CHAPTER4:What makes desert beautiful is that somewhere it hides a well.(4)

 だが気分が高揚したのも束の間。

 何度離しても、決して諦めることも疲労を見せることもなく付き纏う〈ポーン〉の包囲網に、アクタたちは徐々に追い詰められつつあった。

 さすがは〈マーキス〉が制御している施設というべきか。こちらが設計図面を手にしていることはもちろん、その上でどういう経路を取ってどこに向かおうとしているのか、完璧な予測を織り込んだ〈ポーン〉の展開により、アクタたちはとうとう袋小路へと追い込まれていく。

 二人は今、辛うじて逃げ込んだ職員専用のバーラウンジのカウンターの影に身を隠している。厚さ数センチの木製カウンターを隔てた向こうには、もう急ぐ必要はないと言わんばかり、入念に視覚素子を巡らせながら数機の〈ポーン〉が侵入者の姿を探している。


「……くそったれ。向こうのほうが、上手って、ことかよ」


 絶え絶えな息でアクタが吐き捨てる。

〈ポーン〉は動体には機敏な反応を見せるが、音声認識のシステムはそれほど精度の高いものではないらしい。大きな物音さえ立てなければ、多少悪態を吐いたところで隠れているのがバレることはない。

 隣りでは、リクが大粒の汗を浮かべる額を袖で拭い、眉根を険しく寄せる。どうやら〈パラサイト〉上に展開した設計図面を確認しているようだった。


「どうしてだ。どうしてどこにもない……」


 初めて見る表情だが、リクの焦燥はもっともだ。

 警報が鳴り出してからおよそ30分強。必死で逃げ回っていたとは言え、目当てである拡張現実の歪みは一切見つけることが出来ていなかった。

 おそらくリクは施設の中心部に行けば一般構成員の立ち入りが〈パラサイト〉によって弾かれている区画への入り口を見つけることができると踏んでいたのだろう。アクタもそう思っていたからこそ、大きなリスクを冒してクラッキングに及んだのだ。

 だが予想に反し、まるで共同体社会の正しさや潔白さを誇示でもするように、〈メーティス〉のどこにも歪みやノイズは見当たらない。


「情報的には隠されてないっていうのか……いいや、そんなはずがない。何だ、何が足りない……」


 リクは頭を大きく横に振る。混線した思考を一度リセットする。アクタも疲労に喘いでばかりはいられない。周囲を警戒しつつも、状況を打破するための一手を探す。

 きっと諦めることは今度こそ自由を放棄することであり、一度手放してしまえばきっと、もう二度とは手に入らないのだろうと、アクタは漠然と感じていた。


「逃げるのに必死で見落とした、ってことはねえか」

「ないだろうね。もしあったとしても、来た道を戻るには〈ポーン〉たちともう一回やり合わないといけない。考えるだけでゾッとする」

「ま、そう何度もうまくはいかねえよな。それなら逆に考えてみようぜ」

「ああ。〈マーキス〉はやはり全知であり、ぼくらの狙いの全てを知っていると仮定しよう」

「つまり〈マーキス〉はおれらが〈トーカ〉を通じて接触しようとしてるってことを知ってる」

「そうだね。そしてきっとこのセンスのない玩具みたいな無人機はぼくらを追い詰めるために、接触させないために配置され展開されているはずだ。〈ポーン〉と接触した地点に印をつける」


 リクは言って、公開設定ヴィシビリティの設計図面に赤の光点を書き込んでいく。

 もちろん〈ポーン〉の動きを警戒し、なるべく対峙しないような経路を選んで逃げていたので浮かび上がるものは朧げだ。だからリクは実際に接触した位置に加え、接触していただろう推測地点を、今度は青の光点で書き込む。


「〈ポーン〉の配置から、ぼくらを辿り着かせたくない場所を逆算すると――」

「講堂と第三貨物庫」

「だけど両方を確かめるのは厳しい。リスクが大きいし、きっとぼくらの体力がもたない」


 講堂と第三貨物庫。それらは六角形の施設の対角線上にほとんど存在している。加えて〈メーティス〉は幾層もの階層構造なので、二つは高さの差も存在する。中心部を目指すように逃亡していたアクタたちからは、どちらかと言えば二つ下のフロアにある第三貨物庫のほうが近いが、それでも楽な道程ではないことは確かだ。


「ならどっちに行くかだな……」


 アクタは溜息を吐くように言って腕を組む。間もなく思考に沈黙していたリクが口を開くのと、アクタが自らの意見を捻り出したのはほとんど同時だった。


「第三貨物庫だね」

「第三貨物庫だな」


 まるで自明であるかのように。思考が同調するかのように。重なった答えに二人は微かな笑みを交わす。


「理由は?」

「講堂は一目に付き過ぎる。確かにおれらみたいな侵入者には有効かもしれねえが、〈パラサイト〉のホログラムで隠蔽してるなら、人が多い分、が起きるリスクのほうが高いだろ。それにもし本当に講堂に近づけたくないなら、〈ポーン〉をこうは展開しない」

「全く同じ意見だよ」


 リクの言葉に、アクタは誇らしげに口の端を吊り上げる。そうと決まれば、早く動くに越したことはない。二人は腰を上げようとして、突如耳朶を打つ穏やかな声に動きを止めた。


『――いかにも。その通りです』


 息を潜めて周囲を警戒する。気がつけば、バーのなかを捜索していた〈ポーン〉たちはいつの間にか消えていた。ゆっくりとカウンターから顔を出してみるが、動く者の気配はアクタたちを除いて忽然と消失している。


『探すのに多少手惑いました。それと、展開された〈ポーン〉たちを撤収させるのにも。なかなかクレバーな逃亡劇でしたね』


 脳のなかに直接流れ込んでくるような音声に、アクタは全身に否応ない緊張を走らせる。〈パラサイト〉のどこを確認しても通信に使用するアプリケーションの類は起動されていない。どこからどうやって話しかけられているのか、全く理解ができない。

 しかし声に敵意は感じられなかった。〈ポーン〉を撤収させたという言葉が真実かは定かではないが、少なくともさっきまで執拗にアクタたちを追っていた乳白色の機械は今はいない。

 どうやらリクにも同じ声が聞こえているらしく〈パラサイト〉と現実を交互に確認している。だがアクタと同じく声の主の姿は見つけられず、その言葉の真意も測りかねていた。

 やがて緊迫感だけが満ちるバーに近づく低い駆動音が聞こえた。

 アクタたちはその場に釘付けにされたように固まり、半開きの扉からが姿を現すのを待つ。


「どういうことだ……?」

「さぁ、ぼくにも全く」


 アクタは問うたが、リクは肩を竦める。

 現れたのは一機の〈ポーン〉。だがアクタたちを拘束しようとする動きはなく、まるで迎えに来たと言わんばかり、機械にしては随分と大仰な動作でマニピュレータが左右に広げられる。

 マニピュレータの先はバーの外――やはり誰もいなくなった通路の先を示す。


『貴方がたの目的地はこちらです。三科李久ミシナリク雛木芥ヒナキアクタ。案内しましょう、〈マーキス〉――他ならぬ私の元へ』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る