第八話 調査船の悪夢

 銃を握って彼女を追おうとしたビクトルを、僕はなんとか押しとどめた。

「待て。どうせ船からは出られないんだ」

 そう言うと、ビクトルはようやく落ち着いた。ひとまず操縦室へと戻る。

「知っている女なのか?」

 僕の問いに、賞金稼ぎバウンティハンターは頷いた。

「だったら、調査船のメンバーになったってだけじゃないのか?」

 ビクトルは「この船にいるはずはない」と言っていた、それを受けての言葉だったのだが。

「違う。それは、ありえない」

「ありえない? どうして」

 事実、いるじゃないか。しかしビクトルは首を横に振った。

「死んでるんだ、あの女は」

「!? ……間違いないのか?」

「ああ」

「あんたがそう思ってるだけだとか?」

「ない――俺が殺した」

 おっと、そうか。

 死んだはずの――殺したはずの女が目の前に現れたら。そりゃあパニックにもなるだろう。

 だが女は実際に目の前にいて、生きて、しゃべっていたのだから、きっと何かの間違い、勘違いがあるのだろう。よく似たそっくりさんとか。ビクトルには、地球人の女を見分けられなかった可能性もある。僕が彼らレプティリアンを見分けられないのと同じで。

 それにしても。

「地球人の女を殺す機会があったとはね」

 知っての通り、地球人はせいぜい月までしか到達していない、原始的な文明種族だ。ビクトルのような賞金稼ぎバウンティハンターが狙うような標的には、なかなかならないだろう。僕のように、なんらかの事情があって銀河文明で生活することになった人物とかなのかもしれないが、そうだとするとその女とさっきの女、最低二人はそういう人間がいたということで、広い宇宙でその両方と偶然遭遇するというのはなかなかの確率――

「地球人の女? 何の話だ?」

 ビクトルが怪訝な顔で首を傾げる。

「さっきの女の話だろ?」

 僕もまた怪訝な顔をしてみせると、ビクトルは通路への扉を見て、しばらく考え、それから僕の方に目を向けた。

「俺と同郷の女だ」

 同郷――つまりは彼と同じ星の出身者、ということだろう。トカゲ星(仮。ビクトルの母星についてはよく知らないのだ)に住んでる地球人がいるとは――

 僕の顔を見て、ビクトルは更に付け加えた。

「あの女も俺と同じトカゲ人間リザードフォークだろうが!」

 僕は顔をしかめる。

 どこがだ。完全に日本の女子で、おまけに日本語までしゃべっていただろうが。

「ちょっと待て、おまえ――」

 ビクトルは急に腑に落ちたような顔をして、言った。

「もしかして、あの女が地球人に見えたのか?」

 その言葉で、僕もようやく事態を察する。

「えっ、じゃあ……あんたにはあの女が、あんたと同じトカゲ……爬虫類系人間型宇宙人レプティリアンに見えていたのか?」

爬虫類系人間型宇宙人レプティリアンの女だ」

 あの時、僕とビクトルの他には、一人しかいなかった。僕とビクトルが、違うモノを見ていたということは、ない。彼もまた、僕と同じモノを目で追っていた。

 つまり僕とビクトルは、同じモノを見ていながら、別の女に見えていた、ということだ。

「あんたが殺した女?」

「そうだ。同じ星で生まれた。俺が殺した女だ。おまえもか?」

「ん?」

「おまえが殺した女に見えたのか?」

 ビクトルの言葉の意味がすぐにはわからず、僕はすぐに返事ができない。

「まさか。違うよ。マジで。見たこともない女だった」

「本当に?」

「本当だ。まったく知らない女だ」

 ビクトルの驚き方に、僕は憤りを感じる。宇宙人なら何人か手に掛けたが、地球人を殺したことは一度もない。

「まったく知らないのに、どうして地球人だとわかった?」

「僕の母国語をしゃべった。あと、服もそんな感じだった」

 ビクトルにとっては、死んだはずのレプティリアンの女。

 僕にとっては、見覚えはないが、しかし懐かしい言語をしゃべる地球人の女。

 同じものを見ていれば、これほどに印象が違うはずがない。客観的に考えれば、と考えるべきだ。

「幻覚の類か? 船内の空気に、有毒ガスが?」

 幻覚だったとすれば、彼女がスカートを身に着けていたのも頷ける。無重力なのに、あれがまくれ上がることはなかったのだ。地球人のような姿形をして、日本語をしゃべったことだって、僕自身の記憶とか意識の何かが作り出してしまったまぼろしだと考えれば、納得できる。

 管理コンピューターが船内環境に問題なしと報告してきていたから、呼吸ガスを特別に検査したりはしていなかった。

 船内空気が何らかの毒物で汚染され、中毒症状として幻覚を見た乗務員が船を放棄した、というのは、あり得る。

「幻覚だっていうのはあり得るが――いや待てよ……そうか、そういうことか……」

 自分だけ納得したようにそう言ったビクトルは、更に少し考えてから、続けた。

「少なくとも俺たちはを見ていた。薬物中毒じゃなく、の能力ということもありえる」

「なに?」

は逃げたんだ。幻覚がブラスターを怖がる必要はないだろう。俺たちにはだけで、実体はあるんだ、ヤツには」

「待て……ちょっと待てビクトル。じゃああんた、僕たちが見たのはただの幻覚なんかじゃなく……あいつが、なんらかの方法で僕たちに別々の女の姿を見せたって、そう言いたいのか?」

 頷いたビクトルに、僕は呆れてしまう。

 普通に考えたら、ただの幻覚で十分だ。ビクトルしか知らない、僕に至っては僕自身にさえ覚えのない、だがやはり、の姿を見たのだ。ただの幻覚、それだけで説明がつくし、自然なはずだ。だがビクトルの仮説は、この船内に、正体不明の第三者がいることを前提にしている。

「どうやって――テレパシーの類だとでも言うのか? 相手の記憶を覗いた上で、視覚情報を上書きできるような? 仮にそういう能力がある宇宙人が乗務員にいたとして、でも、だったらなんのために――」

「乗務員じゃない」

 断定的に言ったビクトルの顔を、僕はまじまじと見てしまう。

「あんた、なにか知ってるな? 僕が知らされていないことが、なにかあるな?」

 僕の問いに、ばつの悪そうな顔になったトカゲ人間リザードフォークは視線を逸らす。僕は更に言う。

「僕には言えないのか? ふん。だったらいいけどさ、正しい情報を知らないと、判断を誤りかねないぞ。それが命取りにならなきゃいいけどな」

 ビクトルは苦々しげな顔になったが、結局は口を開いた。

「帰りの荷物な。惑星で取れた資源サンプルと聞いてたと思うが」

「ああ」

「売り込みに来たヤツの話では、軍事利用の可能性がある新生物ってことだった。だからカルテルが興味を持ったし、俺が来たんだ」

「新生物? みたいな?」

「ああ。だからてっきり、あのときみたいな、もしくは“バグ”とか“ゼノモーフ”みたいなものを想定していたんだが」

「ってことは、アレがその生物ってことか?」

「かもしれないって話だ」

「その新生物とやらが、あんたの記憶にしかない女の姿を見せた?」

「おまえの記憶の女の姿にもなった」

「僕はあの女のことは知らない」

「本当に?」

 そのように念を押されてしまうと、自信がなくなってしまうが……

「待て。結論を急ぐのはやめよう。呼吸ガスが汚染されている可能性はまだある。一度、船に戻って、よく検討しよう」

 ビクトルは僕の提案を素直に受け入れた。


 調査船内の空気サンプルから汚染物質は見つからなかった。

 僕とビクトルの脳波にも異常はなし。チキンライダー号の設備では精密検査は不可能だったが、毒物中毒で幻覚を見た可能性はないと考えて良さそうだった。

「ヤツに実体があるなら、監視カメラには本当の姿が映るはずだ」

「船内の監視カメラは使えない。こちらからカメラを持ち込んで、カイトにモニターさせるのは可能だけど……」

 カイトによる、調査船管理コンピューターのハッキングは、うまくいっていなかった。カイトは優秀なAIだが、その基本機能は宇宙戦闘機の制御で、そういう能力はそもそも持ち合わせていないのだ。それでもここが星間通信ネットワークを利用できる文明天体近傍なら、必要なツールをダウンロードして対応するとかできたかもしれないが、超空間通信が利用できない辺境宙域では、それも不可能だった。

 そういうわけで、調査船のシステムを利用することは、相変わらず不可能だった。

 僕は窓から、調査船をチラリと覗く。

「じゃあそいつが、乗組員を全員排除したってことか? どうやって?」

「同じことをしたんじゃないか?」

 なにげなくつぶやいた僕の言葉に、ビクトルが応じる。僕は彼の方を振り返った。

「同じこと?」

「トラウマものの女の姿になったのさ」

「トラウマもの?」

 僕は鼻で笑ってしまう。

「教えてくれよ。“トラウマもの”の女を見たら、脱出ポッドで船を逃げ出したくなるのか?」

 船内を簡単にではあるが探索したビクトルは、調査船の脱出ポッドがいくつかなくなっていることを発見していた。乗組員がそれで脱出した可能性はもちろんあったが、それとは関係ない可能性ももちろん考えられた。

「場合によっては、な」

 意外にもビクトルがそう答えて、僕は驚く。

「なんだ。その女と、なにがあったんだ?」

 ビクトルは口を開きかけたが。

「なんでお前に話さなきゃならないんだ」

 僕のほうも別に聞きたくないけどさ。

「それより、おまえが見たのは、本当に知らない女だったのか?」

「いや、それなんだけど……」

「なんだ? やっぱり知ってる女か?」

 僕は首を横に振る。

「あんたには話しただろ。僕の身体は借り物だって」

 僕は自分の、雄鶏ルースター星人の身体を指し示す。

「ああ」

「脳移植されたんだが、実は直前の記憶が欠落してることがわかってる。だからもしかしたら、あの女も、覚えてないだけで、知っている女なのかもしれない、と思いついた」

「自覚がない記憶喪失があるかもしれない、ということか」

「うん」

 もしもそうなら、ビクトルも僕も、昔の知り合いの姿をアレに投影した、ということになる。そういう共通点があれば、ビクトルの仮説にも納得できるのだが。

「しかしそうなると、ヤツは、本人僕自身すら思い出せないような深層記憶にアクセスできる、強力なテレパシーの持ち主ってことだ」

「そいつを捕まえて、売り飛ばすために調査船に運び込んだが、逆襲されたってところだろう」

「待て。確かに毒物中毒ではなさそうだし、現象についてはなんらかの精神攻撃の可能性が高いと認めるが、あれがこの惑星由来の新生物の仕業かどうかは、まだわからないだろ。乗務員の可能性もある」

「仮に乗務員だとして、動機は?」

「それは……他の乗員に恨みがあったとか」

「それほどのテレパス超能力者が、わざわざでそれをする理由が?」

「うまく制御できていないだけかもしれない。能力に目覚めたばかりだとか」

 ビクトルは少し考えてから、頷いた。

「なるほど。ありえるな」

「そもそもその現象だって、どちらも女を見たという共通点があるから、同じだとこじつけようとしているが、あんたと僕に起きたことが本当に同じかは、まだわからないじゃないか」

「そうだろうか」

「だってあんたの仮説だと、調査船乗組員全員の過去に、逃げ出したくなるような女がいたってことになるじゃないか」

 僕は自分で言って、思わず笑ってしまう。

「おめでたいなそりゃ」

 そこまで言ってからふと思いつき、

「あんたには、そういう女がいたんだな。意外だ」

 からかったつもりなのに、ビクトルはふんと鼻を鳴らしただけだった。

「まだ青いころの話だよ。それに――」

 それから僕の方を見て、ニヤリと笑う。

「いつも女から逃げてるおまえに言われたくないな」

 レティシアとアイリーンのことを言ってるつもりだろうか。

「まあとにかく、いろいろ決めつけてしまわないで、まずは可能性を潰していこう。しかし、あんたの仮説どおりなら、僕にとっては都合がいい」

 僕の言葉に、ビクトルは怪訝顔。

「なぜ?」

「ヤツは僕にとってもトラウマものの女かもしれないが、あいにく僕は、彼女に覚えがない。逃げ出す理由も怖がる理由もない。つまり、ヤツの力は僕には通用しない」

 僕の言葉を聞いて、ビクトルは嗤う。

「そう上手くいくといいがな。そうなったとき、おまえが本当に女を撃てるのか、楽しみにしてるよ」


 更に議論を重ねた僕たちは、なによりもまず貨物区画を確認する必要があるという結論に達した。

 調査隊は、取り引きのために“資源サンプル”を準備しているはずだった。それを収めた、もしくは収める予定だった航宙規格コンテナがあって然るべきだ。それをチェックすれば、仮説の一つ、この現象が、持ち込んだ新生物によるトラブルであると判断できるような、なんらかの痕跡が見つかるかもしれない。

 そしてその痕跡の有無で、容疑者を新生物か、乗組員か、どちらかに絞り込むことができるかもしれない。

 容疑者が乗組員であれば、はっきりいって、これ以上この現象に関わる必要はない。彼女もしくは彼の意図は気になるが、知ってもどうということもないのだ、無視するに限る。引き取り荷物の梱包さえ済んでいれば、それを持って帰るだけ。無ければ、つまりまだ資源サンプルがこの船に到着してなかったなどした場合だが、それは僕たちの仕事にとって最悪のケースで、手ぶらで帰るしかなくなる。

 容疑者が新生物であれば、仕事は多少、厄介になる。確保して持ち帰らなければならない。それができなければ、やっぱり手ぶらで帰ることになる。

 手ぶらで帰る、すなわち、仕事は失敗。賞金首に逆戻りだ。

 だから僕が最も期待するケースは、貨物区画に“資源サンプル”が収められたコンテナが無傷で保管してある、そういうパターンだ。


 チキンライダー号の貨物庫からボディカメラを見つけて装着した僕たちは、調査船へと戻る。

 理屈は不明ながら、現象は僕たちの認知力、特に視覚に明らかに影響を与えていると思われた。そこでその点を補うべく、ボディカメラをカイトにモニターさせることにしたのだ。上手く行けば、敵の姿に惑わされずに済む。

「僕たちが見ている景色が、本来の景色と違うってこと、ないだろうな」

『今のトコロ、映ってる通路は、船内見取り図と一致してます。まあ異常があれば教えますよ』

「頼む」

 先ほどとは通路を反対方向、船尾側へと向かう。通路の途中にある扉は、図面によると居住区画のプライベートスペース、つまりは乗組員の個室だ。こういうところに何かが潜んでいるのかもしれない、と思うと、通路を進むのも不気味だ。

 広い船内ではあるが、通路は一本道だし、障害もない。僕たちは誰にも出会うことなく、すぐに貨物区画への扉にたどり着く。ここの扉もまた、あっさり開いた。

 貨物区画は広く、僕の船チキンライダー号を収められそうなぐらいだった。そこに大小様々なコンテナと、調査用と見られる機材が多数、収められている。それらは無重力に対応するため床や壁に固定されていたが、そのせいで内部は迷路のようにも感じられた。

「広いな。どこから探す?」

「まずは航宙規格スタンダードコンテナ。一番大きい方だから、あのあたり」

 と、僕はコンテナが積んである方を指差す。

「搬入口に近い方からチェックしよう。そのあとは、生体運搬用の密閉コンテナだ。生命維持装置が付いてるヤツ」

 迷路を馬鹿正直に走破するつもりなどない。僕たちは床を蹴って、天井付近まで上がると、今度はその天井を蹴って、コンテナの方へと向かった。

 上から見たときには、いくつかあるコンテナを順番に見ていくのは大変だぞ、鍵でもかかっていたら開けられるかどうかわからないし……などと思っていたが、それに接近した僕はすぐに、そういう心配が杞憂に終わったことを悟る。

 一番最初のターゲットと決めていた、搬出入口に最も近いところに置かれていた航宙規格スタンダードコンテナ、その扉は開け放たれていて、その前に、やはり扉の開かれた生体運搬用コンテナまで置かれていたからだ。

 僕はその、生体運搬用コンテナのそばへ降りる。中を覗き込むと、そこになにかが入れられていた形跡はあったが、コンテナ自体に損傷はなく、扉は正規の手順で開かれたようであった。

 航宙規格スタンダードコンテナを覗いていたビクトルが戻ってくる。

「やはり、あれに入れるつもりだったようだな」

 生体運搬用コンテナは、イメージとしては、野生動物を入れる檻だ。宇宙を運搬するため、それ自体に生命維持装置がついていて、つまりは宇宙カプセルだ。輸送の際はこれをそのまま貨物室へ、もしくは航宙規格スタンダードコンテナに入れ貨物船で運ぶ。より大きいコンテナに入れれば、生物を運んでいる事自体をカモフラージュできる。実際、説明がなければ、僕も生き物を乗せていることを知らないまま、仕事を終えていた可能性があった。

「地表でこれに入れて、ここまで運んできたんだろうけど、出したのはなぜだ?」

 答えを得られると思って問うたわけではないのだが、ビクトルは開け放たれたコンテナを見ながら、口を開いた。

「もしも、会いたかった女が中にいて、開けてくれと頼まれたら、開けてしまったかもな」

 僕は、彼が見た同郷レプティリアンの女が、ビクトルの“会いたかった女”だったのだろうか、と思いついたが、口には出さない。

 ビクトルは、彼女を自分が殺した、と言ったのだ。殺した女に会いたい、などと思うのは、きっとなにか後悔があるからだろうし、そんなことを僕に指摘されたくはないはずだ。

「しかしこれで、仕事は厄介な方になったな」

 ビクトルが言い、僕は頷く。

 このまま帰って、取り引きは失敗だった、と報告することも、できる。しかしぶっちゃけ、今の僕にとって怖いのは、この船を徘徊する謎の生物より、サリスで待つアイリーンの方だ。そうした時に、その後に背負う苦労――要するに賞金をかけられた身で大金を稼がなければならない――を思うと、この船で捕物をやる方がずっと簡単だ。

 ビクトルの方は、この状況を放り出して逃げ出すなどということは、考えてもいないようだった。賞金稼ぎバウンティハンターの彼にとっては、退屈な取り引きなんかより、狩りの方が本業だろうし、それに疑問も持たないだろう。ただ、先ほどから少し様子がおかしいのが気になるが……

「使えそうか?」

 生体運搬用コンテナの管理用システムパネルをチェックした僕は、ビクトルの質問に頷く。

「エラーは出てない。損傷もなさそうだし。使えるだろう」

 残された痕跡から、謎の新生物の方が“容疑者”となったわけだが、その場合の段取りも、すでに打ち合わせてあった。

 とはいっても、お話は簡単だ。

 相手の目的は不明なれど、前回は向こうから、姿を現したのだ。船内の適当なところで待っていれば、自ずと現れるだろう。

 そうしたら、レーザーガンの気絶スタンモードで、撃つ。この武器はかなり強靭な肉体を持つ宇宙人でも麻痺させる性能があって、通用しない宇宙生物は、大型のモノを除けばほとんどいない。十分、相手を無力化できるだろう。

 相手が気絶したら、この生体運搬用コンテナに閉じ込めて、次はそれごと航宙規格スタンダードコンテナ内に固定、そしてそのコンテナを、チキンライダー号でサリスへ運ぶ。シンプルかつ完璧なプランだ。

「ドロップシップがない」

 ビクトルが指差した方向には、すっぽりと空いた空間があった。周囲に残された固定器具を見れば、それが本来であれば地上往還機ドロップシップを収めるためのスペースだとわかる。

 二機分のスペースと器具があって、そのどちらにも、ドロップシップはない。コンテナの痕跡からすると、惑星資源を一度は持ち帰ったはずなのだが。もう一度出て行ってしまったということなのだろうか。それにしても、予備のはずのもう一機がないというのも、釈然としない。

 何が起きたかわからないのは不気味だが、現状では確かめるすべはない。

「脱出ポッドにも大気圏突入能力がある」

 ビクトルが独り言のように言うが、彼もやはり、ドロップシップの行き先を考えていたのだろう。

 つまり、船の乗員は一人残らず、この船を脱出して、下へ、すなわち惑星地表へ降りたのだ、と、彼は言いたいのだ。

惑星地表は、環境改造なしで暮らしていけるようなところなのかな?」

 そうでなければ、他星から来た宇宙人が長居できる場所ではないはずなのだ。

 もし、どうしても船を捨てなければならない理由があったとすれば、緊急避難的に惑星に降りるということもしたかもしれない。そう考えた僕は、通信機へ呼びかける。

「カイト。惑星地表から救難信号が発せられたら、受信できるか?」

『三機の通信衛星との交信リンクはできてるんで、発信があれば地表のどこにいても見つけられマス』

 その言い方では、現在までに救難信号を受信していない、ということだろう。

『まあ救難信号どころか、何の通信もないんですけどね。ノイズだけです』

 もちろん、それだけでは、船の乗員が地表に降りていないということにはならないが、少なくとも見つけることは不可能だ。

 なんの信号も発していない、ということは、そこにいないか、見つけてもらうつもりがないかの、どちらかだ。

「ありえねー」

 僕は無意識に日本語でつぶやいてしまい、ビクトルが怪訝な顔を向ける。

「なんだと?」

「取り引きがあるってわかってるのに、船を空けるか?」

 ビクトルは、今更それか、という顔をしたが、

「正気じゃなかったんだろう」

「船にいた全員が、そうなる?」

「そうとも限らないさ」

「なに?」

「正気を失った者が全員じゃなくても、他の連中がそれに気づかなければ、最悪の結果に陥ることはありえる。全員が信頼を置くような人間――チームリーダーや船長がイカれちまってたら、気がついたら手遅れってことは、十分に考えられる」

 船長が正気を失っていた、というのは、あるかもしれない。そうであれば、船の管理コンピューターウルズラの状態にも説明が付く。船長に、この状況を正常と判断できるような命令を入力されているとか。

 その上で、船からの脱出を指示した。乗組員が自ら出ていったのであれば、船内の整然とした様子にも理解できる。

 そのようなことをした理由、目的はわからないままだが、いずれにせよ、今となっては確かめるすべはない。

「なるほど。乗組員全員の過去に“逃げ出したくなる女”がいるっていうのよりは、ずっとありえるな。船長には、好きだった女を殺した過去があったのかもしれない」

 うっかり言ってしまった僕に、ビクトルは忌々しげな目を向けたが、何も言わなかった。


 僕は操縦室に、ビクトルは食堂に移動する。

 二人が別々になるのは危険でもあったが、敵の能力を考えると、二人が一緒にいては出てこないかもしれない、と考えたからだ。なにせ、二人がそれぞれ、同じ相手に別の姿を見るのだ。お互いにフォローされたら、幻覚の効果は激減だろう。

 操縦室と、居住区画にある食堂は、直線の通路で隔たれただけで、距離的にも近かった。どちらかに現れれば、通信でもう一人を呼び、挟み撃ちにできる。

 数時間ぶりに訪れた操縦室の様子は、何も変わっていなかった。僕は室内にある座席を一つ一つ、見て回るが、手がかりになりそうなものは何も見つからなかった。

 でも、それもそうだ、と思う。自然言語を認識するコンピューターは、正常に動作しているのだ。メモの類があったとしても音声入力か精神感応入力で、全部デジタル保存されているはずだ。

「カイト、頼んでおいた仕事の方は?」

 もちろん、管理コンピューターのハッキングの件だ。

『こんなガンコなオンナ、はじめてですよ』

 芳しくないらしい。

『こういう仕事があるってわかってれば、事前に準備してきたのに』

「手持ちにないのか。ハッキングツールみたいなの」

『メインシステムはトラディショナルな“ジェラフス”なんですけど、手持ちのツールで対応できるセキュリティホールには全部穴がされてるクサいんですよ。相当偏質的なエンジニアが手を加えてますね。とにかくこれ、ネットに繋げられない環境じゃあお手上げです。さっきも言いましたけど、管理者権限のアカウント情報がないと』

 管理コンピューターから情報を引き出すのは、諦めたほうが良さそうだ。

 船内の監視カメラが使えれば、捕物もちょっとは楽になったのに。

 僕は船長席の方へ漂っていく。ここで、いつ来るかわからない“敵”を待つのか、とうんざりしながら、操縦室の入口扉に目をやる。

 ふと思いついた僕は、胸の辺りに付けていたカメラを外した。マジックテープで、座席のヘッドレストに固定する。

「カイト。これで入口扉付近が見えるか?」

『見えてますケド』

「あそこが空いて、誰かが入ってきたら起こしてくれ」

『えっ……どうするんです?』

「ちょっと寝てる」

『正気デスカ……』

 僕は船長席に潜り込むと、身体が浮き上がらないようにシートベルトを締める。

「こっちに来るかはわからないし、大きな音を出してくれればすぐに起きる」

『まったく、図太いんだから』

 僕はシートをリクライニングして、目を閉じた。クッションの効いたなかなかいい椅子だ。

 それでも、本当に眠るつもりは、なかったのだ。目をつぶってちょっと休憩するだけのつもりだった。その時は。


 なにかの音が聞こえて、僕は半覚醒する。眠ってしまったのだ、と気づく。

 音は、僕への呼びかけだった。

――起きて、キヨ。

「えっ? 先輩?」

 寝ぼけた僕は、聞こえた声にそのように答えていた。自分の声で、意識がはっきりと戻る。

 いま、

 目は開いていたが、焦点を結ぶのに数秒を要した。リクライニングした座席で寝ていた僕を、女が見下ろしていた。

 あの女だ。黒髪で、変わらずワンピース。幻覚だ、と僕はすぐに気づく。

 寝たのは失敗だった、と僕は思った。さっき見た女だから、彼女が出てきたならこれは現実で、彼女は幻覚だと考えるべきだった。でも、意識のふわふわした感覚が、これがまだ夢の中なのではないかと疑わせていた。まだ夢の中にいるのか、それとも寝起きで、まだ完全に意識が覚醒していないだけなのか、すぐに確信が持てないでいた。

「見ちゃった。かわいい寝顔」

 女は微笑み、そう言った。

「カイト、どうして起こさなかった」

 僕は彼女には答えず通信機に言ったのだが、返事の代わりに聞こえてきたのはノイズ――聞き取れない、なにかゴチャゴチャした音だった。通信妨害――いやそれよりも、敵の攻撃だろう。聴覚、もしくは聴音認識に、干渉しているのだ。だから扉が開いた時に発せられたはずのカイトの警告も、僕には届かなかったのだ。

「ビクトル、こっちに出た」

 もし考えた通りなら、僕には彼らの声が認識できなくても、彼らには僕の声が聞こえているはずだ。ビクトルが来てくれさえすれば、僕の認識力が混乱させられていても、どうということはない。

「なぁに? 独り言?」

 相変わらず馴れ馴れしい態度で、彼女は首を傾げる。

 僕はゆっくりと、座席のリクライニングを戻した。女の顔が近付く。

「おまえの目的はなんだ?」

 僕の問いに、女は露骨に機嫌を損ねる。

「わたしを怒らせたくて、言ってるの?」

 ゆっくりとシートベルトを外す。

「その女のフリはやめろ。おまえ自身の言葉で話せ」

 女は一歩下がると、両手を開いて、不機嫌な顔を一転、微笑みに変える。

「わたしがわたしじゃないと、思ってるのね」

 僕は座席から立ち上がった。

「僕はその女のことは知らない。だけど、その女がこの場所にいるはずがない」

「どうしてそう言い切れるの?」

「言い切れるんだよ」

 未開惑星の生物に、地球人の事情など話しても仕方がない。

「キヨは、わたしに会いたかったんじゃないの?」

 女はそのように言ったので、会話が成立しているのかわからない。

「キヨって、僕のことか? なんで僕をキヨって呼ぶんだ?」

「ずっと前からそう呼んでるじゃない」

「僕はキヨなんて名前じゃない」

 彼女は笑う。

「知ってるわよ。でもわたしがそう呼んだとき、あなたが許してくれたんじゃない」

「僕が、許した? どうして?」

 女は少し俯き、恥ずかしげに微笑む。

「覚えてないの? キヨが、わたしに告白してくれた時のことだよ?」

 告白――言葉の意味は、かくしていた心の中を、打ち明けること――だが、この場合、彼女の態度と文脈からすると、恋愛的な意味の告白だろう。

 しかし、まさか。

「僕が? まさか。そんなこと――」

 女の子に告白するなんて、そんな、柄にもない。僕とは最も縁遠い行為だ。

 それ以前に、僕は彼女のことを知らないのだ。

「あら、どうして?」

 女は腰に手を当てた。

「どうして、まさか、なの?」

 僕はわざとらしく肩をすくめてみせる。

「あんたは僕の趣味じゃないんだ」

「ウソ」

 僕の言葉にいちいち傷ついていたはずの彼女が、その言葉を自信たっぷりに否定する。

「あなたはわたしを、好きだって言ったわ」

 そういって自分の髪に手を触れ、指先で毛先を巻き取るような仕草をしてみせる。

 一見して、清楚。しかしそれは見た目だけの話で、実際には男にはこのように馴れ馴れしく、振る舞いはあざとい。人間だった時の性癖を自信を持って覚えているわけではないが、価値観がそう大幅に変わっているはずはないだろう。どちらかといえば、嫌悪するタイプだ。

「知らない。あんたは、僕とはまったく関係がない女だ」

 僕の言葉を聞いて、女は笑った。今までの媚びるようなものとは違う、不遜な笑みだ。

「あなた、本当にわたしがあなたにまったく関係がない、知らない女だとでも?」

「あんたは実在しない。幻覚だ」

「またそうやって言い切るのね?」

「こんな遠い宇宙の未開惑星に、そんな格好の地球人がいるはずがないんだ」

 僕の指摘に、女はちょっと驚いた様子で、自分の身体と格好を見回した。

「なるほど」

 女は頷き、少し考える素振りをして、続けた。

「わたしが幻覚なら、それを作り出したのは誰? こので、あなた以外にわたしを構成できる人間がいるとでも?」

「おまえは僕の記憶を継ぎ接ぎして、その女の子の姿を作り出したんだ」

「いいえ。あなたもわかっているはず。わたしが実在すること。わたしに会いたかったのはあなた自身だってこと。わたしとの関係に後悔があること。そしてあなたが、わたしを――」

 言いかけた女は不自然に言葉を切る。

「なんだ? なにが言いたい」

 僕は、腹の底の方になにか冷たいものを感じる。

 僕がこの顔をした女の子に何をしたと――ビクトルと同じことをしたとでも言うのか?

 僕の内心を見透かしたように、女の姿をしたそれは、冷たく微笑む。

「記憶喪失だなんて。雄鶏ルースター星人の仕事にミスはなかった。。あなたの行動が、結果を招いた。あなたは状況と誤解を利用した。雄鶏ルースター星人のヒトの良さを利用して、だけ」

 僕が、逃げ出しただって? なにから?

「僕は本当にあんたのことを知らない」

「嘘よ。忘れたいだけ。でも本当はそれとも違う。わたしに会いたかったんでしょ? わたしに言って欲しい言葉が、あるんでしょ?」

 僕は銃を抜いていた。話を聞いたのは間違いだったと思い始めていた。ビクトルはやけに遅い。だけどよく考えたら、自分で撃つことができるなら、待つ必要なんかなかったのだ。切り替えスイッチが気絶スタンモードになっていることを確認する。怒りに任せて、殺してしまわないようにと、自分に言い聞かせる。

 銃を女に向けて、両手でまっすぐに構える。

「あんたは僕が作り出した幻覚だ。だったら、たとえあんたが実在していたとしても、ここにいるあんたが口にする言葉は、僕があんたに言って欲しいことに過ぎなくて、あんたが思っていることではないじゃないか」

 銃を向けられても、女の表情は変わらなかった。冷たい微笑だ。こういう女のことを、僕は本当に好きになったのか? まさか。

 口を開きかけた女に、構わず僕は引き金を引いた。人型のモノに発砲して、これほどにいい気分だったのははじめてだった。相手が死なないことが、本当に残念だった。

 これは、かつて自分をこっぴどく振った女が優しくしてくれる、そういう夢を見たというのと同じだ。こっ恥ずかしい。この船の連中が、全て放り出して逃げ出したという説も、今なら理解できる。

 妄想の中で生きていくつもりはない。

 倒れたそれは、まだ変わらず、その女の姿をしていて、僕はその能力の強さに驚く。この手の超能力は能力者が意識を失えば効力を失うのが普通だが、ただの精神干渉ではなく精神汚染の類なのだろう、改変された認識力は、すぐには元には戻らないようだ。

 まったく、なんてタチの悪い生き物だ。


 通信機からの音が、ようやく意味のある言葉に聞こえてきたのは、その“女”を貨物区画の生体運搬用コンテナに運び込んだときだった。無重力だったから、その作業自体は一人でも難しくなかった。

『ユウキさん! 返事してください!』

 通信機からは、ずっとカイトの声が聞こえていたようだった。認識力に影響があるという考え方は、どうやら正しかったようだ。

「敵生物を捕獲してコンテナに入れた。ビクトルはどうした? なんで来ない?」

『ビクトルさんの方にも、“敵”が出たんです』

「なんだと?」

『向こうは大分マズイようですが、呼びかけには応じてくれません。やはり同じように、聞こえてないみたいです』

「ちょっと待て。じゃあ“敵”は――もう一体いるってことか?」

『ユウキさんがコンテナに入れたのがそうだっていうなら、そういうことでしょうね』

 僕は生体運搬用コンテナの小窓を覗き込む。それはまだ女の姿に見えていたが、そこにいた。カメラをそこへくっつける。

「なにに見える?」

『“ロトリスニア”とか“スネイラム”とかを思い出しますね』

「なんだそれ?」

『ロトリスニアはマカール星由来の愛玩動物で――』

「人型か?」

『全然違いマス』

「……わかった。ビクトルはどこだ?」

『いまは居住区画を移動中です。進行方向には脱出ポッド区画』

 僕は床を蹴って、貨物区画の出口へと向かう。

「最短ルートを教えろ」

『B出口から外へ。通路をまっすぐ』

 自動ドアが開くのももどかしく、僕は通路へ。無重力での急ぎの移動は難しい。両手両足を使って前へ進む。

 脱出ポッド区画には、ポッドへのエアロックハッチがずらりと並んでいた。ちょうどその一つが閉じるところだった。僕はそのハッチへたどり着く。

 覗き窓から中が見えた。ビクトルと、女の姿が見えた。黒髪の、僕のことをキヨと呼んだ、地球人の女だ。とっさに僕は、最初にアレと出会った操縦室でのことを思い出す。ビクトルにはあの時と同様、それが爬虫類型レプティリアンの女に見えているのだろう。相手の記憶から引き出した姿を反射的に見せてしまうような能力なのかも。

 ハッチ脇のタッチパッドを操作し、ポッドとの通信回線を開く。

「ビクトル! どうするつもりだ!?」

 ビクトルはこちらを振り返った。僕を見たが、その表情は虚ろだった。

『邪魔しないでくれ』

「なにを言ってるんだ。自分がなにをしているのかわかっているのか?」

『俺は彼女と行く』

「行くって、どこへ?」

『下だよ。故郷クニへ帰るんだ』

 ビクトルは正気を失っているように思えた。

 おそらく敵生物は、相手の視覚や聴覚だけではなく、その意識にすら干渉できるのだ。抗うことを許さないほどの強い精神干渉下で、愛した異性に欲しい言葉を囁かれた。それによって、いわゆる洗脳状態に陥ったのだ。

 敵の“攻撃”で僕がそこまで行かなかったのは――おそらく、僕の脳、意識と、肉体が一致していないせいで、性愛欲求を失っているからだ。女の姿が、僕には効果的ではなかった。記憶喪失で、相手の女を思い出せなかったのも、有利に働いたのだろう。地球人の生身の肉体だったら、何の抵抗もできずやられていたかもしれない。

「ビクトル、思い出せ」

 僕は言いながらも、これは無駄だろうな、と思っていた。僕とビクトルの間に信頼関係はない。僕に彼を正気に戻す力なんか、ない。

「あんたが言ったんだ。その女は死んだ。あんたが殺したんだ。下はあんたの星じゃない。降りれば、死ぬぞ」

 やはりビクトルは、僕の言葉に何も感じないようだった。

『俺は彼女と行く。もう邪魔しないでくれ』

 ビクトルの腕が動いた。僕からは見えなかったが、脱出ポッドの切り離し操作をしたのだ。振動と音が響き、脱出ポッドが船体から離れ始める。

 僕はそれを見送るようなことをせず、すでにきびすを返していた。通路をエアロックの方へ急ぎながら、通信機に指示を出す。

「カイト、。脱出ポッドに減速をさせるな。ビクトルは連れ帰らなきゃならない」

『減速用のスラスターを破壊するとかですか? 爆発しかねませんよ』

「外壁に穴を空けるんだ。気密が失われれば、突入シークエンスは中断される」

 脱出ポッドの仕様としては、そうなっているはずだった。基本的には救命ボートなのだ。近くに惑星があれば降下するが、降下自体が危険だと判断されれば、軌道上で救助を待つように動作するのだ。

『言われたとおりにはやりますけど、中の空気がなくなればやっぱりビクトルさんは死にますが、いいんですか?』

「考えがある」

 やりとりのあいだにも、僕は両足の他に翼まで使って、無重力でやってるとは思えないスピードで廊下を移動し、エアロックを抜けて自分の船へと戻る。

 僕からは見えなかったが、カイトは最初の指示があった段階で自分だけ――つまりは彼の本体、無人戦闘機の形で、上部コンテナ格納庫から出動していったはずだった。こういう時緊急出撃のため、カイトはそうと決めれば直ちに船を離れられるようになっていた。

 カイトがいないのだから、操船は自分でやらなければならない。

 カイトは、無人戦闘機だ。基本的には、相手を攻撃することしかできない。脱出ポッドを回収するというような構造は、もっていないのだ。彼を先に行かせたのは、時間稼ぎのためだ。回収は、僕がやるしかない。

 チキンライダー号で脱出ポッドに追いつくには、どうしても時間がかかる。そのあいだに減速されて大気圏に突入されたら、回収は不可能だ。その時間を、カイトに稼いでもらうのだ。

『捕捉。ターゲットインサイト』

 カイトの報告。さすがに早い。もっとも、これはカイトには得意なシチュエーション、彼の専門領域だ。

「壁だけだ。内部の人間には当てるな」

 操縦席に収まった僕は、手元も見ずに緊急切り離し操作を行う。チキンライダー号は、調査船から離れる。コントロールスティックに呼応して、スラスターが噴射される。

「誘導しろ」

『位置情報、送ります』

 感応端末が脳内に直接送ってくる方位座標に船首を向ける。メインエンジン噴射。

 手動で操船しながらも、感応端末による意識入力で望遠カメラを操作する。位置情報通りの方位に、脱出ポッドを光学的に捉える。そのそばで、キラリと光を反射する物体。カイトだ。

 軽量な機体に強力なエンジンを搭載した、最新鋭の無人戦闘機であるカイトは、脱出ポッドを一度追い越したようだった。姿勢制御用スラスターを瞬かせ、宙返りして戻ってくると、並走して速度を合わせる。慎重に狙いを定める様子が、望遠レンズ越しでもわかった。

『ハッチが狙えます。もう一度確認しますけど――』

「いいからやれ」

『知ーらないっと』

 発射されたレーザービームは、脱出ポッドを直撃する。何かが――おそらくハッチだろう――吹き飛ばされるのが見え、続いてポッドの内部のものが吸い出され、宇宙空間へと四散していく。

「ビクトルを見失うなよ」

『ポッドの外に放出されたようですが、通信機は捕捉してます。耳から外れてなきゃいいですけど』

「目で追うんだよ」

『やってます。それとは別に救難信号が出てますね。位置は同じ』

「ビクトルから出てるのか?」

『そういうことでしょうね』

 チキンライダー号は接近していたが、闇雲に加速すればいいというものではない。減速して速度を合わせなければならないことも考えたら、増速はほどほどでなければらない。こちらは小回りがきかない貨物船で、カイトのように急激な機動ができるわけではないのだ。

 どうしたって、時間がかかる。

 高度を確認する。損傷した脱出ポッドは降下シークエンスを停止していて、つまり減速はしていなかったが、速度自体が衛星軌道の周回には足りないぐらいにまで低下していた。このままでは惑星の重力に引かれ徐々に降下していき、最終的には大気にぶつかり更に減速、落下するだろう。ただし、そこまで達するには数十分の余裕がありそうだった。

 考えていることがなら、それだけあれば十分だ。

 僕は努めて冷静に、船をコントロールした。

 丁寧に減速し、脱出ポッドに接近し速度を合わせたときには、カイトの攻撃から五分程度が経過していた。

 カイトが位置を教えてくれたので、ビクトルはすぐに見つかった。細かい姿勢制御で、彼に接近する。

 宇宙空間に浮くビクトルは、宇宙服など身につけていない。生身だ。当然のことながら意識はない様子で、身動きする様子もまったくなかった。

 作業アームを伸ばす。ここまで来て、彼を握りつぶしてはたまらない。超デリケートモードにして、ビクトルを掴む。

「よし。僕はEVA船外活動でビクトルをする。おまえは戻って、船をもう一度、調査船とドッキングさせろ。ブツを回収してこの宙域を離脱する」

『えっ? 今から?』

 今から船外活動の準備を整えて救助するとなると、ビクトルは真空の宇宙空間にトータルで十分以上、晒されることになる。

『ご遺体を持ち帰っても、アイリーンさんは怒るんじゃないですか』

「そうはならないよ」

 僕は船長席を離れて、エアロックへ向かう。雄鶏ルースター星人に対応した船外活動用宇宙服の装着はなかなか厄介で、憂鬱だった。


 確保した“例の生物”を収めた檻を航宙コンテナに収め、それをチキンライダー号の右舷側に接続、固定する。言葉にするとたったの一文だが、全部をひとりでやるのはなかなか面倒で、作業には二時間近くを要した。

 ビクトルがのは、チキンライダー号が再度調査船を離れてから、すぐのことだった。

 チキンライダー号に、医務室のような洒落た設備はないし、彼を僕のコンパートメントに寝かせたくもなかったので、回収した彼を、僕は操縦室の座席に寝かせていた。

 彼が激しく咳き込んだので、僕は彼が起きたことに気がついた。振り返ると、ビクトルは何度か瞬きをして、周囲を見回し、そして僕を見た。

「なにがあった?」

「覚えてないのか?」

「いや……覚えてる」

 彼は頭痛を堪えるように、少し頭を押さえてから、口を開いた。

「彼女――いや、は?」

 僕は首を横に振る。

「わからん。あれが呼吸大気を必要とするなら、今ごろは死んでいるはずだ」

 ビクトルは窓外に目を向けたが、こちらを向かずに言った。

「面倒かけたな」

 どうやら正気に戻っているようだ。二時間の意識喪失で、超能力の影響を脱したのだろう。その様子に安心した僕は、前方スクリーンに目を戻す。

「アイリーンには、あんたを必ず連れて帰るようにと言われていたしな」

「アイリーンだ」

 ビクトルはまた、少しの沈黙を挟んだ。

「救命ポッドを撃ったのか?」

「ハッチを吹き飛ばしただけだ」

「なぜ俺が、真空に暴露されても死なないとわかった?」

 僕は肩をすくめたが、彼からは見えなかったはずだ。

「確信があったわけじゃないが、そうでもなければ説明がつかないからね」

 彼はかつて、その真空暴露から二度も生還していた。カラクリは不明なれど、その程度のことでは彼は、と考えるべきだと思ったのだ。

 だから僕は、カイトに救命ポッドを撃たせた。救命ポッドに地表への降下をさせないためでもあったし、敵生物とビクトルを引き離すためでもあった。

 彼を生きて連れて帰るのに、もっとも可能性が高いプランだと考えたのだ。

「その程度の認識で、撃ったのか?」

 ビクトルは驚いたような声を出す。

「まあね。間違ってたら、謝らなきゃならないところだった」

「おまえは――」

 しばらくの絶句を挟んで、ビクトルはまた口を開いた。

「ハイバーネーションを知っているか?」

「……休止状態?」

「俺の先祖にあたる生き物には、そういうことができる能力があったそうだ」

 冬眠のことだ、と僕は思いつく。寒い時期に代謝を落として、長く眠りにつくような能力だ。

「最初の真空暴露で、はからずも俺はそういう状態になった。遺伝子がそれを思い出したのかな。そして、俺達レプティリアンの外皮は他の宇宙人より強靭で、極低温下でも致命的な損傷が起こるまで比較的猶予がある。それが、生き残った理由だ。それでもそのとき、四肢と臓器の一部を失い、機械化した。次に同じようなことが起きた時のために、ハイバーネーション支援装置を組み込んだ」

 僕が彼の方を振り返ると、ビクトルは自分の胸の辺りを親指で指した。

「最小限だが、生命維持装置がついている。代謝と意識レベルを落として延命するんだ。宇宙に放り出されても、一時間ぐらいなら後遺症なしで復帰できる」

 マジかよ、すごいな。

「じゃあ、あの救難信号は?」

「自動発信だ。近くに船がいれば救助してもらえる。このあいだはステーション間際での船の爆発だったから、星系警備隊がすっ飛んできてくれたよ」

 そういうことか。

「そういうのがあるんなら、もっとゆっくりでもよかったな。慌てて損した」

『全然慌ててるようには見えませんでしたケド』

 カイトの言葉は無視。

「帰るけど、いいよな?」

 ビクトルはまた、窓外に目をやった。青い渦模様の第三惑星が見えていた。

荷物ブツは?」

「僕の方に現れたヤツを確保してある。行きの荷物もそのままだし。も、事情を聞けば許してくれるだろ……許してくれるかな」

 なにせ、本当にアレが、カルテルが必要とした荷物なのかは、わからないのだ。

 ちょっと不安になった僕に、ビクトルは頷いた。

「俺からも話してやるよ。やってくれ」

 チキンライダー号は超空間ハイパースペースに飛び込み、僕たちはリエ星系を後にする。



終わり

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