整形手術

アール

整形手術

とある夜。


その青年は一軒の小さな診療所へたどり着いた。


あたりを注意深く見渡し、誰もいない事を確認しながら静かにそっとノックをする。


「……はい、どなたですか?」


中から問いかける声がした。


彼はすかさず、教えられていた合言葉を伝える。


「……モグラの体はけむくじゃら」


すると中の気配が一瞬変わり、しばらくの沈黙の後再び中から声がした。


「……して、その心は?」


……落ち着け、これも教えられていた合言葉だ。


そう彼は自分に言い聞かせると、冷静に答えた。


「……それでもモグラは人気者」


その言葉に応じて、鍵を外す音が聞こえた。


中から白衣を着た背の高い女性が現れ、にっこりとこちらに微笑みかける。


「お待ちしておりました、話は聞いております。

どうぞ中へ」


「あ、ありがとうございます。

ああ、雨風しのげる屋根の中に入れたのは久々だ」


そう、寒さに震えながら男は呟くと、勧められた暖炉の近くのソファーに腰掛けた。


やがて奥から暖かいコーヒーを持った、先程の女性が現れる。


男は礼を言いながらそのコーヒーを受け取った。


そのコーヒーをゆっくりと喉へ流し込んでいると、白衣の女性が話を切り出した。


「さて、早速なのですが手術の前に一応確認しておきたい事があります。

・ここにやってきた経緯

・どなたの紹介でやってきたのか

の2点です。よろしいですか?」


「もちろんです。

手術のためなら、なんでもお話しいたします」


男はやや食い気味にそう答えると、コーヒーを勢いよく全て飲み干し、語り始めた……。


「テレビのニュースなどでご覧の通りです。

私は万引きの常習犯でした。

店員の目を盗んでは品物をカバンに入れる。

スリルがあって楽しかったし、タダで品物も手に入るわでやめられなかった。

ところが1週間前、その瞬間を店員に見られてしまったのです。

私は慌てて逃げ出しましたが、どうやら顔を見られていたようで……」


「なるほど、万引き……ですか」


「そうです。

それからは人目を避けての生活です。

本当に辛かった……。

常に警察の影に怯える毎日。

後悔しましたよ。

どうしてやめておかなかったんだって」


「……それで、どうやってここを知ったのですか?」


男の言葉にうなずきながら、女性はそう尋ねた。


「……急に声をかけられたんです。

見たこともないホームレスの老人でした。

彼は僕の姿を見た途端、


”あんた、警察から逃げてるんだろ?

昔のワシと同じ匂いがするからな。

ワシも色々とやらかして、

警察から逃げたことがあるんだ。

どうだ? 当たりだろ?"


って、僕の現状を言い当てたんです。

全く、驚きましたよ」


「そうでしたか。

あの人が、貴方に教えてくれたのですね。

彼は私の知り合いです。

それは運が良かったのですね」


「ええ、全くです。

それで老人が続けてこう言ったんです。


”ここの近くに凄腕の整形外科がいる。

しかも彼女は犯罪者に対して理解があり、まとまった金がなくとも内密にやってくれる。

連絡はワシがしておこう……。"


それから僕は彼に住所や合言葉を教えてくれ、今に至るわけなんです」


この青年の説明に女医は大きくうなずいた。


しかし、青年にはどこか引っかかる所があるのか、女医に質問をした。


「あの、どうしてお金を請求しないのですか?

犯罪者を匿い、しかも手術を施すなんて

あまりにもリスクがあり過ぎるのに…………」


「……ウフフ、医者という職業は儲かるんですよ。

だからお金は有り余っているんです。

まぁ、医者以外にも色々と副業をやっていますのでそのおかげかもしれませんが……」


そう言いながら女医はソファーから立ち上がった。


そしてどうぞ、という風に手術室の方を手で指し示す。


「この手術服に着替えてから手術台に横になって下さい」


その指示に男はうなずき、全て言う通りにした。



手術室には、医療ドラマで見るような様々な器具が置いてある。


全ての準備を済ませた男はその器具を横目に見ながら手術台へと横になった。


「それでは、麻酔を始めます。

リラックスして下さい……」


その女医の言葉と同時に急激な眠気が彼を襲った。


彼はこれまで手術などの経験が無いため、もちろん麻酔も初めてだった。


これから始まる手術に不安を覚えていたが、それもすぐに眠気と共に何処かへと消えていった。


男の視界が闇に包まれていく。


それは男の顔が、全くの別人へと変わっていく合図でもあった…………。



……手術から4日が経った。


それまで男は診療所の地下にある、秘密の部屋で過ごしていた。


彼の顔は包帯に包まれており、まだ生まれ変わったその素顔を見ていなかった。


「顔の腫れが引くまで、だいたい4日ほどです。

それまでは安静にしていてください。

4日目の深夜、他の従業員がみんな帰った後に、包帯をとってみましょうね」


そう女医に言われていたため、彼は辛抱強くその時を待ち望んでいたのだ。


そして病室の時計が深夜1時を指した時、ようやく病室の扉が開いた。


「お待たせ致しました。

それでは包帯をとってみましょう」


そう女医は言いながら包帯を切り、彼の素顔を外の世界へ解き放った。


「おお、本当に別人のようだ」


自分の顔を手鏡で見た男が声に出した感想、第一声がその言葉であった。


だが男は不意に言葉を失った。


なんだか、どこかで見たことがあるような顔だと思ったからだ。


だがすぐに気のせいだろうと思い、すぐにその考えは脳の片隅へと消えていった。


「ウフフ、どうです?新しい自分の顔は」


「素晴らしいです!

本当に僕が僕じゃ無いみたいだ。

これでもう、僕は万引き犯として警察の影に怯えることはなくなったんだ。

本当に有難うございます!

貴方は命の恩人だ…………」


女医の言葉に、男は興奮気味に答えた。


「ウフフ、そうですか。

それは良かったです。

手術は終わりましたが、まだ気は抜けません。

ベッドに横になり、安静にしておいて下さいね」


その女医の言葉に男は素直にうなずいた。


そして再びベッドに横になると、安心したのかすぐにいびきをかきはじめる。


その様子を見て女医は満足そうに笑うと、ポケットから自分の携帯電話を取り出し、とある連絡先へかけ始めた。


「……もしもし、警察ですか!?

犯罪者を捕まえましたのよ!

今すぐここにきて逮捕してください!

指名手配ポスターに写真が載っている、

の犯罪者ですわ!

…………ええ、そうです! 早くきて!」


その後女医は、診療所の住所を告げた後、電話を切った。


そしてその後、またある番号にかけ始める。


その相手は、男をこの診療所に紹介したホームレスの老人であった。


「もしもし、私よ。

今回も上手くいったわ。

報酬はいつものように口座に振り込んでおくわね。

……ウフフ、それにしても最高のビジネスね。

転がり込んできた犯罪者を上手く騙し、顔をもっと凶悪な犯罪を犯した指名手配犯に仕立て上げる。

そしてその後に警察に通報し、報奨金としてのお金を手に入れる。

本当にうまくいくものね。

警察の影に怯えて後がない犯罪者たちの心理をつくよく出来た完全犯罪だわ……」


人殺しの顔にされた哀れな彼の耳には、そんな彼女の邪悪な笑い声も届かない。


こうして今夜もまた、彼女のは莫大な利益を上げる。




























    





















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