CHAPTER7:Don’t wait for the last judgment- it take every day.(3)

 それから三日が経って、共同体は完全に元に戻りつつあった。

 未だ旧トウキョウタワーは停止したままのようだったが、〈パラサイト〉は以前と遜色ない程度の滑らかさで稼働している。そして安心を取り戻したらしい構成員たちも、混乱と狂気への恐怖を記憶の片隅へと追いやって、元の生活へと戻っていく。

 旧トウキョウタワー襲撃作戦の翌々日、死んだ仲間たちの葬儀が執り行われた。もちろんあの激戦のなかで死体など回収できるわけもなく、一つの棺に死んだ五七人分の遺品を詰めて燃やした。普通の葬儀は分解葬という遺体を蛋白質や水に分解して一部を墓に収めるのが主流なので、いくら遺体がないとは言え火葬はだいぶ前時代的だった。何故燃やすのかは、煙になって天へ昇れば今よりは多少自由になれるかもしれないからだと、メンバーの一人が泣きながら教えてくれた。

 アクタはこの数日、訓練に明け暮れていた。他にやることはなかったし、身体さえ動かしていれば余計なことは考えずに済んだのでちょうどよかった。

 リクは一緒ではなかった。何度か百舌やアスマ、他のメンバーたちと共にアジトを出入りしているのを見かけたが、何となく話しかけづらかったし、リクもまたアクタに話しかけては来なかった。

 ウサキは相変わらずアクタの指導役だったが、前ほど厳しくは接してこなくなった。単に優しくなったというよりも、あえて距離を置こうとしている感じだった。

 そんなこんなで三日が過ぎた日の夜、百舌が全員を集めた。

 次の行動へ移る準備が整ったのだと、誰もが即座に理解した。もちろんアクタもそう理解し、何度も固めては揺らいでいた覚悟を今度こそと決めた。

 呼び出された時間ちょうどに、指定された広間についた。元は食堂だったらしい広間には、長机の島が五つあって、メンバーそれぞれがてきとうに腰かけていた。まだブリーフィングは始まっておらず、広間のあちこちから談笑が聞こえてくる。アクタは空いている席を探して腰を下ろす。


「よお、新入り。あまり今から緊張していると、本番までもたんぞ?」


 真正面に座る、浅黒い肌にドレッドヘアの男が話しかけてくる。名前は分からなかった。それどころか百舌とウサキ、アスマ以外、旧トウキョウタワー襲撃の損害を受けて尚一〇〇名以上いるメンバーの顔と名前など、ほとんど一致していなかった。


「別に緊張なんかしちゃいねえよ」


 アクタは男との会話を強制的に終わらせて、他の島を見渡した。

 探していたリクはどこの島の席にも座らず、柱に寄り掛かって腕を組んでいる。静かに何かを考えているようだったが、何を考えているのかは想像もつかない。

 やがて皆が入ってきたのとは反対側の入り口が開いた。まずウサキを先頭に、そのあとに百舌が続いた。これで集まったのは全員らしく、広間のなかは静まり返り、一瞬にして緊張感に満ちていった。既に皆が臨戦態勢だった。飢えた獣の荒々しさと研ぎ澄まされた刀のような鋭さが皆の表情に同時にあった。


「同志諸君、もう傷は癒えたか?」

「当たり前だ!」

「俺はもういけるぜ、百舌よ!」

「こんな傷、大したことないよ」

「もう一発、デカい花火を上げようぜ」

「皆で自由を手に入れるんでしょ?」


 百舌の一言に、あちこちから声が上がった。メンバーの戦意を確かめるように百舌が見渡し、満足気に頷いて掌を掲げた。


「いいな。実にいい。全ては完璧に運んでいる」


 今度はぐわっと歓声が上がった。誰かの吹く指笛が響いた。古い食堂の壁は、びりびりと震えていた。


「先の旧トウキョウタワー襲撃で得たものは大きかった。俺たちは理解した。〈マーキス〉が欺瞞に満ちていると。そして絶対と思われる〈マーキス〉に、俺たちの刃が届くと」


 扇動アジテーションの手本のようなスピーチだった。百舌が何かを口にするたび、それを真摯に聞いているメンバーの戦意ボルテージがぐんぐん上がっていくのがよく分かった。


「そして俺たちは次の段階へと進む」


 百舌が顔の前で十字を切る。もちろん神に祈ったのではない。百舌の胸の当たりからウインドウが一枚、その場の全員の〈パラサイト〉に浮かび上がった。

 ウインドウには東部都市圏、それもその中心部の立体地図を映していた。百舌が指を鳴らすと、地図のあちこちに赤い光点が灯った。


「〈マーキス〉は本来、世界紛争で起こった荒廃に対する復興計画の立案。特に物資を適切に供給するためのシステムだったと言われている」


 前半はよく言われることなので、共同体でまともな教育を受けていれば誰でも知っていることだったが、〝特に〟から後はアクタも初耳だった。だが戦後復興ともなれば、要になるのはやはり食糧を始めとする物資のな配給だ。そうれば〈マーキス〉の元々の用途が運搬システムだったとしても納得できる。


