CHAPTER7:Don’t wait for the last judgment- it take every day.(1)
翼を捥がれた哀れな構成者たちよ。見てもらえたかな?
そしてこの映像を見ている者は、納得してくれただろうと思う。
少なくとも俺たちが本気だということは。
きっと今頃、ネットワークにエラーが出続け、〈マーキス〉による恩恵のほとんどを受け取ることのできない状況に途方に暮れていることだろう。
そして少なくともネットワークは半日の間は復旧しない。元通りになるまでは三日くらいかかるだろう。もちろんそれはもっと長くなるかもしれないし、俺たちはそのために命を懸ける覚悟でいる。旧トウキョウタワーの襲撃は全ての序章に過ぎない。
だが、安心していい。
この状況は、そしてこれから起こる状況は、決して狼狽えるようなことじゃないし、悲観すべきことでもない。
人間は、いや全ての生き物は本来、自ら選択するべきだったし、有史以来そうしてきた。時には直感に従い、時には誰かのことを思いやり、時には遠い未来に思いを馳せながら、選んできた。
俺たちは選択する自由を取り戻す。
一度、捥がれた翼をもう一度手にすることは難しいだろう。苦痛さえ伴うだろう。
しかしやり遂げなければならない。
それが、俺たち人間が人間として生きるということだからだ。
社会の歯車でも、機械仕掛けの女神の奴隷でもなく、紛れもない人間であるために自由は必要だ。
不確かな未来を恐れるか?
そうだろうな。
俺だって、怖いさ。
この先どうなるか分からない。それは途轍もない不安と恐怖を抱えることを俺たちに強制する。
だが、その不確かさこそが可能性だ。
機械に決められる人生なんて吐き捨てろ。
俺たちは自分の翼で羽ばたける可能性を持っているはずなんだ。
さあ、今だ。
選べ。
機械に飼い慣らされてくだらない日常を生きるのか。
運命に抗い、社会に歯向かい、不確かな未来に踏み出して生きるのか。
どっちが人としての生き様か、鈍った思考をフル回転させて考えろ。
俺は、――俺たち〈
†
旧トウキョウタワー襲撃の混乱と興奮から醒める間もなく、百舌の主導によって〈
それは旧トウキョウタワー襲撃という撒き散らされた混乱の中心にあるのが自分たちであると証明すると同時、共同体社会に対する堂々とした宣戦布告でもあった。
もちろん動画ファイルは〈マーキス〉の自動検閲によって削除された。だが予め仕込まれていた、削除に対してデータを無限複製するウイルスによって、動画ファイルはゾンビのごとく蘇り、いたちごっこから逃げ延びるかたちで瞬く間に拡散されていった。
動画の内容も含め〈
だがほんのごくわずかに、〈
既に半日が経過した今、百舌の言った通りサーバーは復旧している。暴力や混乱の連鎖は一時の苛烈さを過ぎて収まってはいるものの、唐突に社会に牙を剥いた嵐のような混乱の爪痕は予想以上に深い。企業や学校など、平常通りに仕事や授業が行われているところを探すほうが圧倒的に簡単で、構成員の多くはどうしたらいいのか分からず、自宅に引き籠り、〈マーキス〉の公的な対処と発表を待つことにしていた。
このまま時間が経てば経つほどに、混乱は収まっていくのだろう。きっとこの程度では〈マーキス〉の計画性は揺るがず、また社会という仕組みが現状を維持するために働かせる修正力も侮ることはできない。所詮人は忘れるか、それとも慣れるかしてしまう生き物だ。
アクタはと言えば、興奮しているのか、身体も頭も溶けそうなくらい疲れているはずなのに寝付くことができなかった。リクはどうしているだろうと思ったが、もし寝ていたら申し訳なかったので連絡はしなかった。それに、今リクに会うのは少しだけ怖いような、そんな気がした。アクタは貸し出されている部屋で一人横になりながら、自分専用のクラウドに保存されていた昔の映画を眺めていた。眺めているうちに、あっという間に日が昇った。履歴では知らない間に二周したらしい映画の内容は全く頭には入ってこなかった。
「重要なのは、選択肢が生まれたことだ。〈マーキス〉に全てを委ねる以外に、自分たちの意志で生きるという選択もできるのだと、皆が理解したことだ」
ソファに浅く腰かけ、煙草を吸いながら百舌が言った。
アクタは早朝にアジトのなかをうろついているところを百舌に出くわし、半ば強引に付き合えと言われて、部屋へと連行された。百舌はまだ何か作業をしていたらしく、執務机には書類やノートやらが積み上げられていた。アクタはソファに座らされ、酒を勧められたが断った。アルコールは共同体的な規範でもあまり良しとされていない。そもそも未成年なので酒を飲んだことなどなかったけれど、今はあまりそういう気分ではないと思った。
百舌は煙草の灰を灰皿に落とし、もう一方の手で琥珀色のアルコール飲料を呷った。
作戦立案と現場指揮を担った上、最前線で激しい戦闘を繰り広げていたこの男は一体いつ休んでいるのだろうか。ふとそんなことを考えたが、意味はなかった。
「これまで彼らは〈マーキス〉に従う以外の生き方を、全てを委ねる以外の生き方を知らなかった。だが〈マーキス〉の機能の一部に不具合が生じ、一時的にその軛から解放されたことで、〈マーキス〉に頼らない生き方に直面したわけだ」
「選べる状態が、重要ってこと……」
リクも同じようなことを言っていた。ただ盲目的に〈マーキス〉に従うのと、従うことを自分の意志で選ぶのとでは違うと。そこに選択というプロセスが入ることが重要だと。
「なら、もしあんたらが革命を成し遂げた結果、皆が〈マーキス〉に従うほうがいいと言ったらどうするんだ? 引き下がるのか?」
アクタは敢えて百舌の神経を逆撫でするように言葉を選んだつもりだった。だが百舌は平然と紫煙を燻らせているだけだった。
「そういう結末も、あるかもしれんな」
答えも実に淡々としていた。革命の結果拒絶される結末を受け容れる覚悟があるのか、元よりそんなことはあり得ないと思っているのか、アクタにはよく分からなかった。
「だが拒絶されようとも関係ない。これは〈マーキス〉と俺たちの闘争だ。これは言っていなかったかもしれないが、俺たちが目指す〈マーキス〉からの社会の解放は、何も皆仲良く合議で〈マーキス〉を追い出そうってわけじゃない。この社会のどこかで偉そうにふんぞり返ってやがる鉄屑を、鉄屑らしくぶっ壊してやるんだ」
「そんなことできるわけ……」
「できるさ。それが人の意志の力だ」
百舌は確信的に言い放ち、煙草を灰皿で揉み消す。
「休めるうちに休んでおけ。迷うことも考えることも重要だが、死はお前の都合を待ってなどくれないぞ。変わる社会も変わらない社会も、目の当たりにできるのは生き残ってこそだ」
再び何かの作業に没頭し始めた百舌の部屋から出ると、扉のすぐ近くの壁にウサキが寄り掛かっていた。両脚は分厚いギブスで固定されていて、傍らには松葉杖が立て掛けてある。人間味のなかった顔にもガーゼが貼られていて、昨晩の戦いがどれほど苛烈で危ういものだったのかを改めて思い知らされる。
ウサキは先客としてアクタがいたから待っていたのだろう。アクタは会釈をして、目の前を通り過ぎようとする。
「協力する気になったらしいわね」
氷柱を突き刺してくるような刺々しい声にアクタは立ち止まる。分かっていたことではあるが、明らかに歓迎されていない。
「ああ、まあなんかこう、成り行きで」
「あっそう」
もうちょっとだけ新人に愛想よくできないものかと思ったが、口に出したら殺されかねないので呑み込んだ。
「百舌なら、中でなんか作業してるぞ。何してるかは知らねえけど」
「知ってるわ。用があるのはあんたよ」
既に部屋へ戻ろうと歩き始めていたアクタはウサキの言葉の意味が分からず、足を止めた。きっとめちゃくちゃ睨まれているので、怖くて振り返ることはできない。
「あんたに用があるって言ってるの。ちょっと外に出ましょう。気分転換に」
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