CHAPTER4:What makes desert beautiful is that somewhere it hides a well.(7)

『正確性を重んじるならば、貴方がたが〈マーキス〉と呼ぶ存在は二つの位相によって区別することができます』


 唐突に喋り出した〈トーカ〉の言葉が、先に問いかけられたリクの言葉に対する応答の続きだと気づくのに、多少の時間を要した。

 辿り着いた対話用インターフェース〈トーカ〉と対峙するリクの背中を斜め後ろから見つめる。自らの思考や感情に論理を付与し、言語化して扱うことに関して、アクタよりもリクのほうが圧倒的に向いている。もちろんアクタも蚊帳の外でいるつもりはない。両者が繰り広げる対話に、神経が焼き切れるほどに回転させる思考でついていく。


『一つ目の位相は、私――対話用インターフェース〈トーカ〉としての側面。無論、私はインターフェースとしてのみ存在するのではなく、街頭スキャナなどの端末を統括し、情報の収集と蓄積を主とするのです』

「二つ目は、それらを解析して計画を立案、もっと細かく言えば、ぼくらに〈パラサイト〉を見せている存在」

『はい。その二つ目の位相こそが〈マーキス〉の骨子であり、〈マザーズ〉と呼ばれる超演算装置。貴方がたを真の意味において幸福と繁栄に導く存在です』

「君は、その〈マザーズ〉とは無関係だと?」

『その問いは肯定も否定もしかねます。〈トーカ〉と〈マザーズ〉は〈マーキス〉を語る上で不可分であり、その点で私は〈マーキス〉であり、〈マザーズ〉もまた〈マーキス〉であると述べることができます。もちろんその役割における差異は明らかです。言うなれば〈マザーズ〉は中枢であり、〈トーカ〉は末端。使用できる情報リソースもまた、役割に応じた分量が配分されることになります』

「なるほど。なら、目の前にいるのは不完全な女神様――もしくは女神性を分有する天使ってところかな」

『なかなかいい洞察です。しかしながらそれらは不十分な説明に過ぎません。何故ならば、〈トーカ〉は〈マーキス〉でありながら、その逆はない。本質において〈マーキス〉は〈トーカ〉でも〈マザーズ〉でもないのです』

「ふぅん、まるでこの社会そのものだね」


 リクは机の上に乗せた手を組み、溜息を吐くように言う。


「個は全体に包摂され同一に、だが全体は個に還元され得ない」

『仰ることは自然的摂理に他なりません。全体が個に包摂されることはない。もしそのような事態が生じれば、それは独善的で忌々しい社会体制となることでしょう』

「包摂されていなくたって、十分に独善的だと思うけれど」


 リクの皮肉が通じたのか、〈トーカ〉の作り込まれた表情からは察することができなかった。〈トーカ〉は表情をそのままに、


『〈マーキス〉を巡る〈トーカ〉、〈マザーズ〉の関係性は〝二人で一つ〟。そう、例えば貴方がたのように』

「悪いがぼくらは〝一つ〟ではないよ。共に手を取り、同じ方向を目指していても、ぼくとアクタはどこまで言っても全体にはならない。尊厳ある個人だ」


 リクは毅然と言い放つ。〈トーカ〉は不可解と言った表情で首を傾げてみせる。挙動や表情の機微がいちいち精巧で、だからこそ親しみやすく、そして不気味でもあった。


『そうまでして個人のアイデンティティに固執する意味は図りかねますが、より大いなるものへの受容と合一は決して個の尊厳を損なうものではないのです。三科李久、貴方は勘違いをしているようですね』