「その特徴は一世紀が経ち随分とその役目が拡大された今でも、明確に残っている。たとえばFEC3の東部都市圏、その中心部に張り巡らされた高架道路。これは世界紛争以前の鉄道路線をモデルに、物資の円滑な輸送を設計の根幹に据えて建造されている」


 ぼんやりとした淡い光で浮かび上がった大小さまざまな高架道路は、まるで血管のよう街中にくまなく行き渡っている。

〈マーキス〉の計画性を堅固に支えているのは、然るべき時と場所に然るべき人、モノ、情報があるという状態を実現する能力に他ならない。情報の移動は旧トウキョウタワーのような要衝と〈パラサイト〉が担っているとすれば、人とモノの移動を担うのが街中に張り巡らされた高架道路なのだ。


「これを破壊する」


 端的に放たれた百舌の言葉に、今度は歓声を上げるのではなく、全員が息を呑んだ。


「もちろん高架道路を完全にぶち壊そうってわけじゃない。これだけ巨大で広範囲に渡る建造物だ。だが情報流通に要衝があったように、物資流通にもポイントとなる地点は存在する。それがこの赤い光点が示す地点だ。これら地点を一斉に爆破し、物資輸送網を麻痺させる」


 アクタは浮かんでいる地図を注視した。確かに赤い光点は細い高架道路の結節点や、規模の多い場所への輸送を目的とする地点に偏って見られる。だがそれだけが全てではない。


「なあ、百舌。いくつか高架道路と関係ない地点で光ってんのがあるが、それはどういう了見だ?」


 さっきのドレッドヘアが手を挙げた。挙げた左手は先の作戦で怪我をしたのか、小指と薬指がなかった。


「高架道路の構造の問題だ。直接破壊するよりも――」


 百舌がこちらからは見えない操作盤を指で叩く。赤い光点が瞬いて膨らみ、地面が沈む。沈没に引きずられるようにして高架道路が崩れる。


「――地面のほうを崩し、その倒壊に引き込んだほうが効率よく大規模な破壊を行える。他箇所も基本的には同じ理由だ」


 ドレッドヘアも納得がいったようで、口笛を吹いて挙げていた手を下げた。

 百舌は握り潰すように義手の掌を掲げ、そして地図を握り潰すように拳を握る。地図のウインドウは百舌の動きに合わせて拉げ、ポリゴンになって消える。


「作戦に従事可能な全一〇二名の割り振りを後ほど転送する。各ポジション、状況に応じて分岐する作戦プラン九八通りを全て頭に叩きこんでおけ。それと、地下に〝商会〟から仕入れた爆薬が格納してある。各自、起爆方法と設置個所を入念にチェックするんだ」


 皆が唸り、そして吼える。高揚した戦意は最高潮に達する。


「それと、今から呼ぶ者はこのあと俺の部屋に集まれ。黒葛羽咲ツヅラウサキ賀東地翼ガトウジヨク飛鳥馬アスマ・フォン・イェンクナー、三科李久ミシナリク、そして雛木芥ヒナキアクタ。以上の五人だ」


 思わぬ名前が呼ばれ、皆がざわついた。アクタとリクという新入り二人に視線が向けられる。どうして新入りが、という種類の視線ではなかった。妬みや不満ではなく、尊敬と憧憬のような感情の込められた眼差しだった。


「やったじゃねえか、新入り」


 ドレッドヘアがアクタに向けて、白い歯を見せて笑う。アクタはぎこちなく笑顔を返す。どうせろくでもないことだと、考えるまでもなく確信できた。


「担う役割に貴賤も優越もない。全員に求められるのはただ一つ、自由という結果だけだ。そしてこの作戦が完了すれば、解放と自由はもはや目前だと言っていい。皆必ず生き残り、変わりゆく社会を刮目して見届けろ」

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