者になるらしいよ?」

えー、キモーっと言う彼女たちの声が響いた。

「じゃあうちのクラス男子20人だから、2人か3人ってこと?」

じゃあ、丸山は絶対受給者なるね、と髪をポニーテールにして右側に座っている女子学生が言った。

「割合的には大江もかな。後一人なるとしたら誰だろう?」

3人は顔を寄せ合い、もう一人受給者になるとしたら誰になるのかについて吟味していた。何人かの男子学生の名前が出るたびに笑い声が上がった。

「私丸山に納税とか絶対無理なんですけど」真ん中に座るロングの女子が言った。

「ミホは大丈夫だよ」と左端の女の子が言った。「可愛いし、絶対25歳までに結婚してるって」

「そうそう」ポニーテールの女子も言った。「私も早く相手見つけないと」

「そーすけ君は?」「この前からちょっとね」

喧嘩しちゃって、と言うポニーテールの女子の発言から、3人の話題はそれぞれの恋話に移っていった。

「でも、結局高校出たあと大学行く人って、そこで一旦リセットされるみたいだしね、お姉ちゃんが言ってたけど」左端の女子学生が言った。そこで間違えないようにしないと、卒業後にスムーズに結婚に繋がらなかったりするんだって。

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納税の義務 真綾 @tak0874

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