CHAPTER4:What makes desert beautiful is that somewhere it hides a well.(3)
「おいっ、どんどん増えてるぞ!」
「知ってる。次の角を右」
アクタとリクは懸命に走っていた。30メートルと離れていない背後には合流に次ぐ合流で四機にまで増えた警備用ドローンが、鈍い駆動音と耳障りな警告音を響かせながらアクタたちを追っている。
滑らかな乳白色のボディに地面の形状に合わせて自在に動く四輪駆動。ボディの側面からは白骨じみたマニピュレータが伸び、先細りになった頭部には全方位を見渡す四組、計八つの視覚素子。頭部の先端は赤いサイレンを目まぐるしく明滅させる。
追われているというのに不思議と恐怖はない。むしろ彼我の距離を測るために振り返るたび、アクタはダサいドローンだなとか場違いなことを思ったりもする。
そして実際問題として、通称で〈ポーン〉と呼ばれるこの警備用ドローンは装甲の高い耐久性を誇る一方で、追跡にも制圧にも不向きな機体だ。本来ならば時速30キロ程度では走行可能だと言うが、〈メーティス〉のそれほど広くはない入り組んだ通路では移動速度を上げるわけにもいかず、曲がり角を巧みに使えばアクタたちの生身の足でも捕まらない程度には逃げられる。
だが当然のこととして、生身のアクタたちには体力という概念がある。いくら動き盛りの高校生と言っても、何十分も走り続ければ血中の乳酸濃度は徐々に高まり、上がっていく心拍も相まって肉体は脳の指示から乖離していく。
「くそっ! いつまでも走っちゃいられねえぞ」
「さっきのクラッキングでドローンの管制システムとかって乗っ取れない?」
「その間、リクが孤軍奮闘でドローンをどかどか殴り倒してくれるならできるかもな!」
「次の角を左だ」
アクタたちは並びながら右側に一度膨らみ、速度を落とすことなく左に曲がる。追い縋る〈ポーン〉は四輪を柔軟に動かしながら、最短距離で詰め寄ってくる。
「リク、前っ!」
徐々に距離を詰めてくる後ろの四機を気に掛けることもせず、アクタが叫ぶ。
それもそのはず。
曲がった先、次の突き当たりの位置には待ち構えるように二機、別の〈ポーン〉が待機していて、今まさにこちらに向かって速度を上げてきている。
アクタとリクは否応なく減速。だが考えを巡らすような余裕はどこにもない。もちろん立ち止まる選択肢はない。今見える景色のどこにも、自由はないのだ。
ほんの一瞬、視線が交錯。そして同時にアクタとリクは加速する。前は二機、後ろは四機。どっちに向かうのが正解か、言葉を尽くして示し合わせるまでもない。
リクが僅かに前に出る。〈ポーン〉の無機質な視覚素子はその動きを的確に追い、マニピュレータの照準を定める。
リクが跳躍。左手側の壁を駆け上るように跳び上がり、突き出されたマニピュレータを躱す。さらに空中で身体を捻って反転。その空中での身体裁きはまるで大空を自在に羽ばたく鳥のようで、アクタはリクの勇敢なる背に思わず見入る。
しかし全ては一瞬のうちの出来事。
リクは空を突くマニピュレータを掴み、落下とともに可動域の真逆である背面側に捻る。マニピュレータは付け根から圧し折れ、〈ポーン〉は背面から派手に地面へと叩き落とされる。比較的小柄な機体ながら200キロを超える重量が通路に大音声を響かせる。
右手側の〈ポーン〉は予期せぬ反撃に対して徹底抗戦の構えを取る。急減速でリクの側面へと回り込み、マニピュレータで拘束を試みる。だが――
「余所見してんなよっ!」
アクタの突進。横っ腹に突き刺さる、策も術もない単なる体当たりが、しかし〈ポーン〉のバランスを確かに崩す。
「アクタ!」
リクが圧し折ったマニピュレータを投げて寄越す。アクタはそれを両手で受け取り、その重量と自分の全体重を乗せて横に振り抜く。
雷鳴と錯覚するような劈く金属音。だが非力な高校生の腕力で、分厚い装甲越しにダメージを与えられるはずもない。それでも隙を生み出すには十分な一撃。
「うらぁっ!」
傾いだ〈ポーン〉の胴体部に、もう一撃。衝撃が腕に伝わり、骨がびりびりと震えるような感覚。
完全にバランスを逸した〈ポーン〉が床に倒れる。最後におまけと言わんばかり、転がった不恰好な〈ポーン〉に、半ば拉げているマニピュレータを振り下ろす。
「行こうっ!」
リクの呼び声を待つまでもなく、アクタはマニピュレータを放り捨てて低く駆け出す。後ろから追ってきていた四機の〈ポーン〉は通路に横たわる二機がバリケードとなって足止めされる。
アクタたちは残る体力の全てを振り絞るように、歯を食いしばって疾走する。アクタは殴打の衝撃でまだ痺れている手を強く握る。
逃亡者たちの単なる抵抗。だがこれはずっと鬱屈した感情を抱き続けていた共同体社会に対して、一切の躊躇なく抗い、そして押し付けられる規範を撥ね退けたことに他ならない。
痺れているのは、何も手だけではないようだった。
冷めやらぬ興奮をそのままに、アクタが荒い息遣いで吼える。
「はっ、はっ、うまく、いったぞっ!」
「我ながら完璧な連携だったね」
二人は得意になって言い、口の端に笑みを添える。
状況は芳しいとは言えない。むしろ窮地に追い込まれている。一歩間違えれば、体力と気力が尽きれば、全ての準備も人生さえもご破算になる。だがそれでも、この身を焦がすようなスリルは真っ当な構成員として生きていては決して味わうことのできないものだ。
あの日、リクが差し伸べた手を取ったからこそアクタは今ここにいる。
それは紛れもない自分の意志の選択の結果で。今この瞬間は、誰にも譲れないアクタだけの人生で。それ故に、かけがえのない尊さがある。
「全く、君ってやつは最高だよ」
「リクも最高にクールだったぜ!」
アクタは言って、リクとともに儚く、そして危うい青春を駆け抜けていく。
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