第二話 法外な報酬


「船長さん? 荷主を探してるって聞いたんですけど」

 女性に声をかけられたのは、宇宙船乗りが集まる酒場でのことだった。


 イーデン星系の宇宙ステーション。僕は次の目的地、ギデンズ星系へ行く荷物を探していた。普段はもちろん、荷物の事情で飛ぶが、今回は船の整備ハイパードライブのオーバーホールのために、工場があるギデンズ星系に回送する必要があった。ただ目的地まで飛んでしまうと燃料代その他が自腹になってしまうが、荷物を乗せれば仕事、収入になる。空荷での移動がもったいないのは、地球上の貨物トラックと事情は同じだ。

 しかし、そう都合よく、行きたいところに行く荷物など、ない。

 暫定的に航法コンピューターをやってくれているカイトAIによると、酷使してきたハイパードライブはもはや限界だそうだ。整備を先延ばしにしたのは先立つものがなかったからだが、先日の仕事でなんとかまとまった金ができたので、ようやく整備ができることになったのだ。『僕がコントロールしてるんじゃなかったら、とっくの昔にお釈迦シャカでしたよ』などとAIは偉そうに言っていたが。なお宇宙文明の結晶である超高性能ロボットが「お釈迦シャカになる」などという地球由来の言葉を使うのは、僕の影響だ。

 とにかくそういうわけで、今回の運航の条件は厳しかった。行き先は指定。ハイパードライブが使えないので速達も不可。そのあたりは僕だってわかっているので、運送料はディスカウントするつもりはあった。というか、燃料代が出ればそれでオーケーだと考えていた。

 ところが、それでも、ちょっと無理そうだ。

 こういうのはタイミングだ。待てばいつかは出てくるかもしれないが、そのあいだに他の仕事のチャンスを失うかもしれない。ギデンズには絶対に行かなければならないのだし、行けば船はまた調子を取り戻し、普通に仕事をこなせるようになる。どこかで諦めて、自腹でだって向かわなければならない。そろそろ潮時だろうか、と考えていたところで、声をかけられたのだ。


 僕は持ち上げかけていたジョッキを置いて、声の主を振り返った。

 人間型宇宙人ヒューマノイド、女性。若く見えるが、宇宙では見た目はあまり当てにならない。身なりは普通。旅人がよくやるような、活動的な動きやすい服装。なかなかに整った顔に、人好きのする柔和な笑みを浮かべていた。

「そうだけど?」

 僕は続けた。

「聞いてるかもしれないけど、急ぎの仕事は請け負えない。行き先はギデンズ星系。キャパシティは規格航宙スタンダードコンテナ三つまで。それでよければ飛びますが?」

 彼女は一拍置いたが、考えた様子はなかった。

「お願いしたい」

「荷物は?」

「わたしひとりだけ」

 僕は彼女の様子をあらためて見た。確かに旅人がしそうな格好、とは言ったが、貨物船で旅行するタイプには見えなかった。

「僕の船は、貨物船だ」

「人は乗せない?」

「いや、そうは言わない。ただ、貨物船だからちゃんとした客室がない。ギデンズまで超空間ハイパースペースゲート経由でたぶん三日ぐらいかかる。そのあいだ、狭いキャビン居住区画に僕と二人きり、ということになる」

 僕の言葉に、女性はクスリと笑った。

雄鶏ルースター星人の船長さんですもの。信用しますわ」

 雄鶏ルースター星人の誠実さは、銀河でも有名だ。倫理法令遵守意識コンプライアンス精神が種族全体で異常に高いと思われている。でもその真の姿は少し違う。彼らは誠実なのではなく、種族として法、規範、ルールに違反。そういう性質を持って生まれてくるのだ。その抗いようのない様は、もはや呪いだ。

 実態はどうあれ、そういう性質のおかげで、結果的に雄鶏ルースター星人が種族として信用されているというのは事実で、実際に彼らはその信用に相応しい働きをする。僕があのとき命を失わず、(多少の問題はあれど)こうやって生きていられるのも、彼らの“誠実さ”のおかげだ。

 それはそれとして、もちろん雄鶏ルースター星人ではない僕は、そのような信用をするに値しない。しかし彼女が僕のことを雄鶏ルースター星人だと思ってしまったのも、無理はない。

 黄色いくちばし、赤く立派なトサカ、指先まで真っ白の羽毛で覆われた手……地球風に表現するなら「鶏人間」と言うのがしっくりくる僕の身体ボディは、間違いなく雄鶏ルースター星人のものだ。

 たけど僕は地球出身の、地球人だ。ただ今は、この雄鶏ルースター星人の身体ボディを借りている、というだけ。

「僕は雄鶏ルースター星人ではありませんよ。地球人です」

 ここでの否定は、意味がなかったかもしれない。いつものように言ってしまった、というのもあるが、僕は僕が雄鶏ルースター星人だと思われることを、申し訳ないと考えているのだ。僕は地球人なので、彼らのように法令尊守して生きていけない。その必要があると思えば、法もルールも倫理も犯す。そのようなことをしていれば、雄鶏ルースター星人の評判を貶めてしまうかもしれない。外見はまさに雄鶏ルースター星人なのだから勘違いされてしまうのは仕方ないが、それでも、できる時には訂正したいと思っているのだ。

 彼女は首を傾げた。

「地球? 聞いたことのない星ですが……しかし、そうおっしゃる船長さんは、信用に足るお方だと感じますが」

 彼女は見る目がない、と僕は思った。

 だけどまあ、そう思われてる分には、特に困らないだろう。

 実際この身体ボディの僕には、本来の身体だった時のような性欲はない。のものがからではないかと思う。依頼人は結構な美人だが、綺麗な人だ、と思うだけで、それ以上の感情は湧いてこないのだ。それは寂しいことかもしれないが、今の僕には、それを寂しいと感じる気持ちすらなかった。

 まあ、それはそれ。

「あなたが良ければ。ただし、乗り心地は保証しません」

「構いませんわ」

 微笑んでそう言う彼女に、僕は、育ちが良さそうなヒトだな、という印象を持った。

 ちなみに貨物船で移動したいということそのものには、僕は特に疑問を持たなかった。ままある話だし、法的にも問題はない。

「では運送料だけど」

 僕が言うと、彼女は頷いた。

「実は、現金の持ち合わせがないの。現物で飛んでいただけますか?」

 現物で飛ぶ。これもまた、ある話だ。そもそも星間文明では、現金があまり信用されない。取引によく使われるのは銀河共通貨幣電子マネーだが、こちらは取引記録が残る。金の動きから荷物、もしくは人の移動を辿られたくない人間が、現物を使うのだ。

 僕が頷くと、彼女は懐をまさぐった。

 取り出したのは巾着袋で、彼女がその中から見せたのは、大粒の宝石、ダイヤモンドだった。

 炭素の純粋な結晶であるダイヤモンドは、銀河全体でみれば希少な鉱物ではない。星がまるごとダイヤモンドでできている、という惑星もあるぐらいだ。ただその純粋な結晶の美しさは、どのような宇宙人にもわかるらしい。どこの星でも大抵、高価な宝石として扱われている。銀河に豊富にあるといっても、それを輸送したり、宝石の形に加工したりするのには、それなりに費用コストがかかるのだ。

 僕には宝石の価値はわからなかったが、それでも、その石はただものではない、と感じた。そういうオーラが、その宝石にはあった。

「それは構わないけど……しかしその石なら、売れば豪華旅客船に乗れるのでは?」

 僕の船のようなオンボロではなく、という言葉は飲み込んだ。

 彼女は肩をすくめて、誤魔化すように言った。

「わたしには、これを換金することができないのです」

 なるほど。訳あり、ということか。

 貨物船で移動したがったり、現金は持ってないのに巨大な宝石を持っていたり。普通に考えてめちゃくちゃ怪しい。

 この段階で僕には断ることもできたはずだが、結局、そうはしなかった。金に目が眩んだからだ。ついさっきまで自腹で、大赤字で飛ぼうと思っていたところなのだ。黒字どころか相当のプラスになり得る仕事を、簡単に諦められなかった。

「しかし、宝石となると、価値を確かめる必要があります。預からせてもらっても?」

 女性は頷いた。


 預り証を渡し、待ち合わせの約束をして、僕は酒場を出た。

 裏通りの怪しい骨董屋で、宝石を見てもらう。

 巾着から出して初めて気づいたのだが、宝石はネックレスにはめ込まれてあった。ネックレス自体がかなり手が込んだ細工で、普通に生活していたら一生縁がなさそうな代物だった。

「こりゃあ本物のダイヤですよ。サイズも大きいし、カットも素晴らしい。これほどのネックレス、めったにありません。買い取らせてもらえるなら、サービスしますよ」

 ガフ人の店主は多少興奮気味だった。店主が提示した額は、すぐに手放したくなる気にさせるのに十分だったが……僕はなぜか、それを今すぐするべきでないと感じたので、断った。手数料を握らせ、宝石を引き取る。

「旦那、どこでこれを?」

「預かりものだよ」

 そう答えると礼をいい、僕は店を出る。

 この宝石、運賃としては破格の品だ。

 通信機でカイトを呼び出す。

「いいニュースと悪いニュースがある。どっちから聞きたい?」

『ユウキさんがその言い方好きなの知ってますけど、要点だけお願いします』

 冷たいAIに、僕は舌打ちした。

「“荷物”が見つかった。しかもずいぶんオトクな仕事だ」

『なるほど。ちなみに悪いニュースは?』

「運ぶのは宇宙人だ。人間型ヒューマノイド、女性、一人」

『そう悪い話でもなさそうですが』

「美人で、運賃を現金ではなく、でかい宝石で払いたがってる」

『最悪ですね。どうして引き受けたんですか?』

 カイトAIにも、客が訳ありだろうと思えたらしい。

 僕は顔を上げて、少し考えた。視界の隅で何かが不自然に動いたような気がして目を向けたが、雑踏の中ではなんだったかわからなかった。

「報酬に目が眩んだんだ」

『なんだかんだ言って、お人好しですよね、ユウキさんは』

「うるさい。すぐに飛ぶから、航路計画を立ててくれ。なるべく短い時間で行けるように」

『あと美人に弱い』

 僕は通信機を切ると、雑踏の中で身を翻した。


 貨物専用ターミナルの前で、客の女性と合流する。

 ここの宇宙ステーションも遠心力による人工重力が発生させてあるが、貨物専用ターミナルは無重力区画だ。荷物の乗せ降ろしが楽だとか、ステーションからの離脱が容易いなどの理由がある。

 僕と客の女性は、その実用一辺倒、殺風景な通路を、壁面の手すりを利用して流れていく。

 桟橋区画に入ると、窓から僕の船が見えた。彼女はそれに気づいて、外を覗き込んだ。

「もしかして……アレですか?」

 彼女がそのように言うのも、無理はない。

 僕の船、貨物船チキンライダー号は、とうの昔に旧式化した老朽船だ。もちろん、内部は手を加え、近代化改修してあるが、外観にまでは手が回らず、見た目は飛んでいるのが不思議なくらいのオンボロ具合なのだ。

「なんだったら、乗るのやめてもらってもいいですよ」

 僕の言葉に、彼女はハッとしたような顔をしてから、首を横に振った。

「いいえ……すみません、少し、その、驚いてしまって」

「まあよく言われます。でも大丈夫ですよ、ちゃんと飛びますから」

 彼女は窓から僕の船を観察するようにした。

「心配ならマジで断ってもらっても」

「いえ……なにか書いてありますね? チキン、ライダー?」

 船体には、その言葉が英語、カタカナの他、銀河標準語でも描かれていた。銀河文明に、船体に名を書く習慣はないが、最初に船を手に入れた時に、僕がそうしたくてしたものだ。もっとも三つも並ぶと、ちょっとしつこくも感じるのだけど。

「屋号ですよ」

「屋号?」

「会社の名前。船の名前でもあります」

「不思議な響きの言葉ですが、どういう意味です?」

「ああ……僕の故郷の言葉で、臆病者って意味です」

 彼女は、理解し難い、という顔をしてしまったが。

 僕はこのネーミング、結構気に入っていた。臆病者をチキン呼ばわりするのは地球のスラングだが、ニワトリになってしまった僕が飛ばすライド宇宙船なのだから、字面通りの意味でもある。それに僕は、とても臆病なのだ。

 宇宙で生きていくには、臆病なぐらいがちょうどいい。

「いたぞ!」

 という声が聞こえたのは、宇宙船のエアロックが目前、というところ。振り返ると、複数の宇宙人が通路を進んでくる。ひと目でならず者とわかる雰囲気だ。

 やっぱり訳ありだったか。僕は客の顔を振り返った。

「お知り合いで?」

「違います!」

 彼女の焦った様子を見れば、男たちが招かれざる客なのは明らかだった。僕は反射的に、彼女をエアロックに向けて押す。

「急いで!」

 僕たちが逃げようとしているのがわかったのだろう。先頭の男が銃を抜いた。

 僕の方も銃を抜く。お互いに撃ったが、どちらも外していた。無重力、身体が浮いた状態での射撃は難しい。

 僕は狙うのは諦めて銃を乱射した。生物を殺傷することを目的としたブラスター・ガンは、頑丈な宇宙ステーションや船にダメージを与えたりはしない。それをいいことにめちゃくちゃに撃ちまくった。ならず者宇宙人達の足が止まる。

 すでに客は船に乗り込んでいた。僕もエアロックに滑り込む。体勢を立て直したのかならず者の誰かが発砲したが、閉じかけのハッチが防いでくれたようだった。

「すぐに発進しろ!」

 響いた音と振動は、ドッキングを強制解除した音だろう。船体が横滑りするように動いて、それから回転し、宙に浮いた客がバランスを崩してこちらに流れてくる。僕はエアロックに後ろ足をついて彼女を受け止めた。

「あっ……すみません」

「怪我は?」

「……大丈夫そうです」

 そのまま彼女を押して、操縦室へ。

『やっぱり訳ありでしたね』

 スピーカーからの声に、女性客はコックピット内を見回したが、僕は説明せず、席の一つに座らせる。

 窓外には、回転しながらゆっくりと離れていく宇宙ステーションの姿が見えていた。

「問題は?」

『無断出港で管制官が激怒している以外に? 出発がちょい早まったんで、航路の再設定が必要です』

 僕はカイトがメインディスプレイに表示させた航路図を見た。このあとは超空間ハイパースペースゲートに向かう必要があるのだが、予約時間と現在位置――宇宙ステーションも超空間ハイパースペースゲートも、恒星周回軌道公転軌道上にあり、互いの位置が常に変化する。そのためその間の距離は一定ではない――の問題で、当初予定していた航路を取れなくなってしまったのだ。到着予定時刻は変わらないが、そのかわり少々遠回りする航路をたどる必要があった。

「嫌な予感がするな」

『一時間前からしてましたけど』

 AIに“予感”なんてあるのか。

 さて。

 乗り込む前に銃撃してきた連中については、確認しておく必要があるだろう。僕はそう思い、女性客の方を振り返った。

 その段階ではまだ、連中の狙いが僕である可能性も、ちょっと考えていたのだが。

 座席に腰掛けた客が、青い顔をしてぶるぶる震えているのを見て、そっちの可能性はないな、と思い直した。僕は質問するのを後回しにし、ブランケットを掛けてやる。

 管制官に事情を説明したり、航路を再検討したりしている間に、彼女はようやく落ち着いてきたようだった。温かい飲み物を用意する。無重力なので、パックにストローだけど。

「知り合いではない、ってことだったけど?」

 僕が問うと、彼女は頷いた。

「はい……ただ、おそらく、夫の……手のものかと」

 おっと、人妻だったとは。

「旦那さんの? しかし連中、あなたを殺そうという勢いでしたが?」

 客は頷いた。

「どうやら、夫をそれぐらい、怒らせてしまったようです」

 彼女は俯いてしまい、僕は思わずため息をついた。

「危険な仕事だとわかっていれば、やりようはあったんです」

 断るとか。

「言えば、断られてしまうだろうと思ったので」

 だよね。

「旦那さんから逃げるために、貨物船に乗りたかった? 客船ターミナルを利用すれば、見つかるかもしれないから」

 頷く女性客。

 しかし、妻が逃げれば人を雇って殺させようとするとは。

「旦那さん、なにものです?」

 彼女は一瞬、言いよどんだが、結局は口を開いた。

「犯罪組織で、仕事をしているようです。わたしはそれを、最近になって知りました。結婚する前は、実業家ビジネスマンだと言っていたのです。彼の組織は、とても――恐ろしいことをしていて……」

 やはり、犯罪組織の人間か。

「そうだと知っていれば、嫁いだりしなかったのです。わたしは――もう、逃げるしかない、と」

 その結論に至るまで、いろいろなことがあったのだと、彼女の表情はそう言いたげだった。でも僕はセラピストでも、弁護士でもなかった。重要なのは、そいつが僕にとってどのぐらいヤバイかどうか、だ。

「旦那さんは、あなたや、あなたの逃亡を手助けする者を平気で殺そうとする、そういう人間だということですね?」

 頷く彼女。

 僕は頭を抱えたくなった。やはり、いい話には裏があった。

「それにしても、どうして見つかってしまったのでしょう? 変装していたし、尾行にも気をつけていたのですが」

 彼女の言葉に、僕はあっとクチバシを開く。

 さっきの様子からすると、追跡されていたのは僕の方だ。もしも彼女を見つけていれば、もっと早い段階で、もっと都合のいい場所で、確保に動いていただろう。僕を見張っていて、彼女が貨物ターミナルに現れたのを確認してから、殺し屋を呼んだ。そういうタイミングだった。

 そして僕が尾行されたとすれば、足がついたのは――僕はポケットから、預かっていたネックレス入りの巾着を取り出した。

「これ、もしかして、旦那さんから?」

 客は頷く。

「結婚する時に、もらったものです」

 やはり。ネックレスを鑑定してもらったあの骨董屋だ。ああいう店は職業上、犯罪組織と繋がっていることがある。彼女が自分で処分するのがまずいのだと僕は思ってしまったが、失敗だった。モノそのもので足がついてしまうとは。

『この星系の犯罪組織を検索しましたが、キルナーというシンジケートがあります。手広くやってるみたいですが……最近ここの構成員が何人か、児童の人身売買に関わった容疑で、当局に逮捕されてますね』

 カイトがディスプレイに表示したのは、先日のニュース記事だった。

 女性が身を震わせる。

「その……その、事件です。警察から、夫がそのような犯罪に関わってると知らされ、捜査に協力したのです」

 なるほど、そりゃあ怒るかもな。

「でも、逮捕されたんなら、あなたを追う指示など出せないのでは?」

 そう言うと、女性客は首を横に振った。

「いいえ、夫は……逮捕されてはいません。警察の捜査を察知して、逃走したのです」

「もしかして、旦那さんというのは……」

 僕はニュース記事の一つを拡大表示して言った。そこには「組織のボスは依然逃走中」とあった。

 女性は頷いた。

「キルナー……メルヴィン・キルナーです」

 なるほどだいたいわかった。僕は今、怒れる犯罪組織シンジケートのボスが追う、裏切り者の妻を匿い、逃げているというわけだ。

 僕は今度こそ頭を両手で抱え、天を仰いだ。

「……でもまあ、旦那さんの方は、警察に早く捕まえてもらえるよう祈るとして……しかし我々の方は、もう心配ないでしょう。このままイーデンを離脱して――」

 なにせ船は、すでに宇宙ステーションを離れているのだ。この状態で追いかけて来るなど、地方の犯罪組織にできるはずが――

「だと、いいのですが……」

 女性客が嫌なことを言う。


『ユウキさん、悪いニュースと、悪いニュースがあります』

 カイトがそう言い出したのは、ゲートへの行程も中程、航路変更のせいで立ち寄らざるを得なくなった小惑星集中地域アステロイド・エリアに接近しつつある時だった。

『どっちから――』

「すぐに言え」

『付いてくる不審な船影が二つ』

 ディスプレイに望遠カメラで撮影された荒い画像が表示される。画像はすぐに修正され、写っているものの輪郭がはっきりしてくる。

「おっと、こいつは」

『はい、サイ・ファイターですね』

 お目にかかるのは初めてではない。単発イオンエンジンを搭載した、小型宇宙戦闘機だ。旧式で、今でも使っているのは辺境星系の軍隊や、テロリストぐらいのものだが、構造が単純なため安価で信頼性が高く、長年生産されているベストセラーモデルだ。

 こいつは酷く悪いニュースだ。サイ・ファイターは軽量ゆえ、速度と旋回性能に優れる。こちらはエンジンは強化してあるが、貨物船だ。当然だがドッグファイトなどできない。

 それにしても、わざわざ宇宙船を出してまで追ってくるだけでも驚きなのに、その船が戦闘機だとは。

「本当にこっちを狙ってるのか?」

『ボクら、出発時間変更のせいで、イレギュラーな航路にいるわけですけど』

 カイトは言いながら、メインディスプレイに航路予想図を表示する。後方の船影から描かれるラインは、我々の船のラインとぶつかっていた。疑う余地はなさそうだ。

「なんで犯罪組織が戦闘機なんか持ってるんだ?」

『手広くやってる、って言いましたけど?』

 武器、兵器の密売のようなことまでやっているということか。まったく、商売熱心なことで。

 ラインが交錯するのは︎小惑星地域アステロイド・エリアの手前。あまり時間はない。

「仕方ない、予定変更だ。超空間跳躍ハイパージャンプで離脱する。念の為、行き先はどこか別の星系にしろ。任せる」

『了解』

 サイ・ファイターは軽量化優先の設計のため、ハイパードライブは装備していない。超空間ハイパースペースに逃げ込めば、追っては来られない。

 限界近いというハイパードライブをこれ以上傷めたくなかったが、船を沈められたらそれどころではない。

 僕は客の方を振り返って、安心させようと思い、言った。

「大丈夫ですよ、到着が予定より早くなるだけで――」

 警報音が鳴り、僕は視線を前方ディスプレイに戻す。

「どうした?」

『ハイパードライブの出力が上がりません。どうやらすでにになってたみたいですね』

「ダメって、どういうことだよ?」

『故障ですヨ』

 僕は航路予想図に目を走らせる。敵機は更に接近してきていた。

「直せないのか?」

『すぐには無理ですね。現状、症状から考えられる原因は二百……』

「もういい、わかった」

 ハイパードライブが使えないとなると、超空間跳躍ハイパージャンプ超空間ハイパースペースに逃げ込む手は使えない。

 こうなったら、通常航行用エンジンで振り切るしかない。

「メインエンジン全開。最大加速だ」

『今からの加速では、最高速に達する前に追いつかれます』

「なんだって? おまえの自慢のエンジンでもか?」

『こっちは重いですからね。最高速さえ出れば負けませんが』

 負け惜しみを言っている場合か。

小惑星地域アステロイド・エリアに逃げ込みましょう。向こうの自慢の足を殺せます』

「こちらの速度にも影響が出る」

『他にいいプランが?』

「ない。やれ」

 チキンライダー号は軌道変更、迂回する予定だった小惑星集中地域アステロイド・エリアへと鼻先を向ける。


 小惑星集中地域アステロイド・エリアは、土星の輪のように、岩石がびっしりと密集していた。そこに入って行くなど、とても正気の沙汰ではない。

 カイトはそこへ、船を高速で飛び込ませた。すでに敵機は標準装備するレーザー機銃を放って来ているが、後方に展開した偏光シールドが受け止め、立て続けに眩く光る。

 大きな岩石が高速でコックピットの側を通り抜ける。僕は後方モニターに目をやる。敵機も続いて追いかけて来ていたが、やはり小惑星を避けるのに気を取られ、攻撃の手数は減っていた。

『敵の練度はさほどではないようですが、小回りが利く分、向こうに分があるようですね』

 そもそも、貨物船で通り抜けられるような岩石地帯ではないのだ。そういう中を高速で飛べるのは、カイトのようなイレギュラーなAIがあってこそだ。人間にできる技ではない。細かい姿勢制御で、常に色んな方向に大きなGがかかる。その変化が穏やかなのは、彼がそれだけ繊細に、スムーズに操船しているからだ。そうでなければとっくの昔に追いつかれて、沈められていただろう。

 しかし、このままでは振り切れない。敵はわずかずつだが距離を詰めてきていて、追いつかれるのは時間の問題だ。

「なるほど。次のプランは?」

『ちょっとは自分で考えてくださいよ』

「あるにはあるが、できる自信がない」

『聞きますよ』

「操縦を僕が替わる」

『なるほど。自信家ですね。それとも自殺志願者かな?』

 もちろん僕に、カイトAIより上手く船を飛ばすことができるわけではない。彼と同じことをやることだって、当然できない。

「だがそうすれば、。僕がやるのは、そのあいだの時間稼ぎだけだ。“ブレイン・ストーム”を使う」

『……他のプランは?』

「僕が操縦するのは小惑星集中地域アステロイド・エリアを出てからにする」

『その前に追いつかれますよ。了解。準備してください』

 僕のシート、その両手の辺りに、それぞれレバーが現れる。僕の感覚で一番操縦しやすい形状――右がスティック・レバー、左がスロットル・レバー、地球の戦闘機が、というか、地球の航空機型ゲーム機が備えているようなヤツだ。見た目はそのような形だが、力を入れてもわずかにしか動かない。繊細な入力を可能にする感圧式というヤツだ。

 それぞれに手を添える。

 頭部を覆うように、ヘルメットデバイスがシート背部から自動で現れ、装着される。感応端末が接続する時特有の、ピリッとした感覚。

 神経接続。脳内に、外部カメラが捉えた映像が、直接送られてきた。これで、視線を送らずとも周囲の状況が理解できる。

『お客様、耐Gジェルシートを準備します』

「えっ? いったい……」

『座っててもらえばいいですから』

 女性客のシートは、もちろん彼女が座ったまま、カプセル状の覆いに包まれる。中は彼女ごと、粘度の高いジェルで満たされる。緊急時に乗客を高いGから守るための装備だ。

 シートの首元で音がした。僕からは見えないが、薬物注入用の針先が出てきたはずだ。

『いいですね?』

「やってくれ」

 首筋に鋭い痛み。薬剤が注入され、ほどなく、視界に映るものがゆっくりと動くように見えてくる。

 ブレイン・ストームは、脳神経の活動を強化する薬剤だ。詳しい作用はわからないが、これを注射すると、脳活動が加速される。いわゆるゾーン状態を人為的に起こすのだ。主観的には、時間がゆっくり流れるように感じられる。強力な薬剤ゆえ、副作用も激しく、長時間の使用は命に関わる。

 そのぐらいしなければ、この小惑星集中地域アステロイド・エリア内で、高速を保ったまま航行することなど、できない。

 僕は高速で通り過ぎたはずの小惑星をゆっくりと見送って、そして言った。

「オーケーだ。やってくれ」

『了解。ユー・ハブ・コントロール』

「アイ・ハブ!」

 カイトはタイミングを十分に測ってくれていて、僕に次の小惑星を避けるまでに操縦感覚を取り戻すための時間的猶予を与えてくれていた。

 スティックを倒し、小惑星を交わす。

 船体は瞬時にロール。ギリギリ、という位置で小惑星をすり抜けるが、感覚的にはまだだいぶ余裕があった。僕の両手による入力の他、神経接続も船体コントロールに反映される。そのおかげで、この巨大な船体がまるで身体の一部になったかのように動く。

 いけそうだ。

 視界には、船の理想進路を示すガイドラインが重ねて表示されていた。だがそれは、あくまでもカイトが観測した範囲での進路だし、小惑星の位置は常に変わっている。僕はできるだけそのラインを追いつつ、岩石を目で追って自分で回避する必要があった。

 薬の副作用の一つである頭痛がはじまりつつあった。

 僕はその痛みを無視して、操縦に集中する。さすがにカイトと同じスピードは出せないが、状況を考えればありえない速度と精度で、小惑星の間を飛び抜ける。

 この速度では、カイトのように丁寧に操船することもやはりできない。そのため、これまでよりもずっと大きなGが操縦室を襲う。耐Gジェルに包まれている女性客は平気だろうが、僕の方は……我慢するしかない。次にGがかかる方向はわかるのだから、ぐっとクチバシを食いしばって耐える。

『行けそうですね。ではボクも、ちょっと行ってきます。この船をよろしくお願いしますね』

「僕の船だ。言われなくても」

 激しいGの中では、それだけ答えるのが精一杯だ。

 貨物船の上部アッパーコンテナは、常時装備している改造コンテナだ。その格納庫区画の外部ハッチが開き、中に収められていた黒い影が姿をあらわす。

 その名(僕が付けた)の由来である、三角形の凧ロガロ翼を思わせるシルエット。全領域対応無人戦闘攻撃機、それが、カイトの正体、本体、真の姿だ。両翼に空間戦闘用のブースターパックを装備した状態で、改造コンテナから離脱していく。あいつがいるせいで、コンテナ一個を常に背負っていなきゃいけなくなったようなものだ。ヤツ自身が占有するスペースは、コンテナの三分の一ぐらいのものなのだけど。

 カイトが船を離れ、いま、貨物船を動かしているのは、単純な補助コンピューターの他には、僕だけという状態だった。操船専用の航法コンピューターを新調しておけばこのような事態は避けられたはずだったが、今更言っても仕方ない。

 この事態を切り抜けられたら、航法コンピューターはやっぱり買おう。

 現実逃避気味にそのようなことを考えながら、僕は岩石を交わす作業を続行する。

 カイトによる操船こそできないが、カイトとの通信接続はリンクされていた。そのおかげで、彼の状況は僕にもわかる。

 カイトは最新鋭の無人戦闘機だ。単純に比較してもサイ・ファイターより性能が段違いで上だし、脆弱な生命体が乗っていない分、遥かに高いGをかける機動も可能だ。彼は岩石のあいだを瞬間移動じみたスピードですり抜けていき、あっという間に敵機の背後を取った。

 抵抗する間は、ほとんどなかっただろう。

 後方カメラが、二つの敵機がほとんど間をおかず爆発する様子を捉える。

 それを見て僕は、貨物船を岩石地帯から最短コースで離脱する進路に向ける。

 それにしても、まったく恐ろしい兵器だ、カイトは。そのような最新鋭戦闘機が僕のところにいるのは、まったくの偶然なのだが――

 頭痛が激しくなっていた。

 小惑星集中地域アステロイド・エリアの端にようやく到着し、僕は中和剤注入の指示を出した。首元に注射針が刺し込まれ、薬剤が注入されると、思考の加速がゆっくりと落ち着いてくる。頭痛は完全には取れなかったが、だいぶマシになった。

 船を元の航路に戻すべく、進路を調整する。

「これで終わりならいいんだけど」

 僕は耐Gシートが格納され、呆けた様子の女性客に問題がなさそうなのを確認してから呟いた。

『おあいにくですが、どうやら終わりではないようです』

 カイトの通信、そして送ってきた情報に、僕は思わず、モニターに向かって身を乗り出す。

 すぐそばに船影、大きい。ひと目で戦闘艦だとわかる無骨なシルエット。

『マクティア級です。旧式ですが、立派な巡航艦です』

 巡航艦は宇宙戦闘艦としては小さめのサイズだが、一人乗り戦闘ポッドに過ぎないサイ・ファイターなんかとは全然違う、大量の武装を持った本物の軍艦だ。

「マジかよ……女一人にここまでやるか?」

『どうやら戦闘機サイ・ファイターは、これを追いつかせるための囮だったようですね』

 敵艦から通信要請。ビデオ通話だ。僕は一瞬、迷ったが、結局は通信を開く。

 メインディスプレイに映し出されたのは人間型宇宙人ヒューマノイドの男性だった。なかなかいい男だが、その表情には酷薄そうな笑みを浮かべている。

「あなた……」

 女性客のつぶやきを聞けば、ではこの男が彼女の夫、逃亡中のシンジケートのボスなのだろう。

『ミレーヌ……なぜだ、なぜ、わたしを裏切った?』

 意外にも男は穏やな口調でそう切り出したが、女性客の方は逆に声を荒げた。

「あなたがしていたことは、とても許されることではありません! わたしは……」

『なるほど……ではきみは、きみの意思で裏切ったと、そういうことだな?』

 女性客は頷いた。

 男は視線を逸らし、少し考える素振りを見せ、それから「わかった」と言った。そして僕に向かって言った。

『チキンライダーだったか? その筋では有名な運び屋らしいな』

「ただのしがない運送業者ですよ」

 僕の軽口を、相手は取り合わなかった。

『金さえ払えばなんでも運ぶらしいではないか。どうだろう、彼女の払った額の十倍出す。彼女を、妻を引き渡してくれないか?』

 十倍って!

 僕は思った。この男、なにが報酬だったかわかっているのか? あのダイヤの十倍となると、普通に船が買えるぞ!

 そんな額がもらえるなら……と少し揺らいだ僕だったが、しかしなんとか我慢し、首を横に振った。

「一度引き受けた仕事は、キチンとやり遂げる主義でしてね。金で荷物を譲り渡した、なんて知れたら、信用問題になる」

『これはきみのための提案でもある』

「なにが僕のためになるかは、自分で決めるよ」

 そんな金があれば、船どころじゃない。僕が金を貯めている本当の目的も、達成できたかもしれない。僕の宇宙での大冒険に終止符を打てたかも。

 でもそれは、支払いが実際に行われた場合の話だ。犯罪組織のボスとの口約束など当てにはならなかったし、実際には支払われないどころの話じゃない、彼女と一緒に殺されてしまう方が可能性が高いだろう。

 少なくとも、彼女の方は確実に命がない。

 それになにより、ヤツは自分が提示してしまった額を知らないのだ。

 男は頷いたが、諦めたわけではなさそうだった。

『なるほど。仕事に真摯な男のようだな。では残念だが船ごと沈んでもらおう。ミレーヌ、きみのせいでわたしは終わりだが、きみだけ逃すようなことは絶対に許さない』

 それだけ言って、通信は切れた。

「カイト! 最大加速で離脱する! 航路をくれ!」

 航路図に進路が表示されるが。

敵艦マクティア級は、艦首に長射程の荷電粒子砲を持っています。射程圏外への離脱は今からでは間に合いません』

 僕はスロットルを全開位置に叩き込みながら考えた。

 もしもここで逃げ切れたとしても、あのボスの怒りは相当のものだ。あの船があるなら、銀河の彼方に逃げたって追ってくるだろう。流れ者である僕の方はともかく、女性客の方に平穏は訪れない。

「かといって、あの船を沈めたらもっと怒るだろうし」

 もしかして、この女性客を引き渡したほうが得策だったか?

 ハイパードライブが使えないのだから、仮にこの場を切り抜けても、超空間ハイパースペースゲートの行き先はすぐに割れるだろう。跡をたどるのは容易い。

 彼女が逃げる船がバレた段階で、こちらに勝ち目はなかったのかも――

『それなんですが。ケルナー氏は、おそらく、あの船に乗っているようですね』

「なんだと?」

『先ほどの通信を解析しましたが、中継特有のタイムラグがありませんでした。間違いないかと』

 なるほど。当局の逮捕を免れたという話だったが、宇宙船に潜伏していたのか。彼が追いかけて来たというよりは、彼の前にノコノコと現れてしまったという方が近いのかも。

 そうとなれば、やるべきことはひとつだ。

 僕は女性客を振り返った。

「旦那さんには死んでもらいますが、よろしいですか?」

 女性客は一瞬、呆気に取られたようだが、すぐに気を取り直すと、力強く頷いた。

『敵艦、主砲発射します』

 カイトが言ったのは、その直後、というタイミングだった。この距離では外しようがないだろう。

「なんとかしろ!」

『ユウキさんはボクがいないとほんとダメですね』

 敵艦の艦首付近、開かれた砲口に荷電粒子砲特有の眩い光が集まる。

 そこから光が放たれる、寸前、その直前を高速でなにかが横切った

 カイトだ。通り過ぎざま、ブースターパックを投棄。直後、発射されたエネルギーは、そのブースターパックに衝突し、爆発した。

 至近での大爆発は、敵艦に大きなダメージを与えていた。艦首付近は大きく損傷し、見るも無残だ。

『撃沈します』

「確実にやれ」

 向きを変えて戻って来たカイトは、操舵室がある艦橋ブロックに念入りにレーザー機銃を叩き込んだ。


 当初の予定では超空間ハイパースペースゲートを二つ経由してギデンズに向かう予定だったが、旦那が死に、逃亡の必要がなくなった女性客を、彼女の故郷であるマイエル星系に送り届けることになった。運賃の何倍にもなる報酬宝石を受けとったのだから、その程度の寄り道など安いものだ。

「何から何まで……本当にありがとうございます」

 マイエル星系の超空間ハイパースペースゲートを出て、主惑星である第三惑星エリが見えてきて、女性客はホッとしたように言った。

「いえ、まあ成り行きでしたし」

「船長さんは、雄鶏ルースター星人ではない、とおっしゃってましたが」

「ええ、地球人です」

「地球の方は、雄鶏ルースター星人そっくりなのですね?」

「いえ違います。僕はわけあってこの身体を借りているだけで。地球人はあなたと同じ、人間型宇宙人ヒューマノイドですよ」

「そうなのですか? しかし、なぜ……」

「まあ話せば長くなるんですけど……いずれは元の身体を取り戻すつもりではいるんですがね。なかなか」

「あっ! そうなのですね!」

 なぜか彼女は嬉しそうに言った。

「いつかまた、お会いできる時があるでしょうか」

 彼女の言葉の真意がわからず、僕は首を傾げたが。

「運送屋なので、荷物の行き先次第ですが、この星系に立ち寄ることもあるかもしれませんね」

「その時は、是非ともご連絡ください。その……お礼をさせていただきたいですわ」

 礼なんて。あのダイヤがあれば十分だ

「わたし、あの、まだ名乗っておりませんでしたよね。ミレーヌ・キルナー……あ、いえ、ミレーヌ・ルーニーと申します」

「あっ、僕は――」

「ユウキさん、ですよね」

 僕は頷いた。散々カイトに呼ばれていたから、そりゃあ知ってるか。

 彼女は結婚を反対され、実家を家出同然で飛び出したそうだ。ルーニーというのはその家の名前だろう。彼女の両親が彼女をどう扱うかはわからないが、故郷の星なのだから、再出発は難しくないだろう。

 故郷から遠く離れても、なんとかやれてる僕が言うのだ。


『ユウキさん、ああいうタイプが好みですか?』

 ミレーヌを宇宙ステーションで降ろし、再びゲートに戻る途中、カイトがそのように言う。

「美人だとは思うよ」

 自分がどういうタイプが好きだったのか、正直、ちょっと思い出せない。好みのタイプを見つけたら、胸の辺りがドキッとするものだったと思うが……この身体になってから、そういう気分になったことなど一度もない。元の身体に戻ったら、そういうことも思い出すのだろうか?

「しかし、ちょっとほっとけないタイプではあるのかな。っていうか、男に騙されやすいタイプ? 見る目ないのかもな」

『なるほど。確かに!』

「……なに今の強い同意」

『それにしても、ユウキさんのお人好しには参りますよ。送るにしても、ギデンズ行きとは別に運賃を取るべきだったでしょ?』

「あんなでかい宝石をもらったんだ。十分だろ?」

 カイトは『はぁ〜っ』とため息を表現したようなサウンドエフェクトを出した。

『なに言ってるんですか……今回の仕事で、ボクの武装を使ったんですよ。補給には金がかかります』

「えっ、いやそれやったってまだ余裕が」

『敵の大砲をかわすのにブースターパックをひとつ、ダメにしたんですよ? あれは正規軍が正式採用してる現行型です。闇だと調達困難で、だいぶ金を積まなきゃなりません』

「えっ!? いやでもあれはおまえが勝手に」

『それにハイパードライブも。整備じゃなく修理になっちゃいましたからね。いったいいくらかかることやら……今回の仕事、たぶん普通に赤字ですよ』

「おまっ……そういうことはもっと早く!」

『女性の前でカッコつけたいんだと思ったから、いままで黙っててあげたんですよ。聞いてたって予定変更なんかできなかったでしょ? こんなに気が利くAIはなかなかいませんよ? ボクの優しさに感謝してください?』

「いや! カッコつけたいなんて別に思ってないから!」

 このニワトリ顔で、どうやって格好つければいいというのか。

「それがわかってたらこの星系で仕事を取る選択もあったんだぞ?」

『そういうやり方が今回の損害を招いたんですヨ。船を直して、それから万全な状態で仕事をやりまショ』

「……クソっ」

 僕は反論を諦めた。

 チキンライダー号は、次の目的地へと向けて、超空間ゲートへと吸い込まれていく。



終わり

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