第101話 東京怪人
「いやー、やっぱS級怪人は半端ないっすね! 変身前でも存在感が違いますよ。こう、圧倒されるというか」
その日、モンスターズの下っ端構成員“ダックスフンド”は、先輩構成員と2人で町外れにある廃倉庫の見張り番をしていた。
この地では現在、モンスターズ主催の『千葉怪人及びヒーロー軍対策会議』が行われている。
ウォリアーズの残党から千葉怪人の存在を知らされたバーバリオンが、緊急で東京中の強力な怪人を集めたのだ。
「まあ、S級怪人と言えば、一人で大隊に匹敵するような化け物だからな。本能で格の差を感じてしまうのだろう」
「ほんと、蛇に睨まれた蛙というか、鷹の前の雀というか、招待状を受け取るだけで手が震えましたよ」
ハハハと自虐的に笑ったダックスフンドが、尚も先輩と言葉を交わしていると、
ポツリ。ポツリ。
次第に弱い雨が降り出した。
既に会議の開始時刻は過ぎている。
「どうします? 一度中へ入って雨宿りしますか?」
「そうだな。開始時刻も大分過ぎてるし、まさかバーバリオン様主催の会に遅れてくる奴なんていないだろう」
頷き合った2人がその場で踵を返しかけたその時、
「あの――」
不意に真横から声を掛けられた。
「うおっ!」
驚いたダックスフンドが顔を上げると、いつの間にかすぐ側に黒尽くめの男が立っている。
(こんなに近寄られたのに全く気づかなかった……)
フードを目深に被っており、その素顔は窺い知れない。
ただ、無言で招待状を差し出してきた。
「拝借致します」
恐る恐るそれを受け取り、本物か確認する。
確かに刻まれたモンスターズの紋章。
特別ゲスト用の招待状だ。
招待人の名前欄は『ガーディアンズ タイタン』。
(特別ゲスト? ということは、タイタンさんが個別で声を掛けた怪人か。なんか全くオーラを感じないけど……)
招待状に不備はない。
「確かに確認しました。どうぞお通り下さい」
ダックスフンドが招待状を返すと、男がさっさと建物の奥へ消えて行った。
その後ろ姿を見送り、首を傾げる。
「今の何ですかね? 幽霊でももう少し存在感ありそうですけど」
☆☆☆☆☆
「んー、暇だ……」
皇帝隊との会議の翌日、サツキは再びエンペラーの執務室を訪れていた。
今日も今日とてエンペラー本人はいない。
というか、今日に関してはドラゴンもホホジロもいない。
(シロエ大尉に言われて執務室を訪れたものの、特にやることはないしなぁ)
唇を尖らせたサツキがぼぉーっとしていると、
「ほら、あんたの番だよ」
突然、目の前に複数のカードが差し出された。
「あー、はいはい」
生返事と共にその中の一枚を引く。
何を隠そう、現在サツキは絶賛ババ抜き中だ。
相手は皇帝隊の四人組。前回、会議で顔を合わせた副隊長の手の者ではない。
ドラゴンに従う、強盗団みたいな男女の方。
「残念、それジョーカーでした~」
サツキにカードを差し出した女性が、満足気に目を細めた。
紅髪縦ロールのソース顔美人“クロコ”。
無駄に妖艶な雰囲気で大人のフェロモンがびんびん出ている。
(この人も千葉のヒーローなのかな? 一度も働いてる所を見たことがないけど……)
この前執務室を訪れた時も、ソファでダラダラしていた気がする。
普通、出動任務がなくても、情報収集や基礎訓練くらいはしそうなものだが。
そして、それは彼女だけではない――。
「ドレ?」
「イチバンミギ」
二人で1組の手札を握るこけし頭の双子、“ピラニア兄弟”。
座敷童のような格好をしており、非常に不気味だ。
サツキの手元から目にも留まらぬ速さでスペードのAを引いていく。
あまりにも迷いのない手つきに低く唸った。
(なんか……私の手札見えてない?)
いまいち釈然としない気分のサツキを余所に、
「じゃあ、次は俺の番だ」
雪色の髪をした青年がピラニア兄弟の手札からカードを引く。
彼は“シロクマ”。その名の通り、ずんぐりとした見た目の大男だ。
不思議な事に、皇帝隊の別働隊には動物の名前を冠したヒーローが多い。
(可愛い名前を付けるのが千葉の流行なのかな?)
黙々とトランプに興じる四人を見て、静かに首を傾げた。
「もしかして、皆さんって――暇なんですか?」
☆☆☆☆☆
『千葉怪人及びヒーロー軍対策会議』。
その舞台となる廃倉庫には、殺伐とした空気が立ち込めていた。
既に会議開始時刻を過ぎているというのに、場内は未だ煩いままだ。
その最たる原因が、広間中央に陣取った若者集団。
先程から持参した酒瓶を回し呑みし、騒ぎ続けている。
(怖い物知らずだな。バーバリオン主催の場でこんなことして無事で済むとは思えんが……)
背後から殺気を感じたタイタンがそちらを振り返ると、案の定、鬼の形相を浮かべたバーバリオンが立っていた。
「おい、誰かあいつらを黙らせるやつはいないのか?」
腕を組んだままのバーバリオンが、仁王立ちで呟く。
それを受け、周囲の取り巻き達が一瞬互いの顔色を窺い合った。
やがて、その中から中年の太った男性が前へ進み出る。
「では、私が彼らに世間の厳しさを教えて差し上げましょう」
先程まで熱心にバーバリオンを持ち上げていた男だ。
今が忠誠心を示す絶好の機会だと思ったのだろう。
高らかに宣言し、大股で若者達の元へ歩み寄ると、
「おい、ガキ共! 静かにしろ!この会議が誰の主催か分かっているのか? バーバリオン様だぞ! 分かったら、さっさと礼を尽くさないか!」
恫喝するように叫んだ。
しかし、
「は、礼を尽くせだ? 千葉の奴らと戦うのに協力して欲しいって言ったのはそっちだろ? わざわざ来てやったんだから、逆に礼を尽くして貰いたいくらいだぜ」
若者達の中心で踏ん反り返った茶髪のヤンキーが小馬鹿にするように笑う。
(こいつは……)
その見覚えのある横顔にハッとした。
どんな異性も虜にしてしまいそうな甘いマスクに、怖い物しらずの生意気な性格。
危険度A+級怪人“オラン”。
S級認定されるのも時間の問題と言われている若者派閥のリーダー的存在だ。
東京怪人界隈で唯一バーバリオンの支配力が及ばない派閥と言っていいかも知れない。
(こんな奴らにまで声を掛けているのか? バーバリオンはワシが思ってる以上に千葉怪人を脅威に感じているのかもしれんな……)
認識を少し改めるタイタンの前で、
「俺は強い奴をぶちのめせるなら誰でもいいのさ。それが、千葉怪人でもバーバリオンでもな」
「こんのクソガキ!」
ヒートアップした中年男が猿型の怪人に姿を変える。
そのまま、
「最近名前が売れてきて調子に乗っているのか知らんが、貴様が通用するのは低いレベル帯でだけの話だ。今から俺が大人の怖さを教えてやる!」
勢いよく胸元に飛びかかるが、ポケットに手を突っ込んだままのオランが右へ左へ悠々と躱した。
「おっそ」
直後に、ガラ空きの胴部に音速の膝蹴りを叩き込む。
ズドンッ。
えげつない音と共に、中年男の体がくの字に曲がった。
「かはっ……!」
その状態から何とか右拳を伸ばそうとするが、今度は物凄い速さで頬を張られる。
「いいぞ、オラン! やっちまえ〜!」
狂ったように盛り上がる若者達。
そこからは公開処刑に近かった。
「「「1発! 2発! 3発!」」」
若者達の大合唱に合わせて、オランが両の拳を振り抜く。
そのあまりのパワーとスピードに中年男は何もできない。
大人の威厳を見せようとして、逆に子供扱いだ。
(何をやってるんだこいつらは。千葉怪人と戦う前に仲間割れしたら意味ないだろう……)
やれやれと呆れるタイタンの目の前で、白目を剥いた中年男が床に倒れ込んだ。
その頭を踏みつけて、オランが誇らしげに吠える。
「はい、一匹排除~。お次は?」
分かりやすく周りを挑発するが、後に続くものはいない。
皆、先ほどの男の二の舞なるのを恐れているのだろう。
その様子を見たオランが、益々調子に乗って呟く。
「俺は何も取り巻きだけに言ってるんじゃないぜ? お偉いS級怪人さん方よぉ。俺の態度に文句があるなら直接掛かってきな」
この命知らずのオランの発言で場の空気が一気に重くなった。
現在、この会場にいるS級怪人は4人。
中央に陣取るバーバリオン。
その近くで成り行きを見守るタイタン。
離れた位置で仲間に囲まれたデスベアー。
そして、フロアの陰で沈黙する包帯だらけのアリゲーターだ。
一瞬全員の殺気が僅かに大きくなるが、誰も動かない。
やがて、深々と溜息を吐いたバーバリオンが口を開いた。
「小僧共、ここは遊び場では無い。東京怪人の威信をかけた戦いに臨む為の会議の場だ。静かにできないのなら出て行け」
その言葉を聞いたオランが、勝ち誇ったように笑う。
「はは、東京を代表する怪人が四人もいてダンマリとは! S級怪人も大した事ないな!」
そのまま、酒瓶を煽り、フラフラと後ろに下がったその時、
ドンッ。
ちょうどそのタイミングで入口から入ってきた男とぶつかった。
黒のレインコートで全身を覆った男。
「ああ、悪い」
状況を理解できていないのか、特に悪びれる様子もなくボソリと呟く。
刹那、
「人がせっかく良い気分に浸ってるのに、水差してんじゃねーぞカス!」
半怪人化したオランが爆発的な速度で右腕を叩きつけた。
目で追うのもやっとな神速の一撃。
誰もが完全にクリーンヒットしたと思ったが、次の瞬間、信じられない事が起こる。
ユラリ。
蹌踉めくようにして体の軸をズラした男が、オランの腕を難なく掻い潜り、腹部に膝を叩き込んだ。
力感のない、軽やかな動きだ。
しかし、
「カハァ……」
何が起こったか分からないという顔をしたオランが、派手に吐血しながら膝をつく。
「テ、テメェ、何者だ? この俺にこんな事をしてタダで済むと――」
甲高く喚くその頭を、
ズパンッ。
男が雑に蹴飛ばした。
白目を剥いたオランの体が、サッカーボールのように飛んでいく。
床に血の筋を引き、近くの机に突っ込んだ。
そのまま、ピクリとも動かなくなる。
「な、何なんだお前は!?」
リーダーを失い、戦々恐々とする若者達。
その眼前で男が足先に付いた血を汚そうに拭う。
それと同時に、男の被っていたフードが外れた。
露わになったその正体に会場全体が息を飲む。
顔全体を覆い隠す漆黒のヘルメットに、幽霊のように希薄なオーラ。
間違いなく東京を代表するS級怪人の一人。
会場にいた誰かが呆けたように呟いた。
「こ、こいつ――
妹の『ヒーロー』としての活躍が目覚ましすぎて『悪の組織幹部』の俺の立場がヤバイ件!!! 鯵fly @Tooth-fairy
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