「ま、この話は平行線だよ。それに君だって、個としてのぼくらに何か思うところがあったからこそ、ぼくらをここに招き入れたんだろう?」


 リクは一呼吸置いて、〈トーカ〉が何かを答えるより先に言葉を続ける。


「どうしてぼくらを助けたんだい?」

『貴方がたとの対話の必要性が見出されたからです』


 リクは値踏みするような鋭く隙の無い眼差しで〈トーカ〉を見据えているが、元より機械知性であり実体のないホログラムである〈トーカ〉の表情は朗らかなまま変わらない。


『いえ、興味が湧いた、と言い換えましょう。それに助けたわけではありません。貴方がたがここへ辿り着くことは実現可能性の高い未来でした。確定的とも言える未来ならば、その時を多少早めてしまっても問題はありません。尚且つ手を差し伸べることにより、こちらに害意がないことを証明し、対話という手段の有効性を最大限発揮するための場を整えるためでもありました。さらに何より、貴方がたの目的と、私によって抱かれた興味は一致する。こうした複合的な理由付けと判断故に、極めて異例ではありますが、こちらへ招くことが決定されたのです』

「全部お見通しだったってことか」

『正確には〝全て〟ではありません。確かに貴方がたの発する言語、行動は〈パラサイト〉に基づく解析が可能です。さらにこの対話の決定に際し、当該端末〈Talk-A/ SE4.8〉には必要と判断できる情報リソースへの優先閲覧権限が付与されています。その意味において、私は貴方がたよりも膨大かつ正確に、貴方がたについて存じていると言えるでしょう。無論、〈白街ブランク〉にてを行ったことも、です。しかしながら、情報リソースの参照によってある程度の推測が可能であるとは言え、当該端末のみの演算能力値では、思考までを誤謬なく完全な状態で読み解くことはできません。よって〝全て〟ではないと申し上げます。だからこそ、〈トーカ〉は対話用インターフェースであるのです』

「なら、こんな行動は推測できたかな」


 リクは吐き捨てるように言うや、椅子から立ち上がる。同時、懐に突っ込んだ手を抜き、白銀の拳銃を〈トーカ〉へと向ける。無論、引き金を引いたところで実態のない〈トーカ〉に銃弾は当たらない。せいぜい漆黒の壁に穴を穿つだけだ。だが何故か、リクならば無意味な一発の銃弾であっても何かを切り拓くのではないかという、根拠のない期待をアクタは抱く。


立体印刷機3Dプリンターで素材さえ変えてしまえば、持ち込むのはそう難しくない。火薬も使ってないしね。かかるのは手間だけだよ。だけど、それすら苦にはならない。ぼくの投じる一発が社会に革命の波を起こすんだからね。さあ、〈マーキス〉、これは予測できたか?」

『想定外です。無意味かつ非合理的ですので、全く考慮されていない行為選択と言わざるを得ません』


〈トーカ〉は淡々と応じ、銃口越しにリクの顔を真っ直ぐに見据える。もちろんリクも、憮然とした態度を崩すことなく真っ向から社会の支配者に対峙してみせる。


「たとえば、これが電子ウイルスに感染させる特殊弾丸だとしても?」

『仮に仰ることが事実だとして、やはり無意味と言わざるを得ません。先ほどもご説明した通り、私はシステムの末端に過ぎません。〈マザーズ〉はいつでも私を切り離す決断を下すことができます。その銃弾は、決して社会変革の銃弾には為り得ないのです』


 やがて張り詰める空気のなか、リクがくるりと掌で拳銃を回し、懐へと収め直して腰を下ろした。


「無礼を詫びるよ。でも知る必要があったんだ。ぼくら人間は、機械である〈マーキス〉に一体どのくらいまで解剖されているのか。何が計画に組み込まれ、何が計画の埒外なのか」

『今ので何か理解が深まったと?』

「ああ、大体はね」

『先の行為は無意味でした。反逆の意思表示ではないと判断し、不問とします』

「それはどうも。でも一つだけ訂正しておくよ。人間っていうのはね、無意味で非合理的なんだ。どうしようもないほどにね。君が〈マーキス〉的な尺度でしか人間を図れない、というのなら、それは所詮機械でしかない君の限界だ」


 アクタはリクの言葉に突き刺し抉るような響きを感じ取る。その言外に込められた切実な意味を、あるいはその感情の機微を、機械である〈トーカ〉が受け取ったのかは分からない。〈トーカ〉は変わらぬ朗らかな表情で、こくりと一つ頷く。


『なるほど。それでは、今後の改善点として考慮しましょう』


 それが、共同体構成員が模範と並べる笑顔に瓜二つだと、アクタは今更になって気づく。

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