兎穴
華依奈
第1話
「…ここどこだ?」
目が覚めると、周りに何もなくただただ黒い場所にいた。俺は今さっき確実に病院で家族に看取られて死んだはずだ。だからもし行くとしたら、天国か地獄だと思ってる。けど、
「これは絶対どっちでもないよなー」
行くなら天国に行きたかった!っていうか本当にここどこだよ。異世界転生はないな。そもそもそんなフラグどこにもなかった。
「とりあえずなんか探すか…」
少しずつ周りを見ながら歩き始めた。ここは黒い世界だけど、真っ暗とは少し違う。だから恐怖心もなく、普通に歩ける。––歩くとき自分が歩いたという実感がある。俺は死んだはずなのに。これは夢?やっぱり自分の死を納得できていなかった?
…こんなこと考えても仕方ないか。まあ少なくとも俺は絶対に死んだ。だったら、今を楽しんだ方がよっぽどいいよな。
「しばらくずっと寝たきりだったから、歩くの久しぶりだな〜」
なんかちょっと年甲斐もなくわくわくしてきた。––俺は病気で高1の終わりの春に死んだ。高校生とかいっても学校には全然行けてない。小さい頃から病弱で、入退院の繰り返し、高校は入学してちょっとしてからずっと病院で過ごした。高校に進学できただけラッキーだったな…まあどっちにしろ出席日数足りなくて留年だったし、死んで良かったかもしれない。
「そこの人。何してるんですか?」
「うわっ!……え、あなたは誰ですか?」
この状況で後ろから突然現れた人に声を掛けられて驚かない訳がない。というわけで、反射的に後ろを向いて腰を抜かし、動けなくなった俺を笑わないでくれ…
あなた誰ですかって言えただけマシだよな!
「それはこっちの台詞です。で、大丈夫ですか?腰を抜かしたみたいですけど」
うわー笑われないだけマシなんだろうけど、なんかめちゃくちゃ恥ずかしいな!というかこの人、男の俺から見てもかっこいい。髪は黒くて、髪型はショートカットっぽい。ストレートで髪もサラサラ。俺少しくせ毛だから羨ましい…顔も人形みたいに綺麗だ。それに執事が着るような服着てるけど、全然違和感がない。
「あーすみません。多分少ししたら治るので…しばらく気にしないでください!俺は沢井生叶っていいます!」
めっちゃ恥ずかしい!早く立てるようにならないかな。半分ヤケクソで早口になったし、変な人って思われたかな。俺は喋ったあと目を合わせづらくて横を向いた。すると、ちょっとクスッという声が聞こえた。ちらっとその人を見ると、少し笑ってしゃがみこんでいた。
「大丈夫ですよ。僕はセンです。色々聞きたいことがあると思いますが、一つだけ質問に答えてください」
しゃがみこんでいることにびっくりしてまじまじと見てしまった。というより質問、この人は俺がここにいる理由を知っているのだろうか。
「わかりました。その前に一つ聞きたいんですけど、なんでセンさんはしゃがんだんですか?」
「?君と目を合わせるためだよ。ずっと上向くの辛いだろうし、僕もずっと上から目線は流石に嫌だから。あと敬語じゃなくていいよ、さん付けもしなくていいから。」
わざわざしゃがんでくれるなんてめっちゃいい人だな。こういう気遣いできる人はモテるんだろう。彼女とかいたりするのか…?いたら中指をこっそり立てさせてもらおう。そもそも敬語じゃなくていいって言われたけど年同じくらいかな。
「じゃあ…セン。」
言ったのはいいものの、なんかすごい違和感がある。そもそも友達あんまり居なかったし、呼び捨てにしても名字だし、ほぼ初対面なのに呼び捨てって俺が慣れてないだけかもしれないけど、変な感じがする。
「うん、じゃあ僕の方からも質問させてください。イクトはここに来る前何をしてましたか?」
「死んだ。」
質問に真顔で即答したら、すごいセンがポカーンとしてる。え、これダメだったのか…?いやでも本当のことだし…
「すみません、ちょっと失礼しますね。」
フリーズ状態からセンが回復すると、回れ右をして俺からちょっと離れたところでなんか誰かと話し始めた。誰もいないから連絡でもしてんのかなー。そもそもいつこの腰の抜けた状態から脱出できるんだろ。
そんなことをうだうだ考えているうちに、センがこっちに帰ってきた。ちなみに、ちゃんとしゃがんで目線も合わせてくれている。
「失礼しました。イクトは…本当に亡くなったんですね。今着てるのは…病衣ですか?」
どこで俺が死んでるっていうことがわかったんだろう。今さっき話してたからか?というか、病衣?自分の服を見てみると確かに病衣だった。ダメだ。いつもこればっかり着てるからなんの違和感も持ってなかった。まあこんな服着てたらおかしいよな。
「ああ。俺は病院で死んだから。」
