CHAPTER4:What makes desert beautiful is that somewhere it hides a well.(5)
「一体どうなってんだよ……」
アクタたちの足並みを気に掛けながらゆっくりと前を行く〈ポーン〉に向かって、そう呟いてはみるものの、聞こえているのか聞こえていないのか、返事が返ってくることはない。代わりに隣りを歩くリクが半ばやけくそになって答える。
「今はこれ……彼女を信じてみよう」
「分かってる」
事実、目の前の〈ポーン〉に従って歩き出してから、一機たりとも他の〈ポーン〉には遭遇していない。撤退させたと言っていたのはどうやら本当らしい。指揮官機なるものが存在するのかは知らないが、この〈ポーン〉はそういう立場にあるのだろうか。〈ポーン〉は自分が〈マーキス〉であると言っていたが、そんな世迷言は到底信じられない。
巡らせた思考はひらすらに空回りし、だが着実に前へと進めた歩みは間もなくアクタたちを第三貨物庫へと導いた。
自動で解錠された扉の向こうには、広大な倉庫が広がっている。
〈メーティス〉の職員はこの湾上に鎮座する人工の大地から外に出ることはない。どんな理由があるのかはアクタたちには定かではないが、きっと研究の機密保持とかそのあたりの理由なのだろう。
なんであれ、ここでは多くの職員やその家族が生活しているので、おのずと様々な設備や物資が必要になってくる。ついさっきまでアクタたちが身を潜めていたバーもその一つである。
この第三貨物庫は合成食品の保管を担う区画であり、人が生きる以上は〈メーティス〉の生命線とも言える場所だ。
ちなみに合成食品というのは〈ゴスペルシード〉というたんぱく質を多く含む改良穀物をベースにした加工食品の総称である。FEC3のような小さな列島が、閉鎖された共同体を強固に築けているのはこの改良穀物を開発が大きく寄与している。
堆く積まれた木箱やコンテナの数々。
ドローンは侵入者であるアクタたちとすれ違ってもどんな反応も示さない。決められた手順に従って物資や資材を運び、規則正しく駆動するだけ。
その淡々とした一連の動きは、まるでシステムそれ自体が一個の生き物であるかのような錯覚を覚えるほどに完成されている。全自動化された物資の管理システムは、中に入ったアクタたちが――人がどれだけ不合理で不完全な存在なのか、知らしめるように整然と流れていく。
「本当にこんなところにあるのか?」
「たぶん」
リクが珍しく曖昧な言葉で濁す。アクタ同様に、リクもまだ理解が追いついていないのだろう。
「もしこの〈ポーン〉がぼくらを拘束するつもりなら、きっとこんな回りくどいことはしない。いくらでもチャンスはあったわけだしね。だからきっと、少なくとも敵ではないと今は思っておくしかない」
アクタもそれ以上は何も言うことができなかった。
異様な緊張のなか、一機と二人は貨物庫の奥へと進む。そして整然と並ぶコンテナの一つの前で先導していた〈ポーン〉が立ち止まる。
半信半疑だった〈ポーン〉の評価は、高い確率で信のほうへと傾いた。
目の前のコンテナは実に精巧に投影されていた。さすがは共同体の中心部に程近い場所、あるいは〈マーキス〉の懐。注意深く目を凝らして見なければ、その一つだけがホログラムだとは到底気づけない。
それに偽装はコンテナだけではない。床を走り、宙を飛んでいるドローンもまたいくつかは〈パラサイト〉上にだけ存在する
コンテナの投影をより自然なものにするために、そこに出入りをするドローンもまた虚像でありながら、不気味なほど精密に映し出されていた。
〈ポーン〉がくるりと向きを変える。感情など映すはずのない視覚素子に、しかし無邪気な期待感に溢れているような錯覚をアクタは覚える。
『案内はここまでです。ここからは他でもない貴方がたの意志によって、その足を前に進めて下さい。これまで、そうであったように。あるいはこれからの人間がどうありたいのかを示すように。〈マーキス〉が、貴方がたお二人を待っています』
一瞬感じた〈ポーン〉の――その奥にいるという〈マーキス〉の期待感は、あながち錯覚ではないのかもしれない。
アクタたちが自由を渇望し、社会を統べる女神との謁見を望んだように、その女神もまた自らの論理と目的をもって、アクタたちを導いたのだ。もちろんその意図は神のみぞ知る。アクタたちには到底理解し得ない。
〈ポーン〉が横へ滑らかに移動し、アクタとリクに道を譲る。刹那、周囲を動き回っていたドローンたちが、まるで時が止まったかのようにぴたりと静止する。
〈ポーン〉が示した道を辿ることを、断る術はなかった。ドローンたちは決して物言わず、だがつぶさにアクタたちの一挙手一投足を観察していた。きっとここで足がすくむままに踵を返せば、単なる侵入者としてドローンに拘束されるに違いない、とアクタは思った。
リクは躊躇なくコンテナに向かって一歩進み出て、ちらりと後ろのアクタを振り返る。
「分かる。ここに女神はいるよ。そしてどういうわけか、ぼくらと出会うことを望んでいる」
リクはアクタへ向けて、真っ直ぐに手を差し伸べる。
それはまるであの暑い日の出逢いのように。
牢獄のような計画された社会の外へ、自由という甘美な空へ、アクタを連れ出してくれる掌だ。
「進もう。探して、見つけた。ぼくらの夏の、結末がここにあるんだ」
リクの言葉にアクタは頷く。もう迷いはなかった。気負いもなかった。リクとならば、どこまでだって進んでいけるような気がしていた。
「おう。機械仕掛けの女神様の、描く未来とやらを確かめに行くか」
アクタは白い歯を見せてリクの手を取る。
そして二人は同時に、ほんの僅かに歪んだコンテナに向けて大きな一歩を踏み出す。
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