第四話 沈黙の貨物船

 超空間跳躍航法ハイパースペースジャンプを終え、我らがオンボロ貨物船チキンライダー号は、予定通りコリ星系、第六惑星バーカーの公転軌道上にいた。もっとも現在のバーカーは、我々からみて太陽の東側奥という位置にあって、肉眼では見えない。

 カイトは事前の指示通り、ワープアウトしてすぐ、星系内の電波及び光学的観測を開始した。その結果、驚くべきことが判明した。

 第五惑星から太陽側、すなわちコリ星系内軌道に、多数の人工物が浮遊していたのだ。それらはデータ照合の結果、銀河帝国軍の艦船だと思われた。コンピューターはそのデータとチャートを照らし合わせ、帝国軍の配置を割り出した。

「これは戦争だぞ」

 唸るようにつぶやいたのはセドラン中佐だった。

「展開は準備中で、しかも少数という情報だったのでは?」

 僕は、その情報が間違いだったのだとわかっていたが、そう口にした。中佐は真剣な顔でかぶりを振る

「我々の得ていた情報では、間違いなくそうだったのです」

「しかし観測によると、敵の規模はそんなもんじゃないようですけど」

 中佐たちが船のトラブルとかでモタモタしているあいだに、状況が変わってしまった、ということかもしれない。

 チャートを見ると、帝国軍は、主惑星アンタルを完全に包囲しているようだった。それだけではない。恒星コリを中心として、遠く第五惑星軌道まで、いくつかの同心円を描くように更に艦船が配置してある。多少、数は間引いてあるようだが、完全に近い形の恒星航宙圏包囲配置だ。

 これを見れば、あの青に染まったジャンプチャートは、ある意味では正しかった、と言えるだろう。どこに飛んでも、帝国の包囲の中に飛び込む形になってしまう。それは、帝国もコリ政府も望むものではないだろう。

「それにしても、なぜここまで事態が進行してしまったのでしょう? このような真似をすれば、さすがに連盟の介入があるでしょう」

 テスカ少尉の言葉に、セドラン中佐がまたもや首を横に振る。

「このような強硬手段を帝国が取る、なにか根拠となるできごとがあったのかもしれない。それに連盟は小回りの効く組織ではない。介入される前にケリをつけてしまおうという腹なのかも。いずれにせよ、情報がない段階で考えたところで無意味だ。我々は、任務の遂行を第一に考えなければ」

「……とはいってもねぇ」

 僕は誰かに聞かせるつもりはなくつぶやいた。

 手元のタッチパネルを操作して、アンタル周辺を拡大表示させる。

 帝国軍は、アンタルをほぼ完全な形で包囲していた。あれでは低軌道はおろか、近傍宙域にすら、帝国軍に気づかれずに接近するのは困難だろう。見つかれば確実に臨検を受ける。ここまで思い切ったことをすでにやっているのだ。臨検を拒否すれば、容赦なく撃沈されるだろう。いくら足には自信がある船だといっても、これほどの包囲を突破するのは無理だし、仮にできて目的の低軌道ステーションに付けることができても、それで帝国軍が見逃してくれるはずはないだろう。

 つまり任務遂行には、あの厳重な包囲を気づかれずに突破して、やはり気づかれないまま、目的の宇宙ステーションに接続しなければならないということ……

 無理です。

「これだったら、直接太陽――恒星コリに行ったほうがいいでしょ」

 僕はチャートを広域表示する。

「コリに向かってどうする」

 サルヴェール氏だ。

「アンタルのステーションに、恒星に打ち込むための輸送ポッドが用意してあるんだ。コンテナの反物質弾頭プラネットデストロイヤーは本当に弾頭だけで、それを恒星に打ち込む推力――ブースターはないんだ」

「その……」

『その点については、問題ありません』

 僕の言葉にかぶせ気味にカイトがスピーカーから音声を発し、僕は顔をしかめる。

『すでにシミュレーションはできています。恒星に向かって加速、しかるべきタイミングでコンテナを分離することで、恒星への爆弾投下は可能ですし、当船の推力なら、その後に十分、離脱が可能です』

 スクリーンにCGアニメーションが表示される。速度を上げてまっすぐ恒星に向かう船から、コンテナが切り離される。コンテナはベクトルを維持したまままっすぐ恒星へ向かうが、船の方は離脱噴射を行い、太陽を交わして引力圏外へ離脱する、という寸法だ。コンテナは恒星へ突入し、ご丁寧に爆炎が上がるエフェクトまで表示された。

「投入はそれでいいだろうが、問題はもう一つ……」

 言いかけたサルヴェール氏を、手を上げて制したのはセドラン中佐だった。

については、考えがあります」

「しかし――」

「それよりユウキさん。恒星コリへ向かうにしても、帝国の包囲があります。アンタルより薄く見えるとはいえ、彼らもそれが最終的な最重要目標だと理解している。見た目通りの包囲網ではないのでは?」

 僕は頷きを返す。

「そうですね、敵の船と船の間、なにもないように見える空間ですが、ここはおそらく、小型の無人偵察衛星が配置されているでしょう。普通に太陽に向かう船舶は、間違いなく探知されます」

「それをわかっていながら……?」

「そうであれば、付け入る隙があるんですよ」

 僕がタッチパネルを操作すると、スクリーンに図面と写真が表示された。

「……これは?」

「帝国軍が制式採用している、自動防衛衛星の詳細データです」

「えっ……軍事機密でしょう?」

「密輸屋やるんだったら、帝国領を通るにはこういう情報は不可欠なんですよ」

 僕と中佐のやりとりのあいだ、スクリーンをじっと見ていたサルヴェール氏は、はっとしたように口を開いた。

「これはオルジ社のIC-2200だぞ」

 さすがは軍需メーカーの技術者、よくご存知で。皮肉気味にそう考えていた僕を、サルヴェール氏はすごい勢いで振り返った。

「三世代前の機材だ。本当に今でもこんなものを?」

 僕は頷く。

「帝国は肥大化しすぎていて、実働部隊にまで新型は行き渡らないんです。展開してる部隊の艦船数からして、本星の主力部隊が来てる様子ではありませんからね。そもそも戦略的に重要な星系というわけでもないし、エリート部隊は来ないでしょ。辺境星域軍なら、まず間違いなく更新されていません」

 サルヴェール氏の真剣な顔に、中佐は彼と僕を見比べる。

「そうだとすると、どうなんです?」

 答えたのはサルヴェール氏だった。

「このタイプは、取得性アフォーダビリティ重視の設計で、価格を下げるためにいくつかの機能を簡略化してあるんだ」

 サルヴェール氏の説明だけではわからなかったのだろう、中佐が僕を見たので、後を引き継ぐ。

「具体的に言うと、このタイプの衛星は、等速で動いていて、かつ電子システムの反応がない物体を、微小天体と判断してしまうんです。正直、バグかなと思うんですが、三世代前の機材を、地方軍の申し出でアップデートするような小回りがきく組織じゃないんですよね、帝国は」

 中佐は驚いたような呆れたような顔をする。

「しかし、それはなかなか難しい」

 サルヴェール氏が言う。

「電子システムをすべてオフにする、ということは、船の制御はもちろん、レーダーや光学カメラなど、周囲の状況を知るためのあらゆるシステムが使えなくなるということ。目をつぶって全力疾走するのに等しい」

「それだけではありません、生命維持装置のシステムも落とします。もちろん暖房も。ああ、機械的な呼吸ガス供給システムだけは使用できるんで、窒息の心配はありません」

 僕がなんでもない風に言ったからか、三人ともが驚いたような顔をした。

「大丈夫ですよ、こういうときのために携帯保温器使い捨てカイロも用意してあるし、道中どうせやることはないんで、ブランケットにくるまっていてもらえれば」

?」

 テスカ少尉が言い、僕は首をすくめる。

「あんまり言いたくないけど……密輸屋にはよくあるんですよ、こういうことが」


「本当に彼の言うとおりにすると言うのかね!?」

 サルヴェール氏がセドラン中佐に突っかかっている。

 僕はそれを横目に、カイトが計算で出した航路を検証していた。実際その必要があるとは思えないが、一応、船長なので。

「さっきも言ったが、これは目をつぶって全力疾走するようなものだ。おまけに使用するチャートは、ここで観測して得られたモノだ! もしかしたら、なにか見落としがあるかも。そうすれば、抗いようもなく衝突だ」

 衝突を強調したいのか、サルヴェール氏は右の拳を左手に当てた。パチンッ、と音がする。

 航路には問題がなさそうだった。観測して何もないと判断される一本のラインを選び出し、十分に加速したところでエンジン停止、全システムをオフ、超高速の慣性航行だ。レーダーに映らないサイズの微小デブリであれば、船前方の防御装甲デブリバンパーが防いでくれるが、もしもそれで防げないような大型、もしくは高速の浮遊物と衝突すれば、よくて空気漏れ、悪ければ宇宙の藻屑だ。

 しかし、これは先ほどの、行く先の見えないハイパージャンプとは違う。存在を悟られる恐れのあるアクティブレーダーは使えないが、その他の情報収集手段で十分に安全を確保できる。まあ、情報収集できるのは加速を終了して、全システムをオフにするまでで……確かにその後、進路上に何かが移動してくる可能性というのは否定できないが、そういう状況にはなりにくいだろう、と僕は考えていた。

 帝国軍が封鎖しているのだ、この宙域は。

 であれば、帝国軍のものではない宇宙船その他が、ウロウロしているということはないだろう。そして当の帝国軍は、航宙封鎖を万全に期すために配置されている……突発的な移動は、できるだけ避けようとするだろう。

 僕はさっき「密輸屋にはよくある」と言ったが、実は今回のケースは、過去に「まあまああった」事例とは大きく異なる点が、あった。

 距離だ。

 今回のような長距離の全電子システムオフでの慣性航行サイレント・ランニングの経験は、さすがになかったのだ。

 予定している航路では、現在いる第六惑星の軌道から、恒星までの約半分の距離となる、第二惑星軌道のすぐ外まで、慣性航行することになる。

 そういう長い距離の道程には、どうしても時間がかかる。時間が経過すれば、不測の事態というのはもちろん起きやすくなる。現在の観測では問題がなくても、時間の経過が、何を呼び起こすかは、さすがに見通せない。

 この作戦の成否は、ある程度は運に左右されると、それは僕も認めるところだ。否定しようがない。

「帝国軍が衛星を更新していないというのも、ただの経験則で、なんの保証もないんだ」

 これもまた否定のしようがないところで。でも僕の方は、そういう、ほとんど運次第みたいなところが、ことごとく悪い方に転がる、という心配はしていなかった。根拠はない。密輸屋の勘だ。

「それに、仮に移動に成功したとしても、問題はもう一つあるんだぞ」

 それを聞いて思い出した。さっきも言っていたそれについて、聞いてなかった。

「もう一つの問題というのは?」

 僕が聞くと、セドラン中佐は慌てたような様子でサルヴェール氏を止めようとしたようだったが、一歩遅く、元大佐は口を開いた。

「コンテナのプラネットデストロイヤーには、遠隔起爆装置がない。時限起爆装置もだ。その問題を解決しなければ、恒星への接近は無意味だ」

「……なんですって?」

 セドラン中佐のばつの悪そうな顔を見れば、彼が知っていたことは明白だ。

 元大佐は続ける。

「アンタルで輸送ポッドと共に用意していたのだ。そもそもプラネットデストロイヤーは、発射できる状態で移送することは違法だ」

 僕は中佐を睨みつけた。

「知っていましたね? どうして今まで黙っていたんですか?」

 中佐は首を横に振った。

「騙そうと思ったわけではない……起爆させる用意は、ある」

「どうやって?」

「わたしが、コンテナに乗り込む。遠隔や時限での爆破はハードウェア的な問題で不可能だが、手動での即時起爆は可能だ」

 僕がシュトレーム星系の人たちを警戒したのは、いい行いのためには、ある程度ウソが許される、というメンタリティの持ち主が多いことを、知っていたからだ。

 これは雄鶏ルースター星人のように、種族全体がそのような特質を持つ、というのとは、違うかもしれない。たまたま、僕が接したシュトレーム星人が、そうだっただけなのかも。

 とにかく彼らは、結果的に上手くいきさえすれば、心配事を増やすだけの情報は隠していてもいいとか、痛い目を見るのが自分であれば、そのことを隠していてもいいとか、そういう風に振る舞うことがあるのだ。自己犠牲的であるとも言えるが、そういう行為は他の宇宙人には、裏切られたとか、騙されたと思われてしまうものなのに。

 セドラン中佐は、戦略反物質弾頭プラネットデストロイヤーに遠隔起爆装置がないことを知りつつ、隠していた。それを僕が知る必要はないから。装置はないが、自分が乗り込み、爆破させるから。

 それはセドラン中佐の死を意味するが、僕がそのことを知っていたら、この作戦の続行を拒否するかもと考えたから。

「中佐」

 僕は厳しい声を出した。

「秘密はなし、と約束したはずです」

「……すまない」

 中佐は沈痛な面持ちを見せたが、

「しかしユウキさん、この作戦以外に、コリを救う方法はない。起爆さえさせられるなら、問題はすべて解決する」

「それはあなたの死を意味する。生きて帰れなくていいとでも?」

 中佐は迷わず頷いた。

「わたしは軍人です。とうの昔に、覚悟はできています」

「あなたの星ではなく、よその星のために死ぬ、と?」

「よその星ではありません、同盟国です」

 僕はスクリーンに目を戻した。

「予定通りに加速を開始します」

「船長!」

 サルヴェール氏が抗議の声を上げるが、

「僕の依頼主はセドラン中佐です。彼に従います」

「……ありがとう」

「仕事ですから。遺書にはちゃんと、僕のこと書いておいてくださいよ」


 大Gを掛けた加速噴射は無事に終了し、チキンライダー号は慣性航行に入った。間もなく敵の防衛識別圏に入る。その前に、全電子システムをオフにしなければならない。

 ここまでの時間を利用して、僕は例の、反物質弾頭プラネットデストロイヤー起爆の件について、別のプランを検討していた。彼に従う、などと言ったものの、僕だってできれば、中佐をみすみす死なせるような真似は、したくなかった。

 だがあいにく、実行可能な他のプランなどなかった。機材も時間も足りない。ひとつ方法があるとすればカイト人工知能を使うことだが、それは船の航法コンピューターを失うことを意味し、その後の貨物船の制御に支障をきたす。最悪、犠牲者が増えるだけだ。カイトをコピーして使う、というようなことができるような高性能のマシンなど持ち合わせがないし、マシンに合わせてAIをでっち上げるには時間が足りない。他に起爆装置に使えそうなものもない。

 加速Gに耐えるため着席していた三人は、僕がシートから離れるのを見て、座席ベルトを外した。僕は立ち上がろうとしていたサルヴェール氏を手招きすると、彼を右舷側の窓へと誘導する。

「どうした?」

「サルヴェール氏には、仕事をひとつお願いしたいのですが」

「! ……よし、わかった」

 窓のそばまで彼を引っ張ってくると、僕は用意していたマジックで、窓の向こうに見える黄色っぽい惑星を指し示した。

「セーデです。第二惑星」

「ああ」

「慣性飛行のあいだ、あの星がずっと、この窓の、ここから、こう」

 言いながら僕は、マジックで窓に線を引く。

「移動して見えるはずです。もしもこのラインから大きく外れるようなことがあれば、教えてください」

「航路がズレればわかる、ということだな?」

 僕は頷く。

 十中八九、そのようなことは、起きない。航路に、船の進路を左右するような引力を発生させる物体や、その他外的要因はない。

 それでも僕がサルヴェール氏にそれを指示したのは、彼を黙ってそこに座らせていたいからだ。実質的にやれることがない慣性飛行中に、余計なことを言いだしたり、しでかしたりして欲しくなかった。彼は生真面目な性格だから、こういうふうに言えば、実直に任務をこなすだろう。こういうタイプには仕事をさせておくのが一番だ。

「了解した」

 早速、窓から第二惑星セーデを睨みつけるようにしはじめた彼に、僕はブランケットを放ってやる。

 セドラン中佐はなにか書いているようだった。おそらく遺書だろう。タブレット端末ではなく、紙に手書きだ。彼はシュトレーム星人にしてはいいヤツだったので死なせるのは惜しいが、あいにく僕にはもうどうしようもない。任務を放棄して逃げようと思えば、できるのだけれど、彼はそれを許さないだろう。

 正直、そこまでしなくていいのに、と思う。

 そもそもの任務は、彼に死を強いてはいないのだ。ただ、爆弾を届けるだけ。運悪くそれはできなくなったわけだが、彼の責任ではない。正しい情報をもらえなかったこと、もしくは状況を悪化させた何かの方に、原因はある。

 そもそも帝国だって、本気でアンタルを滅ぼす気はないはずだ。ただコリ政府が音を上げるのを待っているだけ。状況は早晩、解決したはずだ。それでコリが何かを帝国に差し出すことになったのだとしても、その何かは、本当に彼の、コリとは同盟国だというだけのシュトレーム星の軍人の、命と釣り合うものなのだろうか。

 釣り合うどころか、お釣りが来るのかもしれないな、と僕は思い直す。帝国軍はそれのために、かなりのリソースを注ぎ込んでいる。もしかしたらコリと帝国の間ではすでに戦闘があって、犠牲が出たのかもしれない。そうであれば、帝国のこの強行的な航宙封鎖も、納得できる。

 軍人である中佐には、それがわかっているのだ、きっと。

『まもなく、全システムを停止します。カウントダウン、スタートします』

 電子音声の数字読み上げを聞きながら、僕は船長席に戻る。途中でテスカ少尉に目をやるが、彼は座席の上で、ブランケットにくるまっていた。あのまま眠るつもりだろう。

『ユウキさん、ボクがスリープしてるあいだ、船を沈めたりしないでくださいよ』

 座席に戻った僕に、カイトは船長席の指向性スピーカーを使って話しかけてきたから、その声は僕にしか聞こえない。僕はやはり近くのマイクだけが拾えるよう。小声で答える。

「おまえが起きるまで何もしないと約束するよ」

『本当に大丈夫ですか?』

 僕は窓際のサルヴェール氏、いまだペンを走らせる中佐、眠ろうとしている少尉を順番に見た。

「大丈夫だろ」

『気をつけてくださいよ』

 カウントがゼロになり、すべてのディスプレイ、スクリーンの表示と、照明が消える。

 コックピット内を照らすのは、窓から差し込む恒星コリの光だけになった。

 音を発するものがなにもない慣性航行はとても静かで、超高速で移動しているという雰囲気はまったくなかった。だが我らの乗った貨物船は、着実に恒星へと落下していた。

 僕は用意してあったブランケットをかぶる。

 今の身体のいいところは、羽毛がたっぷりで、体温を逃がしにくいところだ、と思いだした。


 サルヴェール氏に起こされ、僕は首から下げてあった時計を見た――腕時計だが、腕にははめられないので、ネックストラップを付けてそのようにしていた。地球から唯一持ち出したことになったGショックで、もちろんそのままでは宇宙では使えないが、時間を計るだけなら十分に使えた。電流も微弱で、今回のような事態でも問題なく使えた。

 時間経過からすると、慣性航行予定距離の四分の三ほどをこなした頃だった。

 どうやら眠ってしまっていたらしい。

 あくびを噛み殺して、僕は言った。

「まだ時間ありますよ」

「船長、とにかく、こちらに来てくれ」

 サルヴェール氏の真剣な顔に、僕は仕方なく立ち上がる。

 室温はだいぶ下がっていた。宇宙船なのでそれなりに断熱性はあるが、外側は氷点下二百七十度ぐらいだろうし、老齢艦ゆえ断熱材もヘタっている。吐く息が白くなるところを見ると、十度以下にはなっているだろう。

 案内されたのは、僕が彼を配置した、右舷側窓だった。

「見てくれ」

 彼は窓に引かれたライン越しに、第二惑星セーデを指差した。

「ズレてきている」

 僕は言われたとおりに、線の高さに目を合わせた。

 ズレてると言えば、ズレてる。しかしそもそも、僕がフリーハンドで引っ張った線なのだ。そりゃあ当然、ある程度はズレる。

「誤差ですよ」

 そもそも、「大きく外れたら教えてくれ」と言っておいたのだ。だから僕はそう言ったのだが。

「ズレはどんどん大きくなっているんだ。このまま予定時間までシステム停止したままでは、どれだけズレるかわかったもんじゃない。すぐにシステムを起動させて、現在位置を確認するべきだ!」

 なにかさせておけば大人しくしてるだろうと思い、させたのだが、少し雑にしすぎただろうか、と僕は反省していた。思いついた時は、いいプランだと思ったのだが。

「その程度なら、まだ問題ありません。大丈夫ですよ」

 できるだけ優しく言ってやって、自席に戻ろうとした僕を、サルヴェール氏は呼び止めた。

「ズレたことで、安全を確認した航路から外れれば、何とぶつかるかわかったもんじゃない!」

 仕方なく、僕は振り返った。

「それほどシビアな航路設定ではありませんから。その程度のズレなら大丈夫ですよ。線から大きく外れるようなことがあれば、また教えてください」

「その恐れがあるんだと言っているんだ」

「そうなってからで、十分間に合います」

 僕は彼に背中を向け、船長席に座り直そうとした、その時。

 ガチャリ、と、強調されたような音。

 僕はゆっくりと、サルヴェール氏の方を振り返った。

 彼はL字型の金属の塊――レーザー・ブラスター・ガンを構え、こちらに向けていた。音は安全装置を外した時のものだろう。

「なんのつもりです?」

 サルヴェール氏は威嚇するように銃口を振った。

「すぐにシステムを再起動させろ。現在位置を確認する」

「それをやれば、帝国軍に見つかる。恒星には行けなくなる」

「帝国軍には見つからないかもしれない! このままでは、恒星どころか、我々は全員死ぬと言っているんだ!」

「そうはなりません」

「おまえになにがわかるというんだ!」

「いいから落ち着いて。その銃を下ろすんだ」

「動くな!」

 元大佐のメンタルがこれほど弱いとは。まったくの予想外だった。武器を隠し持っていたこともそうだが。

「大佐、落ち着いてください」

「なぜわたしのいうことを聞かないんだ!?」

「こんなことをしても何にもなりませんよ」

「おまえのような者を信用したのが間違いだったんだ! 何が雄鶏ルースター星人の密輸屋運び屋だ!」

「航行には何の支障も出ていません」

「おまえの言うことを信じろというのか!? 早く航法コンピューターを起動させろ!」

 要求を飲めば、帝国軍の監視網に引っかかる。

 本来の予定では、システムを再起動させるのは、第二惑星軌道に達してからだった。その段階で帝国軍には見つかるが、恒星まで十分に近づいているから、そこから更に加速して、包囲される前にコンテナの投下を行える。だが今、この位置ではダメだ。ここからではコンテナの理想投下地点まで到達する前に、帝国軍に拿捕される恐れがある。それにこの位置からで、十分な離脱航路を取れるかも、わからなかった。

「任務を失敗させたいんですか?」

「なんだと? それはおまえが……そうか、わかったぞ」

 サルヴェール氏は銃を構え直した。

「おまえがそうなんだな? この任務を邪魔しようとしている……我々を全員殺して……帝国の手先か? そうだ! 目的はプラネットデストロイヤーだな!?」

 言っていることは支離滅裂で、大佐は明らかにパニック状態だった。そういえば彼はこの“目隠し航行”に最初から拒否反応を示していた。どうやら彼にとっては、すでに極限状態だったらしい。

「撃つことはできません。船のシステムの再起動には、船長の僕の同意が必要です」

「そのとおりだ」

 僕は彼を落ち着かせたくて言ったのだが、効果はなかったようだ。

「テスカ少尉! この男を逮捕しろ!」

 すでに騒ぎで目を覚ましていたテスカ少尉は、座席から離れていた。

「了解しました!」

 天井を蹴った彼はそう言いながら僕の方……ではなく、サルヴェール氏の方へと飛びかかった。

 自分のほうが取り押さえられるとは夢にも思ってなかったのだろうか、不意を打たれて、サルヴェール氏は抗いようもなく突き飛ばされた。少尉が彼の腕をひねり、銃がその手から離れる。

「拘束します! なにか縛るものを!」

「中佐、そこの道具入れに、手錠があります。使ってください」

「なんでそんなものが」

「よくあるんですよ、乗客が暴れるっての」

 僕は指示を出しながら床を蹴って、宙にクルクルと回転しながら漂っていたレーザー・ガンを捕まえた。安全装置をかけ、一安心。

「なぜ……この男は我々を危険に晒しているんだぞ!?」

 後ろ手に拘束され、手錠を掛けられようとしていたサルヴェール氏が言う。自分が正しいと信じて疑わなかったのだろう。そうでなければ、すぐ後ろにいるはずの軍人二人に、注意を払っていなかったはずがない。

 二人は自分の味方をすると思い込んでいたのだ。

「船を危険に晒そうとしているのはあなたです。元大佐、あなたを逮捕します」

 テスカ少尉はそう言い、躊躇なくその手首に手錠を掛けた。


 サルヴェール氏は座席に拘束した。こういうときのために、座席には拘束具が内蔵してあった。そういう装備がある理由は、もう二人とも聞かなかった。

「どうなっても知らんぞ」

 その言葉を最後に、サルヴェール氏は静かになった。いつまでも騒ぐようならもう少し非人道的な扱いをしなければならないところだったので、正直助かる。恨みがましく睨みつけてくる視線は、無視すればいい。

 太陽――恒星コリが、間近に迫ってきていた。

 観測システムが使えないのではっきりしないが、窓から見えるコリや他の惑星の見え方からすると、航行は順調のようだった。たまに、防御装甲デブリバンパーに何かが当たる金属質の嫌な音がすることを除けば、船内は静かだった。

 僕は首から下げた時計を見る。間もなく、全システム封鎖での慣性航行区間は終了する。時間になれば、システムは自動で再起動するはずだった。

 恒星に向かって落下している、と先ほどは表現したが、厳密に言えば、恒星コリにまっすぐ向かっているわけではない。そういう軌道は、帝国軍に警戒させる恐れがあったからだ。

 現在の軌道はかなり恒星に近づくが、まっすぐ行けばそのまま遥か横を通り過ぎる軌道だった。なので、システムが再起動した後に、進路修正と加速が必要となる。それをしなければ恒星の引力でわずかにカーブしながらも、そのままコリから離脱する軌道に乗ってしまう。

「中佐、本当に行くんですか?」

 静かだから、テスカ少尉の小さい声も、僕のところまで聞こえてきた。

「誰かがやらなければならないのだ」

「本当に?」

「少尉、君が気に病むことではない。この任務は、最初からそういう性質だったわけではないのだ。君が選ばれたのは、こういうときのためではない、ただ、経験を積んでもらうためだった」

「自分が言っているのは、本当にそこまでする必要があるのか、ということです」

 中佐はすぐには答えなかった。

「だが少なくとも、恒星核融合の暴走を止めれば、アンタルの気候変動は止められる」

「コリ政府と帝国の交渉は、すでに終わっているかも」

「そうであれば、いつまでも帝国がこのような配置のままではないよ。事態は楽観視できない。この状況であればおそらく、恒星へプラネットデストロイヤーを撃ち込めるのは我々だけだし、このタイミングだけだ。逃すわけにはいかない」

 結局のところ、足りないのは時間だ。戦略反物質弾頭プラネットデストロイヤーの起爆装置は、弾頭そのものと同じかそれ以上に入手困難レアだ。合法的に調達してこの星系に運び込む、となると、かなりの時間がかかるだろう。では違法な手段では? そもそも市場にモノがあるかわからないうえ、金がかかる。そのような資金はない。

 それをやっているあいだに失われてしまうものは……人一人の命とは比べ物にならないだろう。惑星の気候変動は、いくつもの生物種を簡単に死滅させる。それはアンタルの生態系を脅かしかねないし、そうなれば、例えその後に恒星の状態が元に戻ったとしても、アンタルは二度と同じ姿には戻らない。

 そういう中佐の覚悟が伝わったのだろうか。テスカ少尉はもう、口を開かなかった。

 僕はもう一度、時計を見る。そろそろだ。

「中佐、間もなくシステムが再起動します。行くなら移乗準備、そろそろお願いします」

 すでに打ち合わせてあった。電子システムを起動させれば、間もなく帝国の監視衛星に見つかるだろう。敵が追撃体勢を整えるころには十分に加速している予定だが、妨害手段によっては回避機動が必要になるかもしれない。そういう中でコンテナに乗り移るのは危険なので、爆弾と共に恒星に突っ込む予定の中佐には、その前に移っていてもらう算段だった。

「了解した」

 よどみ無く答えた中佐は席を立った。コンテナは密閉されているが、恒星へ突っ込めば内部温度の上昇は避けられない。少しでも長くそれに耐えるために、宇宙服に着替えるのだ。

 計算上、コンテナと宇宙服では、中にいる人間の命は保証できない。ただし、速度が速いおかげで、中心核まで意識をギリギリ保って爆破操作をするだけなら、できそうだった。生きて帰ることは元々考慮されていないのだ。

 テスカ少尉も席を立つ。宇宙服に着替えるのを手伝うのだろう。僕はサルヴェール氏の方に目をやり、生きていることを確認してから、前方へと視線を戻そうとした、その時だ。

「どういうつもりだ」

 セドラン中佐の、低いが張り詰めた声に、僕は二人の方を振り返る。

 最初は、何が起こってるのか、わからなかった。中佐はこちらに背を向けていて、その表情はよくわからない。少尉はその向こうに立っていて、彼の身体の大半は中佐の影に隠れ、その様子はよくわからなかった。

「銃を下ろすんだ」

「手を上げてください、中佐」

 そのやりとりで、僕はまたか、と思わずため息をつきたくなった。

 登場人物こそ違うが、これはついさっきに、この場所で行われたことの、再現のようにも思えた。

 テスカ少尉が、セドラン中佐に、レーザー・ガンを向けているのだ。

 言われた通り、両手を上げる中佐は、もう一度聞いた。

「なんのつもりだ」

「あなたを行かせるわけにはいきません」

「っ! 説明したはずだ。これをここでしなければ――」

 中佐の言葉に、テスカ少尉はニヤリ、と頬に笑みを浮かべる。

「ああ、あなたを死なせたくないとか、そういうのじゃありませんよ、セドラン中佐。プラネットデストロイヤーを、コリに撃ち込ませるわけにはいかない、そう言っているんです」

「……なんだと?」

「彼は帝国の工作員ですよ」

 そう言った僕は、すでに銃を抜いていた。先ほどサルヴェール氏から奪ったレーザー・ガンだ。テスカ少尉に照準を合わせようとするが、セドラン中佐が邪魔で射線を確保できない。慣性で流れるままに横方向へ移動しようとするが……

「おっと、動かないでくださいよ船長」

 テスカ少尉は銃を中佐に向けたまま、彼を、わずかに動いた僕からの盾にするかのように、位置を変える。これでは撃てない。

「それにしても、よくわたしが帝国の工作員だとわかりましたね?」

 面白そうに首を傾げる少尉。中佐はわずかに顔をこちらに向けようとしたが、銃口の存在を思い出したように、動きを止めた。

「クーロン星人の船乗りが警告してくれた」

 仕事を請け負うと決めた後、あの酒場の外でのことだ。彼らの言葉はクーロン語だったから僕にはすぐには意味がわからなかったが、聞いていたカイトがあとで翻訳を教えてくれたのだ。

 そういうわけで、警戒していた。旧知のセドラン中佐は除外すると、容疑者は二人、サルヴェール氏とテスカ少尉。もちろん僕は露骨に怪しい元大佐の方を疑っていたので、彼がシートに拘束されあんなことになって、正直油断していた。

「それにしても、ここまでいくらでも時間があったはずだがね」

 僕の質問は時間稼ぎだが、実際に疑問でもあった。

 容疑者の内どちらが真犯人かわからなかったから、一人にはしないようにしていた。サルヴェール氏にはセドラン中佐が、テスカ少尉には僕が、常に一緒になるように仕事をさせていた。だから船に工作するような暇がなかったのは間違いない。

 しかし銃で脅すようなことであれば、ここまでのどの段階でも、実行できたはずなのだ。

 テスカ少尉は微笑んだ。

「それは……そうですね、好奇心、というべきでしょうか」

「好奇心?」

「噂のチキンライダーの手腕、見てみたくなったんですよ。帝国軍の包囲を本当にくぐり抜けられるのか。まったく、お見事でした。まさかここまで、まったく悟られずに侵入してしまうとは」

「褒めてくれるのは嬉しいが、まだ本当に悟られていないかわからないぞ。今頃、大挙して包囲しようとしている最中かも」

「遅かれ早かれ、わかりますよ」

「なにが目的なんだ」

「時間稼ぎですよ。まもなくシステムが起動する。そうすれば、帝国軍がこの船を探知する。あとは拿捕されるだけ。お二人にはそのあいだ、大人しくしていてもらいましょう。命が惜しければ」

 怪しい真似をすれば殺す、という警告のつもりだろうか。

 静まり返っていたコックピットに、低く唸るような音がしはじめる。照明が順次点灯する。

 時間だ。船のシステムが、再起動をはじめたのだ。

「航法コンピューターには、余計な指示を出さないように」

 テスカ少尉が言い、僕は頷いてみせる。

「わかった。船を動かさないように指示を出すのはしないと、なにをしでかすかわからない」

 システムが完全に起動したのは、彼が頷いた直後だった。

 船内のカメラで状況は把握できているだろうに、スピーカーからは、いつもの子供っぽい声が、なんでもないような調子で響いてきた。

『おはようございます。トラブルのようですね』

「カイト、

『了解』

 足元の床が無くなったのは、その直後だった。


 床は無くなったように感じられただけで、実際にはあった。ただそれは、僕の、その場にいた人間の足元から、ずっと下の方に一気に移動していた。

 カイトが姿勢制御用のスラスターを一気に噴射して、宇宙船に横軸方向への回転運動をさせたのだ。無重力の内部では、位置エネルギーを保存して、固定されていなかった三人は宙に浮く。

 僕がカイトに言った言葉は、合言葉だった。先ほどにも述べたはずだが、乗客がコックピットで暴れだすというのは、あるのだ。そういう時のために、合言葉は事前に決めてあった。今の言葉の真の意味は「速やかに機体を回転ロールさせろ」だった。

 突然の動きに、なんとかバランスを取ろうとする二人を見ながら、僕だけは姿勢を崩していなかった。片手で慎重に銃を構える。

 僕の前腕は、退化してはいるが翼だ。豊富な羽毛は、空気をより多く捕らえる。重力下ではほとんど無意味だが、無重力で空気があれば、姿勢制御には使える。

 左腕でバランスを取りながら、右手で引き金を引く。レーザー・ガンに反動はない。発射されたビームは、テスカ少尉に命中した。

 テスカ少尉の持っていた銃も、レーザーを発射していたが、僕の方には飛んで来なかった。僕は身体を回すと天井を蹴って、少尉の方へと接近する。船の回転がゆっくりになる。

「こっ、殺したのか?」

スタン気絶モードです」

 セドラン中佐の声に苦しげな響きを感じるが、後回しだ。

 テスカ少尉は気を失っているようだった。僕のレーザー・ガンはサルヴェール氏のもので、設定をいじる暇はなかった。彼もまた、誰かを殺傷するつもりはなかったのだろう。殺人モードエリミネーター気絶スタンモード、どっちであろうと、僕には構わなかったのだけれど。

 少尉の銃を取り上げると、彼の身体を探る。足首にもう一つ銃があった。それも取り上げる。そのあいだに中佐が道具箱から手錠を取ってきてくれた。気絶したままの少尉を、後ろ手に拘束する。

「どうしました? その肩」

 中佐の肩の辺りから、出血が見られた。右腕はだらんとぶら下げて、力が入らないようだ。聞くまでもない。先ほどのテスカの撃ったレーザーが当たったのだろう。

「かすり傷です」

「止血を」

「待ってください。時間がない」

 中佐は僕の手を自由になる左手で押しとどめた。

「自分でやります。なぁに、起爆は、片手があればできますよ。ユウキさんは、船を投下位置へ」

「――いいんですね?」

「もちろん」

 僕は船長席へと床を蹴る。

「カイト! 加速噴射開始だ!」

 押し問答をしている時間はないのだ。

 そのころには、回転は収まりつつあった。振動は、メインエンジンに点火した音だろう。軽く、縦方向にGがかかる。

『帝国軍艦艇に動き。どうやら検知されたようですね』

「意外と早いな?」

『このまま加速してよければ、追いつかれはしません』

「中佐、どうですか?」

 振り返ると、彼は肩に服の上から宇宙服応急処置用のテープを貼っただけで、宇宙服を着ようとしているようだった。

「構わずやってください」

「キツいGがかかります!」

「訓練でもやりました! できます!」

「了解! よし、やれ」

 メインエンジンの出力増加。Gが更に強くなる。チキンライダー号は、恒星に向かって一気に加速する。

 レーダーには、慌ただしく動き出す帝国軍の艦艇が映し出されていた。どれも遠く、直接的な脅威にはなりそうもない。

 ただし、左舷方向、意外と近いところに戦闘艇がいた。こちらは長距離ビームを放ってくる。

 直撃コースだが、回避はしない。回避運動をすれば、船が大きく揺さぶられる。中佐のコンテナへの移乗に差し障る。この距離であれば、偏光シールドで十分に散らせる。

「中佐、敵のビームの直撃を受けます。少し揺れます」

『了解した』

 返事はスピーカーから聞こえた。宇宙服の通信機からの声だ。言うだけのことはあって、大Gの中、片手でも、素早く宇宙服を着られたらしい。

『こちらはコンテナへの通路に入りました。ユウキさん、お願いがあるんですが』

 やはり、加速中の船内で、宇宙服を着たまま、狭い連絡通路を通るのはキツいのだろう。中佐の言葉には荒い息遣いが挟まっている。

「こういうタイミングで言われたら、断れないじゃないですか」

『わたしが座っていた席に、遺書があります。姫に……シュトレーム女王に届けていただけないでしょうか』

 ビームの直撃。予定通り、シールドが散らすが、船が細かく揺さぶられる。スピーカーから、うめき声が聞こえる。傷のあたりをぶつけでもしたのだろうか。

「家族とかじゃなくて?」

『わたしには家族は……家族と呼べる人は、姫しかおりません。遺書には、あなたへの報酬についても記してあります』

「だったら、届けないわけにはいかないようですね」

『コンテナに入りました。システムを起動します』

 多少の邪魔は入ったが、順調だった。進路を微調整する。切り離しまでもう少し。

『それと、もう一つ』

「まだあるんですか」

『シュトレーム星と、レティシア姫を、どうかお願いします』

「はっ……はあ? あんた、一体何を」

『王国と姫は、きっとあなたの力を必要とする日が来ます』

「僕はただの運送屋だ。そんな力はない。お断りだ」

『死にゆく者の頼みなんです。嘘でもいいから、はいと言ってくださいよ』

 中佐の言葉は苦笑交じりだったが、その声は苦しげだった。出血が続いているのだろう。

『まもなくコンテナ切り離し地点です』カイトの声が挟まる。『カウントダウン、スタート』

「わかった、わかりました。聞き届けましたよ、中佐」

『ありがとうございます。これで安心して逝けます』

「まだ仕事は終わってませんよ。犬死はしないでくださいね」

『了解です。お世話になりました、船長』

「どういたしまして」

 カウント、ゼロ。

 振動。コンテナが切り離されたのだ。

『離脱噴射、開始します』

 船に横方向にズレるような推力がかかる。

 僕はスクリーンに、下方モニターの映像を写す。そこには、ゆっくりと離れていくコンテナが映っていた。

「さよなら、セドラン中佐」

 敬礼でもするべきかと思ったが、軍属ではない僕がやるのも違うだろうと思い、やめた。


 恒星コリ中心核付近での反物質弾頭プラネットデストロイヤーの爆発は、太陽表面に大きなフレアを吹き出させるほどのものだった。

 望遠カメラでそれを観測したときには、チキンライダー号はすでに、恒星コリから離れる軌道に乗っていた。

 少々予定変更があったが、積荷の配達はこれにて完了。これで恒星の活動が落ち着くのかどうかはわからないが……きっと上手くいってくれるだろう。

 いずれにせよ、いまだ帝国軍には追跡されているし、アンタルの包囲も解かれていない。このまま、コリ星系から離脱するほかない。

『お客さんふたり、どうします?』

 僕はシートに拘束された二人、サルヴェール氏とテスカ少尉に目をやる。彼らから運賃を取るのは無理だろう。

「いっそ放り出しちまうか」

『そういうの、人道的にどうかと思いますヨ』

「AIが人道を語るなよ」

『シュトレーム政府なら、引き取ってくれるんじゃ? 特に工作員の方は、喜ばれるでしょ』

「シュトレーム星系、なあ……」

 僕はセドラン少佐の“最後のお願い”を思い出し、背筋に冷たいものが走る。

『なんで行きたくないんです? お姫様、美人なんでしょ?』

「おまえに人間型宇宙人ヒューマノイドの美醜がわかるのか」

『ユウキさんが行きたがらない理由がわからないんですヨ』

「おまえはあの時のことを知らないからそう言えるんだ」

 シュトレーム星絡みの仕事は、カイトと出会う前のことだ。

『よほどひどい目に遭わされたんですね』

「トラウマもんだ」

『でも、遺書を預かってるわけだし。報酬の話だって、通しといた方がいいんでしょ?』

「……しかたねーか」

 僕は悔しさを誤魔化すため、後ろの座席を振り返る。

「命拾いしたな!」

 二人の引きつった顔を見て満足した僕は、船長席へ座り直す。タッチパネルを操作して、カイトがよこしてきた航路案を承認する。

 一路、シュトレーム星系へ。チキンライダー号は、超空間ハイパースペースへと飛び込んでいく。



終わり

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