「…すみません。」
聞いた瞬間、センはすごい申し訳なさそうな顔をした。これ俺のせいだな。まあ死って結構デリケートな部分だし、そうなるのは当たり前なんだろうけど。別に死んだことに対しては全然気にしてない。
「別に大丈夫。気にしなくていーよ。それよりセンとこの世界について教えて欲しいです!」
「…そうですね。じゃあ説明します!」
出来るだけ笑って気にしてないですよアピールをしたら、普通に受け取ってもらえたみたいだ。死んでこういう会話をするなんて思ってもみなかったけど、正直終わったことだし本当に気にしないで欲しい。むしろ気をつかわれる方が嫌だ。
「この世界は通称"兎穴"と呼ばれています。」
「ここ穴の中なの⁈」
「違います。」
ツッコミを入れたら笑顔で両断された。いやーでもしょうがなくないか?そう考えるのが普通だろ。しかも兎…
「あなたの世界に不思議の国のアリスという話がありますよね?」
「ありますね、逆になんで知ってるんですか?」
「まあ、それは後々…」
あなたの世界ってことはやっぱりここは自分の住んでいた世界ではないんだ。当たり前だけど。というか不思議の国のアリス…
「アリスが白ウサギ追いかけて穴の中に入るでしょ?その穴の中の世界に似ているから、それにちなんで"兎穴"って呼ばれてるんだ。」
「そうなんだ。」
あーアリスが穴を通って白ウサギたちの世界に行くところか。本はよく暇で読んでたけど、流石に懐かしいな。
「ここは世界と世界をつなぐ場所。だから、異世界転生や転移をする人も来たりする。その時に行く世界まで案内するのが、僕たち案内人の役目。」
「へー」
じゃあどっちかというと俺の状態はするかしないかは別として、異世界に行く前ってことになるな。だが俺の予想は無理っぽい!いや絶対無理だろ。それだったらセンがあたふたする訳ない。適当に相槌打ちすぎたか?
「でも実際は迷い込んできた物や人、生き物とかを元の世界に返すのが主な仕事です。」
「じゃあ案内人さん、俺はどこか違う世界に行くんですか?」
ちょっとノリにのって聞きました。いやだってさ心のどこかで少しだけだけど期待があるんだよ。いいでしょ、少しくらい夢見せてくれても!
「…あーあのねイクト。悪いんだけど君はそういう対象じゃないんだ。」
「…デスヨネー」
分かってたよ!分かりきってたよ!あー誰もいないところで神様のバカやろー!って叫びたい。
「理由を説明させてもらうと、君は死んでいるからまず転移、生きている体で異世界に行くことができないことは分かるよね?」
「ああ、火葬でもされてるんだろ。」
火葬かー。葬式どんなだったんだろ。やっぱり家族には泣かれてるか。正直申し訳ないな、親より祖父母より早く死んで。
「だったら転生だけど、君はそういう運命とかじゃない。」
「はあ。」
運命、か。俺が死んだのも運命だったんだろうな。センの説明を聞きながらこんなことを考えるのは失礼か。
「もし異世界に転生する人は心に何か印があって、君にはそれがない。色々な世界の神からこの世界へこの魂を連れて行ってくれみたいな依頼もないんだ。」
「なら俺は、この世界に迷い込んだのか。」
センへの疑問半分、自分への問いかけ半分だった。案内人の仕事が、もう一つ迷ったものを返すことだった。当たり前だが仕事でなければ、俺なんかに声はかけないだろう。元の世界に帰るんだったら、どうせなら天国行きたい。もしあるのなら。
「えーっと、言いづらいけど元の世界には帰れませんよ?」
「は?」
「いや魂だけこの世界に迷い込むことは絶対にないんです。だいたいどの世界も魂は同じ世界で生まれ変わってゆく。いわゆる輪廻といわれるものだね。だから、魂だけならこういうところにはこれないはずなんです。元の世界に魂が縛られるから。」
要するに俺がおかしい、と。いやいやそんなこと言われても知らないから!いつのまにかここにいただけで、俺悪くないから!
「だからね、イクト。その理由についてちゃんと調べれるまで、僕や他の案内人の仕事を手伝ってもらうことになったから。」
ちょっと苦笑まじりに言われた。
えー俺これからどうなるんだ…。そもそも滅多に家族や医師の人以外とまともに話したことがないのに、センや他の人と長時間話せるのか…。
あと仕事?えっ、俺未成年だよ?いやそういうことじゃないか…。
兎穴 華依奈 @kaina721
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。兎穴の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます