第3話
「あら、みんな揃ってシーグルのお迎え?」
施設長お得意の冗談が飛び出す。ライラは呆れた顔をし、笑いのツボが浅いヨハンナは顔を真っ赤にして笑うのを堪えていた。シーグルを含めた子供達はそんな施設長を無視し、それぞれ食卓に着いた。
「はいはい、みんなお待ちかねのご飯よ。今日はちょっと豪華でオシャレな感じににしてみたの。」
ヨハンナがマルグレットを奥のベビーベットに寝かせたのを確認すると、キッチンから野菜の鮮やかな色が目を引くサラダを大きなお盆に乗せて持ってきた。
「えぇ、またお野菜?」
多くの子供達が野菜と聞いて嫌な顔を浮かべた。シーグルは野菜と聞いても全く動じず、目の前に食事が運ばれるのをじっと待っている。ユッシは嫌がる子供達に野菜の良さを必死に説明しているが、誰も聞く耳を持っていない。
「今日のサラダは豪華なのよ?そんなにみんなが嫌がるなら…嫌がってない人達であなた達の分を分け合って食べちゃうわよ?」
ライラが真顔で子供達の顔を見る。勿論、子供達もちょっとした脅しであることは理解しているが、焦って食べたがる。
「今日のサラダはね、チキンが入っているの。昨日麓のおじちゃんがくれたのよ?今度麓のおじちゃんに合ったらお礼しようね。」
子供達はチキンと聞いてそれぞれ目を輝かせて元気に返事をしているが、シーグルだけ一人で先にサラダを食べ始めていた。だが、それも日常の事のようで職員も諦めているのか誰も注意しなかった。
子供達の元気な返事にびっくりしたのかマルグレットが泣き出した。ヨハンナが急ぎ足でマルグレットの方へ歩いて行ったが、何もない所で転んでいた。何かが気になったのか、シーグルが半泣きになっているヨハンナの方を見た様に見えたが正確には、その先に居るマルグレットへ視線が向いていた。
ヨハンナがマルグレットをあやし終わり、額に吹き出た汗を拭きながら食卓に戻った時には子供達は既に食べ終わってそれぞれ別々の場所に居た。
ヨハンナが一人寂しそうな顔でサラダを食べているとシーグルが食卓に顔を見せた。ヨハンナがシーグルの顔を見た途端、自分を想って来てくれたかと思い顔を輝かせたが、当のシーグルはヨハンナに顔を向ける事もなく、マルグレットの方へ近づいていた。
シーグルは食卓にヨハンナが居ることに気が付いていない様子で、ベビーベットの柵を掴み、寝ているマルグレットの方へ顔をグイと近づけた。ヨハンナは声を掛けるべきかそっとして置くべきか悩みながらムシャムシャとサラダを頬張っていた。しばらくマルグレットの寝顔を見ていたシーグルはちっちゃく可愛らしい溜め息をつくと、マルグレットに向かって哀れそうな顔を浮かべて話しかけた。
「オマエも捨てられたのか。オレといっしょだな。」
あまり人と話していないからか少し違和感を感じるものの、優しさを感じる話し方で話しかけながら、そっとマルグレットの頬に触れた。
自分から他の子供に話しかける事の無かったシーグルが、今日会ったばかりのマルグレットに話しかけているばかりか、自ら他人に触れに行った様子を見ていたヨハンナはフォークを持つ手が自然と止まり、驚きの顔を浮かべた。
シーグルが戻ってくる素振りを見せた時、ヨハンナは反射的にシーグルが居る場所の死角にある食器棚の陰に身を隠した。
シーグルと入れ替えに入ってきた施設長が、小さく欠伸をしてよし、と呟いてヨハンナが身を潜めているキッチンの方へ歩いてきた。
「あの、施設長…!ビッグニュースがあるんです!」
急に目の前にヨハンナがにゅっと現れた為、施設長は悲鳴を上げながら腰を抜かした。ヨハンナはびっくりされた事にびっくりしていたが、数回瞬きをしてから思い出したように目を輝かせた。
「あの『動じぬシーグル』がマルグレットに話しかけたんです!しかも自分からマルグレットのほっぺに触ったんですよ…!今日は嵐が来るんですよきっと!」
まだ3歳という幼なさなのに何事にも動じず、常に冷静なシーグルは職員の中で密かに『動じぬシーグル』と呼ばれている。この呼び名は褒めているのだが、聞き様によっては悪口にも聞こえる為、呼ぶ際には注意が必要な呼び名である。
「お…落ち着いて…?でもあの『動じぬシーグル』が自分から他の子に接触をするなんて…信じられないわ。」
施設長も落ち着かない目をし始めた。
「シーグルは私達が思っている以上に両親に捨てれた事を気にしてるのね…」
「他の子は両親が何らかの理由で亡くなって、引き取り手がなくてここに来ている子ばかりなのに、あの子は両親が生きていて、その上で両親の意思で捨てられたのだから…それはトラウマになっちゃいますよね…」
「そうなのよ。だから余計可哀想よね…」
施設長はそう呟くとシーグルが歩いて行った方に視線を向けた。
ボーディン記-抹殺された記録- ソルエナ @Soruena_0211
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ボーディン記-抹殺された記録-の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます