CHAPTER6:Conviction are more dangerous enemies of truth than lies.(3)
「さ、ここからが本番です。みんな、気を引き締めていきましょう」
苛烈な戦闘音から一転、乾いた柏手の音。ウサキたちは声の方向へと振り返る。
短く刈り上げた黒髪に銀縁の眼鏡。場にふさわしくない朗らかな表情。〈
「いやいやいやいや。お前は何もしてないだろうがよ、ヨク」
厳然たる事実に、律義な突っ込みを入れるチョウヂ。ヨクは躱すように目線をぐるりと泳がせる。
「ま、ここからが私の出番です。この右手に宿りし真の力が目覚めるときも近いでしょう」
「そのほっそい腕にそんな力はないわ」
「厳しいですねぇ~、人は見かけによりませんよ?」
「――ウサキ、チョウヂ、ヨク」
名前を呼ばれ、三人は即座に口を噤み、自らが信奉する絶対的な指導者に向き直る。
「先を急ぐ。あまりもたついていると、味方の反応消失を察知した〈ネメア〉が集まってくる」
「そりゃぁゾッとしないですね」
「ヨク、少しは口を慎んで。作戦中よ」
「そうは思ってるんですけどね。なんだか興奮しちゃって、口が止まらないわけですよ」
「気持ちは分かるぜ。俺たちゃ今まさに、この社会と戦ってるんだ」
「全く分からないわ。わたしはやるべきことをやるだけ」
「……おい、三人とも。行くぞ」
ウサキたちは互いに顔を見合わせる。チョウヂが肩を竦め、ヨクも茶化すようにそれを真似る。ウサキは呆れ混じりの溜息を歪めた口から吐き出し、頬に引っ掛かった髪を吹く。
†
「なんかおかしく、ねえか?」
アクタは代わる代わるドローンとの戦闘の模様や、旧トウキョウタワー下の建造物内の様子を映し出すモニターを眺めながら、ふと呟く。未だたったの一機とて撃墜されることなく、三二機の旧式ドローンを操り続けるアスマが作業の手を止めずに、聞き返す。
「何が?」
「いやだってよ、あそこは完全無人の施設なんだろ? だったらなんで、まるで人が使うための施設みたいになってるんだよ」
「言われてみりゃ、確かにそうだな……」
アスマが目線と思考だけを指の動きから切り離したように、一瞬だけ顔を上げてモニターを注視。思考のなかに沈殿する。
ここまでアクタが見てきた限り、一番細い通路は人が両手を広げた状態で多少の余裕をもって通れるくらいの太さだった。つまりあちこちで戦闘を勃発させる顔面を削ぎ落されたトリケラトプスのようなドローン――〈ネメア〉ではかなりぎりぎりの幅だ。
現状では多少の負傷者が出てはいるものの、このままの調子でいけば百舌がブリーフィングで通達した被損害予測三八パーセント、という数字には到底満たないだろう。班のなかの、そして班同士での連携は見事なもので、奇襲を仕掛けてくるドローンを制圧、あるいは躱しながら作戦は推移している。
〈ネメア〉とは、通路でエンカウントする例はなく、今のところ通路を抜けた先の開けた空間で待ち伏せし、奇襲を仕掛けるという戦術を徹底している。その理由はアクタの目にも明らかで、要するに隘路での戦闘では機動力が全く活かせないからだろう。
ならばどうしてそんな隘路が、ドローンたちが主な利用者である施設に設けられているのだろうか。ドローンのためだけの設備ならば移動シャフトがもっとふんだんに設置されて然るべきだし、空間的により開けたものになるだろう。まして床をリノリウムで埋めたり、階段を設ける必要などあり得ない。
だがそこには必ず理由がある。合理性の権化に他ならない〈マーキス〉が、無意味な建造物を、しかも情報網の要衝に、わざわざデザインはずはないのだ。
深く考えるまでもなく、すぐに答えには見当がついた。
アクタの理解と、アスマが口汚く吐き捨てたのはほぼ同時。
「……くそっ、この施設そもそもの目的が、メンテナンスとかじゃなくって、タワーの防衛のための防波堤ってことか」
全くの同感だった。
もしタワーの旧展望フロアであるメインサーバーに干渉しようとするならば、鉄塔の背骨に渦巻く螺旋階段を上っていくか、何らかの航空手段で直接乗り込むしか方法はない。
後者を実現できる組織も個人もほぼ皆無である以上、旧展望フロアへ繋がるのは螺旋階段のみということになる。そしてそれを昇るにはタワーの足元に作られたドームを踏破し、一段目に辿り着くほかにない。
侵入者が必ず通過しなければいけない場所。
ならばそこに屹然とあるべきはメンテナンス場ではなく、侵入を阻む堅固な要塞。あるいは悪意をもって踏み込んでくるものを誘い、そして二度と帰さぬための魔窟。
「あれ以外のドローンがいるかもしれねえ」
「なんだって?」
アスマが眉を顰めるのは、アクタの発言に対する怪訝さか、もしくは事態が思いのほか切迫しつつあったことに気づいた焦燥か。
「だからあの盾のドローン以外のドローンが、どこかで待ち受けてるかもっつてんだよ。たぶん、この立地を活かした戦い方ができるドローンだ」
「ンなこと言ったって、何も反応は――――」
アスマが言いかけ、唐突に映像のいくつかがロストした。完璧に遠隔操縦していたはずだ。当然システム的な部分でのエラーはない。だが事実として、突然にドローンからの信号が消失した。
消えたのは四つ。全てメンバーに追従して施設内部を飛行していたドローンからの映像だった。
「な、何が起きてやがんだっ!」
「施設のなかに何かいる」
アクタが叫ぶと同時、一つの映像のなかで血飛沫が舞う。一瞬の判断で飛び退いたウサキの白い髪が赤く濡れ、また一つ、映像がブラックアウトした。
†
生温い風に身を委ねながら、リクは淡い金色に瞬く旧トウキョウタワーを眺めていた。
まるで共同体に生きる人々を照らし、導く松明のように。あるいは果てのない夜に煌めく明星のように。見る者の気持ちを穏やかにし、安心と平静をもたらすような優しい光。
だがリクは睨み据えるように、その輝きを眼差す。
〈パラサイト〉が示す時刻は二三時二七分。〈
モニター越しの中継映像を見られる階下の部屋と違い、屋上では作戦の状況を伺うことはできない。当然興味はあったし、作戦の成否や百舌が選択と行動によって示そうとするものによって、リクの今後、もしくは共同体の未来そのものが大きく左右されるかもしれない。自分は今、そういう社会の転換点の、その最前に立っているのだという自覚はあった。
だが――いや、だからこそ、リクは一人屋上に立っていた。
一度離れなければパズルの全体像を描けないのと同じように、この場所からでしか見えないものがあると、そんな気がしていた。
そしてリクの予感通り、もう間もなく天秤は傾き、賽は投げられる。
「……それが、答えなんだね」
やがてリクは遥か彼方の輝きに向けるように、あるいは寄り添う何かに囁くように言った。もちろんその言葉を聞き届ける者の姿はどこにもない。
だがリクは決然と、研ぎ澄まされた意志でもってさらに告げる。
「既に賽は投げられている。〈マーキス〉、ぼくがあなたを必ずや終わらせよう。きっとそのために、その決断をするために、今日ここまで生きてきたんだ。なんか、そんな気がするよ」
舞う紙片さえ切り裂くような鋭さ。リクの無表情は一層冷たく、それでいて煮え滾るような怒りに満ちていた。
リクは踵を返し、淡い金色に背を向ける。その歩みには一切の躊躇いも迷いも、淀みもなく。
ただ真っ直ぐに。そして頑なに。
リクはゆっくりと共同体の威光から遠ざかっていく。
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